痛みを識るもの   作:デスイーター

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空閑遊真⑩

 

「お疲れ様、玲一。良い経験が出来たみたいね」

「ああ、貴重な経験をさせて貰った。空閑くんには感謝だな」

 

 模擬戦終了後。

 

 皆の下へ戻った七海を、真っ先に那須が出迎えた。

 

 本当であれば言葉を尽くして労いたいのであろうが、此処では周りの眼もある。

 

 二人きりであれば遠慮なく労い(あまえ)に行っていたのであろうが、流石に衆人監視の中でそれをやる度胸は那須には無い。

 

 自分の世界に入ってしまった状態であれば勢いでやってしまうのが彼女であるが、基本的に那須は引っ込み思案なのだ。

 

 戦闘ではイケイケモードになるのだが、素の性格は陰キャに近い。

 

 というよりも、陰キャそのものだ。

 

 幼少期に七海と出会って自分と彼だけで世界がほぼ完結してしまった為に、対人コミュニケーション能力を磨く事をしなかったツケとも言える。

 

 それでいて思い込みが割と激しく基本的に悲観主義者であるので、放っておくと悲観思考狭窄(ネガティブスパイラル)に陥ってしまう為、一人にしてはいけない人間でもある。

 

 ともあれ、乙女回路がヒートアップしない限り那須は人前ではそんなに惚気たりはしない。

 

 自覚がないだけで大分人前でも惚気ているのだが、閑話休題(それはともかく)

 

 那須は自分たちを────────────────特に七海を見詰める修達の視線を察して、二人の世界に入りたい衝動をぐっと堪えながら彼等に目を向けた。

 

 七海と話していたいという欲求はあるが、今は彼に良いところを見せたいという願望もある。

 

 また、これまで自分を慕ってくれる後輩がチームメイトを除いていなかった為、修や千佳の純粋な尊敬の念を向けられる事にある種の快感を感じてもいる。

 

 寂しがりや(ボッチ)は、無垢な好意には弱いのである。

 

「どうだった? 玲一達の戦いを見て、何か参考になったかしら?」

「え、えっと。全部は理解出来ませんでしたが、所々であれば」

「す、すみません。わたし、全然付いて行けてなくて」

「あ、そ、そうなの」

 

 那須の質問に修は難しい顔で答え、試合が始まってからずっと無言でいた千佳は申し訳なさそうにそう答えた。

 

 そんな彼女の反応に那須はどうしていいか分からず、無意識に視線で七海に助けを求めた。

 

 那須のアイコンタクトを受けた七海は無論の事即応し、対応を変わる事とした。

 

「三雲くんはある程度分かるだけでも大したものだし、雨取さんはまだ戦闘訓練もやり始めたばかりだから無理もないよ。どうしても、鍛えて来た、そして戦ってきた年月の差ってのは出るものだからね」

「ええ、だから気にしなくていいわ。雨取さんはまだ基礎を鍛える事に主軸を置くべき時期だし、焦って応用に走らなくても大丈夫よ。そのトリオン量なら必ず、ちゃんと部隊に貢献出来るようになるわ」

 

 だから頑張ってね、と七海が変えた流れに乗っかる形で那須は助言し、千佳が「はいっ!」と元気良く返事をしたのを見て内心で胸を撫で下ろした。

 

 何せ、後輩の面倒を見る、なんて事自体が初体験の那須だ。

 

 技術面であれば幾らでも口は軽くなるが、心理面となるとそうもいかない。

 

 こういう場面でどういう助言(フォロー)が適切なのか、そしてどういった話をすればいいのか。

 

 そういった経験則が、まるでないのだ。

 

 これまで狭い世界で満足してきた弊害、とも言える。

 

 前を向くようにはなったが、社会に適応する為のリハビリはまだまだこれからなのだ。

 

 そういう意味で、こういった経験は得難いものになる。

 

 成功は、失敗からこそ生まれるものなのだから。

 

「でも、本当に凄いですね。黒トリガーを使う空閑相手に、引き分けるなんて」

「黒トリガーと戦うのは初めてじゃあなかったし、何より空閑くんが俺の戦闘のログを見ていなかった事が幸いしたかな。ある程度初見殺しが出来たからこそ、この結果に至れたと言える。もう一度やって同じ結果になるかは、分からないな」

 

 七海の言葉は、謙遜でもなんでもない。

 

 修と違い、遊真はまだ七海の試合のログなどは見ていない。

 

 最近は専らボーダーのトリガーに慣れる為の訓練が主であり、ログを見る等の座学は後回しにされていたのだ。

 

 遊真の指導をしている小南が実践第一の方針であり、「とにかく模擬戦、そして反省。また模擬戦」というスタンスなので、まあ無理もないが。

 

 もしも遊真が修のように七海の試合を見ていたのであれば、最後の攻撃は躱されていた可能性もある。

 

 何せ、切り離した腕を相手に叩き込む、という手法はランク戦の中で実践していたのだから。

 

 七海は遊真のメテオラ殺法への初見の対応を見て、自分の戦闘ログは見ていない事を悟っていた。

 

 だからこそ、最後の策に踏み切れたとも言える。

 

 遊真は、既知の攻撃であれば対応してしまう。

 

 故に彼を倒すには、遊真の知らない未知の攻撃を仕掛ける必要があった。

 

 9戦目の結果でそれを否応なく思い知ったからこそ、七海はあの策を選んだのだ。

 

 まだ遊真が見ていない、()()の攻撃として。

 

 結果としてそれは成功し、勝利を掴んだ。

 

 既に手の内を知られた今となっては、最早叶わぬ方策である。

 

(まるで、鋼さんとやり合ってるみたいな感覚だったな。鋼さんみたいな副作用(サイドエフェクト)じゃない筈なのに、あそこまでの学習能力とか凄まじいにも程がある)

 

 七海は遊真と戦っている時、村上の事を度々想起していた。

 

 サイドエフェクト、強化睡眠記憶。

 

 一度眠る事でその日学習した内容をほぼ完璧にフィードバックしてしまうサイドエフェクトを持つ村上には、一度見せた手はまず通用しない。

 

 遊真は能力に恩恵に依らず、それに近い事をやっていたのだ。

 

 他ならぬ、傭兵としての経験と歴戦の戦闘勘によって。

 

 流石に精度自体は村上の方が上であろうが、学習のフィードバックの即応性と機転がとにかくずば抜けて高い。

 

 リアルタイムで情報を集積し、即座に戦闘にそれを活かす戦い方。

 

 それはきっと、近界の戦場を渡り歩く中で培った代物なのだろう。

 

 そうでなければ、生き残れはしなかった。

 

 必要に迫られて習得した、実戦帰り故のスキル。

 

 その凄まじさを、七海は充分以上に体感していた。

 

「空閑くんは凄いよ。きっと、マスタークラスになるのもすぐだろうね」

「マスタークラス、ですか。七海先輩もそうなんですか?」

「ええ。玲一は、スコーピオンのマスタークラスよ。確か、ポイントは9759だったかしら」

「ああ、それで合ってるよ」

 

 那須の言葉を、七海がそう言って肯定する。

 

 七海は太刀川や影浦といった師匠の面々とは良く手合わせを行うが、彼等程熱心にランク戦を行っているワケではない。

 

 無論攻撃手の常としてそれなりに対戦を重ねているが、少なくとも単位を犠牲に四万オーバーのポイントを稼いでいる駄目人間(太刀川)のような真似はしていない。

 

 まあそもそも七海の真価は集団戦にある為、個人戦の戦績にはそこまで拘ってはいないという事情もある。

 

 影浦や村上に戦う楽しさを教えて貰いはしたが、七海にとって戦闘はあくまで守る為の()()なのだ。

 

 嗜みはしても、後先を考えず熱中まではしていない。

 

 たとえるなら、そういった塩梅なのである。

 

「そうなんですね。ちなみに那須先輩は…………」

「私の変化弾(バイパー)のポイントは、8765よ。玲一ほど頻繁にランク戦はやっていないけれど、マスタークラスではあるわ」

 

 那須は修の質問に、淀みなくそう答えた。

 

 バイパーを操る技術では右に出る者はそうはいない那須ではあるが、彼女の場合はそもそも個人ランク戦はそこまで熱心にはやっていない。

 

 一時期は相手を蜂の巣にする事が楽しくて格下を蹂躙して回っていた事もあるのだが、それもすぐに飽いた。

 

 那須が最も求める戦いは相手との弾幕の張り合いであり、彼女とそれがまともに行えるのは出水くらいである。

 

 二宮では出力が高過ぎて別ゲーになってしまうし、そもそも彼はランク戦を積極的に行う性質(タチ)ではない。

 

 よって那須が楽しめる相手というのは早々見つからず、加えて彼女自身がコミュニケーション能力に難がある。

 

 ぶっちゃけると、七海のように気軽にランク戦に付き合ってくれる仲間がいないのだ。

 

 そういった事情がなければ1万オーバーのポイントとなっていてもおかしくはなかっただろうが、これもまためぐり合わせである。

 

「面白そうな話してるね」

「あ、空閑」

 

 そんな折、遊真が遅れて部屋に入って来た。

 

 今の遊真は戦闘中に纏っていた張り詰めた空気は消えており、何処にでもいる小柄な少年に見える。

 

 七海はそんな遊真を見て「来たか」と呟くと、一礼した。

 

「今日は模擬戦に付き合ってくれてありがとう。良い経験になったよ」

「こちらこそ。いい経験になったよ」

 

 それでさ、と遊真は続ける。

 

「ついでと言っちゃなんだけど、今の模擬戦にどういう意図があったのか聞いて良い? 求めるものによっては、協力出来る事もあると思うけど」

「そうだな。話しておいた方がいいか」

 

 遊真の不意の質問に慌てず、それどころか想定内といった雰囲気で七海がそう答えた。

 

 何故、今遊真と模擬戦を行う必要があったのか。

 

 それには相応の事情があったと遊真は見ているし、七海はそれを否定しなかった。

 

 遊真という未知の戦力の実力が気になった、というのも確かにあるだろう。

 

 戦いを楽しんでいた様子もあったが、七海の本質はそこでは無いように思えた。

 

 だからこそ、尋ねたのだ。

 

 何か、協力出来る事情があるのかどうかを。

 

 今更、七海達ボーダーが遊真を裏切るなどとは思っていない。

 

 もしも上層部と玉狛支部が本気でいがみ合う姿でも見せられていれば話は違ったかもしれないが、トップである城戸の意向と彼等との関係性は既に把握している。

 

 だから、これは純粋な厚意からの質問だ。

 

 求めているものが分かれば、ものによっては協力出来る。

 

 遊真はそう尋ね、七海はその意図を正しく受け取った。

 

 故に、七海は背筋を但し遊真に向き直った。

 

 彼の厚意に、応える為に。

 

「君の実力を知りたかった、ってのも嘘じゃない。黒トリガーとの戦闘経験を得たかった、ってのも本当だ。けどそれ以上に、近界民(ネイバー)との戦いに慣れておきたかったってのが一番大きな理由かな」

「それは、つまり」

「ああ────────────────トリガーを使う、人型近界民。つまり、()()()()()()()使()()との戦闘経験を積んでおきたかったんだ」

 

 七海は敢えて、遊真を近界民として扱った。

 

 それは勿論彼を余所者と貶める意図はなく、近界のトリガーを使う者、といった意味合いだ。

 

 遊真はそれを正しく理解し、成る程、と頷いた。

 

「つまりナナミ先輩は、()()()()()()()()()()()()()が欲しかったってワケだね」

「それに加えて、近界での戦争を経験した人間との戦闘経験も、だね。迅さんと戦った事はあるけど、迅さんはあくまでこちらの世界の人間であって向こうで暮らした事があるワケじゃない。だから、近界民の価値観と戦闘傾向を知る為には君と戦うのが手っ取り早いと思ったんだ」

 

 そう、同じく近界の戦争を潜り抜けた者としても、遊真と迅とでは決定的に違う部分がある。

 

 それは近界に出向いていたか、()()()()()()()である。

 

 確かに迅は近界の戦争を何度も潜り抜け、数々の戦場を踏破して来た。

 

 だが彼はあくまで近界に遠征した者であり、()()()()()()()

 

 七海が知りたかったのは現地民────────────────本物の近界民(ネイバー)の性質と戦闘傾向であった為、近界民でありながらこちらに協力してくれている遊真に白羽の矢が立ったのだ。

 

 本番を。

 

 即ち、()()()()()()()()()を想定して。

 

「近界のトリガーは、未知だ。どんな能力を持っているかは分からないし、初見殺しの性質のものも多くあるだろう。だから、少しでも多くのトリガーの能力を体感しておきたかった。そういう意味で、君は最適な相手と言えたからね」

『確かに、ユーマの黒トリガーであればその要望に叶った筈だ。そして君の求める、近界の兵士としての性質も備えている。近界のトリガー使いの仮想敵としては充分であったというワケだな』

「ああ、充分過ぎる程だったよ。迅さんの予知だと黒トリガーと当たる可能性も高いらしいし、有意義な時間を過ごさせて貰った。ありがとう」

 

 レプリカの返答に、七海はそう言って改めて謝意を示した。

 

 七海は未だ、人型近界民と戦った経験はない。

 

 基本的に遠征でもしなければかち合う事のない相手である為仕方のない事ではあるのだが、来る大規模侵攻では確実に戦う事になる相手である以上何の備えもなく相対する事は避けたかった。

 

 だからこそ、近界の兵士としての戦闘経験と価値観を持つ遊真は仮想敵相対(リハーサル)として最適な相手と言えたのだ。

 

 近界の、未知のトリガーを使う軍人。

 

 恐らくそれが、大規模侵攻で戦う事になる相手。

 

 遊真はその仮想敵としての役割を、充分に果たしてくれた。

 

 謝意を伝えるのは、当然の事と言えるだろう。

 

「構わないよ。楽しかったしね。ちなみに、他に知りたい事とかはあったりする?」

「出来ればでいいんだが、君が知る限りの近界のトリガーの能力と近界民の戦い方を知りたい。少しでも多く、サンプルケースを知りたいんだ」

『それならば、私が力になれるだろう。私が記録した近界のトリガー使いのデータを開示する。聴くよりも、直接映像を見た方が早いだろうからな』

「感謝する」

 

 そうして、レプリカによる近界のトリガー使いの戦闘映像の上映会が始まった。

 

 その場に居合わせた者達は、全員が食い入るようにその映像を見詰め。

 

 七海はその網膜に、近界の兵士の戦う姿を焼き付けた。

 

 しっかりと、忘れないように。

 

 先の戦いを、見据えて。

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