痛みを識るもの   作:デスイーター

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決戦前夜

 

「凄かったね、修くん」

「ああ、空閑も七海先輩もレベルが違うよ。戦う、という事に関して言えばぼくらのずっと先を行ってるみたいだ」

 

 修は遊真と七海の模擬戦を見た後、千佳と遊真の三人で集まって話をしていた。

 

 三人は今夜はこの支部で泊まる事になっており、親には既に連絡済みである。

 

 例の映像を見ていたら思っていた以上に遅い時間になった為、どうせなら泊まっていけというレイジの心遣いに甘えた形だ。

 

 親の許可は修は言うに及ばず、千佳に関しても修が一緒ならばと割と簡単に許可は出た。

 

 伊達に昔から、雨取一家と付き合いがあるワケではない。

 

 一人娘を任せても大丈夫、と思われるくらいには修は雨取家の両親の信頼を得ているのだから。

 

 ちなみに遊真は家族と呼べる存在がおらず住居も金に任せて借りた適当なアパートであった為、林道の厚意で現在は玉狛支部に部屋を貰って住み込んでいる。

 

 アパートは既に引き払っており、名実共に遊真は玉狛の住人となっていた。

 

 これは微妙な立場にある遊真を守る為の措置でもあり、彼自身もその事には同意している。

 

 万が一遊真の素性がバレた時に「玉狛支部の監視下にある」というお題目があれば、軋轢を最小限にする事が可能だからだ。

 

 近界民を自由にさせていた、というだけではパッシングは避けられずとも、支部で囲い戦力として利用していた、という体であれば言い訳は立つ、というワケだ。

 

 そして、口実(りゆう)さえあればそこからどうとでもメディアを操作出来るのが根付室長である。

 

 当然その事は根付も承知しており、リスクが発生した際の対応も既にマニュアル化が済んでいる。

 

 そのくらい軽く出来てしまうのが、ボーダーをアンチから守り続けて来た彼の手腕なのだから。

 

「そういえば千佳。基地に穴を空けた件は、大丈夫だったのか? 鬼怒田さんからはちゃんと監督しとけ、って言われたけど」

「あ、う、うん。アイビスを使ったらそうなっちゃって。でも、今度は穴が空かないように壁を強化するから平気だ、って言ってくれたんだ」

 

 あと、撫でてくれた、と千佳はほっこりとした顔ではにかんだ。

 

 修は千佳が壁に穴を空けてしまったと聞いて現場に急行したのだが、風間との模擬戦に時間がかかっていた為に既に鬼怒田は現場におらず、その後で開発室まで向かったのだ。

 

 開発室はどうやら修羅場の真っ最中だったらしく、修は「部下の監督はきちんとしておけ」という軽い叱責のみで体よく追い出される形となっていた為、詳しい話は聞けていなかったのだ。

 

 千佳も気にしているだろうとこれまで聞けてはいなかったが、この分だと大丈夫そうである。

 

 修はほっと胸を撫で下ろし、千佳に良かったな、と言って頭を撫でた。

 

 千佳は気持ち良さそうにされるがままになっており、暖かな空気が二人を包む。

 

 男女のそれというワケではなく、親しい家族のようなゆったりした雰囲気。

 

 それが、彼等から醸し出されていた。

 

「そういえば、例の件はどうなったんだ?」

 

 そんな二人にやや遠慮をしながら、遊真が唐突にそう問いかけた。

 

 主語がないが、どうやらそれだけで修には通じたらしい。

 

 修はこくりと頷き、遊真の質問に答えた。

 

「ああ、その件なら通ったよ。準備や手続きもして来たし、問題なく換装も出来たよ」

「そりゃ良かった。あれがあるとないとじゃ、大分違うもんな」

「確かにな。迅さんの言う通りにしておいて良かったよ」

 

 ふぅ、と何処か安堵したように修はため息を吐いた。

 

 迅の事は疑っていなかったが、本当にこれで良かったのか、という不安は常にあった。

 

 持ち前のメンタルで表には出さなかったものの、彼は不安を感じないというワケではない。

 

 ただ、自分の感情を鉄の意思で制御し合理的な思考に努める事が出来るだけだ。

 

 身内が危険に陥ればその限りではないが、修は大抵の事には動じずに対応出来る。

 

 しかしこの一件は身内が関わる案件であった為、相当にやきもきしていたのだ。

 

 それがどうにかなった事で、彼なりに安心していたというワケである。

 

「でも、よく許可が下りたな。正直、難しいんじゃないかって思ってたぞ」

「なんでも、やらない方がリスクが高いって事で問題なく通ったらしい。鬼怒田さんや忍田本部長も賛同してくれたみたいだし、色々感謝しなくちゃな」

 

 さて、と修は立ち上がり、二人に向かって笑いかけた。

 

「そろそろ寝ようか。いつ大規模侵攻が始まってもおかしくない時期らしいし、疲れはちゃんと取っておかないとな」

 

 

 

 

「ただいま」

「ああ、帰ったか。迅」

 

 レイジは夜遅く、玉狛支部へ戻って来た迅を出迎えた。

 

 既に時刻は22:00を回っており、建物の外は真っ暗だ。

 

 そんな時間に帰って来た迅はやや疲れた様子を見せながらも、何処か嬉しそうであった。

 

「その顔からすると、お前の予知(視た)通りに進んでいるってところか」

「全部が全部、じゃないけどね。でも、最低限こなすべき役割(タスク)はこなしたつもりだよ。風刃も、きちんと然るべき相手に預けて来たしね」

「そうか。本当に、彼で良かったのか?」

 

 レイジは迅の話を聞き、眼を細めた。

 

 迅が()()風刃を使わせるつもりなのか、彼は既に聞いている。

 

 その上で、尋ねているのだ。

 

 あまりにも予想外であった人物に風刃を預けて、本当に良かったのかという事を。

 

「ああ、これまで視た未来(ルート)からすると彼が一番良い。七海がいない場合の次善の未来でなら、三輪に渡すって選択肢もあったんだけどね」

「お前がいいなら、何も言わん。前と違って、きちんと人にも頼っているみたいだしな」

「あはは、耳が痛いな」

 

 これまでは頼ってくれなかったからな、という言葉に迅は苦笑いを浮かべ、そんな彼を見てレイジはため息を吐いた。

 

「これまで、それだけ心配をかけて来たんだ。皮肉の一つくらい言わせろ」

「構わないよ。俺の、自業自得だしね。七海の言葉がなきゃ、きっと今でもだったんだろうけど」

「そういう意味で、七海は俺たちの恩人だな。大事にしろよ。これからも、この先もな」

 

 分かってるさ、と迅は強く頷いた。

 

 今の彼があるのは、あの日の夜の七海の言葉があったからだ。

 

 あれがなければ、恐らく彼の時間は凍り付いたままであっただろう。

 

 四年前から止まった迅の時計の針を動かしたのは、他ならぬ七海なのだ。

 

 その事を、迅は決して忘れる事はないだろう。

 

 それがなければ、きっと。

 

 本当の意味で、玲奈の死を受け入れる事は出来なかっただろうから。

 

「だが、本当に意外だった。お前の事だから、風刃は七海にでも預けるのかと思っていたぞ」

「残念だけど、七海は風刃とはそこまで相性が良いワケじゃないんだ。ギリギリ適合はするだろうけど、ノーマルトリガーの多彩さを犠牲にする程の戦果は得られないみたいだしね」

 

 それに、と迅は続ける。

 

「七海には、七海の黒トリガーがある。流石にそちらを蹴って最上さん(風刃)を持ってくれとは、言えないさ」

「……………………玲奈の、黒トリガーか。今まで一度も起動に成功しなかったとは聞いているが、お前にはあれを七海が使う未来が視えているのか」

「ハッキリと視えてる、ってワケじゃないけどね。可能性は0じゃない、とだけ言っておくよ」

 

 迅はそう呟き、空を仰いだ。

 

 その横顔は何処か憂いを帯びていた、何か考えているのかは容易く想像がつく。

 

 七海の持つ────────────────否。

 

 彼の右腕そのものとなった、玲奈が作り出した黒トリガー。

 

 それはある意味玲奈そのものとも言えるものであり、迅が七海を特別視する理由の一つでもあった。

 

 今はもう、七海の義手(黒トリガー)は棺に過ぎないと分かってはいるが、簡単に割り切れるものでもない。

 

 玲奈は。

 

 真実、迅の一番大切な人だったのだから。

 

「でも、もう四年だ。いつまで寝ぼけてるつもりかは知らないけれど、そろそろ玲奈も起きたって良い頃だ────────────────いや、もしかしたらとっくに起きていて、機会を待っているだけかもしれないけど」

 

 だけど、と迅は顔を上げる。

 

 その顔は、何処か晴れやかで。

 

 彼の瞳は、何処までも澄んでいた。

 

「きっと、玲奈は七海に応えてくれるよ。なんたって、自分の命を懸けて守り抜いた────────────────たった一人の、大切な弟なんだからさ」

 

 

 

 

「ここにいたのね、玲一」

「玲」

 

 玉狛支部、屋上。

 

 そこで一人佇んでいた七海に、屋上に上がって来た那須は声をかけた。

 

 寝巻の上からカーディガンを羽織っている那須は夜風の冷たさに一瞬震え、それを見た七海が彼女を抱き寄せる。

 

 あ、と頬を赤くしながら那須は七海の腕の中に納まり、されるがままとなった。

 

 安心しきった様子で七海に寄りかかる那須の重みを感じながら、七海は苦笑した。

 

 那須は昔から、何か不安な事があるとこうやって甘えて来るのが常だった。

 

 きっと今回も、そうなのだろう。

 

 何せ、あの大規模侵攻が。

 

 四年前の悪夢が、再びやって来るというのだ。

 

 無論、状況はあの時と同じではない。

 

 ボーダーの戦力は充実しているし、自分達だってA級に上がるくらい強くなったのだ。

 

 無力で何も出来なかったあの時とは、違う。

 

 けれど。

 

 それでも。

 

 四年前のあの日の悪夢は、二人の心に強く、強く刻まれている。

 

 あの時の情景を忘れた事は、一度もない。

 

 七海自身がそうだし、那須もきっとそうだろう。

 

 喪失と、慟哭の記憶。

 

 それは色褪せる事なく、ずっと彼等の中に刻まれているのだから。

 

「やっぱり怖いか、玲」

「ええ、怖いわ。不思議よね。もう私だって戦えるのに、トリオン兵だって倒せるのに、まだ怖いの。()()が来るって思うと、どうしてもね」

 

 けど、と那須は続ける。

 

「怖がってばかりも、いられないわ。玲一が、頑張るんだもの。私だって頑張らなきゃ、玲奈さんに申し訳が立たないわ」

「姉さんは、そんな事気にしないさ。きっと、無理しないで、って言うと思うぞ」

「そうね。けど、これは私なりのケジメでもあるもの。退く事なんか、出来ないわ」

 

 そうか、と七海は目を細めた。

 

 本音を言えば、那須に危険な事はして欲しくはない。

 

 だが、彼女はもう無力だったあの頃の少女ではない。

 

 戦う力を持ち、前を向く意思を持った一人の人間だ。

 

 ならば、その決意を貶める事は出来ない。

 

 那須が戦うと言うのならば、自分はそれを肯定する他ない。

 

 その上で、全霊を尽くして万難を排するだけだ。

 

 無力な時間は、弱者でいられた時間はもう終わった。

 

 今の彼等は、()()()だ。

 

 故に、背を向ける事は許されない。

 

 何故ならば、今の七海は迅の期待を。

 

 未来の希望を、背負っている。

 

 恩人であり、誰より慕う迅に期待をかけられているのだ。

 

 七海としては、奮起しない理由が無い。

 

 ずっと、何か恩返しが出来ないかと思っていたのだ。

 

 それが今回の戦いで叶うのならば、是非もない。

 

 持てる力の全てを以て、あらゆる障害に挑む所存だ。

 

(…………姉さん…………)

 

 ふと、七海は自らの右腕に目を向けた。

 

 普通とは違う、黒い義手(うで)

 

 それは、七海があの時姉を失った証でもあり。

 

 未だに目覚めない、力の形でもあった。

 

「玲一。玲奈さんは、まだ…………?」

「ああ、何度か試してはいるけど起動は出来なかった」

「そう」

 

 那須はそう呟くと、どう対応して良いか分からず固まった。

 

 七海がこうして自分の右腕を────────────────玲奈が遺した黒トリガーを見詰めているのを見るのは、初めてではない。

 

 これまでも何度も。

 

 それこそ、数えきれないくらい。

 

 七海は、悲し気な顔をして自分の義手を見ていたのだから。

 

 気持ちは、痛い程分かる。

 

 姉の形見と呼べるものがすぐ傍にあるのに、呼びかけには応えてくれない。

 

 なまじ形があり、文字通り肌身離さず身に着けているからこそ、辛い筈だ。

 

「でも、これまでとは違うみたいだ。前と違って、()()()()()()からね。言っておくけど、嘘じゃないよ」

「そうなの…………? えっと、具体的には、どんな…………?」

 

 しかし、七海から予想外の言葉を聞き那須は目を見開いた。

 

 強がり────────────────ではない。

 

 七海の表情は、何かを期待しているかの様子があり。

 

 その視線は、彼の右腕に注がれていた。

 

「微かだけど、呼びかけたら声が聞こえる気がするんだ。声と言っても、ハッキリ何かを聞き取れたワケじゃない。たとえるなら、何かの栓が抜けかけてその向こう側から音が聞こえるような────────────────そんな、感じがするんだ」

 

 勘違いかもしれないけどね、と七海は告げるがその顔は何処か確信がある様子だった。

 

 こんな表情は、今まで見た事はなかった。

 

 七海が自分の右腕を見る時は決まって、その表情は失意と諦観に満ちていた。

 

 けれど、今の七海は違う。

 

 確かな手応えを感じて、()()()に希望を持っている。

 

 それがどうにも、嬉しくて。

 

 ぎゅっと、七海の身体に思い切り抱き着いた。

 

「きっと、玲一なら出来るよ。玲奈さんはきっと、力を貸してくれる。呼びかけに、応えてくれる。だから、諦めないで呼び続けてね。私も玲一の格好良いところ、見てみたいから」

「勿論、そのつもりだよ────────────────見ていてくれ、玲。俺はきっと、姉さんを呼び覚ましてみせるよ」

 

 二人は並んで、夜の空を仰ぐ。

 

 雲に覆われ、月は見えない。

 

 けれど、雲間から見える光は確かな光を以て。

 

 彼等二人を、照らしていた。

 

 大規模侵攻。

 

 その、前夜の事である。





 次回、終章開幕(CLIMAX PHASE)

 大規模侵攻編、開始。
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