痛みを識るもの   作:デスイーター

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BORDER OF BEST FUTURE/大規模侵攻
戦争開始


 

 その日は、普段と変わりない朝だった。

 

 先日のイレギュラー門の件で人的被害が出なかった事もあり、三門市の人々は日常を謳歌していた。

 

 これがバンダーの爆撃で死者が出ていればまた違ったのだろうが、今のところ三門の人々は早急な危機感を抱いてはいなかった。

 

 散発的に聞こえる(ゲート)発生の警報も既に彼等にとっては耳慣れたもので、警戒区域から聞こえる戦闘音は上空を飛ぶ飛行機の音と同じようなものだと認識していた。

 

 他の街とは少し違う、日常の音の一つ。

 

 大多数の市民にとって、トリオン兵の出現とそれを撃退するボーダーといった構図は非日常ではなくなっていた。

 

 それはボーダーがこの街にとって()()()()()のものとして扱われている証であり、今日まで平和が本当の意味で乱される事がなかった証左である。

 

 されど。

 

 先日のイレギュラー門の一件は、人々の心────────────────その無意識下に、不穏な影を落としていた。

 

 死者は出なかった。

 

 しかし。

 

 警戒区域の()でトリオン兵が現れたというのは、これまでになかった事である。

 

 嵐山達の即応によって被害は未然に防ぐ事は出来たが、建物が一つも壊れなかった、というワケではない。

 

 普段通っている場所が、明らかな外的要因で壊される。

 

 それは。

 

 三門市の人々にとって、四年前の大規模侵攻(あくむ)を想起するに充分な光景だった。

 

 表立った変化はない。

 

 けれど、今の三門市には。

 

 漠然とした、不穏な空気が滲んでいた。

 

 そして。

 

 彼等の予感は、現実になる。

 

 その日。

 

 空が、黒く染まった。

 

 

 

 

「時間だな」

 

 アフトクラトルの遠征艇、その作戦室。

 

 上座に座った青年、ハイレインはおもむろに立ち上がり、目の前に集った部下に目を向けた。

 

 大柄な男、ランバネインはニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、怜悧な美貌を称えた女性、ミラは黙って上官の言葉に耳を傾けている。

 

 粗野な雰囲気の青年、エネドラは獣の如き笑みで出撃の時を今か今かと待ち望んでおり、硬い表情をした少年、ヒュースは黙して指示を待っている。

 

 そして、一人鷹揚に佇む老紳士────────────────ヴィザは、その手に持つ杖を握りながら、静かに微笑んだ。

 

 その場にいる全員が、戦いの空気に身を浸して。

 

 上官の言葉を、待っていた。

 

玄界(ミデン)の兵の規模は、ある程度把握した。質の方は上限がまだ計測出来てはいないが、侮れない駒もそれなりにいる事は理解した。とはいえ、現時点での情報では想定の範囲を出てはいない」

 

 そこでハイレインはチラリと、ヴィザに目を向けた。

 

 この場で────────────────否。

 

 アフトクラトルでも最高峰の剣聖をこの遠征に連れ出せた事は、彼の今回行った準備の中でも最高の成果と言える。

 

 極端な話、他の全員が全滅したとしても彼さえいれば殲滅任務は達成出来る。

 

 どれだけ玄界の兵が手強かろうと、真逆ヴィザに勝てる相手はいないだろう。

 

 それだけの力を、彼の翁は持っている。

 

「作戦は、当初の予定通り行う。第一段階としてトリオン兵を一斉に展開し、頃合いを見計らってラービットを投入────────────────然るべき時が来れば、お前たちにも出て貰う。それまでは、此処で待機だ」

 

 だがそれは、作戦を乱雑にして良い理由にはならない。

 

 成る程、確かにヴィザさえいればあらゆる障害は斬り伏せられるだろう。

 

 されど、今回の遠征の主目的は玄界の兵の殲滅ではない。

 

 目的は、金の雛鳥────────────────即ち、「神」に相応しい強大なトリオンを持った者の鹵獲。

 

 それを達する為には、ただ相手を薙ぎ払うだけでは足りない。

 

 先日放った斥候(ラッド)の情報から、かなり高い確率で金の雛鳥がいる事が分かった。

 

 それだけの力を持った人間だ。

 

 もし自分であれば敵に奪われる事のないよう隠すか、相応の戦闘能力があればその効率的な運用を行う。

 

 ハイレインは恐らく後者に近い扱いをしていると、そう予測していた。

 

 隠すにしても、いつまでも匿い続けるには限度がある。

 

 アフトクラトルのような階級制度があれば話は別だが、ラッドの偵察で得た情報によれば少なくとも独裁が可能な国家体系ではない事が分かっている。

 

 加えて、街の運営そのものは玄界の兵を率いる者達が行っているワケではないようだ。

 

 ならば、長期間の隔離を行うだけの権限は無い筈である。

 

 故に、こちらの侵攻が察知されていない限り隔離は戦闘開始後になる筈だ。

 

 それさえ分かっていれば、どうとでもなる。

 

 自分の策に、絶対の自信があるワケではない。

 

 逆だ。

 

 一つの策が失敗しても良いように、無数の次善策(プラン)を用意しているからこそ、策を打つ事に躊躇いが無い。

 

 戦場において、絶対はない。

 

 ならば、いつ何時万が一が起きても良いように備えるのが賢いやり方だ。

 

 最善を目指すのではなく、最悪だけは回避する。

 

 それが、ハイレインの基本的な用兵なのだから。

 

 ハイレインは再び顔を上げ、宣告する。

 

 開戦の、言葉を。

 

「────────────────作戦開始だ。(ゲート)を開け。トリオン兵を、玄界(ミデン)の街に送り込め」

 

 

 

 

「────────来たか」

 

 ボーダー本部、屋上。

 

 そこで、迅はその光景を目にしていた。

 

 空が、黒く染まる。

 

 暗雲が立ち込め、周囲の空気が────────────────空間が、軋む。

 

 そして、上空に。

 

 黒い穴が、現れた。

 

 それも、一つではない。

 

 二つだとか三つだとか、そういう話でもない。

 

 迅が視認しただけでも、()()()()

 

 膨大な数の黒い穴が────────────────(ゲート)が一斉に出現し、更にその数を加速度的に増やしていく。

 

 その穴の数は、あの四年前の大規模侵攻のそれより更に多い。

 

 文字通り数えきれない程の門が開き、その中から敵が────────────────トリオン兵が、溢れ出て来る。

 

 日常(へいわ)が終わる、音がする。

 

 その光景は、断じて普段のそれではない。

 

 トリオン兵の襲撃が、日常から非日常へと切り替わる。

 

 あの時と。

 

 四年前と、同じように。

 

 三門市は、近界の脅威に晒された。

 

 第二次大規模侵攻。

 

 玄界の運命を決める戦争が、今この瞬間始まったのだ。

 

 

 

 

「任務中の部隊はオペレーターの指示に従って展開! トリオン兵を、撃滅せよ! 一匹たりとも、警戒区域から出すな…………!」

 

 管制室で、忍田の指示が飛ぶ。

 

 画面の中で膨大な数の門の反応が増加を続ける中、険しい表情をした忍田は迅速に判断を下していた。

 

「非番の戦闘員に緊急招集をかけろ。全戦力で迎撃にあたる────────────────戦闘開始だ…………!」

 

 忍田の命が下り、各部隊に緊急呼び出しがかかる。

 

 管制室の中も慌ただしく人が動き回り、ボーダー全体に喧噪が広がっていく。

 

 その光景を見据えながら、奥で据わる城戸は目を細めた。

 

「遂に来たか。だが、今回は四年前とは違う。準備はした。情報も可能な限り揃えた。あとは、実行に移すだけだ」

 

 城戸はそう呟くとモニターを睨みつけ、闘気を込めて己の覚悟を口にした。

 

「来るというのなら、迎え撃つまでだ。今度こそ、我々は街を守り抜く────────────────それが、あの日命を賭したあいつへの、手向け(ケジメ)だ」

 

 

 

 

『緊急警報────緊急警報────(ゲート)()()()()()()します────警戒区域付近の皆様は、直ちに避難して下さい────繰り返します────』

 

 街に響き渡る、緊急警報(アラート)

 

 それがいつもの日常音(おと)ではない事を、街の住民は黒く染まった空から感じ取っていた。

 

 異常は、眼に見えていた。

 

 何せ、規模がこれまでの散発的な襲撃とは違う。

 

 警戒区域、その方角。

 

 そちらへ目を向ければ、否が応でも眼に入る。

 

 街を埋め尽くす、異形の群れ。

 

 バムスターを筆頭にバンダーやモールモッドといったトリオン兵が、所狭しと展開されている。

 

 その光景を見て、喪失を経験した者は記憶を想起し震えあがる。

 

 誰しもが、理解する。

 

 これは、四年前と同じだ。

 

 あの時と同じ、大規模な近界民による街への侵攻。

 

 それが、始まったのだと。

 

 この世の地獄が、蘇る。

 

 そんな想像すら、抱く者がいた。

 

「玲」

「ええ、行きましょう」

 

 だが、それに待ったをかける者達がいた。

 

 そんな事はさせないと、武器を手にした者達が。

 

 彼等の名は、ボーダー。

 

 今の三門を、この世界を近界の脅威から守る。

 

 安易に超えるべきではない境界を監視し、外からの侵攻に備えて来た者達。

 

 この日の為に備えを怠らなかった者達が、立ち上がる。

 

 特注トリオン体のメンテナンスの為、那須共々基地にいた七海は彼女と共に戦場へと向かう。

 

「「トリガー起動(オン)」」

 

 二人の掛け声と共に、その身体がトリオン体へと換装される。

 

 普段着の姿から、SFチックなボディースーツの────────────────戦う為の、装いへと。

 

 彼等は生身の肉体では得られない脚力を獲得し、それを活かして基地の廊下を駆け抜ける。

 

 それを咎める者は、誰もいない。

 

 待機を命じられたC級隊員を除き、隊員達は既に全員が換装を終え戦場へと向かっていたからだ。

 

 むしろ、警報の時に開発室にいた二人は出遅れた部類に入る。

 

 だが、その遅れは微々たるものだ。

 

 ボーダーでも随一である二人の走力であれば、この程度の遅れは誤差でしかない。

 

 向かう先は一階ではなく、屋上。

 

 今いる場所からは、そちらへ向かった方が早い。

 

 生身であればともかく、トリオン体であれば屋上からの降下は造作もない。

 

 それに、高所から見下ろせば戦場の全体が俯瞰出来る。

 

 高速で戦場を行き来出来る二人にとって、上から見る情報は重要だ。

 

 そういった意味でも、屋上へ向かうのが正しい選択と言える。

 

 急かす心を強引に押さえつけ、彼等は走る。

 

 二人は一刻も早く戦場へ向かうべく、屋上へ上がる階段を駆け上がった。

 

「────────!」

「これは…………」

 

 そして、そこから見えた光景に絶句する。

 

 街を、警戒区域を埋め尽くすトリオン兵の()()

 

 その光景は、まさしく。

 

 四年前の、大規模侵攻。

 

 その、焼き直しとも言えるものだった。

 

「…………っ!」

 

 思わず声をあげそうになった那須の手を、七海が握り締める。

 

 それだけで、少女の心は平静を取り戻していく。

 

 大丈夫。

 

 目でそう伝えた七海を見て、那須は顔を上げた。

 

 広がる視界に、変わりはない。

 

 トリオン兵は街を埋め尽くし、その数はあの時より更に上だ。

 

 けれど、同じではない。

 

 あの時は、無力だった。

 

 自分たちは何も出来ず、ただ首を垂れるしかなかった弱者だった。

 

 今は、違う。

 

 戦う力は、既に得た。

 

 覚悟も、してきたつもりだ。

 

 師匠達との厳しくも楽しかった鍛錬も。

 

 好敵手達と繰り広げた模擬戦も。

 

 全霊を賭して戦い続けたランク戦も。

 

 知と武を尽くして挑んだ昇格試験も。

 

 そして、自分たちの全力をぶつけた迅との戦いも。

 

 全ては、この時の為。

 

 街を、この世界を脅かす敵を排し、皆を────────────────大切な人達を、守る為に。

 

 これまで、力を培って来たのだ。

 

「…………!」

 

 そこで、気付く。

 

 屋上の端、街を一望出来るその場所に。

 

 刃物で抉られた、矢印のような痕があった。

 

 こんな事をする人間なんて、一人しかいない。

 

 迅悠一。

 

 彼が、七海達がこの場に来る事を見越して指示を残してくれたのだ。

 

「小夜子、今から言う方角で俺たちが向かうべきだと思う場所を教えてくれ」

『そう言うと思って、やっておきました。最短ルートを提示します』

「助かる」

 

 既に七海との視界から観測情報を得ていた小夜子は即座に向かうべき場所の情報を二人に送り、それを目にした七海達は屋上の淵に足をかけた。

 

 迅が残した指示であるならば、疑う余地はない。

 

 元より、那須隊(かれら)は自由に動く遊撃隊としての役割を指示されていた。

 

 だからこそ、迅は示したのだ。

 

 今この瞬間、彼等が向かうべき場所を。

 

 簡潔なメッセージに留めたのは、恐らく悠長に通信をしている暇はないと判断した為。

 

 七海であればこれだけで理解出来ると、信頼してくれたからだ。

 

 今頃、迅は指示を飛ばしながら動いている真っ最中の筈だ。

 

 実際に指示するのは忍田本部長であろうが、迅はリアルタイムで予知情報を取得し逐一忍田に伝えている。

 

 迅の情報であれば疑う余地はない為、忍田は彼の情報を即座にフィードバックしながら各部隊へ命を下しているだろう。

 

 また、迅自身も風刃を手放したとはいえ、ボーダーの抱える最高峰の戦力である事に変わりはない。

 

 そして今、戦力を遊ばせる余裕は何処にも無い。

 

 故に迅は持ち得る情報を伝えながら、己の戦場へ向かい刃を振るっている筈だ。

 

 それがこの戦争での最適解であり、最善の未来へ至る為の前提条件なのだから。

 

「行くぞ」

「ええ」

 

 二人は屋上から飛び降りながら、グラスホッパーを展開。

 

 同時にジャンプ台を踏み込み、戦場と化した街へと下りていく。

 

 守るべきものを、守る為に。

 

 ────────戦争開始(OPEN COMBAT)────────

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