痛みを識るもの   作:デスイーター

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遊撃部隊

 

「急がないと…………っ!」

 

 修は一人、換装したトリオン体で目的地へ駆けていた。

 

 遊真は、此処にはいない。

 

 彼は先んじて戦場に向かっており、今は別行動をしている為だ。

 

 本来、これは有り得ない。

 

 遊真が協力しているのはあくまで修がいるからであり、単体では容易く撃破されてしまう修を放置する事は彼からすれば考えられない。

 

 だがそれは、あくまで修の意思が介在しなかった場合の話だ。

 

 彼が別行動をしているのは、迅の提案を修が承諾して遊真にそれを頼んだからだ。

 

 正直に言って、修と遊真では戦場における駒としての有用度に天と地ほどの差がある。

 

 修は幾らか知恵が回るとはいえ所詮は一介のB級隊員であり、戦闘力自体もかなり低い。

 

 対して、遊真は近界を良く知る近界民であり、特級の戦闘能力を持つ。

 

 一人いれば、それだけで盤面が変わりかねない()()()

 

 それが、空閑遊真なのだ。

 

 その遊真が修の速力に合わせたスピードで戦場を回るなど、時間のロスでしかない。

 

 戦場においてより多くの貢献をする為には、二人をセットで運用しない方が遥かに理に叶っているのだ。

 

 それは修自身もよく分かっているし、遊真も承知している。

 

 だからこそ修は遊真を送り出したし、遊真はそれを了承したのだ。

 

 それが、最善の道へ繋がると信じて。

 

(空閑は自分の役目を果たす為に向かった。ぼくはぼくなりに、役目を果たそう。弱者であっても無力じゃないって、証明するんだ…………っ!)

 

 

 

 

「トリオン兵はいくつかの集団に分かれて、それぞれの方角へ市街地を目指しています。本部基地から見て、西・北西・東・南・南西の五方向です」

 

 沢村の報告を聞き、忍田は頷く。

 

 画面の上では展開されるトリオン兵の動きが逐一表示されており、このまま進軍を許せば遠からず市街地へ到達してしまうだろう。

 

「現場の部隊を三手に分けて、東・南・南西の敵にそれぞれ当たらせろ。西と北西は、迅と天羽に任せてあるから援軍は必要ない」

 

 だが、忍田に焦りはない。

 

 迅と天羽。

 

 片方は元が付くとはいえ、S級隊員の二人が出向くのであればその戦場の勝利は既に約束されたようなものだ。

 

 風刃は手放しているとはいえ戦争経験者である迅の実力は伊達ではなく、ノーマルトリガーを使ったとしても大抵の戦場はどうにかなるだろう。

 

 天羽に関しては勝敗どうこうというよりも、周辺被害の大小を心配した方が良いレベルだ。

 

 二人の向かう場所に援軍が必要ない、というのも頷ける話である。

 

「こういう時は頼もしいですねぇ。ですが、他の三方は防衛部隊が間に合うのですか? 例の仕掛けを設置する為に、罠の準備は出来なかったのでしょう?」

「問題ない」

 

 根付の質問に忍田は力強く頷き、答える。

 

「我々が選出した遊撃部隊が、先行してトリオン兵の露払いと足止めを行っている。防衛部隊が着くまでの時間稼ぎは、充分にこなせる筈だ」

 

 

 

 

 基地から見た、南西の方角。

 

 警戒区域の中、進軍するトリオン兵。

 

 バムスターを中心としたその大群は、人が大勢いる市街地へ向かう為警戒区域の中を進んでいた。

 

 一体一体は雑魚であっても、今回はその数が尋常ではない。

 

 正隊員とはいえ、生半可な腕では数の暴力に屈してしまう可能性は0ではない。

 

『弾』印(パウンド)────────『強』印(ブースト)

 

 その、大群の最中。

 

 空中より飛来した黒い影が、バムスター数体を纏めて打ち砕いた。

 

 その影────────────────黒トリガーを起動した遊真は、トリオン兵の軍勢のただ中に着地する。

 

 当然、周囲の敵がそれを見逃す筈もない。

 

 バムスターの影に潜んでいたモールモッド十数体が一斉に動き出し、遊真に群がっていく。

 

『射』印(ボルト)『強』印(ブースト)

 

 しかし、遊真に焦りはない。

 

 強化された弾丸を射出し、群がるモールモッドを次々と破砕していく。

 

 明らかに、格が違う。

 

 幾ら数が集まろうと、通常のトリオン兵で黒トリガーの相手が務まる筈がないのだ。

 

 だが、トリオン兵にそんな機転は望めない。

 

 そもそも、彼等はプログラム通りに従うだけの機械兵。

 

 操り主からの命がなければ、早々に行動を変える事など出来ない。

 

 無論、脅威度の高い対象を避けて捕らえ易い標的を狙うようプログラムはされている。

 

 されど、そもそも大型を中心に構成されたトリオン兵の軍勢は機敏な動きには向かない。

 

 モールモッドはある程度素早く動けるが、そもそものサイズが違う為長距離の移動にはどうしても時間がかかる。

 

 一歩一歩が大きいバムスターは基本的な動作が緩慢であるので、逃げるという行為には適さない。

 

 故に、一人の黒トリガーによる蹂躙が起こるのは既定路線と言えた。

 

 一機、また一機と遊真はトリオン兵を破砕していく。

 

 遊撃を任された遊真は、周囲を殲滅する勢いで撃破数(キルスコア)を重ねていった。

 

 

 

 

「────────韋駄天」

 

 一方、東の戦場。

 

 そこでは、加古隊の黒江が閃光の如きスピードで敵を斬り払っていた。

 

 カスタムトリガー、韋駄天。

 

 A級特権で作成された実質彼女専用のそのトリガーの力で超加速を得た黒江は、数体のバンダーを纏めて両断する。

 

「よっと」

 

 その彼女の隙をカバーするように、緑川がグラスホッパーを駆使して群がって来るモールモッドを斬り裂いていく。

 

 二人の小柄な兵士は、躍るような動きで次々と敵を倒していく。

 

 ともすれば互いを巻き込みかねない挙動ではあるが、幼い頃から共に山で育った黒江と緑川にとって呼吸を合わせるのは造作もないどころか息をするのに等しい。

 

 他部隊とは思えぬコンビネーションを見せつけるように、二人はトリオン兵を駆逐していく。

 

「久しぶりだよね、こういうの。なんか楽しくなってきちゃった」

「油断して、ヘマしないでよね。こないだボロ負けしたって聞いたよ」

「あー、それは言い訳しようがないからなあ。でもま、遊真先輩と比べればトリオン兵なんてかわいいもんだって────────────────まあ、三雲先輩みたいな弱いけど油断ならない相手もいるって分かった事は大きかったけど」

 

 緑川は先日の模擬戦の事を思い返しながら、そう呟く。

 

 遊真にコテンパンにのされた事は勿論だが、最後の一戦で()()()()()()修の事も彼の脳裏には強く刻まれていた。

 

 たとえ弱くとも、やり方次第で強者を食う事は出来る。

 

 それは自分の力を過信して調子に乗っていた緑川にとってまさしく天啓ともいえるものであり、己を省みざるを得なかった苦い体験と言える。

 

 結果として遊真には強者として純粋な尊敬を、修には「弱いけど怖い」という少々捻くれた慕い方をするに至った。

 

 そのあたりの事情はまだ黒江にも話してはいないが、おいおい説明するつもりではある。

 

 なんだかんだで、慕った相手への好意を隠さないのが緑川だ。

 

 機会さえあれば、嬉々として二人の凄さを黒江に語って聞かせるだろう。

 

「さって、どうせだったらこのあたりの全部倒しちゃおう。その方が、他の人たちが楽になるしね」

「駿、変なものでも食べた? そんな事言うなんて、駿らしくない」

「別に炒飯は食べてないよ。詳しい事は、あとで聞かせてあげるからさ」

「ふぅん」

 

 これまでの勝ち気で調子に乗り易い幼馴染の意外な言動を訝し気に見る黒江だが、すぐに頭を切り替える。

 

 今、彼等は戦場のど真ん中にいるのだ。

 

 幾ら数がいるとはいえ、バムスターやモールモッドなどに後れを取るようではA級隊員の名折れである。

 

 すぐさま武器を構え直し、二人はトリオン兵の駆除を再開した。

 

 

 

 

 南の戦場。

 

 トリオン兵がひしめくその場所で、二つの影が白い軍勢を殲滅していた。

 

「────────」

 

 一つは、七海玲一。

 

 瓦礫や破壊したトリオン兵を足場にして戦場を縦横無尽に駆け巡り、無駄のない動きで一機一機、敵の核を貫いていく。

 

 数が集まっているとはいえ、鈍重なトリオン兵にその動きを捕らえる事は出来ない。

 

 七海を攻撃しようとして同士討ちし、数を減らしていった事も一度や二度ではない。

 

 何せ、七海の副作用(サイドエフェクト)である感知痛覚体質は影浦と違い相手が無機物であっても痛み(ダメージ)が発生する攻撃であれば問答無用で察知出来る。

 

 故に、大群の中に飛び込んだとしても何処から攻撃が来るかは分かる為、それを利用して同士討ちを誘う事も難しくはない。

 

 七海はその回避術と機動力を駆使しながら、一機、また一機とトリオン兵を減らしていった。

 

「消えて」

 

 一方、七海と共にこの場に飛来した那須はバイパーを用いて無数のトリオン兵の核を同時に貫き凄まじいスピードで敵を駆逐していた。

 

 七海と異なり近接武器が存在せず、トリオンもそこまで余裕があるワケではない那須は可能な限り消耗を避ける戦い方を徹底していた。

 

 即ち、全弾必中必殺(ワンショットワンキル)

 

 無駄弾を一切撃たず、無数に分割したバイパーの弾全てをトリオン兵の急所に正確に畳み込み、最大効率で敵を撃破していた。

 

 二人がこの場所に到着してから、加速度的に敵の屍が積みあがっていく。

 

 核のみを破壊し、余計な破壊は一切しない効率的な戦い方故、戦場にはトリオン兵の残骸がそっくりそのまま積み上がり続けている。

 

 正しく屍の山の上を駆け回る二人は、順調に敵の数を減らしていた。

 

「旋空弧月」

 

 そんな中、聞き慣れた声と共に拡張斬撃が放たれ、バンダーが両断される。

 

 そして、両断されたバンダーの向こう側から、精悍な顔立ちの剣士────────────────村上鋼が、隊長の来馬と共に姿を見せる。

 

 七海と村上はアイコンタクトを交わして頷き、それを合図として那須と共にその場を離脱した。

 

 此処はもう、心配ない。

 

 そう信じて、後を託したのだ。

 

「鈴鳴第一現着。遊撃部隊Ⅰよりこの場を引き継ぎ、戦闘を開始します」

 

 来馬の通信と共に、村上は弧月を構える。

 

 戦友よりこの場を託された剣士は、満ち溢れた闘志と共にその一刀を振るい始めた。

 

 

 

 

『諏訪隊、現着した。遊撃部隊Ⅱより引き継ぎ、近界民(ネイバー)を排除する』

『弓場隊、現着。遊撃部隊Ⅲより引き継ぎ、戦闘を開始します』

 

 忍田の下に、次々と部隊からの通信が届く。

 

 それは同様に現場へ到着し、遊撃部隊より戦場を引き継いだという旨の報告である。

 

 今回の大規模侵攻において、問題となるのは防衛部隊が現地に到着するまでどうやってトリオン兵を足止めするか、であった。

 

 流石にいつ侵攻が開始されるのか、具体的な日付や時間までは迅にも分からない。

 

 故に今回のような突発的な召集で隊員を呼び寄せる他なく、当然日時や時間によっては到着時刻に差が出て来る。

 

 その為、防衛部隊が現地に到着するまでには相応のタイムロスが予想されていた。

 

 当初は冬島と開発部が組んでの罠での迎撃を予定していたが、両者は今回別の役割を振られていた為にそれは出来なかった。

 

 故にこそ、忍田は迅からの提案を受け複数の遊撃部隊を予め用意しておき、足止めと露払いを命じていたのだ。

 

 遊撃部隊は、機動力と殲滅力を両立出来る者達で構成された。

 

 共に高速機動が可能で、小回りも利く黒江・緑川の二名から成る遊撃部隊Ⅲ。

 

 移動速度が凄まじく、単騎で無双が可能な遊真単騎の遊撃部隊Ⅱ。

 

 そして、三次元機動が本領であり殲滅力も高い那須・七海から成る遊撃部隊Ⅰ。

 

 この3チームが足止めと露払いを担い、防衛部隊が到着し次第その場の戦場を引継いで後は逐次必要な場所に投入する文字通りの遊撃部隊として運用する。

 

 結果として三チームは見事その役割を果たし、充分以上に時間を稼いでくれた。

 

 初期の戦果としては、上場と言えるだろう。

 

「遊撃部隊ⅠからⅢへ。指定ルートを巡回しながら、無理のない範囲でトリオン兵を排除してくれ────────────────繰り返すが、無理はしなくて良い。新型や人型が出て来た場合に備えておくんだ」

『遊撃部隊Ⅰ、了解』

『遊撃部隊Ⅱ、了解』

『遊撃部隊Ⅲ、了解しました』

 

 忍田の指示に応え、3チームの代表者が応答する。

 

 この3チームはいずれも高い戦力を保持しており、雑兵である通常のトリオン兵相手に消耗し過ぎるのは出来れば避けたいところである。

 

 特に、七海や遊真は大物食いを狙えるだけの潜在能力(ポテンシャル)がある。

 

 故に徒に消耗する事は避け、極論必要な局面まで待機させるのもなんらおかしな判断ではない。

 

 だが、完全な待機が許される程この戦場は甘くはない。

 

 無論、事前に彼等には必要な場合を除き引き継ぎ後の戦闘は極力控えるようには言ってある。

 

 ()()の前にエースを消耗するのは、明らかな愚策であるからだ。

 

(まだ例の新型も、人型も姿を見せてはいない。本番はこれから、という事か)

 

 忍田は忙しなく光点が移動する画面を睨みつけながら、拳を握り締める。

 

 戦争はまだ、始まったばかり。

 

 激化するのは、これからだ。

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