痛みを識るもの   作:デスイーター

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ラービット①

 

「王子隊、香取隊、生駒隊、加えて東隊の二名も現場に到着。トリオン兵の駆除に当たっています」

「よし、そのまま周囲のトリオン兵の駆除を行いつつ必要に応じて合流、連携させろ。状況によってはこちらから指示するが、合流の是非は各隊の隊長が現場判断で行って構わない」

 

 沢村の報告に対し、忍田は即座に指示を飛ばす。

 

 すぐさまその指示は各部隊に行き渡り、通信の向こうから「了解」の応答が返って来る。

 

 それを確認し、忍田は真剣な表情のまま頷いた。

 

「狙撃班と、彼等は?」

「既定の場所で待機させています。いつでも出撃可能です」

「よし。指示があるまで待機を継続。だが、いつでも出られるようにとだけ伝えてくれ」

「了解しました」

 

 忍田は沢村の返答を聞くと再び頷き、画面を見据えた。

 

 光点の数は減ってはいるが、未だ膨大な数のトリオン兵が残存している。

 

 とはいっても、このままいけば遠からず趨勢はこちらに傾くだろう。

 

 問題は。

 

 近界(ネイバーフッド)最大級の軍事国家であるアフトクラトルが、雑兵をばらまく()()で終わる筈がないという事だ。

 

 何せ、敵はこの間のラッドの騒動でこちらの兵力規模を既に知っている筈だからだ。

 

 現在、敵は戦力を分散させている。

 

 一点に戦力を集中させるのではなく、広範囲にトリオン兵を展開させているのだ。

 

 その狙いは恐らく、こちらの戦力の分散。

 

 戦力の層を薄くさせた上で、例の新型で各個撃破を狙うのだろうと予想される。

 

 もしも、レプリカからラービットの話を聞いていなければまんまと敵の術中に嵌まっただろう。

 

 だが。

 

 その情報を得た以上、取れる手というものは存在するのだ。

 

(新型の情報がなければ危うかったが、なんとか対策は出来た。あとは、それが巧く嵌まるよう立ち回るだけだ)

 

 

 

 

「旋空弧月」

 

 旋空、一閃。

 

 村上が放った拡張斬撃が、二体のバムスターを一気に両断する。

 

 その後方では来馬が近付いて来るモールモッドを1体ずつ銃撃し、着実に仕留めていく。

 

 七海達から引き継いだ戦場で、鈴鳴第一は堅実な戦いぶりで確かな戦果を挙げていた。

 

「このあたりの敵は、掃討出来たかな」

「ええ、少し移動して他の部隊の援軍に行きましょう」

 

 予め七海達が間引いていた為か、程なくしてこの一帯のトリオン兵は駆逐出来た。

 

 とはいってもそれはこの周囲だけの話で、そう遠くない場所では未だに戦闘音が続いている。

 

 ならば、既に敵がいない場所に留まる意味はない。

 

 二人はそう判断し、その刹那。

 

「────────!」

 

 背後。

 

 村上が両断した、バムスターの瓦礫の中。

 

 その中で、殻を破るような音が、聞こえた。

 

 

 

 

「よっし、これで最後の一匹撃破だな」

 

 南東にある戦場。

 

 そこでは小荒井と奥寺の二人が、息の合ったコンビネーションでトリオン兵を撃破していた。

 

 隊長である東は、この場にはいない。

 

 本部の作戦方針により、各部隊の狙撃手は一部を除き部隊とは別行動を取っている。

 

 本来であれば狙撃手も含めて纏まって動くのがセオリーではあるが、根本的な問題として攻撃手と狙撃手を同じ距離で戦わせるのは非効率である。

 

 通常のランク戦であれば、狙撃手は別行動を取るのが普通ではある。

 

 だがそれはあくまでランク戦の話であり、今回の場合は違う。

 

 この戦場では、いつ何処に追加の敵戦力がやって来るか分からない。

 

 故に、狙撃手を単独行動させていればその位置が発見され次第そこに戦力を送り込まれ各個撃破される危険がある。

 

 その為に、部隊単位で狙撃手も含めて固まって行動する他ない。

 

 ()()()()()()

 

 その問題は、とある手段にて解決済み。

 

 万全とはいかないが、狙撃手を別行動させる準備は整えた。

 

 だからこそ、二人はこの場で東抜きで戦っているのだ。

 

 不安はある。

 

 当然だ。

 

 これまで、自分たちを守ってくれていた頼もし過ぎる狙撃手が傍にいない。

 

 それは確かに、彼等の心に一抹の不安を齎した。

 

 だが。

 

 それでも尚、自分達を送り出してくれた東に報いなければならないと、二人は奮起していた。

 

 小荒井と奥寺は単騎ではエース級には及ばないが、その連携はあの風間さえ評価する程のレベルにある。

 

 この場のトリオン兵は、そんな二人の連携によって壊滅させられていた。

 

「よし、なら他の部隊の増援に────────────────いや、待て」

 

 周囲の敵勢力を撃滅した為、次の戦場へ向かおうとした刹那。

 

 奥寺は、視線をバムスターの残骸に向け。

 

 ()()を、見つけた。

 

 

 

 

「うっし、一丁上がりっと」

 

 諏訪は最後のトリオン兵の沈黙を確認すると、そう言って拳を握り締めた。

 

 黒江達からこの場を引き継いだ諏訪隊の面々は、ショットガンの面制圧と笹森の旋空によって程なくして周囲のトリオン兵を壊滅させていた。

 

 決して敵を近寄らせず、一方的に火力を押し付け粉砕する。

 

 諏訪隊の真骨頂が、カチリと嵌まった結果である。

 

「これで周囲の敵兵は掃討しましたね」

「ああ、次行くぞ次────────────────待て」

 

 だが、次の戦場へ赴こうとしていた諏訪の耳に、聞き逃せない物音が届く。

 

 それは、撃破したバムスターの内部から響いていた。

 

 バリバリ、バリバリと、何かを食い破るような。

 

 まるで、蛹から羽化する蝶のような。

 

 何かが、這い出て来る。

 

 そんな予感を持って、見据えた先。

 

 バムスターの残骸を引き裂き、その内部から現れた存在が────────────────その姿を、見せた。

 

 大きさは、三メートルほど。

 

 全体的なフォルムは人型に近く、それでいて頭部の耳のようなパーツが兎を思い起こさせる。

 

 だが、目の前の存在は野生の兎のような可愛らしい存在ではない。

 

 間違いなく、初見のトリオン兵。

 

 しかし、諏訪は情報として()()()()の事を耳にしていた。

 

 この、トリオン兵。

 

 その、名は。

 

「こいつが、新型か…………っ!」

 

 新型トリオン兵(ラービット)

 

 アフトクラトルの誇る最新鋭のトリオン兵が、戦場に姿を見せた瞬間だった。

 

 

 

 

「新型、出現しました…………っ! 現在、鈴鳴第一、諏訪隊、東隊、弓場隊が接敵中です…………っ!」

「遂に来たか」

 

 司令室。

 

 沢村からラービット出現の報を受けた忍田は、表情を引き締めた。

 

 来るなら此処だろうと、ある程度予測はしていた。

 

 現在、正隊員達は分散したトリオン兵を駆除する為に広範囲に展開している。

 

 トリオン兵が密集ではなく点在している為、部隊単位で行動しなければ手が回らなかったからだ。

 

 故に、現在各所ではB級部隊が単独でラービットと対峙している図式となっている。

 

 恐らく、戦力を散らしたところでラービットを投入し、各個撃破を狙う策なのだろう。

 

 それは、敵が戦力を分散して来た時点で予想していた。

 

 正確には、遊真からそういう助言があったのだ。

 

 次善に遊真には、何か気付いた事があればすぐに伝えるように言ってある。

 

 これまで近界を渡り歩いて来た傭兵の見地は頼りになる上、遊真はアフトクラトルという国家の事を自分達よりも知っている。

 

 その助言であれば決して無駄にはならないと考え、彼の意見は最優先で汲み取るようにしているのだ。

 

 遊真を擁する玉狛と本部の間の表向きの派閥争いは終わっており、今更彼を邪険にする理由はない。

 

 貴重な見地を持ったアドバイザーとして活用しない理由は、何処にもない。

 

 その遊真が、言ったのだ。

 

 この陣形は、分散させた戦力の各個撃破が狙いであると。

 

 実際、納得出来る話である。

 

 トリオン兵は、数だけが脅威となる雑魚。

 

 それが、ボーダー隊員の共通認識だ。

 

 基本的に正隊員にとって、トリオン兵は防衛任務で雑に倒せる相手でしかなく、軍勢であればともかくその一個体を脅威には考えない。

 

 目の前にバムスターやモールモッドが出現したところで、片手間に倒せてしまうのだから無理もない。

 

 精々射手や狙撃手がモールモッドに近付かれたら危険というくらいで、トリオン兵の一匹二匹で危機感を持つ隊員は稀だ。

 

 そんな常識が罷り通っている中で、見た事のないトリオン兵が出て来たらどうするか。

 

 多少は警戒するだろうが、恐らく大多数は早急な危機感を覚えずに挑んでしまうだろう。

 

 その相手が、特大の地雷であるとも思いもせずに。

 

 ラービットの戦闘能力は、A級数人がかりでなければ危ういレベルだという。

 

 そんな相手に油断してかかろうものなら、どうなるかは目に見えている。

 

 恐らく、ラービットの情報がないまま大規模侵攻を迎えていれば十中八九そうなっていたであろう。

 

「各部隊は時間稼ぎに徹し、場合によっては撤退も許可する。援軍が到着するまで、持ち堪えろ」

 

 通信先から一斉に了解、という返答が聴こえ、忍田は「うむ」と頷いた。

 

 そう、それはラービットの情報が()()()()()()の話だ。

 

 既にボーダーはラービットの情報を得ており、尚且つ各部隊にも周知はしてある。

 

 ラービットにただ蹂躙されるだけであった未来は、変わったのだ。

 

「援軍はすぐに到着する。無理をせず、やられない事を第一に考えろ。それが、今の最優先事項だ」

 

 

 

 

「ったく、簡単に言ってくれるぜ。けどまあ、やるしかねぇよな」

 

 諏訪は本部からの指示を受け、堤と共にショットガンを構えた。

 

 目の前に現れた新型────────────────ラービットの情報は、予め聞いていた。

 

 曰く、敵が送り込んでくる新型のトリオン兵であり、A級数人がかりでなければ厳しいレベルの戦闘力を持つ厄介な相手であると。

 

 たかがトリオン兵がそこまでの戦闘能力を持つという事に当初は懐疑的であったが、その考えはこの大規模侵攻の様相を見て即座に取り払った。

 

 これだけの兵力を、惜しみなく注ぎ込める程の相手だ。

 

 特別製のトリオン兵くらい、作っていてもなんらおかしくはない。

 

(あんな爆撃機みてーなのも作って来る相手だ。そういうのがいてもおかしくねーどころか、むしろいて当たり前だっつー話だ)

 

 諏訪は以前のイレギュラー門騒ぎの時に出現したトリオン兵、イルガーの一件を想起した。

 

 那須のファインプレーで市街地への被害は避ける事が出来たが、それがなければ大惨事になっていた筈だ。

 

 空中からの爆撃能力に加え、形態を変えての特攻モードの搭載。

 

 野放しにした場合の被害規模からしてみれば、充分以上に脅威な相手と言えた。

 

 そんなトリオン兵を作成し、送り込んでくるような相手だ。

 

 A級レベルの戦闘能力を持つトリオン兵を作れたとしても、不思議ではない。

 

 重要なのは、今目の前にいる新型が明確な脅威であり────────────────尚且つ、自分達だけでは勝てないだろうという事だ。

 

 その事実の前では、他の事は全て些事だ。

 

 たとえば、自分達にこの場を引き継いだ、どう考えてもノーマルトリガーでは有り得ない出力で戦っていた見慣れない白髪の少年の事だとか。

 

 いつの間にか決まっていた、遊撃部隊の事だとか。

 

 色々と気になる事はあるものの、今はそんな事に思考を割いている場合ではない。

 

 今はただ、目の前の脅威に対処しなければならないのだ。

 

「日佐人…………っ!」

「了解ですっ!」

 

 諏訪の号令と共に笹森はカメレオンを起動し、透明化を実行。

 

 それと同時に諏訪と堤の二人がかりで、ショットガンを銃撃。

 

 無数の銃撃が、ラービットに襲い掛かる。

 

「ちっ、硬ぇなこいつ…………っ!」

 

 しかし、ラービットはその銃撃をものともしない。

 

 ショットガンの銃弾は頭部をガードするように掲げた腕の装甲に弾かれ、一度たりとも有効打を与えられてはいない。

 

 そもそも、武器の相性が悪い。

 

 諏訪と堤のショットガンは面制圧をメインとする対人武器であり、硬い装甲を持つ相手との戦闘には適さない。

 

 狙って撃つのではなく、広範囲に弾幕をばら撒く仕様上、どうしても一転への突破力はアサルトライフルに劣る。

 

 あちらは一ヵ所に火力を集中する事で強引に守りをブチ破る事が出来るが、ショットガンではそうはいかない。

 

 ゼロ距離で叩き込みでもしない限り、防御を破る事は難しいだろう。

 

「────────!」

 

 だが、それで充分。

 

 銃撃は、ただの目晦まし。

 

 本命は、カメレオンを用いて背後に回った笹森の斬撃。

 

 防御を破る、という一点において旋空より優れたトリガーは存在しない。

 

 射程距離やら取り回しのし難さ等はあるものの、防御を突破する手段として旋空以上のものはそうは無い。

 

 故に笹森は諏訪と堤が銃撃で目晦ましをしている間にラービットの背後に回り、旋空を起動。

 

 旋空の発射準備に入る。

 

 その、刹那。

 

『────────!』

 

 ラービットが、動いた。

 

 頭部の耳のようなパーツがピクリと動いたかと思うと、まるで最初から位置が分かっていたかのようにラービットは笹森の方を振り向いた。

 

 そしてそのまま、ラービットは急加速。

 

 目にも止まらぬスピードで笹森に肉薄し、その剛腕を振るった。

 

「ぐ…………っ!」

 

 たまらず、笹森は吹き飛ばされ家屋へ叩きつけられる。

 

 凄まじい勢いで叩きつけられた為、塀の破片が飛び散り笹森は苦しそうに呻く。

 

 速過ぎる。

 

 近接戦闘が本領である攻撃手が、碌な抵抗を許されず吹き飛ばされるなど相当だ。

 

 スピード、パワー、どちらも桁外れである。

 

 これでもし何の警戒もなく近付いていれば、既に捕まってしまっていたに違いない。

 

『────────』

 

 だが、それも時間の問題。

 

 吹き飛ばされ、無防備を晒す標的に向けてラービットが疾駆する。

 

 後はその巨腕で押さえつけ、腹の口で捕らえてしまえば良い。

 

 無生物の筈のラービットの単眼が、不気味に光る。

 

 その魔手が、笹森に伸び────────。

 

「────────させん」

 

 ────────────────突如現れた乱入者により一瞬にして笹森の姿が消え、ラービットの腕は空を切った。

 

「ったく、おせーんだよ」

「これでも最短で来たつもりだ。文句を言われる筋合いはないな」

 

 空間から溶け出すように、笹森を抱えた風間が現れた。

 

 笹森と同じ、だが比較にならない練度でカメレオンを操る少年────────────────のように見える青年、風間は。

 

 腐れ縁の隊長に皮肉を返しながら、この戦場へと姿を見せた。

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