痛みを識るもの   作:デスイーター

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Girls fury

「……っ!」

 

 那須隊作戦室の緊急脱出用ベッドに、熊谷の身体が投げ出される。

 

 久々の、しかし前期では嫌という程味わった感触。

 

 それを受けて、熊谷は自分が落ちたという現実を受け入れた。

 

「ちくしょう……」

 

 熊谷は己の不甲斐なさに拳を握り締め、滲み出て来た涙を擦る。

 

 分かっては、いたつもりだった。

 

 自分は、強者などではない。

 

 返しの技術こそ評価されているが、トリオンも左程多くないし、茜のようにマスタークラスに到達したワケでもない。

 

 前期まで、『那須隊』はほぼ那須一人に頼り切った危ういバランスの上で戦っていた。

 

 自分も茜も那須の援護に徹しており、前期に限って言えば熊谷が単独で落とせた相手は殆どいない。

 

 茜もまた、狙撃手というポジションにありながら前期までの戦績はあまり振るわなかった。

 

 けれど、七海が加入した今期は、最高のスタートを切れていた。

 

 ROUND1では前期に手も足も出なかった『鈴鳴第一』に快勝し、ROUND2では七海の対策をして来た『荒船隊』を退け、地力の高い『柿崎隊』もほぼ完封勝ちに持ち込んだ。

 

 2試合続けて8得点獲得の、完全勝利(パーフェクト・ゲーム)

 

 前期までの自分達では、まず得られなかったであろう大戦果である。

 

 その大戦果を以て、『那須隊』は初の上位入りを果たした。

 

 だが。

 

 だが。

 

 上位陣、そのトップチームの二人が相手とはいえ、熊谷は手も足も出なかった。

 

 上手く逃げたつもりが、死地へ追い込まれていた。

 

 七海が来るまで、保たせる事が出来なかった。

 

 彼等の戦い方に憧れて習得したメテオラも、上手く活かす事が出来なかった。

 

 悔しい。

 

 その想いが、熊谷の中から溢れ出す。

 

 何も出来ず、落ちてしまった事は勿論悔しい。

 

 だが、それ以上に。

 

 ────自分が、チームのお荷物になっていないかと、一瞬でも思ってしまった事が、どうしようもなく腹立たしかった。

 

 ROUND2までの2試合、那須達は自分を上手く運用し、活躍の場を与えてくれていた。

 

 ROUND1では、バッグワームを用いて茜を護衛し、彼女を狙って来た笹森を落とした。

 

 ROUND2では、バッグワームを用いて相手の狙撃手、穂刈を落とした。

 

 どちらも、バッグワームを用いた奇襲戦法だった。

 

 正面からの戦いなど、一度もしていない。

 

 適材適所に、自分を割り振ってくれたのは分かっている。

 

 その采配の理由を疑うなど、仲間としてあってはならない。

 

 けれど。

 

 けれど。

 

 一人きりで上位の相手と相対し、何も出来ずに落とされた時、「ああ、自分は隠れてなきゃ何も出来ないんだな」と、一瞬でも思ってしまった自分自身が許せない。

 

 自分との適性を度外視し、仲間の戦い方への憧れだけでメテオラを選んでしまった自身の浅はかさが恨めしい。

 

 憧れは、理解から最も遠い感情だ。

 

 何かの漫画で、そんな台詞を読んだ事がある。

 

 確かに、その通りだ。

 

 ただ憧れるだけじゃ、何の意味もない。

 

 憧れだけじゃ、相手を理解する事など出来はしない。

 

 たとえ憧れた相手の真似をしても、自分がその相手になれるワケではないのだから。

 

 見習うべき所は見習い、自分に適した形に落とし込む。

 

 今の熊谷には、それが足りていなかった。

 

 それが、実際に『メテオラ』を使ってみてよく分かった。

 

 結局、慣れない射手トリガーを使った事で周囲への警戒が疎かになり、それが原因で落とされてしまった。

 

 射手トリガーは、トリオンキューブを分割し、狙いを付けて射出するというプロセスがある故に、起動中常に脳のリソースを使用する。

 

 流石に那須が使用するバイパー程ではないが、メテオラもまた狙いを付けて射出する必要がある為、射手トリガーに慣れてない熊谷は注意力が散漫になってしまった。

 

 その結果が、先程の『緊急脱出』である。

 

「…………よしっ!」

 

 気持ちを切り替え、熊谷はベッドから起き上がる。

 

 過ぎてしまった事を悔やんでも、仕方ない。

 

 今やるべきなのは、小夜子のサポートをして少しでも彼女の負担を少なくする事。

 

 それ以外に、有りはしない。

 

「小夜子、何か手伝う事ある?」

 

 熊谷はオペレータールームへ入り、小夜子に開口一番そう告げる。

 

 小夜子は多少心配そうな目を向けていたものの、熊谷が慰めを必要としていない事を察するとこくりと頷いた。

 

「じゃあ、那須先輩の方をお願いします。私は七海先輩の方に集中するので」

「分かった」

 

 熊谷が小夜子のオーダーを承諾して画面の前に座ると、七海から通信が飛んで来た。

 

『すまない。間に合わなかった』

「気にする事ないわ。あたしが凌ぎ切れなかったのが悪い。それより、試合に集中しなって。反省会は後だよ後」

『了解した』

 

 七海の返答を聞き、熊谷はふぅ、と溜め息をつく。

 

 此処でもし、熊谷が感情を吐露していたりすれば、七海は間違いなく彼女の失点を取り返そうと無茶をする。

 

 二宮に、正面から当たってしまう。

 

 それは、駄目だ。

 

 仲間想いなのが七海の長所であるが、時折仲間想いが()()()事がある。

 

 そしてそれは、『那須隊』全体に言えた。

 

 仲間意識が強過ぎる為に、仲間に捨て身の作戦をやらせる事が出来ない。

 

 ランク戦では、捨て身の作戦もまた、有用な策の一つである。

 

 実戦でも、『緊急脱出』システムの存在を加味すれば、充分実用性のある戦略だ。

 

 だが、今の『那須隊』は捨て身の作戦を取る事が出来ない。

 

 『柿崎隊』と違って単独行動自体は許容しているが、作戦の()()に仲間の脱落を組み込む事が出来ないのだ。

 

 前からこの傾向は強かったが、それには理由がある。

 

 前期までの『那須隊』は、一人でも落ちればそこから一気に押し込まれる事が常だった。

 

 那須が部隊を支えるエースである事は変わりなかったものの、当時の『那須隊』の構成では茜による狙撃の援護がなくなれば熊谷が追い込まれ、熊谷が落ちれば前衛のいなくなった那須が押し込まれる。

 

 つまり、一人でも落ちればその時点で勝ち筋は途端に薄くなってしまうのだ。

 

 故に、前期までの『那須隊』は生存重視の戦略を取らざる負えなかった。

 

 そして七海が加入した今となっても、その癖は抜けていない。

 

 七海の加入によって一人落ちても立て直しが図れるようになっているのだが、長年の癖というものは中々抜けないものだ。

 

 それに、隊長の那須がそれを是としているのも原因の一つであった。

 

 那須は表面上は分かり難いものの、身内への依存癖が強い。

 

 中でも七海に対する依存度は、病的と言えるレベルだ。

 

 故に、彼女は仲間を、七海を害される事に対して敏感になり過ぎている。

 

 以前、街で那須が柄の悪い男性に絡まれ、それを七海が割って入った事がある。

 

 七海は穏便に男性にお帰り願おうとしていたが、男性が逆切れして七海に殴りかかろうとした瞬間、那須は容赦なく金的を敢行して悶え苦しむ男性を放置してその場を後にした。

 

 その他、熊谷や茜がC級隊員に噂話で馬鹿にされた時も、それを聞きつけた那須が笑顔の威圧で彼女達を揶揄したC級隊員を吊るし上げていた。

 

 那須は、身内の事となると頭に血が上り易いという特徴がある。

 

 有り体に言えば、身内に関する那須の沸点は非常に低い。

 

 いつ何時、爆発するか知れたものではない。

 

 それを知っている熊谷は、恐る恐る那須と通信を繋いだ。

 

「玲、大丈……」

『────くまちゃん、任せて。くまちゃんを傷付けた報いは、ちゃんと受けさせるから』

「って、玲……っ!?」

 

 底冷えするような那須の声を聞き、熊谷は仰天して問い返す。

 

 どうやら、早くも那須はその沸点をオーバーしていたらしかった。

 

 

 

 

「『那須隊』の熊谷隊員、二宮隊長の『アステロイド』により『緊急脱出』……っ! 四つ巴の試合最初の脱落者は、『那須隊』から出てしまいました……っ!」

 

 綾辻の実況に、会場がどよめいた。

 

 『那須隊』は今期のROUNDで、今まで一人も『緊急脱出』していなかった。

 

 その牙城が遂に崩れたのだから、この反応も当然だろう。

 

「運がなかったのもそうだけど、あれは犬飼くんが上手かったわね。実質、彼が取った点と言っても差し支えないわ」

「ふむ、と言うと……?」

 

 加古の説明に綾辻が問い返し、加古はつまりね、と続けた。

 

「熊谷さんは犬飼くんの銃撃を利用して校舎の中に逃げ込んだけど、それ自体が犬飼くんの罠だったのよ。彼は最初から、熊谷さんを校舎の中に追い込むつもりだった」

「つまり、銃撃で校舎の入口を壊したのはわざとだと……?」

「十中八九、そうでしょうね。あたかも熊谷さんに乗せられたかのように見せていたけど、最初からあれは計算づくの行動だった筈よ」

 

 彼、そういうの上手いしね、と加古は犬飼を評価する。

 

 犬飼は飄々としていて掴み所のない性格をしているが、その本質は冷徹な判断を下せる名サポーターだ。

 

 戦況全体を俯瞰し、適時最適な行動を組み立てる判断力に優れている。

 

 だからこそ、彼は『二宮隊』の調整役(バランサー)と呼ばれている。

 

 数々の経験と優れた判断力に裏打ちされた支援能力は、他の追随を許さない。

 

 射手顔負けのサポート能力を持ちながら、マスタークラス銃手(ガンナー)として単騎でも問題なく立ち回れる。

 

 それが、『二宮隊』銃手、犬飼澄晴の強みなのだ。

 

「犬飼くんは熊谷さんを見通しの悪い屋内へと追い込み、バッグワームで近付いた二宮くんがそれを仕留める。言うだけなら単純だけど、犬飼くんの立ち回りがあってこそのものよ」

「そうだなー。実際、相手の追い込み方としちゃベストな立ち回りだったと思うぜ。熊谷も自分があの場所に誘導された事にゃ、二宮さんに撃たれるまで気付いてなかったしな」

 

 当真の言葉に加古もそうね、と言って肯定した。

 

「でも、二宮くんにしては慎重な立ち回りね。普段なら力押しで熊谷さんを追いかけても良さそうなのに、わざわざ犬飼くんに狩り出させてる。珍しく、やる気になってるじゃない」

 

 それだけ、今の『那須隊』を警戒してたのかしら? と加古は一瞬思ったが、すぐに「違う」と自分の考えを覆した。

 

(多分、二宮くんの()()()が出てるわね。気になる相手がいると、試さずにはいられないってやつ。この前の一件で、七海くんに目を付けたのかしら?)

 

 加古はROUND2の直後の二宮と七海のやり取りを思い出し、溜め息を吐いた。

 

(熊谷さんを追い込んで倒したのは、『那須隊』に対する挑発。それで彼女達がどう出るか、見てるのね。全く、厄介な事をしてくれたモンだわ)

 

 ま、丁度いいかもしれないけど、と加古は誰知らず嘯く。

 

(二宮くんが『那須隊』を狙うって言うなら、丁度良いわ。この機会に、彼女達の弱みを全部出し切って貰いましょう。仕上げは東さんに任せて、ね)

 

 

 

 

「東さん、7のポイントで小荒井と合流します。敵の情報を下さい」

『その先に二宮と犬飼がいるな。ゾエは辻と遠くで交戦中、絵馬と影浦の姿はまだ見えない』

 

 白いバッグワームを着た奥寺は東からの通信を受け、一旦その場で止まる。

 

 犬飼はともかく、二宮の相手は幾ら小荒井と組んでも荷が重い。

 

 このまま進んでも、いるのは犬飼を傍に控えさせた二宮だ。

 

 戦略的に考えても、彼等と戦り合うのは旨味が無さ過ぎる。

 

『あちゃー、二宮さん相手はキツイっすよー』

「そうだな。それは俺も同意見だ。となると、狙うべきは辻先輩か」

 

 奥寺の言葉に小荒井も通信越しに「そうだなー」と賛同の意を示す。

 

 無理に二宮と当たるよりは、そっちの方がずっとマシだ。

 

 作戦方針が決まり、奥寺は通信で再度確認を取る。

 

「じゃあ、小荒井と合流したら辻先輩のトコ行きますか。ちなみに東さん、七海先輩と那須先輩はどうなってますか?」

『その二人の姿はまだ────いや、待て』

 

 通信の先で、東が息を呑む音が聞こえた。

 

 何事かと奥寺が聞き返そうとした矢先、通信越しに東の呟く声が聞こえた。

 

『────成る程、そう動くのか』

 

 

 

 

「これでまずは一点ですね、二宮さん。いやー、こんな序盤で点取れるとか幸先いいなー」

「取れて当然の点を取っただけだ。この程度の事で浮かれるな」

 

 校舎の敷地内、雪が降り積もる校庭で合流した犬飼と二宮はそんなやり取りを交わしていた。

 

 雑談に興じているように見えるが、二宮は勿論、犬飼もまた警戒は微塵も欠かしていない。

 

 いつ何処から来ても対応出来るよう、常に周囲に注意を向けていた。

 

「お、あれは……っ!」

 

 ────だから、気付けた。

 

 校舎の上から飛来する、無数の光弾に。

 

「チッ……! 犬飼、両防御(フルガード)だ……っ!」

「了解……っ!」

 

 無数の光弾が、二人の下へ降り注ぐ。

 

 そして、着弾した瞬間、その弾丸は────爆発した。

 

 『変化弾(バイパー)』では、有り得ない。

 

 着弾と同時に爆発する性質はメテオラのそれだが、メテオラはあのような軌道は描かない。

 

 ────『変化炸裂弾(トマホーク)』。

 

 それが、彼等の元に飛来した合成弾の正体である。

 

「危ない危ない、直撃したらヤバかったなー」

 

 だが、犬飼と二宮に損傷はない。

 

 二人が揃って両防御(フルガード)で『固定シールド』を展開し、その爆発から身を守ったからである。

 

 『変化炸裂弾』は威力そのものはバイパーやメテオラより上ではあるが、その爆発範囲を最重視するメテオラの性質は変わっていない。

 

 二宮の桁外れのトリオン量にあかせたシールドであれば、防ぎ切る事は可能だ。

 

 そこに犬飼のサポートもあれば、より盤石。

 

 結果として、『変化炸裂弾』による奇襲は、失敗に終わった。

 

「『変化炸裂弾』って事は、那須さんか。此処で仕掛けて来るとか意外だなー」

「ふん、仇討ちのつもりか。下らん。さっさと獲りに行くぞ」

「了解」

 

 若干失望したような二宮の言葉に犬飼は素直に頷き、移動を開始しようとした刹那。

 

 それが、飛来した。

 

「────メテオラ」

「……っ!」

「チッ……!」

 

 上空から降り注ぐは、無数のトリオンキューブ。

 

 明らかに先程とは異なる弾丸が降り注ぎ、犬飼と二宮は再び固定シールドを展開。

 

 シールドに着弾した光弾が爆発を起こし、周囲を爆風が吹き荒れる。

 

「ありゃりゃ、まさか、()()()も来るとはねー」

「…………お前もか、()()

「────」

 

 固定シールドでメテオラに耐え抜いた犬飼と二宮が見上げる、その先。

 

 聳え立つ校舎の、屋上。

 

 給水塔の上に足をかけた七海が、彼等を見下ろしていた。


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