「皆さん、避難先はこちらです。道中の護衛は我々が行います」
三門市、市街地。
そこではボーダーの隊員達が市民の避難誘導を行っていた。
避難誘導を行っているのは各所に振り分けられた十数名のC級隊員と、
茶野隊や間宮隊といった面々が、C級を監督しつつ避難誘導を指揮していた。
本来、この避難誘導にはC級隊員が割り当てられる筈であった。
数だけは多く戦闘が行えないC級隊員のみが非難誘導を行い、正隊員は全員を戦力として運用する。
それが、当初のボーダーの方針であった。
だが。
ラービットの存在が分かった事で、急遽その方針は転換された。
トリガー使いを捕獲する為のトリオン兵、という存在が敵である以上────────────────相手の狙いが、
そうなると、敵にとって最も
そんなもの、一定量のトリオン量が担保されていて碌な抵抗も出来ないC級隊員に決まっている。
幸い緊急脱出システムがC級隊員には積まれていない事は露見していない為積極的に狙って来る可能性は低いが、それでもゼロではない。
故に、避難誘導に当たるC級隊員を厳選し、数の不足をB級下位の部隊で補う事となった。
避難誘導に参加するC級隊員は、以前の昇格試験中に行われた研修で「優」以上の評価を取った者のみとした。
「優」の評価を得る為には研修への参加態度や指示をきちんと聞けるか否か等、戦闘力やトリオン量よりも
故にそもそも研修に参加していない新入隊員は参加出来ず、C級の中でも指示をきちんと聞き能率的に行動出来る者のみが避難誘導に動員されている。
そしてB級下位の面々は実力はともかく組織の一員としての自覚はしっかり持っている者達である為、C級を監督し避難誘導を指揮する人員としては問題は無い。
B級下位の面々が避難誘導に割かれた分戦力自体は減っているが、ラービットをA級とA級相当の部隊が対処している事で他のB級部隊が十全に動く事が出来ている。
その為、実力・チーム力共に低いB級下位の面々が戦線からいなくなったところでさしたる問題はないのだ。
『柿崎さん、南側の避難は予定通りに行えています。そちらに人を割きますか?』
「いや、配置はそのままだ。新型はA級が相手をしているが、次は何処に出て来るか分からない。各個撃破の可能性を低くする為にも、少数での行動は許可出来ない。これまで通り進めてくれ」
『了解しました』
加えて、そんなB級下位の面々を統率しているのは柿崎だ。
当初は自分たちが実質戦力外通告された事で不満を持っていたB級下位の面々であるが、柿崎が避難誘導全体の指揮を執る事になりその不満を抑え込んだ。
柿崎は自己評価が低いが、ボーダー内でも親しみ易く温和な先輩として多くの隊員に慕われている。
B級下位の部隊を集めて柿崎がオリエンテーションを行った際、柿崎はまず頭を下げた。
自分では力不足かもしれないが、市民に被害を出したくない。
巧く出来るか不安だけれど、避難誘導の指揮はちゃんとやりたい。
責任は俺が持つから、頼む。
俺に、協力してくれないか、と。
その結果、「柿崎さんが言うなら」とB級下位の面々が一様に今回の采配に従ったのだ。
この人望こそ、柿崎の最大の強みと言える。
相手の目線に立って話し、会話で不快感を与えない。
まずは相手の気持ちを尊重した上で、通すべき筋は通す。
それが柿崎のやり方であり、彼が自然とこなす人心掌握術であった。
柿崎自身に、別段「うまく皆を誘導しよう」という意識はない。
ただ、自分の不安を曝け出した上で下手に出て
通常、上に立つ者が下手に出るのは愚策である。
上に立つ者は相応の態度を示さなければ組織としての緩みに繋がり、手抜きや慣れ合いを招く。
だが、相手がC級やB級下位の場合は話が別だ。
ボーダーは、学生がメインの組織である。
当然学生気分が抜けない者もC級には多く、気が緩み易くミスが発生する可能性も高い。
B級下位部隊もC級と比べればマシではあるが中位以上の部隊と比べればどうしても練度や精神面の不足が否めず、組織の一員としての能力には不安が残る。
そういった相手は、まず安心感を与える事が大事なのだ。
「この人は自分たちの話を聞いてくれる」「この人は自分たちを大事にしてくれる」と、思わせる事が重要なのだ。
これがB級中位以上の精神的にも充分成熟している者達であればそんな手間は必要ないが、未だ未熟さが拭えない者にとって安心感というのは何よりの助けとなるのだ。
「この人に付いて行けば、大丈夫」と、思わせられれば。
行動の際の迷いが消え、指揮官による指示も通り易くなるのだ。
新人の動きが鈍いのは、大体の場合が「失敗を恐れる」からだ。
自分の能力が未だ評価されておらず、行動の担保がない状態だと人は失敗を恐れて動きが鈍る。
「失敗したらどうしよう」という不安が、何よりの足枷となるからだ。
それを柿崎は「不安も不満もあるよな。分かるよ」と同調した上で、「責任は俺が持つ、任せろ」と太鼓判を押してみせたのだ。
奇しくもC級隊員やB級下位隊員が求めていた言葉を的確に選んだ事で、柿崎は彼等から指揮官として認められたのだ。
この人の指示なら、安心して聞けると。
そう、確信する事で。
────────────────柿崎、悪いんだけど避難誘導の指揮を頼んで良いかな? お前がやるのが一番良いって、俺のサイドエフェクトが言ってるからさ────────────────
不意に、柿崎の脳裏に先日の迅の言葉が蘇る。
柿崎をこの役割に任じる切っ掛けを作ったのは、迅だ。
彼がわざわざ柿崎の下を訪れ、そう言って頭を下げたのだ。
あの飄々としているように見えて自己犠牲の塊のような友が、頭を下げて頼んで来たのだ。
これで気合いが入らなければ、嘘というもの。
自分には、迅のような特別な力はない。
嵐山のように逸脱したカリスマのようなものはないし、弓場や生駒のように強くもない。
けれど。
自分に出来る事があるのであれば、やってみせる。
その覚悟で、この場に立っている。
全ては、友の想いに応える為に。
少しでも彼の負担を減らすべく、全力を尽くす。
自分なりの、やり方で。
方法は違えど、此処が柿崎の戦場なのだから。
(迅、俺にやり遂げられるか不安ではあるけど────────────────お前の期待には、なんとか応えてみせる。だからお前も頑張れ、迅。何かあったら、俺でよけりゃあ助けるからさ)
「────────!」
北西の戦場。
そこでトリオン兵を駆除していた迅は、眼を見開いた。
現在の戦況は、順調と言えた。
ラービットの対処をA級及びA級相当の部隊に任せた事でトリオン兵の駆除も進んでいるし、大きな被害も出ていない。
C級の数を厳選した事で避難誘導もスムーズに進んでいるし、B級下位の面々を市街地に振り分けた事で遊真の黒トリガーを見咎められる心配もない。
B級中位以上の者達は遊真の姿を見てはいるが、そういった者達は独断で動かないだけの分別を持っている。
実際、最初に遊真の姿を見た諏訪も「戦力になるなら構わない」と見逃しているのだから。
これがB級下位の面々であれば
全ては、順調に動いていた。
(これは洒落にならない────────────────けど、手を打っといて良かった)
たった今視えた
だが。
万が一を備えての
迅は通信を開き、この事態に備えて待機していた者達に号令をかける。
「太刀川さん、生駒っち────────────────頼んだ」
それは、唐突に表れた。
空を泳ぐ鯨のような巨大な敵────────────────爆撃型トリオン兵、イルガー。
それが自爆モードになった状態で、地上目掛けて墜ちて来た。
一体は、ボーダー本部へ。
そして残りの二体は、
同時に、降下して来たのだ。
ボーダー本部は、心配ない。
以前の千佳による壁抜き事件を機に、鬼怒田開発室長が外壁の強化に取り組んだからだ。
イルガーの突貫も、一発であれば耐えられる。
故に、基地への攻撃は無視したところで構わない。
問題は、市街地目掛けて落ちる二体だ。
イルガーの自爆は、広範囲に及ぶ。
万が一このまま市街地に落ちれば、被害は甚大なものとなるだろう。
避難は順調とはいえ、イルガーの自爆によって引き起こされる爆風でどれだけの物が飛ぶか分からない以上、死者が大勢出る可能性もある。
放置すれば、間違いなく最悪の事態。
だが、自爆モードとなって装甲が強化されたイルガーを落とさずに撃破出来る者などそうはいない。
「海」
「はいさ」
────────────────だが、それが可能な者は存在する。
ゴーグル姿の剣士、生駒はチームメイトの南沢に声をかけ、彼の展開したグラスホッパーを踏み込んだ。
跳躍し、上空に躍り出る生駒。
その視線は、こちらへ向かって落ちて来るイルガーの巨躯へ注がれていた。
────────────────大規模侵攻の時、イコさんじゃなきゃ斬れない相手が出て来ると思う。だからその時は、お願いするよ────────────────
生駒の脳裏に、ROUND6の後に玉狛支部で交わした迅との会話が蘇る。
彼は、その迅の依頼を覚えていた。
当然だ。
色々と頓狂な性格をしている生駒ではあるが、情が厚く仲間思いな男である事に間違いはないのだ。
大切な友人の頼みを、どうして無碍に出来ようか。
あの迅が、今まで誰かを頼る事をしなかった迅が自分を頼って来たのだ。
ならば、応えるのが漢というものだ。
少なくとも生駒はそう思ったし、そうでなくともあのトリオン兵は見逃せない。
あれが街に落ちれば、多くのものが失われるだろう。
家は壊れるだろうし、人だって死ぬかもしれない。
そんな結果を、生駒は断じて許容出来ない。
生駒は、この街が好きだ。
トリオン兵と戦いを繰り広げる物騒な街ではあるけれど、この街で出来た思い出は掛け替えのないものだ。
だから、それを守る為に剣を振るう事に何の迷いがあろう。
故に。
「────────旋空弧月」
彼は迷わず、生駒旋空を撃ち放つ。
神速の抜刀より放たれる、一閃の刃。
それが。
イルガーの装甲を紙の如く裂き、両断。
躯体を裂かれたイルガーはその場で起爆し、爆散。
轟音と共に、空の塵となった。
爆発の威力が高過ぎた為に、イルガーの残骸が落ちる心配はない。
一機目のイルガーは、生駒の剣によって撃墜された。
「お、来た来た」
同刻。
もう一機のイルガーと、空中で対峙する太刀川の姿があった。
太刀川は生駒と同様グラスホッパーで空中に躍り出ており、既に腰の両の剣に手をかけている。
イルガーの装甲が強固である事は、理解している。
生半可な攻撃では、傷一つ付かないであろう事も分かっている。
「さて、斬るか」
だからこそ、自分が此処に配されたのだから。
太刀川は何気なく、気負いなく呟き。
そして。
「旋空弧月」
無造作に、その刃を振るった。
振るわれる、二振りの弧月。
その拡張斬撃が、イルガーを抵抗なく十字に斬り裂いた。
裂かれたイルガーは生駒の斬った機体と同様、起爆。
爆散し、塵となって消え失せた。
「そこだ」
それを、見ている者がいた。
戦場に送ったトリオン兵の視界を通して二人の剣士の姿を見ていたハイレインは、即座に指示を下す。
「モッド体を送り込め。砲撃型だ」
空中でイルガーを撃破した、太刀川と生駒。
その頭上。
そこに黒い穴が開き、ラービットが出現する。
但し、その色はこれまでの白ではない。
灰色。
明らかにこれまでのものとは異なるその風貌に、肩に取り付けられたブースターのような装備。
話に聞く特殊型か、と判断したのも束の間。
そのラービットが口を開き、トリオンを収束させ始めた。
間違いない。
このラービットは、
恐らく、イルガーは囮。
この場に────────────────即ち、逃げ場のない空中へ実力者を誘い出す為の。
イルガーを撃破し、地上への被害を防ぐ為には空中で迎撃する他ない。
故に、何かしらの手段でイルガーを倒せる実力者を空へ打ち上げると考えられていた。
遠距離の射撃で貫ける程、イルガーの装甲は容易くはない。
故に、相応の実力者が向かわされる筈だと、ハイレインは踏んでいたのだ。
だからこそ、そこを突く。
逃げ場のない空中で、モッド体のラービットの砲撃を浴びせる。
此処で実力者を片付ければ、後が楽になる。
容赦の欠片もない、徹底して効率を求めたハイレインの一手。
軍師の命を受けた2体のラービットが、二人の剣士に狙いを定めた。