痛みを識るもの   作:デスイーター

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邂逅

 

 二機のラービットの砲撃が、太刀川と生駒を狙い撃つ。

 

 タイミングは、これ以上ない程完璧と言えた。

 

 太刀川も生駒も、旋空でイルガーを斬り捨てた直後。

 

 どんな熟達の戦士であっても、渾身の一撃を放った後は僅かな硬直が起こる。

 

 特に剣士は刀を振り抜いた状態から次へ繋げるまでのタイムラグがある為、攻撃した直後というのは一番危険なタイミングなのだ。

 

 そこを、突かれた。

 

 恐らく、地上で戦えばさして問題はなかっただろう。

 

 ラービットの特殊個体とはいえ、太刀川も生駒も歴戦の剣士だ。

 

 少し特殊性を加えた程度の相手など、一刀両断してのけるだろう。

 

 だが、此処は空中。

 

 足場はなく、生駒に至っては地力でグラスホッパーを生成出来ない。

 

 太刀川も空中機動はそこまで得手というワケではなく、この体勢から砲撃を躱すのは難しい。

 

 将棋で言えば、詰みの一手。

 

 これは、そういった代物だった。

 

『────────!?』

 

 されど。

 

 その詰み(チェック)は、覆った。

 

 地上から飛来した、一発の弾丸によって。

 

 二機のラービットは、砲撃を放つ為口内を────────────────つまり、核を露出させていた。

 

 砲撃の発射口がそこなのだから当然の話であるのだが、それは即ち弱点が露出している状態と同義と言える。

 

 そこを、突いた。

 

 地上から放たれた弾丸は狙い(あやま)たず生駒を狙っていたラービットの核を貫き、一撃で機能停止に追い込んだ。

 

 撃墜され、落下するラービット。

 

 それを横目で見ながら、生駒は自由落下に任せて自らも落ちていく。

 

 そして、自分を救ってくれた狙撃手に向かって礼を告げた。

 

「あんがとさん。ユズルくん、良いお手前やな」

 

 

 

 

「別に良いよ。こっちも仕事がスムーズにやれたし」

 

 ビル、その屋上。

 

 そこでイーグレットを構えていたユズルは、通信で感謝を伝えて来た生駒ににべもない返事を返す。

 

 相手は年上なのだからもう少し言葉遣いを気を付けるべきだとは思うが、今のユズルは本物の戦場の空気に当てられて自分でも気付かない程度に昂揚していた。

 

 戦術よりも地力を押し付ける戦い方が主であった影浦隊での戦いとは異なる、より視野の高い者が采配した正真正銘の迎撃戦術(カウンター)

 

 それを決める感覚は、悪くない。

 

「さて、移動するか」

 

 とはいえ、この場に留まればトリオン兵を送り込まれてやられる可能性がある。

 

 東という規格外と違い、ユズルは基本的に近付かれたらまず助からないのだから。

 

 故に、行動は迅速。

 

 新型を早くも一機撃破してのけた中学生狙撃手は、敵に増援を送り込まれる事を考慮し即座にその屋上から姿を消した。

 

 

 

 

直撃(ビンゴ)。どうよ真木ちゃん、当ててみせたぜ」

『アンタはそれが仕事でしょうが。やって当然の事を威張るんじゃないよ』

「キビシーなー、真木ちゃん」

 

 一方、太刀川を狙っていたラービットを撃墜した狙撃手────────────────当真は通信越しにオペレーターに称賛を催促し、つれない返事を返されていた。

 

 当真としては此処で彼女に褒めて貰いたかったところだが、もし本当に称賛の言葉が出て来たらいっそ恐ろしいなと彼は思い直した。

 

 基本的に出る言葉の8割以上が罵声で言葉の一つ一つにモーニングスターが付いている真木というオペレーターは、人を褒める事は早々ない。

 

 特に、自部隊の二人に関しては他の面々より一層評価が厳しい。

 

 彼女からしてみれば、当真がこの()()の狙撃を成功させるか否かなど問うまでもない事なのだ。

 

 当真なら絶対に成功すると確信しているからこそ、真木は余計な事は言わない。

 

 それが分かっているからか、当真の表情に険は無い。

 

 いつも通りだなあと、苦笑を浮かべている程度である。

 

『ホラ、さっさとしな。言われるまで行動出来ない程愚図じゃないだろ』

「わーってるよ。退散退散っと」

 

 そして、その後の動きにも迷いはない。

 

 当真は真木の罵声を尻目に地面に手を押し付けると、その場から跡形もなく消え去った。

 

 その場に彼がいた痕跡など、既に何処にもなかったかのように。

 

 

 

 

(対処された、だと…………? いくら何でも、対応が()()()()。流石にこれは、想定以上だな)

 

 遠征艇。

 

 そこで現場の映像を見ていたハイレインは、思わず目を細めた。

 

 イルガー三機を捨て駒にしての、空中に躍り出た標的へのラービットの砲撃敢行。

 

 これで相手を仕留められる────────────────とまでは、流石に楽観はしていなかった。

 

 だが、少なくとも手傷は負わせられると踏んでいた。

 

 空中という足場のない環境で、高威力の砲撃に晒される。

 

 これだけで、ほぼ詰みに近いのだ。

 

 それこそ、ランバネインの雷の羽のように飛行能力があるのであれば話は別だが、今のところ玄界(ミデン)のトリガーに航空戦闘能力があるものは確認されていない。

 

 未だ出てきていないだけかもしれないが、少なくとも跳躍という手段で空中に出たあの二人の剣士は持っていない筈である。

 

 だからこそ今回の采配で、高い実力を持つ剣士に痛打を与える事にしたのだ。

 

 ハイレインはラービットが即時対処された時点でこの世界の戦力評価を一新させ、このままでは作戦目標が瓦解しかねないと危惧を抱いた。

 

 玄界の戦力の厚さと差配の正確さは想定以上であり、当初の作戦では失敗の可能性が現実的な数字にまで上がっている事を認めざるを得なかった。

 

 まず、ラービットを即座に対処された事が最大の想定外である。

 

 ラービットという単騎で強力なトリオン兵を投入すれば戦場を攪乱させる因子としては充分だろうという 考えが、ハイレインにはあった。

 

 他のトリオン兵とは注ぎ込むコストが桁外れに高い分、ラービットの能力はトリオン兵の革命と言えるものに仕上がっている。

 

 基本的に雑兵として扱うしかないトリオン兵を、トリガー使いを撃破出来るレベルにまで強さを引き上げる。

 

 当然相応にコストは跳ね上がっているが、アフトクラトルという強国の国力がそれを可能にした。

 

 他の小国であれば一機作成するだけでも国家予算を破産覚悟でやりくりしなければならないだろうが、近界(ネイバーフッド)最大級の軍事国家の名は伊達ではない。

 

 この作戦の為に数十機のラービットが納品されており、その大部分は未だ出撃を待っている状態にある。

 

 本来であれば機を見てこれらを投入し、目標を達成するつもりであったが────────────────現在のままではそれも厳しいと、ハイレインは判断した。

 

 確かに、ラービットは強力だ。

 

 単騎で大抵のトリガー使いを落とせるし、装甲強度も並ではない。

 

 だが、無敵というワケではない。

 

 現に既に数体が撃破されており、今戦闘している個体も時間の問題のようだ。

 

 所詮は能力のないプレーン体故、と見る事も出来るが────────────────そういう類の楽観は、ハイレインにとって唾棄すべき代物だ。

 

 現実は、自分の認識より悪い方に転がっているものだ。

 

 そんな諦観を抱くハイレインは、常に()()を避ける事を第一に行動する。

 

 第一目標を達成する事に血眼を注ぐのではなく、何の戦果も持ち帰れない事をこそ厭う。

 

 最悪の結果、という賽の目を回避する為の思考。

 

 それがハイレインの基本的な思考方法であり、これはボーダーでいえば東に似た方針だ。

 

 異なるのは彼がアフトクラトルの領主という立場にあり、常に相応の戦果を求められている点だ。

 

 アフトクラトルは強国だが、国民の団結力が強いかと言われればそうでもない。

 

 むしろ、国を纏める領主達はその全員が潜在的な敵であり、とてもではないが手を取り合えるような間柄ではない。

 

 故に弱みを見せる事は断じて出来ず、この遠征で何の成果も持ち帰れない、というのは些か以上に不味い。

 

 故に、ハイレインは決断した。

 

 作戦遂行の障害になる実力者を先んじて排除し、隊員の捕獲は二の次にする事を。

 

 最大目標は金の雛鳥────────────────即ち、「神」と成り得るトリオン保持者の鹵獲。

 

 それの達成が第一であり。極論他は全て些事だ。

 

 例の緊急脱出システムがC級隊員に配備されてないか否かが分かっていれば他の目標も立てられたのだが、今更それを言っても詮無き事である。

 

 ともあれ、そういった思惑を持って敢行した作戦は失敗に終わった。

 

 モッド体を一気に投入して攪乱を狙う、という手もあるが────────────────それは、徒に戦力を消耗する愚策でしかない。

 

 ただでさえ、この奇襲の為にミラの窓の影(スピラスキア)の「大窓」を使わせているのだ。

 

 黒トリガーとはいえトリオンも無尽蔵ではなく、特に消耗の大きな「大窓」を全体の攪乱だけに使う事は出来ない。

 

 無論必要とあれば使って貰うが、少なくとも今それをしても無駄に終わるとハイレインは判断した。

 

(あそこまでピンポイントに狙撃手を配置出来るワケがない。少なくとも、こちらの手が読まれていなければあの采配は有り得ない。加えて、既に狙撃手の姿が無いというのが不可解だ)

 

 狙撃を行った地点を射線から割り出し偵察用のトリオン兵を向かわせたハイレインであったが、その予測地点には誰一人として存在していなかった。

 

 無論周囲の路地にも人の姿はなく、今しがた狙撃を行ったばかりである筈の狙撃手が影も形もなく消えていた。

 

 これと似た現象を、ハイレインは良く知っていた。

 

(ミラの窓の影(スピラスキア)のような転移手段が、ボーダーにもある可能性が高い。そうでなければ、辻褄が合わない)

 

 部下のミラの扱う黒トリガー、窓の影。

 

 (ゲート)の機能を拡張させたかのようなそのトリガーは、マーカーさえ付けていれば対象者を任意の場所に一瞬で送り込める。

 

 今の狙撃手の采配は、そういった転移がなければ実現不可能だ。

 

 ならば、ラービットをただ展開するだけではすぐさま対処可能な人員を送り込まれてやられるだけだ。

 

 そうして徒に戦力を減らす事は、断じて許容出来ない。

 

 故に。

 

「ヒュース、エネドラ、ランバネイン。出撃だ。一人でも多く、敵の戦力を削り取れ」

 

 配下のトリガー使いに、出撃の命を下した。

 

「了解しました」

「ハッ、ようやくか。玄界(ミデン)の猿共なんぞ、皆殺しにしてやるよ」

「皆殺しかどうかはともかく、暴れて来るとしよう。猛者に巡り合えれば上々だ」

 

 三人はそれぞれの返答で応じ、席から立ちあがる。

 

 ラービットでは、玄界(ミデン)の実力者は排除出来ない。

 

 ならば、より強力な駒を当てるだけだ。

 

 トリガーの能力を限定的にコピーした模造品ではなく────────────────本物の、アフトクラトルのトリガー使いを。

 

「無力化を考慮する必要はない。障害となる兵は、全て潰せ────────────────殲滅を、開始しろ」

 

 

 

 

「少し時間がかかったな。次へ向かうぞ」

 

 南西の戦場。

 

 そこで脚部を切断され核に二振りのスコーピオンが突き刺さっているラービットの残骸を足蹴にしながら、風間は手早く移動の指示を下した。

 

 新型の情報収集もかねて行った戦闘はスコーピオンがメインの武器である三名の部隊という性質上他の部隊よりも長くなり、一足遅くラービット撃破へと至った。

 

 既にラービットを撃破した以上此処に留まる意味はなく、風間は踵を返して次の場所へ向かおうとする。

 

「…………っ!」

 

 だが。

 

 その刹那、空間に穴が開く。

 

 既に見慣れた黒い穴から出て来たのは、トリオン兵ではない。

 

 黒いマントを羽織る、頭部に角のある()()

 

 本当の意味での、近界民。

 

 ボーダーでは、人型近界民(ネイバー)と呼ばれる区分の存在。

 

「ハッ、猿共が雁首揃えてやがんな。ぶっ殺してやるよ」

 

 長身痩躯の黒髪の男────────────────エネドラは、風間達を視界に収め黒い角を怪しく光らせながら凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 同刻、東の戦場。

 

 木虎の手により仕留められたラービットを前に、嵐山隊はその全員が目を見開いていた。

 

 目の前に現れた、黒い穴。

 

 そこから出て来た存在は、知識だけは知っている。

 

 人型近界民(ネイバー)

 

「こいつらがラービットを倒したのか。存外、楽しめそうだな」

 

 そう呼称される存在が、頭部に角を生やした大柄な鬼のような男が。

 

 ランバネインが、好戦的な笑みを浮かべそのトリガーを起動させた。

 

 

 

 

「────────」

「────────」

 

 南西、警戒区域の端近く。

 

 その場所で、二人の少年が対峙していた。

 

 一人は、黒いボディスーツを纏う白髪の少年、遊真。

 

 一人は、黒いマントを羽織った茶髪の端正な顔立ちの少年、ヒュース。

 

 二人の近界民(ネイバー)は、戦場で敵として相見(あいまみ)えた。

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