痛みを識るもの   作:デスイーター

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投入

「────────」

「────────」

 

 遊真とヒュース、二人の近界民が睨み合う。

 

 片や傭兵、片や軍人。

 

 共に戦闘中に無駄な会話を行うような性格ではなく、戦うとなれば遊びの余地は一切ない。

 

 故に。

 

『射』印(ボルト)

蝶の盾(ランビリス)

 

 前口上など何もなく、戦闘が開始された。

 

 遊真は様子見として、黒トリガーで射撃を撃ち放つ。

 

 相手の能力が分からない以上、迂闊に懐に飛び込むのは愚策。

 

 だからこそ、射撃は牽制として最も安定した攻撃手段となる。

 

 それを。

 

 ヒュースが展開した無数の黒い礫の塊が硬化して盾となり、遊真の射撃を防ぎ切った。

 

 様子見の攻撃とはいえ、黒トリガーによる射撃である。

 

 当然出力はノーマルトリガーの比ではなく、普通のシールドであれば貫通して然るべきだ。

 

 だが。

 

 ヒュースの黒い盾は、それを見事に()()()みせた。

 

 受け止めた、のではない。

 

 まるで光を反射する鏡のように、射撃が横に弾かれたのだ。

 

(射撃に対する反発効果…………? 『射』印(ボルト)は、これ以上撃っても無駄かな。あの那須って人が撃ってた曲がる弾ならすり抜けられそうだけど、こいつにああいう変則的な動きは出来ないしね)

 

 それを見て、遊真は即座に下手な射撃は無効と判断。

 

 戦うなら肉弾戦をメインにする────────────────という即断は、しない。

 

 射撃に対する明らかなメタである盾を持っている以上、それが近接戦闘へ誘い込む為の誘導である可能性がある。

 

 本当なら今の攻撃を回避させる事で体捌きのレベルを見たかったところだが、防御されてしまったのでそれも叶わない。

 

 体捌きのレベルさえ分かればもう少し選択肢が増えたのだが、そこは割り切る他ない。

 

 まだ、必要な情報は集めきってはいない。

 

 ならば。

 

『錨』印(アンカー)『射』印(ボルト)

 

 第二の攻撃で、それを確かめれば良い。

 

 遊真は再び、射撃を撃ち放つ。

 

 先程と同じ攻撃、そのように見える射撃を。

 

「────────」

 

 ヒュースはその攻撃を、同じように黒い礫を集めた盾で防御する。

 

 漆黒の盾に着弾する、遊真の弾丸。

 

 そして、同時。

 

 その盾に、無数の重石が撃ち込まれた。

 

「…………!」

 

 ヒュースはそれを見て、即座に盾を解除。

 

 同時に、後ろに飛び退いた。

 

 盾は再び無数の細かな礫と化し、撃ち込まれていた盾がなくなった事で重石が落下する。

 

 どうやら、今の重石を爆弾か何かのようなものと誤認したのだろう。

 

 盾に着弾すると同時にその場で爆弾となり、防御を貫通する攻撃。

 

 そのように思考を巡らせ、ヒュースは後退したのだ。

 

 蝶の盾(ランビリス)は確かに汎用性が高いトリガーだが、決して無敵ではない。

 

 その能力は使い手次第で宝にもゴミにもなり、常に思考を止めずに運用しなければならない類の玄人向けのトリガーである。

 

 なまじ多様な機能を持つからこそ、生半可な腕では使いこなせはしない。

 

 だからこそヒュースは未知の攻撃に対し、即座に後退の判断を下した。

 

 彼に、エネドラのような攻撃性塗れのプライドはない。

 

 勝つ為ならばどんな事だろうとやるし、それが軍人たる自分のあるべき姿だと考えている。

 

 だから、必要とあらば後退する事にもなんら忌避感はない。

 

 結果として推察は外れはしていたが、その動き自体は間違ってはいない。

 

(着弾したって事はあの盾はボーダーのシールドと違って、エネルギーの塊とかじゃないみたいだね。それに、今ので後退するって事は典型的な軍人タイプ。しかも、かなり頭の回転が速いな)

 

 そのヒュースの動きの理由を即座に看破しつつ、遊真は目を細めた。

 

 遊真の使用する(アンカー)は三輪の鉛弾を参考にした印であり、そちらと同様にシールドを透過する性質を持つ。

 

 だが、透過するのはあくまでエネルギーで構成されたシールドだ。

 

 エスクードのように物質化した障害物(オブジェクト)であれば、その場で重石に変化する。

 

 あの黒い盾に着弾して重石になったという事は、あの砂はエネルギーの塊ではなく物質化した()()だ。

 

 恐らく、これが敵の能力を知る為の鍵の一つとなるだろう。

 

 相手の挙動、戦闘の中で起きた結果を分析し、勝利へ繋がる行動を模索する。

 

 それが傭兵として生き抜いて来た遊真の基本的な思考傾向であり、そこに無駄は一切ない。

 

 何処までも効率的に、勝利への道を模索する。

 

 それが出来るからこそ、遊真はこれまで生き延びて来たのだから。

 

(今の後退で相手の思考傾向や体捌きのレベルも、なんとなく分かった。ああいうタイプなら、会話で意識誘導するのも手だな)

 

 あそこで後退したという事は、常に思考を回す理論と効率で戦闘を回す自分と同じタイプの人間だと思われる。

 

 近界の戦争は、少数精鋭による戦闘が基本だ。

 

 特に、アフトクラトルのように侵攻に重きを置いている以上それはより顕著となる。

 

 防衛する側は本国の戦力を潤沢に使えるのに対し、攻める側は少ない戦力でそれを突破しなければならない。

 

 故に、基本的にアフトクラトルのような軍事国家の軍人は捨て身の戦法を行わない。

 

 捨て身で得られる戦果よりも、大抵の場合精鋭を一人失うデメリットの方が大きいからだ。

 

 近界はボーダーと違い、緊急脱出(ベイルアウト)が存在しない。

 

 つまり戦場での負けはそのまま死に繋がり、貴重な兵力をみすみす失う事になる。

 

 だからこそ、愛国心の強い者ほど作戦の時は慎重な姿勢を見せる。

 

 リスクヘッジを常に意識し、「失敗しない」事を念頭に置いて行動する。

 

 愛国心の強い軍人には、こういったタイプが多い。

 

 自分一人の損失がどれだけ部隊の負担になるかを、常々知っているのだから。

 

 この手の人間は必要とあらば選択を躊躇いはしないが、かといって博打は打たずに堅実な手を好む。

 

 つまり、戦況の有利不利で精神がブレる事が殆どない。

 

 好機は決して逃さないし、不利とみれば速やかに撤退する。

 

 そういった割り切りが出来るのが、近界での優れた軍人の条件なのだから。

 

 故に、会話での意識誘導は有効なのだ。

 

 こういった自分が感情的ではないと思い込んでいるタイプは、精神の均衡が崩れれば簡単に隙を見せてくれるのだから。

 

 問題は、この少年の精神を()()()に足る情報を遊真が持っていない事だが。

 

 恐らく、戦況の多寡程度では彼は眉すら動かさないだろう。

 

 信頼のおける絶対的な戦力が倒された、といった展開にでもなれば話は別だろうが、そうでもなければまず揺れはしないだろう。

 

(戦いの中で探ってはいくけど、あれば儲けもの、くらいに考えておいた方が良いな。希望的観測に頼るべきじゃない)

 

 しかし、そこに拘泥し過ぎて負けてしまっては本末転倒だ。

 

 持てる手札で勝利への道筋を模索し、戦闘の中で得られた情報を組み込んでその都度戦術制度を上げていく。

 

 それがベストな方法であり、遊真が今までやって来た事だ。

 

 何も、難しい事はない。

 

 これまでやって来た事を、これまで通りにするだけだ。

 

 無論、敵を侮る事はしない。

 

 このような大規模な戦争で、満を持して投入された戦力なのだ。

 

 普通に考えて弱い筈がないし、遊真の勘も彼は強いと言っている。

 

 油断はしない。

 

 けれど、チャンスは逃さない。

 

 重要なのは、その二つ。

 

「────────!」

「────────!」

 

 そんな事は最初から分かっていた二人は、すぐさま戦闘を再開。

 

 二人の少年兵の戦いが、本格的に始まった。

 

 

 

 

「隊長、予定通りの地点に送り込めました。ただ、まだ敵は一人も撃破出来てはいません」

「ラービットを撃破出来る、強兵のいる場所に送ったのだ。そういう事もあるだろう」

 

 ミラの報告に、ハイレインは淡々と答える。

 

 ラービットだけを投入しても明確な戦果は得られないと判断したハイレインは、エネドラ達の前線投入を決定した。

 

 高性能なラービットを、仮にも倒す程の相手だ。

 

 瞬殺出来ないとしても、おかしくはないだろう。

 

 ランバネインは顔に似合わず慎重な戦略を好むので時間制限をかけなければ戦闘が長引き易く、エネドラも相手を嬲る悪癖がある。

 

 ヒュースもどちらかといえば防御的な戦術傾向なので、仮にランバネインの射撃を避ける程度の腕がある相手であれば時間稼ぎに徹すればある程度は逃げ続けられるだろう。

 

(しかし、エネドラの黒トリガーは初見殺しに向いているし、ランバネインの射撃も避けようと思って避けられる類のものではない筈だ。ヴィザ翁の言う通り、玄界(ミデン)も着実に進歩しているというワケか)

 

 ハイレインはランバネイン達が敵を瞬殺出来なかった事を鑑みて、警戒レベルを引き上げた。

 

 アフトクラトルの誇る精鋭たちを送り込めば、充分な戦果はもぎ取って来るだろう。

 

 そういう楽観が心の何処かにあった事は、否定出来ない。

 

 最も年若く未熟なヒュースとて、並の小国のエースよりは余程高い潜在能力を持っている。

 

 場合によってはその戦力を捨てていかなければならないのが悩ましいところだが、閑話休題(それはともかく)

 

 玄界の戦力が想像以上に充実している事は、認めざるを得ないだろう。

 

「────────」

 

 ハイレインはチラリと、人が少なくなった遠征艇の中静かに佇むヴィザに視線を向ける。

 

 恐らく、ヴィザを戦場に投入すれば盤面はひっくり返るだろう。

 

 国宝の使い手とはそういう類の駒であり、切りどころを間違えるワケにはいかない切り札でもある。

 

 もしも万が一ヴィザが破れ、星の杖(オルガノン)を鹵獲されるような事があれば二重の意味でハイレインの首はないものと思った方が良いだろう。

 

 無論、彼が負ける姿など想像も出来ない。

 

 これまで数々の戦場を渡り歩き、星の杖を持っていなかった頃から剣聖として名を馳せていた武人だ。

 

 その矜持は文官であるハイレインには理解出来ないものの、得難く替えの利かない戦士である事は言うまでもない。

 

 そんな特別な駒を、すぐに戦況が変わらない、程度で投入して良いのか?

 

 ────────────────断じて否。

 

 彼を投入すべき局面は、此処ではない。

 

 少なくとも金の雛鳥が発見されるか、考えたくはないがヴィザ翁でなければ対処出来ない局面になってからでも遅くはない。

 

 出し惜しむつもりはないが、濫用は出来ない。

 

 最善を目指すのではなく、最悪に備える。

 

 その心構えを崩せば、ハイレインの戦術の前提がなくなるも同然なのだから。

 

 そして、何もヴィザを出すだけが戦術ではない。

 

 現在、ランバネイン達はラービットを撃破した強兵の元で戦闘を行っている。

 

 彼等が早々に負けるとは思えないが、万が一はある。

 

 戦力の純粋な数と言う点で玄界はアフトクラトルよりも優れているのだから、それを警戒しないという事は有り得ない。

 

 三人共多人数戦も難なくこなせるトリガーを持っているが、実力者が集まればその分負担がかかるのは確かであり、延々と援軍を送って来られるのは避けたいところである。

 

「ラービットを、今から言う地点に投入しろ。最悪でも、時間稼ぎが出来ればそれで構わん。三人が玄界(ミデン)の兵を倒すまでの間、横槍が入らなければそれで良い」

「了解しました」

 

 故に、戦力を多少損耗してでも横槍を防ぐ。

 

 ラービットは確かに玄界の兵に倒されはしたが、先程の様子を見る限り単独でそれが可能な者はそこまで多くはない筈だ。

 

 ならば、数に頼るのが最も効率的である。

 

 ラービットを対処出来る兵の数が少ないのであれば、それ以上の物量で押してしまえば良い。

 

 その数少ない実力者を現在ランバネイン達が抑えている今だからこそ、物量作戦は効果が見込める。

 

 無論、ラービットが十全に仕事が出来る環境とまでは考えてはいない。

 

 だが、戦況の悪化を防ぐ一助にはなる。

 

 今は、それで充分。

 

 そう考え、ハイレインはラービット投入を命じた。

 

 

 

 

「ほぅ」

「ゾロゾロ来たねぇ。これはウザい」

 

 南東の戦場。

 

 そこでラービットを撃破し、次へ向かおうとしていた二宮隊の面々は目の前の光景に目を見開いた。

 

 黒い門から現れる、三体のラービット。

 

 しかもそれは、先程のものとは()が違う。

 

 明らかな、特殊個体。

 

 それが、三体同時。

 

 犬飼でなくとも、舌を巻く光景と言えるだろう。

 

「あの灰色の個体は砲撃を撃つらしい。他二体も何らかの能力を持っている筈だ。注意して対応しろ」

「犬飼了解」

「辻了解」

 

 しかし、だからといって彼等のやる事に変わりはない。

 

 二宮隊の面々は余裕を崩さず、されど警戒は解かず。

 

 現れた三体のラービットとの戦闘を、開始した。

 

 

 

 

「各所にラービットの特殊個体が出現。数が多く、対処が間に合わない可能性があります」

 

 基地の作戦室で、沢村の言葉が響く。

 

 MAP上に点滅する、新たなラービットの反応を示す光点。

 

 それが一斉に増えた様子を見て、忍田はいや、と頷く。

 

「心配ない。慶は既に向かわせたし、他の隊員も間もなく現着する」

 

 それに、と忍田は顔を上げる。

 

 そして。

 

「ボーダー最強の部隊も今、現場へ到着したそうだ」

 

 確かな信頼を以て、その一言を告げた。

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