「マズイわね。硬いし、引き離せないわ」
「ええ、でももう少しです。捕まらない事を第一に動きましょう」
警戒区域の路地を、照屋と虎太郎は全速力で駆けていた。
これまでは避難誘導を指揮している柿崎から離れ、トリオン兵の駆除に当たっていた二人であるが、そこにラービットが現れた事で止む無く逃げを選んでいた。
既に本部から、一部を除くB級隊員は決して自分達だけでラービットと戦闘を行わないように厳命されている。
故に二人が撤退を選ぶ事に躊躇はなかったし、それが間違っていたとは思っていない。
想定内だったのは、ラービットの性能と、その
最初は一体だけだったラービットだが、逃走を開始してからその数は3体にまで増加した。
これは恐らく彼等が逃走し、移動した事によって大量投下されたラービットをかき集める形になってしまった事に依るものだろう。
問題は、それが通常個体だけではなかった事だ。
最初に遭遇したラービットは白いボディの通常個体であったが、次にエンカウントしたのは灰色の砲撃型のラービットであった。
更にそこに紫の液状ブレードを操るタイプのラービットまで現れ、二人は追い込まれていた。
二人の実力は低くもないが、B級上位以上の実力者組と比べると単騎での戦闘能力は及ばず、そしてラービットのような強力な装甲を持つ相手との相性も悪い。
彼女たちが真価を発揮するのは対人戦であり、相手を攪乱する遊撃要員としての能力は高い。
しかし強固な装甲を持つラービット相手ではそもそも攻撃が通らない為、彼女たちの能力が通用する相手ではないのだ。
そんな彼女たちが曲がりなりにも複数体のラービットを前にしてやられていないのは、柿崎の下で徹底的に生存能力を引き上げられていたからだ。
柿崎の指導方針は基本的に生存を最優先とした動きの徹底であり、格上相手との生き残り方もある程度レクチャーされている。
迅や生駒といった実力者と親しい柿崎は、そういった格上相手との模擬戦経験も豊富であった。
自分の実力不足に思い悩む柿崎に迅が直々に「戦場での生き残り方」を指導した事もあり、そのノウハウをものにした彼は自分の部下にもそれを伝えていた。
そして二人はそれを過不足なく学び取っており、その甲斐もあってラービット相手への撤退戦が成立していた。
しかし、幾らノウハウを身に着けたからといって数と質の差はどうにもならない。
三機ものラービットを相手に、彼女たちの奮闘は早くも限界を迎えつつあった。
元より、格上複数相手に生存出来ている時点で奇跡的なのだ。
格上の個体だけならばなんとかなったかもしれないが、格上の集団となるとまるで話が変わる。
質で負けている上に数の利まで失ってしまえば、残る結果は蹂躙だけだ。
柿崎の教えた生存方法も攻撃を半ば放棄して安全区域まで逃げ切る事がメインであり、相手の方が足が速くこちらを性格に追撃出来る以上、いつまでも保つものではない。
間に合わなければ自発的な
「間に合った」
それに。
この戦闘の結果は、既に決定している。
彼女たちが、
「────────メテオラ」
少女の涼やかな声と共に、降り注ぐ爆撃。
それを腕部でガードした白い通常個体のラービットは、新たな襲撃者を目視する。
それは、少女の形をしていた。
少女の名は、小南桐絵。
玉狛支部のエース
普段は長髪にしている髪は旧ボーダー時代の頃のようにショートに変わっており、足を露出した動き易い緑の隊服へと変化している。
紛う事なき、小南の戦闘形態。
その手に持つ手斧の名は、双月。
玉狛支部謹製の特殊なトリガーであり、小南の主武装である。
「
その双月が、一つに連結される。
二振りの手斧から形を変え、身の丈以上ある大斧へと。
「せー、のっ!」
そして、小南は。
その大斧を振り下ろし、ラービットを一刀両断。
散々照屋達を苦しめた強敵を、瞬殺してのけた。
「助かりました。ありがとうございます」
「別に良いわ。此処はあたしが引き受けるから、早く行って。取り敢えず、こいつら全部ブッた斬るから」
「分かりました。ご武運を」
ラービットの残骸を前に、照屋と虎太郎は一礼してその場から去っていく。
標的の逃走に追撃をしようとするラービットだが、そんな真似を許す程小南は甘くはない。
凄絶な笑みを浮かべ、大斧を握り締めた。
「アンタ等の相手はあたしよ。ブッた斬ってやるからかかって────────────────ううん、その必要もないわね。さっさと壊しましょう」
言うが早いか、小南はダンッ、と地面を蹴ってラービットに突撃した。
標的は、灰色の砲撃型ラービット。
迫りくる小南を前に、遠距離型である砲撃型ラービットはブースターを噴射し、空へと逃げる。
だが。
「無駄」
その程度、小南には何の関係もない。
すぐさまラービットを追い、跳躍する小南。
追い縋って来た小南に対し、ラービットは砲撃を放つ。
いや。
正確には、放とうとした。
「メテオラ」
だが、その砲撃は中断される。
速度重視でチューニングされたメテオラが、砲撃をしようとしていたラービットの口内へ着弾。
歯を閉じる間もなく核を爆破されたラービットは沈黙し、墜落する。
『────────』
そこへすかさず、液状化ブレードを操るラービットが地面から急襲する。
空中で身動きの取れない小南を、確実に仕留める為に。
「ほいっと」
しかし、小南は墜落するラービットのボディを蹴り飛ばし、横へと跳躍。
紫のラービットの攻撃は空を切り、その間に小南は地面へ着地する。
「────────」
双月、一閃。
着地と同時に振るわれた大斧の一撃により、ラービットは一刀両断。
三機目のラービットも、小南の手により瞬く間に斬り倒された。
A級すら単騎ではやられかねないラービットの特殊個体を含めた三機を、瞬殺。
これが、小南桐絵。
ボーダー最強の部隊、玉狛第一の一角であるエース
迅と同じく
「大した事ないわね。冬島さん、次行くわ」
『良いのかよ? 確かにそこに設置してはあるけど、敵にバレちまうぜ?』
「どうせこれまでの戦闘で気付かれてるわよ。なら、使わないと損じゃない。あたしが斬って回った方が早いんだから、さっさとする!」
了解、という冬島の返事を聞き、小南は近くの路地に飛び込み地面に右腕を叩きつけた。
すると地面に仕込まれていたトリガーが起動し、ボーダーのマークが浮かび上がると同時に小南の姿がその場から消える。
そして、刹那の後。
小南の姿は、先程の場所から大きく離れた基地の南部に在った。
何が起きたか、言うまでもない。
転移の機能を持つ特殊な
その改造版を利用し、転移を実行したのだ。
今回の大規模侵攻にあたり、冬島が鬼怒田開発室長と連携して準備していたのがこの改造版スイッチボックスの設置である。
当初は大規模侵攻開始直後のトリオン兵の迎撃の為に罠を設置する予定であったが、迅の進言によってその役割が遊撃部隊に割り振られた為、二人はこちらを準備する時間が出来た。
通常のスイッチボックスは冬島のトリオンを用いて起動するのだが、このスイッチボックスはボーダー基地のトリオンを使用して稼働している。
更に玉狛支部との交渉により千佳からの事前のトリオン大量供与があった為、転移を濫用してもそう簡単にトリオン切れに陥る心配はない。
その代わりに玉狛へは色々と便宜を図る事になったが、この大規模転移装置の設置に成功した事を思えば些細な事だ。
二宮隊や風間隊が即座に現場に駆け付ける事が出来たのもこのスイッチボックスの恩恵であり、当真やユズルがラービットに即応出来たのも同様である。
流石に到着までの時刻が早過ぎる事と、突如出現したラービットに即対応出来た事から敵にはもうバレていると考えた方が良いだろうと小南は考察している。
こういう時は希望的観測でものを言うのではなく、悪い可能性を片っ端から勘案していくべきであると彼女は戦場の経験から知っていた。
戦場というものは、常に
定石、なんてものを信じた者から想定外の事態に遭遇して死んでいく。
それが戦場の無情な現実であり、小南はそんな地獄を生き延びた兵士である。
戦場ではどれだけ現状を即座に理解し、適応出来るか。
これが、全てなのだ。
最善の対応を取れなかった者から死神の鎌が伸びていき、楽観を抱いた者から死んでいく。
だからこそ、
それを戦場で直に学んだからこそ、小南は生きて此処にいる。
その戦場のルールを知る者だからこそ、小南は対応を間違えない。
敵に転移の存在を確信させる事よりも、小南のラービット殲滅が遅れる方が全体にとって
即座にそう判断した小南だからこそ、躊躇なく転移を実行したのだ。
「いたわね」
視線の先には、王子隊を襲うラービット三機の姿がある。
王子達はハウンドで牽制しつつ距離を取っているようだが、ラービットの装甲の硬さから致命打を与えられず、苦戦しているようだった。
「
「来てくれたか、ミッキー」
相変わらずのネーミングセンスを炸裂させる王子の前に立った小南は、無造作にラービットへ踏み込み双月を一閃。
先程と同じようにラービットを両断し、来て早々に一機を瞬殺してのけた。
鮮やかな手並みに圧倒され目を見開く樫尾を尻目に、小南は王子に向き直る。
「王子、こいつらあたしが斬っておくから王子達も准と合流しに行って。射程持ちが欲しいみたいだから、丁度良いでしょ」
「それは、忍田本部長の判断かい?」
「迅の判断よ」
「そうか。了解した。指示に従おう」
王子はこくりと頷くと、蔵内と樫尾を連れてその場から離脱した。
その間にラービットは残り二機から四機、六機と増えており、どうやら厄介な敵と認定した小南を囲んで叩く算段らしい。
普通であれば、ラービット六機など過剰戦力も良いところだ。
一機だけでもA級を食いかねないというのに、それが六機。
まともな戦力では、引き潰されて終わりだろう。
「くたばりなさい」
小南が、
無造作に踏み込み、双月を一閃。
まずは一機、とばかりに近くにいたラービットを両断した小南は、残るラービットを視界に収め目を細める。
一機目を破壊した小南を倒さんと、二機の砲撃型ラービットから砲撃が放たれる。
二方向からの砲撃を、小南は真横へ跳躍する事で回避。
そのまま移動先にいたラービットを一刀で斬り伏せ、撃破。
返しの一撃で近くのラービットの頭部を粉砕し、残り二機となった砲撃型へと向き直る。
この戦争が迅の言う最善の未来へ向かう為の分水嶺だという事は、既に聞いている。
失敗すればどれだけの被害が出るか想像も出来ない故に、小南としては納得しかなかった。
何せ、規模で語るのであれば四年前のあれよりも上なのだ。
放置すればどんな地獄絵図が広がるかなど、言うまでもない。
だからこそ、小南に手を抜く理由は一切存在しない。
あの
彼を何が何でも支え続けると誓う小南にとって、敵は────────────────アフトクラトルは、邪魔者でしかない。
否、それは的確な表現ではない。
邪魔者、どころか忌むべき障害物だ。
迅があんなにも焦がれている最善の未来の前に立ちふさがる、空気を読まない壁のようなもの。
彼等にどんな事情があるかなど知った事ではないし、仮に知ったところでやる事は変わらない。
自分は、迅の剣なのだ。
四年もの間時計の針が止まっていた迅が、今ようやく前を向くようになったのだ。
その笑顔を守る為ならば、小南に刃を振るう事に躊躇いなどあろう筈もない。
傍で支え、守り
あの時、玲奈が出来なかった事を。
今度は、自分が違う形でやり遂げるのだ。
敵が多い? 関係ない。
敵が強い? それがどうした。
それを斬り払うのは自分の役目であり、細かい事はそれが得意な相手にぶん投げれば良い。
自分が出来る最善はより多くの敵を斬り払う事であり、それ以上でも以下でもない。
「さあ、
小南は双月を振るい、次から次へとラービットを駆逐していく。
少女の形をした一人の戦士は、想いの為に刃を振るう。
ラービットは、小南によって一機、また一機とその数を減らしていった。