痛みを識るもの   作:デスイーター

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出陣

「旋空弧月」

 

 西の戦場。

 

 そこで太刀川の旋空が炸裂し、一機のラービットが両断される。

 

 B級では対処すら難しいであろう相手を、いとも容易く最強の剣士は斬り捨てる。

 

 強固なラービットの装甲も、的確に旋空の先端を当てさえすれば斬る事が出来る。

 

 しかし、それは誰にでも出来る事ではない。

 

 まず、機動力の高いラービット相手に正確に旋空の先端が当たるようにしなければならず、放つ間に懐にでも入られればそれだけで致命傷だ。

 

 そもそも旋空自体取り回しのし難い攻撃であり、それをこうまで扱える者は少ない。

 

 太刀川はボーダーの攻撃手の中でも旋空使いとしては群を抜いており、生駒旋空のような射程距離の拡張までは出来ないが、こと()()()()事において彼の右に出る者はいない。

 

『────────!』

 

 ラービットを容易く斬り伏せた太刀川の背後から、二機のモッド体が襲い掛かる。

 

 片方は灰色の、砲撃型。

 

 片方は黄土色色の、磁力型。

 

 如何に太刀川といえど、まともに攻撃を食らえばただでは済まない。

 

「旋空弧月」

 

 但し。

 

 太刀川が、トリオン兵の攻撃を食らう事があればの話だが。

 

 2体の攻撃が炸裂する直前、太刀川は二刀を引き抜き旋空を二連。

 

 二振りの刃の斬撃により、二体のラービットは一撃で核ごと両断され沈黙する。

 

 戦闘開始より、数秒。

 

 たったそれだけの時間で、太刀川はラービット三機を瞬殺していた。

 

「なんだ、追加は来ないのか。シケてやがんな」

 

 太刀川は弧月を納刀しながら、つまらなそうに呟く。

 

 A級ですら手こずるであろうトリオン兵の強化型と聞いて割と楽しみにしていた太刀川であったが、何の事はない。

 

 要は()()()()()()()()()()()()だけで、今のところ苦戦らしい苦戦をする気配はなかった。

 

 そも、トリオン兵がボーダー隊員にとってさしたる脅威ではないと言われる理由の一つに、行動の規則性がある。

 

 トリオン兵は近界民(ネイバー)が扱う自立兵器であり、その行動はプログラムによってパターン化されている。

 

 たとえばバムスターの場合は標的を見つけ次第障害物を無視してそれを捕らえにかかる事を最優先に設定されており、命令の直接入力がない限りは動きを読む事は容易い上にそもそも鈍重なので撃破に手こずる事はまず無い。

 

 モールモッドは戦闘用である為ある程度の種類の行動パターンが組み込まれているが、それらは既に研究された後であり、正隊員にとってはさしたる相手ではない。

 

 ラービットの戦闘プログラムはそれらと比べればかなり高度ではあるが、「標的の無力化・捕獲」を最優先としている事は変わらない。

 

 捕獲用のトリオン兵である為、直接の命令がない限りは敵の部位破壊を狙い、初撃で急所を狙って来る事は殆どない。

 

 モッド体の行動パターンはプレーン体よりも戦闘向きに構築されているが、それでも無力化と鹵獲を第一に設定してある事に変わりはないのだ。

 

 ラービットは、他のトリオン兵と比べ莫大なコストを用いて製造されたトリオン兵だ。

 

 当然、()()を出さなければ投じた費用(コスト)は回収出来ず、この場合の成果とは「標的の鹵獲」を指す。

 

 アフトクラトルからしてみれば、敵を何人倒そうがそれが直接の利益に繋がる事はない。

 

 あくまでも利益が生じるのは標的を()()した時であり、撃破を優先してしまってはわざわざ高いコストを投じてラービットを製造した意味がない。

 

 第一目標を「神」の候補者の鹵獲としているハイレインであるが、あわよくば有能な敵兵を捕獲して旗下に加えたいという考えもあった。

 

 故にラービットの最優先行動目標は「標的の捕獲」のまま変えておらず、問答無用で撃破を狙うようにはプログラムされていない。

 

 だからこそ、太刀川からすれば手緩いと感じていた。

 

 一撃で殺しに来ない敵など、彼からすれば舐めているにも程がある。

 

 ラービットの最も厄介な点は、その装甲の強度と機動力だ。

 

 並大抵の攻撃では装甲を突破する事が出来ず、機動力が高いので逃げ切る事も難しい。

 

 だが、太刀川からすれば先制攻撃で一撃粉砕すれば良いだけの相手でしかない。

 

 ラービットは攻撃面も強力ではあるが、プレーン体は徒手空拳しか攻撃手段がなく、磁力型や液状刃型は攻撃にタイムラグがある為その隙に撃破する事など太刀川にとっては造作もない。

 

 砲撃型はそもそも攻撃時に弱点を露出してしまうので、隙を突く事は容易い。

 

 これらは全て太刀川基準の視点であるが、彼に限って言うならばこの考えも間違ってはいないのだ。

 

 他の者が真似出来るかはともかくとして、()()()()()()()()のだから。

 

 これが、A級一位。

 

 あの迅と鎬を削り合った、ボーダー最強クラスの剣士の基準点(じょうしき)である。

 

「そういや、小南も出てるんだっけか? あいつは今何体斬った?」

『今、12体目を撃破したトコだねー。まだまだ増えそうだよー』

「マジか。俺もうかうかしてらんねーな」

 

 だが、同じレベルの事が出来る者は皆無ではない。

 

 小南もまた、太刀川と同じくラービットを雑兵扱い出来る実力者。

 

 そんな彼女が、自分を超えるスピードで撃破数(キルスコア)を稼いでいるのだ。

 

 太刀川は知らず口元に笑みを浮かべ、弧月の柄を握り締めた。

 

(今回は、(あいつ)の大一番だからな。小南の奴も気合い入りまくりだろ。この感じなら忍田さんが出て来るのもそう遠くないみたいだし、俺も負けねーように斬りまくるか)

 

 今回の大規模侵攻が、迅がこれまでに積み重ねて来たものの総決算である事は知っている。

 

 彼とは鎬を削るライバル同士であるが、同時に得難い悪友でもある。

 

 その彼が、太刀川が一機でも多くこの新型を撃破する事が最大の貢献になると、そう言っていたのだ。

 

 細かい判断は任せると言っていたが、そう期待されては応えないワケにはいかない。

 

 迅悠一の好敵手(ゆうじん)として、小南に負けないだけの戦果を叩き出す。

 

 そう意気込んで、太刀川は国近に通信を繋ぐ。

 

「国近、次の新型の場所をくれ。このまま、片っ端から叩き斬って来るからよ」

 

 

 

 

「ハウンド」

 

 南の戦場。

 

 そこでは、生駒隊がラービットを相手に戦闘を繰り広げていた。

 

 誘導弾を撃ったのは、生駒隊の射手である水上。

 

 トリオン兵相手に嘘弾は何の意味もない為、固有の技能を披露する事はなく淡々と弾幕を張る。

 

 無論、ただの弾幕であればラービットにとっては脅威にはならない。

 

 両腕で頭部をガードしながら、攻撃を行った(ヘイトを稼いだ)水上へと突貫する。

 

「旋空弧月ッ!」

 

 そこを、南沢の旋空が狙う。

 

 家屋の上から放った旋空が、ラービットへと向かう。

 

 その攻撃に反応したラービットは、跳躍。

 

 南沢の旋空は、空を切る。

 

旋空弧月

 

 だが、それで充分。

 

 逃げ場のない空中へと逃れたラービットは、生駒旋空により両断される。

 

 神速の居合により、核ごと両に裂かれて墜落するラービット。

 

 それを目視しながら、生駒は弧月を納刀した。

 

「ええ調子やな。このままどんどん行くで」

『あんま調子乗んなや。太刀川さんなんて、もう6機以上撃破したらしいで』

「流石A級一位。こいつが雑兵扱いですかい」

「太刀川さん、やっぱすげーっすね。イコさんも同じ事出来ますかっ!?」

「いやー、どうやろな。流石に太刀川さん並とはいかんで」

 

 普段通りのノリで隊の仲間と談笑する生駒だが、そのゴーグルの奥の視線は鋭かった。

 

 生駒隊が他のB級のように通常のトリオン兵の駆除に回らず、ラービットと戦闘していたのは偏に彼等の性質に依るものが大きい。

 

 まず、ラービットの装甲を抜いて攻撃出来る生駒旋空を持つ生駒がいる事。

 

 サポート力が優秀で大局的な物の見方が出来る水上と、切り込み役として優秀な南沢。

 

 この三人の組み合わせが、ラービットを相手にする上で非常に()()()()()のだ。

 

 ラービットの装甲は生駒が抜ける上に、そのサポート要員として水上と南沢の二人は非常に優秀だ。

 

 普段からやっている事をやるだけなのだから、負担が少ないのもポイントとなる。

 

 もっとも、生駒は確かに強力な戦力ではあるが小南や太刀川のように単騎で複数の強敵を相手にするのは些か向いてはいない。

 

 生駒旋空はラービットの反応速度を超えて攻撃を叩き込めるが、()()()()()()()()というリスクがある。

 

 そこをカバーするのが水上と南沢であり、今のところその連携は巧く嵌まっていた。

 

 少なくとも、単騎のラービットを相手に後れを取る事はない。

 

 生駒隊は小南や太刀川と比べればスローペースであれど、着実に撃破数(キルスコア)を稼いでいた。

 

(迅の大一番やしな。ここで気張らな、いつ気張るいう話や)

 

 生駒もまた、迅の重要視しているこの戦いに貢献する事に異論などあろう筈がなかった。

 

 あの迅から頼られた、というだけで剣を握る腕にも力が籠もるというもの。

 

 生駒はゴーグルの奥で闘志を燃え滾らせながら、隊を率いて次の戦場へ向かう。

 

 そんな生駒の気合いの入り具合を察していた水上達は、何も言わずに彼と共に進んでいく。

 

 隊長の為に戦う事など、彼等にとっては朝日が昇るよりも当然の事であるが故に。

 

 生駒隊は、次の戦場へと向かって行った。

 

 

 

 

「隊長、ラービットの撃破数が飛躍的に増加しています。如何されますか?」

「確かに、放置は出来ないな」

 

 アフトクラトル、遠征艇。

 

 そこでミラの報告を受けたハイレインは、渋い顔をしていた。

 

 現在、ラービットは加速度的な勢いで撃墜(ロスト)している。

 

 その原因は言うまでもなく、ラービットを次々撃破している精鋭の存在だ。

 

 特に、あの大斧を繰る少女の勢いは見過ごせなかった。

 

 二刀を繰る青年も無視は出来ないが、大斧の少女の勢いは常軌を逸している。

 

 最早隠すつもりもないのか、転移を多用しているとしか思えない速度で各所の戦場に移りながら、少女は凄まじい勢いでラービットを駆逐していた。

 

 モッド体5体がかりで襲撃してもなんら苦戦する様子も見せずに斬り払うその姿は、作戦を進めている側としては頭が痛いにも程がある。

 

 本来の予定では頃合いを見て敵の戦力が薄い個所にラービットを向かわせて雛鳥を攫う筈だったが、この状況で余分な戦力を浮かせる余裕はない。

 

 恐らく、このまま放置すれば出撃しているラービットの全てが殲滅されてしまうだろう。

 

 それだけの能力を、あの少女は持っている。

 

 数を頼みにしてもそれを容易く退けるだけの能力が、相手にはあるのだから。

 

 かといって、既に出撃したランバネイン達には頼れない。

 

 彼等は現在敵の精鋭と戦闘中であり、そこを放棄すれば向こうのエースを浮かせてしまう事になる。

 

 そうなると彼等を出撃させた意味がない為、軽々に動かす事は出来ない。

 

 かといって自分が出ていくには金の雛鳥の居場所が分かっていない現段階では時期尚早であるし、勿論戦術の要であるミラは迂闊には出せない。

 

 となると────────。

 

「ヴィザ翁。頼めますか?」

「お安い御用です。私も、そろそろ剣を振るいたくなって来たところでしたのでね」

 

 ────────────────剣聖、ヴィザ。

 

 彼を出すより、他にない。

 

 ヴィザは、この遠征部隊における切り札(ジョーカー)だ。

 

 何処に出しても、誰に当てても勝利という結果を持ち帰って来る鬼札。

 

 それがヴィザであり、だからこそ軽々に切るワケにはいかない手札だった。

 

 本当であれば金の雛鳥が見つかってから出したかったのだが、これ以上の戦力損耗は作戦に致命的な瑕疵を齎しかねない。

 

 何より、あの少女を相手にするならば彼以外に適役はいない。

 

 向こうは間違いなく、敵軍のエース。

 

 それを抑える事がどれだけの利益に繋がるかは、言うまでもない。

 

「この少女を抑えて頂ければそれで充分ですが、必要とあれば翁の判断で動いて頂いて結構です。何かあれば、追って指示を伝えます」

「分かりました。では、参りましょうか」

 

 そうして、ヴィザの姿が黒い門へと消えていく。

 

 今、アフトクラトル最強の戦力が、その重い腰を上げた。

 

 

 

 

「これで17体目か。次行きましょ次」

 

 小南は本部基地の南側、市街地にほど近い場所で17体目のラービットを撃破していた。

 

 周囲に敵影がない事を確認し、小南は次の戦場へ向かおうとする。

 

「────────!」

 

 だが、その刹那。

 

 嫌な予感を感じて振り向くと、案の定そこに黒い穴が開いていた。

 

「いやはや、元気の良いお嬢さんだ。その歳でそこまで洗練された闘気を発するとは、よほど修羅場を潜って来たようですな」

 

 その穴から現れたのは、一人の老人だった。

 

 アフトクラトルの者達が纏う黒いマントを羽織り、その手には杖を持っている。

 

(マズイわね。まさか、こんなのが出て来るなんて)

 

 穏やかな微笑を浮かべるその様子は好好爺じみているが、小南の直感は断じてアレはそんなものではないと訴えていた。

 

 あの眼は、あの空気は。

 

 識っている。

 

 アレは、修羅だ。

 

 小南が近界を渡り歩いていた時、戦場で出会ってしまった戦狂い。

 

 それと同じ空気を、あの翁は持っている。

 

 そして。

 

 実力は恐らく、()()()()()()()()()

 

 間違いなく、あの翁は小南が今まで出会った誰よりも強い。

 

 小南は己の直感が鳴らした警笛を信じ、警戒を最大限にまで跳ね上げる。

 

 少しでも気を抜けば、その時点で首と胴が泣き別れる。

 

 そんな直感を抱いて、小南は。

 

 アフトクラトル最強の剣聖と、対峙した。

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