痛みを識るもの   作:デスイーター

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泥の王①

 

『忍田さん、ヤバいのが出て来た。多分、こいつが一番強い。あたしでも勝てないから、時間稼ぎに徹するわ』

「了解した。無理はするな」

『勿論』

 

 忍田は小南からの通信を聞き届け、拳を握り締めた。

 

 あの小南が、()()()()と断ずる相手。

 

 まさかそんなものが出て来るとは、流石に予想外だった。

 

 小南は旧ボーダー時代から近界で戦い抜いて来た古株であり、真実ボーダー最強の一角である。

 

 彼女は戦争と言う地獄を潜り抜けて来た者の一人であり、歴戦の兵と呼んで差し支えない。

 

 実力に伴った自負を持ち、彼女は決して自分を卑下したりはしない。

 

 その彼女が、明確に「勝てない」と断言したのだ。

 

 相手の戦力レベルがどれ程か、充分以上に察せられる。

 

(小南に限って、相手の戦力を見誤る事はまず無い。となると、彼女の言う通り時間稼ぎに徹して貰うのが最善か)

 

 数々の戦場を生き抜いて来た小南は、生死の狭間を潜り抜ける為の直感が並外れて高い。

 

 それは彼女の「死にたくない」という原始的な欲求が極限状況で研ぎ澄まされたが故に洗練されたものであり、小南の危機に対する()は一種の第六感のような役割を果たす。

 

 サイドエフェクトなどではなく、生来の動物的な直感を錬磨した結果生まれた危機感知。

 

 それが小南をこれまで生かして来た最大の武器であり、それ故に彼女は初見殺しだろうがなんだろうが戦場で瞬殺される事はまず()()()()()

 

 そもそも、小南はこれまでの戦闘で被弾した事すら皆無に近い。

 

 それは彼女の危機感知が優れている証であり、こと()()()()事に関してはボーダーでもトップクラスの能力を持っているのが小南なのだ。

 

 圧倒的な格上相手だろうが、時間稼ぎに徹するならば充分役割をこなしてくれるだろう。

 

(小南がそちらにかかりきりになる以上、新型の撃破速度はどうしても落ちる。慶達が頑張ってくれているが、これ幸いと新型の数を増やされては市街地にまで侵攻される恐れがある)

 

 だがそれは、小南がこなして来たラービットの殲滅が滞る事を意味している。

 

 太刀川も順調に撃破数を稼いではいるが、小南の速度には及ばない。

 

 この状況で小南の所に最強戦力を投入して来たという事は、間違いなくこれが狙いだ。

 

 小南のラービット殲滅を放置出来なくなったが故の苦肉の策かもしれないが、敵の残存兵力がどれ程残っているか分からない以上油断は出来ない。

 

(私が出るか…………? 今のところ新型は順調に撃破しているとはいえ、この機に大量投入されれば危険だ。ならば────────)

 

 忍田はこの時点で、自分が出撃する事を思案していた。

 

 小南の抜けた穴を埋める為には、同じく最上級クラスの実力者が出なければならない。

 

 そして、残存兵力で最もそれが効率的に行えるのは自分であると、忍田は自負している。

 

 指揮を任せ、出るべきか。

 

 葛藤し、思案する。

 

『忍田さん。もう少し、待って貰えるかな?』

「…………! 迅か」

 

 その、刹那。

 

 迅からの通信が、忍田に届いた。

 

 この状況、このタイミングでの通信。

 

 聞き逃すワケにはいかないと、忍田は目を細めた。

 

「何か、視えたのか?」

『うん。今忍田さんが出ちゃうと、小南が戦ってる相手が本気になっちゃう可能性が高い。ある程度、敵に()()()()()()()()と認識させなきゃ形振り構わなくなっちゃうみたいでね。心配だと思うけど、此処は我慢だよ』

「成る程、了解した」

 

 迅の助言に、忍田は素直に頷いた。

 

 別に、彼の言葉を妄信しているワケではない。

 

 迅の言う事ももっともだと、推察したからだ。

 

 敵がこのタイミングで小南に虎の子の実力者をぶつけて来たのは、ラービットのこれ以上の損耗を防ぐ意図があるのは明らかだ。

 

 その小南を抑えられていても忍田が出てしまえば、撃破速度はそう変わらないものになってしまうだろう。

 

 故に、「時間稼ぎで充分」と考えている敵が「一刻も早く敵の精鋭を壊滅させなければ」と覚悟を決めてしまう可能性は高いと言わざるを得ない。

 

「一応聞くが、新型を大量に投入されて市街地が危険に晒される可能性は?」

『ゼロじゃないけど、殆どないかな。敵さんはまだ、最優先目標を見付けていない。それが見つかるまでは、威力偵察に留める筈だよ。俺のサイドエフェクトも、そう言ってる』

「最優先目標────────────────雨取くんか」

 

 そういう事、と迅は忍田の言葉を肯定する。

 

 敵の、アフトクラトルの狙いは新たなる「神」の候補者────────────────即ち、莫大なトリオンの持ち主である千佳を攫う事だ。

 

 アフトクラトルは大規模侵攻前にラッドを用いてイレギュラー門を開き市街地にトリオン兵を投下して来ていたが、あの時に恐らく千佳の存在は感知している筈だ。

 

 あの事件の時に修が戦闘体を破壊されたか否かで未来の分岐が変わった為、あれらが斥候の役割を果たしていた事はまず間違いない。

 

 だが、千佳本人を特定するには至っていない筈だ。

 

 大量のトリオンの持ち主がいる、という事までは察知されているかもしれないが、その個人を特定するには彼女がトリガーを使う場面を抑えるしかない。

 

 つまり、千佳がこの大規模侵攻でトリガーを使うまでは、敵は様子見に徹するという事だ。

 

『あのタイミングで新型が大量投入されたのは多分、他の人型の戦いに横槍を入れさせない為だろうね。その新型を壊して回ってた小南が足止めされている限りは、余計な戦力の追加は無いと思うよ』

「それはつまり、小南がやられるか、新型を破壊し過ぎれば敵が本気になる可能性があるという事か」

『そういう事。だから、太刀川さんにも頃合いを見計らって────────────────に、行って貰う事にするよ。それから────────』

 

 迅は手短に、これから取るべき最適解を忍田に伝える。

 

 忍田はそれを聞き、頷き。

 

「了解した。そのように取り計らおう」

 

 迅の助言を受諾し、各所に命令を送り始めた。

 

 

 

 

「うざってぇな、こいつら…………っ!」

 

 基地南西。

 

 そこで風間隊と戦っていたエネドラは、苛立たし気に舌打ちした。

 

 先程から、何度やっても攻撃が一度も当たらない。

 

 敵が()を頼りにしている事を見抜き、デコイの音を立てて攻撃を行ってもみたが、それも看破されて避けられている。

 

 ただでさえ、敵を思うように蹂躙出来ない事はエネドラにとってのストレスになる。

 

 敵は何の抵抗も出来ず、自分に殺されていくもの。

 

 それがエネドラにとっての常識(あたりまえ)であり、それに真っ向から逆らう風間隊の面々は非常に鬱陶しかった。

 

 これが向こうから攻めっ気を出してくれればカウンターなど幾らでも狙えるのだが、風間隊はエネドラに対し一切攻めの姿勢を見せなかった。

 

 攻撃の機会を伺っているのだろうが、エネドラのトリガーは範囲攻撃が可能なものである為迂闊には踏み込めないのだろう。

 

(そろそろいいよな。いい加減、俺が苛立って全開で攻撃して来ると思ってんだろ。だったら、望み通りにしてやるよ…………っ!)

 

 エネドラは燻っていた苛立ちも限界に達し、待ちの姿勢を即座に撤回。

 

 ギロリと風間達を睨みつけ、トリガーを全力起動させる。

 

「面倒くせぇ…………ッ! 雑魚に付き合うのは、もう終わりだ…………っ! フルパワーで八つ裂きにしてやる…………っ!」

 

 エネドラの全身が膨張し、液状化した泥が刃の津波となって襲い掛かる。

 

 これまでにない広範囲の攻撃に、彼等がいた建物は耐え切れず倒壊する。

 

 足場が崩れる中、エネドラの放った泥の刃が四方八方から風間隊へと殺到する。

 

 避けられるのなら、避ける隙間のない物量で押し潰せば良い。

 

 そう言わんばかりの、猛攻。

 

 しかし。

 

「────────」

「…………っ!?」

 

 音もなく背後に回った風間の投擲したスコーピオンが、エネドラの首を穿った。

 

 加えて、菊地原と歌川の投擲したスコーピオンが頭部と胸を貫通し、エネドラの身体はその場に崩れ落ちる。

 

 黒トリガーを使う人型近界民は、風間隊の手によって倒れ伏した。

 

 

 

 

「はいおわり」

「仕留めたか」

 

 菊地原達が、安堵の息を漏らす。

 

 急所を、三ヵ所も貫いたのだ。

 

 流石にこれで生きてはいないだろうと、菊地原は改めてため息を吐いた。

 

 最初から、これが狙いだったのだ。

 

 敵の攻撃を回避し続けて焦らせ、全力の攻撃をして来た時を見計らってカウンターで仕留める。

 

 頭に血が上り易く敵を侮る性格なのは見れば分かった為、この選択に迷いはなかった。

 

「おいおい、もう終わってるじゃねぇかよ。俺が来た意味あったのかこれ?」

「影浦…………? 何故、此処に?」

 

 そんな時だった。

 

 影浦が、瓦礫の向こうから現れたのは。

 

 予想していなかった闖入者に風間は目を見開き、そして。

 

「…………っ!? まだだっ!」

「…………!」

 

 次の瞬間血相を変え、風間の身体を掴んで全力で飛び退いた。

 

 その意味を、分からぬ菊地原達ではない。

 

 菊地原と歌川もまたその場から飛び退き、そして。

 

「────────チッ、殺し損ねたか」

 

 急所を射抜かれた筈のエネドラが、何事もなかったかのように立ち上がった。

 

 既に風間達のスコーピオンで穿たれた傷は、元に戻っている。

 

 否。

 

 最初から、ダメージなど負ってはいなかったのだ。

 

 風間達は当初、エネドラの黒トリガーの力を液状化するブレードを操る能力と解釈した。

 

 範囲攻撃、奇襲性に優れる高出力の攻撃特化トリガーであると。

 

 だが。

 

 その前提は、最初から間違えていたのだ。

 

「全身の液状化────────────────それが、こいつの能力か」

「そういうワケだ。テメェらが幾ら攻撃しようが、俺には何も効かねーのさ。骨折り損、ご苦労だったな」

 

 全身を液状化させ、攻撃そのものを無効化しつつ自身は一方的に攻撃を仕掛けられる。

 

 それがエネドラの黒トリガー、泥の王(ボルボロス)の能力。

 

 風間はそう解釈し、そして。

 

「違う。それだけじゃねぇ。今の感情の刺さり方は、こっちを馬鹿にしてる奴のそれだ」

「ふむ」

 

 影浦のその言葉に、眼を細めた。

 

 サイドエフェクト、感情受信体質。

 

 他者の感情を肌感覚で察知出来る影浦は、相手が自身にどのような感情を抱いているのかを知る事が出来る。

 

 正しくは強制的に受信してしまう、と言う方が近い。

 

 そして、その感覚は相手が負の感情を抱けば抱く程不快なものとなり、明確な敵意や悪意となればそれはより顕著なものとなる。

 

 その影浦が、エネドラがこちらを「馬鹿にしている」と言ったのだ。

 

 それはつまり、風間の推測が間違っている事を意味する。

 

(液状化、だけではないな…………? そもそも、先程影浦が俺達を退避させた理由はなんだ? そんなもの、()()()()()()()()()()()()()()()から以外に理由はない)

 

 先程、エネドラを倒したと思っていた直後。

 

 影浦は、血相を変えて自分たちを先程の場所から退避させた。

 

 敵意を感知出来る影浦がそうしたという事は、あの時自分たちは退避しなければ攻撃を受ける筈だったに違いない。

 

(あの時、菊地原は反応していなかった。つまり、奴が攻撃に用いようとした手段は先ほどまでのような液状化ブレードではない。また別の、()()()()()()()があると見るべきだ)

 

 そして、菊地原がそれを感知していない以上、あの時エネドラは音による察知を許さない類の攻撃を行おうとしていた事になる。

 

 加えて、眼に見える変化はなかった事からその攻撃は不可視のものである可能性がある。

 

 不可視、そして無音。

 

 そんな攻撃がある上に、単純な物理攻撃が通じない、となると攻撃手メインの風間隊では些か相性的に厳しいものがある。

 

 トリオン体である以上何処かに核はある筈だが、風間隊の戦術は基本的に死角からの急所抜きだ。

 

 機動力と隠密(ステルス)トリガーで攪乱し、一撃で急所を貫き仕留める。

 

 それが風間隊のやり方であり、エネドラに有効であろう全身を吹き飛ばすような攻撃には向かないのだ。

 

 歌川は弾トリガーを積んではいるが本職というワケではなく、下手に乱発すればあっという間にトリオン切れに陥るだろう。

 

 恐らく核の位置は常に移動させていると考えられる為、闇雲に撃った程度ではそれを射抜く事は難しい。

 

 ならば。

 

「影浦、俺達は撤退する。お前に此処を任せたい。頼めるか?」

「いいぜ。俺が呼ばれたのは、そういう事だろ」

 

 この場を攻撃感知が可能な影浦に任せ、自分たちは他の戦場に赴く。

 

 それがベストの選択であり、影浦もそれは了承した。

 

 元より、彼が此処に来たのは忍田からの命令があった為だ。

 

 最初からこの場で戦うつもりで来たのだから、風間の指示に否はない。

 

 それに、影浦はどちらかというと単騎の方がやり易いのだ。

 

 先程は恐らくエネドラが近くにいた影浦諸共攻撃しようとしていたから察知出来たが、彼が感知するのはあくまでも自分自身に向けられた感情である。

 

 自分を狙わず、他の者のみを狙われては感知する事は出来ない。

 

 故に此処は自分が預かるのが最善だろうと、影浦はそう判断した。

 

 それが。

 

 この場に自分が赴いた意味だと、確信して。

 

「出来るだけ情報を引き出せ。それに応じて、最適の援軍を送れる筈だ」

「そんなのいらねーって言いてえトコだが、しゃーねーな。面倒な奴みてーだし、それでいいぜ」

 

 戦闘狂(バトルジャンキー)の気がある影浦にとって自分だけでは勝てないと言われているようなものだったが、この戦争の意味を理解しているが故に大人しく風間の指示を受諾した。

 

 この戦いは、七海が全霊を懸けて望んでいるものだ。

 

 ならば、普段やらない事であってもやってやろう。

 

 その意気で影浦は、エネドラの前に立ち────────────────それを見届けて、風間達はカメレオンを起動して姿を消した。

 

「チビ共は逃げやがったか。薄情だなあオイ」

「黙れおかっぱドロドロ野郎。ぐだぐだ言ってねーで、かかって来いよ」

あぁ?

んだコラ?

 

 ジロリと、影浦とエネドラは互いを睨みつける。

 

 互いに、敵意を隠さず。

 

 全霊を以て、相手に殺意を叩きつける。

 

「「ぶっ殺す」」

 

 エネドラと、影浦。

 

 殺意をぶつけ(メンチを切り)合った二人は、そのまま戦闘を開始した。

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