痛みを識るもの   作:デスイーター

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大局

 

「ラービット損耗(ロスト)速度、減少しました。ヴィザ翁と戦っている敵兵は、時間稼ぎに応じる模様」

「成る程、どうやら代わりとなる駒はいなかったようだな」

 

 ハイレインはミラの報告を受け、頷いた。

 

 これまでラービットを凄まじいスピードで殲滅していた小南を放置出来ず、虎の子のヴィザを出撃させたのだ。

 

 流石にこれで尚撃破速度が下がらなければヴィザに殲滅に切り替えるよう要請する他なかったが、幸いそういった事にはならなかったようである。

 

「とはいえ、ヴィザ翁と相対してまだやられていないとは、翁が時間稼ぎに徹しているとはいえ余程練度の高い兵のようだな。叶うなら、捕らえて旗下に加えたいが────────────────流石に、翁とまともにやり合える相手にそれは高望みだな」

 

 ハイレインは事此処に至り、玄界(ミデン)の兵力を侮る事をほぼ完全に止めていた。

 

 元より慢心はなかったが、これまでの経緯からして認めざるを得ない。

 

 以前は好きに資源を採掘出来る()()であった玄界は、他の国と同様戦力を整え、然るべき準備をした後に攻め込まなければならない「敵国」になったのだと。

 

 特に、今ヴィザを相手にしている兵の練度は相当なものだ。

 

 ラービットの殲滅速度から察して知るべきであったが、戦場を駆る兵士としての質が尋常ではない。

 

 あのヴィザ相手に、本気ではないとはいえ瞬殺されていないのだ。

 

 尋常な相手であれば翁と相対した時点で首と胴が泣き別れているだろうし、少なくとも無傷で生き残る事は有り得ない。

 

 だが、あの少女兵は今現在傷らしい傷を負わずに生存している。

 

 剣聖、ヴィザを相手に。

 

 ヴィザの一撃は牽制程度であろうが大抵の相手にとっては致死の一撃であり、攻撃を向けられた時点で終わりは決まっているのだ。

 

 確かに今のヴィザは命令通り時間稼ぎを優先しているが、それを加味しても尚少女の練度の高さが窺い知れる。

 

 あのヴィザに、そこまで戦える相手だ。

 

 これで下手に無力化を考えて命令を下せば、そこから一気に突き崩される可能性は0ではない。

 

 戦力として欲しいのは確かだが、それで最大目標達成の障害になっては元も子もない。

 

 より多くを得るのではなく、犠牲(リスク)利益(リターン)の帳尻が破掟しないよう立ち回る。

 

 それが、ハイレインの基本的な戦術傾向(やり方)なのだから。

 

「この機に、ラービットを追加投入しますか?」

「いや、それは良い。金の雛鳥が見つかっていない段階で、徒に戦力を消耗するのは避けたい。最低限の目標は達成出来たのだから、余計なリソースを使うべきではないな」

 

 少なくとも、ヴィザを投入する事で敵の最精鋭は抑えられたのだ。

 

 もし、他に同等のスピードでラービットを駆逐出来る駒がいるならすぐに出さない理由がない。

 

 ラービットを放置すれば普通の隊員が危機に晒されるのだから、戦力が足りているのならばそれを放置する事は有り得ない。

 

 ハイレインはそういった万が一の可能性も考慮していたが、この段階で新たな駒が出なかった事で玄界(ミデン)の戦力は頭打ちだと判断した。

 

 少なくとも、あの少女と同等の兵は今動ける中にはいないのだと。

 

 そう考え、追加兵力の投入を却下した。

 

 至極、当然の判断として。

 

 確かに理屈の上で言えば、この場面で他にラービット駆逐速度を上げられる駒が向こうにいるのであれば出さない理由はないだろう。

 

 ただ一つ、「それをやればヴィザ翁が本気になる」という情報を相手が得ているとは、流石のハイレインでも予測不可能だった。

 

 ヴィザはこの世界に来るのは初めての筈だし、玄界(ミデン)の人間が翁の事を知っているとは思えない。

 

 少なくとも、「本気になられるとマズイ相手」という情報を知っているなどとは思いもしない。

 

 当然といえば当然の話であるが、玄界に協力する遊真の存在に加え未来視などという最大級の不確定要素を相手にしているなどと、想像する事はまず無理だ。

 

 その事前情報の違いが、ハイレインの読み逃しを招く。

 

 奇しくも迅の想定通り、ハイレインは自らの慎重な性格故に最大の好機を逃す事になったワケだ。

 

 とはいえ、彼等の目的を考えればそこまでおかしな指示でもない。

 

 アフトクラトルの最優先目標は「神」と成り得る者の確保であり、その標的が未だに見つかっていない以上徒に戦力を消耗するワケにはいかないというのも分かる。

 

 そして何より、この機を逃した事に関してはハイレイン側としてはそこまで痛手ではないのだ。

 

 雛鳥の緊急脱出機能の有無が確認出来ていない以上、強引にリソースを使って市街地へ侵攻させるのは費用対効果が赤字になってしまいかねない。

 

 これが雛鳥が山のように市街地にいたのであればその手も考慮の内に入れただろうが、今避難活動を行っている雛鳥は十数名程度。

 

 しかもある程度固まって動いている為、ラービットを派遣しても思った通りの成果は挙げられない可能性がある。

 

 加えて、恐らく相手にはミラと同じ転移の能力を持つトリガーがある。

 

 流石に自由度は比較にならないだろうが、それでも何処にその転移が仕込まれているか分からない以上戦力を派遣したところで骨折り損になってしまう可能性があるのだ。

 

 そして恐らく、投入した戦力は返って来ない。

 

 少女程の速度ではないとはいえ、ラービットを各個撃破出来る兵士はそれなりの数がいるのだ。

 

 迂闊にラービットを使い捨てれば、その後の展開が苦しくなりかねない。

 

 緊急脱出の有無の未確認、C級の数の厳選。

 

 そして、転移の存在。

 

 それらがハイレインに、大胆な手を打たせる事を躊躇わせていたのだ。

 

「他はどうなっている?」

「ランバネインは戦場を移動しながら、敵集団と戦闘中の模様。ヒュース、エネドラは単騎の敵兵とやり合っているようです」

「ほぅ。矢張り、玄界(ミデン)の兵は侮れないな」

 

 ハイレインは二人の実力を知るからこそ、玄界の兵士の層の厚さに素直に感嘆した。

 

 ランバネインは空中飛行が可能というアドバンテージとトリガーの破壊力、連射性能のずば抜けた高さによってより多くの相手を殲滅するのに向いている。

 

 その彼が、未だにまともに撃破報告もあげてはいない。

 

 つまり、殲滅力に長けたランバネイン相手に戦闘が成立している、という事だ。

 

 更に、ヒュースとエネドラに関してもハイレインはその実力は認めている。

 

 ヒュースは若さ故の絡め手への耐性が、エネドラはトリガー(ホーン)の浸食による人格変容という不安要素はあるが、実力は一級品である事に変わりはない。

 

 絡め手に弱いとはいえ、ヒュースの場合それならそれで口を開かず戦闘をしていれば良いだけの話だ。

 

 余程ヒュースの興味を惹く話題を持ち出さない限り、彼が揺れる事はないだろう。

 

 エネドラの場合は角の浸食の影響か慢心が目立つが、泥の王(ボルボロス)は初見殺しに優れており適当に暴れさせてやれば相応の混乱を齎せるだろう。

 

 だというのに、そのヒュースとエネドラが単騎相手に足止めを食っているらしい。

 

 つまり玄界は彼等に類するだけの戦力を用意出来ていたという事であり、猶更認識を改めざるを得なかった。

 

「頃合いを見計らって、例の手を打つ。他の三人の戦況が変わり次第、動くぞ」

 

 

 

 

「きっついなあ。分かっていても、こうするしかないってのは」

 

 迅は一人、街を駆けながら苦々しい表情で呟いていた。

 

 確かに、未来視と遊真から齎されたアフトクラトルの情報である程度こちらの思う通りに盤面を整える事は出来た。

 

 だが。

 

 楽勝、などとは口が裂けても言えない。

 

 何故なら、その前提があって尚、アフトクラトルの戦力の層が厚過ぎるからだ。

 

 現段階で見えているだけで、トリガー(ホーン)で強化されたトリガー使い二人に、黒トリガーが二人。

 

 しかも彼等は全員が歴戦の軍人であり、本当の意味での実戦を経験する事が事実上初めてであるボーダー隊員達にとっては辛い相手だ。

 

 トリガー(ホーン)で強化されたトリオンもそうだが、総じてトリガーの能力とその熟練度が非常に高い。

 

 遊真が当たっている相手は若いながらも冷静な視野と汎用性に富んだトリガーを持ち、黒トリガーの遊真相手に互角の戦いを繰り広げている。

 

 嵐山達が戦っている相手は強力な威力と連射性能を両立させたトリガーを用い、更に本人の合理的かつ堅実な戦い方で隙が無い。

 

 現在影浦が相手取っている黒トリガーも攻撃がほぼ無意味になり、広範囲に奇襲が可能な厄介な性質を持つ相手だ。

 

 そして言うまでもなく、小南が「勝てない」と断言した相手が一番ヤバい。

 

 迅もまた、小南の戦力分析には絶対の信頼を置いている。

 

 その小南が、「自分では勝てない」と断じたのだ。

 

 それだけで、尋常な相手では無い事が察せられる。

 

(本当なら小南の戦ってる奴には遊真を当てたかったが、今遊真が戦ってる方も放置したらヤバい手合いだ。残念だけど、手の空いている隊員で明確に相性が良い相手もいないし、遊真に任せるしかなさそうだ)

 

 本来、遊真には敵の最大戦力を相手にして貰うつもりだった。

 

 天羽が気軽に使えない以上、黒トリガーに黒トリガーをぶつけるのはある意味正しい使い方だ。

 

 だが、それをする前に遊真の前に今の敵────────────────ヒュースが、現れてしまったのだ。

 

 遠目から彼の姿を確認した迅は、ヒュースを相手にするには遊真に任せるか、自分が相手をするかの二択が最も良い方向に向かい易い道筋(ルート)である事を視た。

 

 他の隊員が当たる方法もあるが、その場合は徒に戦力を浪費して相手を生き延びさせてしまうケースが非常に多い。

 

 故に、実質二択しかなかったというワケである。

 

(俺が行って足止めをするって手もあるけど、そうなると未来視での盤面操作が難しくなる。それをやると他へのカバーが難しくなるから、出来れば避けたいところだ)

 

 現在、迅は戦場を駆け回りながら逐次未来視の情報の習性を行いそれを即座に忍田へ伝達。

 

 場面場面で最適な指示を出す為に、走り回っていた。

 

 それを放棄してしまえば、今のように敵の作戦に即応する事が難しくなる。

 

 ただでさえ、相手は超級の駒ばかりが揃っていて地力が上なのだ。

 

 今手にしているほんの少しの優位を手放してしまえば、本当の意味で何が起こるか分かったものではない。

 

 故に、ヒュースは遊真に任せる以外に道はない。

 

 そう判断して、迅は遊真のいる方向を見据えた。

 

(頑張ってくれ、遊真。お前がどれだけ早くそいつを倒せるかが、今後の鍵になる。難しい役目を振って済まないが、頼んだぞ)

 

 

 

 

(成る程、こいつはおれが倒さなきゃ駄目だな)

 

 ヒュースと戦っていた遊真は目を細め、視界の先に立つ近界民(ネイバー)の実力を認めた。

 

 確かに、出力だけなら黒トリガーである遊真の方が上だ。

 

 だが、敵はトリガーの汎用性・応用性をフル活用してトリオン差を埋めて来ている。

 

 もし黒トリガーの出力というアドバンテージがなければ不利な戦いを強いられただろう。

 

 そう考える程に、ヒュースの実力は洗練されていた。

 

(こいつは、本領はサポート型だ。誰かと組ませると、ヤバい。ここで倒しておかないと、他の迷惑になるな)

 

 加えて、その能力は戦闘補助(サポート)に向いていた。

 

 直接的な戦闘能力も勿論高いが、その能力の応用性はサポートとしてこそ真価を発揮する類のものだ。

 

 彼を他の戦場に行かせてしまえば、それだけで戦局が覆りかねない。

 

 故に、この相手は此処で落とす必要がある。

 

 遊真はそう断じて、ヒュースの姿を見据えた。

 

 

 

 

玄界(ミデン)の黒トリガーか。動きも洗練されていて、決してトリガー頼りのごり押しタイプじゃない。厄介な相手だな)

 

 一方、ヒュースもまた遊真の実力を正しく評価していた。

 

 先程から動きを見ていたが、遊真の動きはヒュースの良く知る軍人よりも時折垣間見た傭兵のものに近い。

 

 軍人は全体の中の個として個人技ではなく連携に重きを置き、尚且つ博打は決して打たないものだ。

 

 トリガー使い一人の損失がどれだけ自軍に影響するのかという事を知っているが故に、命を軽々しくテーブルに乗せたりはしない。

 

 命令とあらば躊躇いはしないが、少なくとも勝手な自己判断で犠牲になるような真似はしない。

 

 だが、目の前の相手は必要とあらば博打も打つタイプだとヒュースは見抜いていた。

 

 傭兵は、自分の命を懸け札(チップ)にして戦果をもぎ取る荒くれ者(イリーガル)だ。 

 

 此処が命の懸け時だと思えば、傭兵は躊躇なく命を懸けのテーブルに乗せる。

 

 軍人には無い奇襲性、突拍子の無さが傭兵にはある。

 

 自分の「家」に忠誠を誓っているヒュースには理解し難い生き方だが、それでもどういった輩なのかという知識はある。

 

 恐らく、彼は何らかの交渉もしくは恫喝により玄界(ミデン)に協力している近界の傭兵だろう。

 

 染み付いた戦場の匂いの濃さは、この世界出身のものでは有り得ないものだからだ。

 

 だが、だからといって容赦をする理由は微塵もない。

 

 傭兵は危険度(リスク)報酬(リターン)さえ釣り合えば誰にでも尻尾を振る、矜持よりも利益を取る者達だ。

 

 玄界の側に付いた以上、自分の敵である事に変わりはない。

 

 あちらにどんな事情があろうが、自分は今任務の遂行中だ。

 

 それを邪魔するのであれば敵以外の何物でもなく、躊躇する理由はない。

 

(黒トリガー相手だろうが、負けはしない。確実に落とし、叶わずともこの場に足止めする。それが、この場を任された俺の任務なのだから)

 

 ヒュースは戦意を高め、遊真の姿を見据える。

 

 そして。

 

「────────」

「────────」

 

 二人の近界民(ネイバー)は睨み合い、激突する。

 

 蝶の盾(ランビリス)の使い手、エリン家のヒュース。

 

 無銘の黒トリガーの主、空閑遊真。

 

 その戦闘は、本番を迎えようとしていた。

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