痛みを識るもの   作:デスイーター

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escape

「那須隊長が合成弾で『二宮隊』を奇襲……っ! 続けて七海隊員も、同じく仕掛けた模様です」

 

 実況席で、綾辻が戦況を伝える。

 

 画面には睨み合う七海と二宮、犬飼の姿があり、少し離れた街灯の上に険しい表情の那須が佇んでいた。

 

「那須隊長と七海隊員が合流し、攪乱戦を仕掛けるのは現在の『那須隊』の強力な戦術ですが、二人の連携は『二宮隊』に通用するでしょうか?」

「正直に言って、厳しいわね。連携の練度をとやかく言うつもりはないけど、とにかく()()が悪過ぎる」

「相性、ですか」

 

 ええ、と加古が画面を見ながら続けた。

 

「七海くんと那須さんの連携の一番強力な点は、敵の攻撃を掻い潜り、一方的に敵を搔き乱す事が出来る点なのよ。そしてその連携は、障害物が多い場所でこそ活きる」

「現在彼等がいる場所には校舎を始めとした建物が点在しており、遮蔽物が全くないワケではありませんが……」

「だから言ったのよ、()()()()()って」

 

 え、と疑問符を浮かべる綾辻に対し、加古は淡々と答えた。

 

「あの程度の障害物、二宮くんなら薙ぎ払えるわ」

 

 

 

 

「────メテオラ」

 

 自身を囲んだつもりでいる那須達に対し、二宮が取った解答はシンプルだった。

 

 分割なし、まるごと一発のメテオラを校舎に向けて射出。

 

 校舎に着弾したメテオラは大爆発を起こし、建物に大きな風穴を空けた。

 

「くっ、メテオラ……ッ!」

 

 二宮の狙いを悟った七海は、即座にそれを止めるべくメテオラを使用。

 

 分割したトリオンキューブが、二宮に向けて降り注ぐ。

 

「させないよ」

「……っ!」

 

 だが、犬飼が固定シールドを使用しメテオラを防御。

 

 シールドはボロボロになったものの、二宮・犬飼両名は共に無傷。

 

 二宮の射撃を、止める術はない。

 

「────メテオラ」

 

 二宮の豊富なトリオンによって放たれた『炸裂弾(メテオラ)』が、再び校舎を抉り取る。

 

 連続してメテオラを受けた校舎は、最早建物の程を為していなかった。

 

 これで、付近で一番大きな建造物は破壊出来た。

 

 二宮の視界に、七海だけでなく那須の姿も映り込む。

 

「────ハウンド」

 

 射線を確保した二宮は、即座に両攻撃(フルアタック)ハウンドを射出。

 

 夥しい数の光弾が、雨あられと降り注ぐ。

 

「……っ!」

「きゃ……っ!」

 

 その光景を見た七海は、即座に撤退を選択。

 

 グラスホッパーを起動し、ジャンプ台トリガーを踏み込み加速。

 

 そのまま那須を強引に連れ去り、グラスホッパーを連続起動し加速を重ねる。

 

 七海は脇目も振らず高速での逃走を続け、白銀の街の向こうへ消えて行った。

 

 

 

 

「二宮隊長、メテオラで強引に建物を破壊しハウンドで迫るも、形勢不利と見た七海隊員は即座に離脱を選択。一目散に撤退しました」

「良い判断ね。あそこで迷えば、あの場で落ちていたわ」

 

 加古はそう言って七海の判断を称賛し、笑みを浮かべる。

 

「結局の所、七海くんが二宮くんの相手をするにはROUND1で『那須隊』が仕掛けた『森林』MAPのような極端に障害物が多い地形でないと厳しいのよ。多少の建物なら、二宮くんは簡単に壊しちゃうからね」

「確かに。二宮さんの相手をするにゃあ、あそこは建物が少な過ぎたな」

 

 『市街地』系MAPだと厳しいだろうな、と当真は告げる。

 

 確かに『市街地』系のMAPはその名の通り住宅地を模したものである為、極端に背の高い建物はそう多くはない。

 

 七海と那須が二宮の相手をする場合、辺り一面障害物だらけのような場所を用意する必要がある。

 

 そうでもしなければ両攻撃(フルアタック)ハウンドによる絨毯爆撃で、瞬く間に炙り出されてしまう。

 

 一度二宮のハウンドに捕まれば、そこから抜け出すのは難しい。

 

 もしも一瞬でも七海の判断が遅れていれば、そのまま押し込まれて落ちていた筈だ。

 

 あの場で即座に撤退を選択した七海の判断は、的確だったと言えよう。

 

「あの攻防で、七海くんも二宮くんとの相性の悪さは実感した筈よ。普通なら二宮くんは避けて別の隊を狙う所だけど、どうするかしらね」

 

 

 

 

「玲一、なんで逃げるの……っ!? まだ、くまちゃんの仇を取ってないのに……っ!」

 

 那須は七海に抱えられながら、険しい顔で抗議をあげる。

 

 七海は決して足は止めず、諭すように那須に語り掛けた。

 

「あの場に留まれば、やられていたのは俺達の方だ。俺は、お前の自殺を見過ごすワケにはいかない」

「けど……っ!」

 

 尚も抗議する那須に対し、七海は固い表情で答えた。

 

「俺も、みすみす熊谷を落とされてしまった失点は取り返したい。別に、このまま逃げ帰るワケじゃない。単純に、もっと有利な条件で勝負をかけるだけだ」

「有利な、条件……?」

 

 ああ、と七海は答える。

 

乱戦(得意分野)に持ち込む。丁度、最適な相手がこの先にいる」

 

 

 

 

「うひー、マスタークラスの相手はしんどいなあ」

 

 北添はシールドを張る辻相手に、擲弾銃でアステロイドを銃撃する。

 

 辻はシールドで北添の銃撃をガードし、距離を詰める。

 

 避けられる弾は避け、避け切れないもののみを集約したシールドで防御する。

 

 そうする事でシールドの損耗を最小限に抑え、そつのない動きで辻は北添に肉薄していく。

 

 ただでさえ鈍重な北添は、雪で機動力が鈍っている事もあり、このままだともうすぐ追いつかれる。

 

 攻撃手の距離まで近付かれてしまえば、ブレードでシールドを両断されて終わりだ。

 

 そうでなくとも、旋空弧月の威力であればシールドは割り砕ける。

 

 北添は、確実に追い詰められていた。

 

「こりゃゾエさん死んだかも。本格的にヤバイなー」

 

 脱落の二文字が北添の脳裏に浮かび、しかし最後まで足を止める事はない。

 

 たとえ此処で落ちたとしても、時間を稼げばそれだけでチームの益になる。

 

 毎回捨て身上等の戦法を取る『影浦隊』としては、ごく当たり前の心意気だった。

 

「────旋空弧月」

 

 距離を詰めた辻は、容赦なく『旋空』を起動。

 

 拡張斬撃にて、北添を両断せんとする。

 

「────メテオラ」

 

 ────だが、そこに上空から光弾が飛来。

 

 その光弾の正体を察した辻はその場から飛び退き、地面に着弾した『メテオラ』は連鎖的な爆発を引き起こした。

 

 辻はその爆発が飛んで来た方向を、見据える。

 

 そこには、ビルの屋上からこちらを睥睨する七海の姿があった。

 

「うわわ……っ!」

 

 七海は、驚いて一目散に逃げる北添を追う様子は全くない。

 

 むしろ、辻の行く手を阻むような位置取りだった。

 

「七海くん……」

「ちょっと、付き合って貰いますよ。辻さん」

 

 そして両者は、その場で戦闘を開始した。

 

 

 

 

「二宮隊長・犬飼隊員両名から逃走した七海隊員と那須隊長、今度は『二宮隊』攻撃手、辻隊員に標的を変えた。しかし、近くにいた北添隊員を追う様子は見せていません」

「最初から、目的は辻の足止めだろーな」

 

 当真の言葉に、加古もそうね、と言って追随する。

 

「七海くんの狙いは、ゾエくんにもう一度爆撃して貰って乱戦のチャンスを作る事ね。数部隊入り乱れての乱戦なら、二宮くんの両攻撃(フルアタック)は封じられるからね」

「犬飼がカバー出来るとはいえ、相手によってはそれも厳しくなるからな。二宮の強みを封じるには、良い手だろーぜ」

「まあ、セオリー通りと言えばその通りなのだけれどね」

 

 加古は、そう言って苦笑した。

 

「でも、二宮くんを相手にするなら対策はむしろシンプルな方が良いわ。あれこれ考え過ぎると、ドツボに嵌まるからね」

「まあ、二宮さん自身がシンプルイズベストの能力だしなー。正攻法を突き詰めた相手は、むしろ絡め手を使う相手より面倒だと思うぜ」

「単純明快故に明確な対策というものがないからね。ま、やってる事は力押し以外の何物でもないのだけれど」

 

 二人の言うように、二宮の強みはその豊富なトリオンによる重爆撃能力と、地力の高さから来る安定感だ。

 

 広範囲のハウンドで相手のシールドを広げさせ、薄くなったシールドをアステロイドで穿つ。

 

 窮極、二宮がしているのはこれだけだ。

 

 単純、故に強い。

 

 やっている事が単純明快であるが為に、明確な対策というものが存在しない。

 

 強いて言うのであれば、両攻撃を使()()()()()()である。

 

 両攻撃は確かに強力だが、その最中自分のガードががら空きになってしまうという弱点がある。

 

 故に、二宮は相手の狙撃手が生きている段階では、両攻撃を使おうとしない。

 

 先程両攻撃を使用したのは、その隙をカバー出来る犬飼がいたからだ。

 

 那須の『変化弾(バイパー)』も七海の『炸裂弾(メテオラ)』も、固定シールドを突破するには威力が足りない。

 

 だからこそ、あの場で二宮は防御を犬飼に任せ、躊躇なく両攻撃(フルアタック)を敢行したのだ。

 

 だが、乱戦の最中ともなればそうも行かない。

 

 威力の高いアイビスは集中シールドでも相殺出来ず、何処から一発目が飛んでくるかは分からない為、それに備える為には二宮は常に片手を空けておく必要がある。

 

 七海の狙いは、それだ。

 

 乱戦を誘発する適当メテオラを使う北添をフリーにする事で、爆撃を使って敵を一ヵ所に寄せ集める。

 

 それが、七海の立てた作戦だった。

 

「けど」

「ええ、そうね」

 

 だが、二人はそれに待ったをかけた。

 

 それは何故か。

 

「位置が、悪いわね」

 

 

 

 

「ふいー、なんとか逃げ切れた。いやあ、七海くんに逃がして貰ったって感じだけど」

 

 とある建物の屋上で、北添は冷や汗をかきながら街を見回した。

 

 七海の援護であの場から逃げおおせる事が出来た北添は、即座に爆撃するのに最適なポイントへと移動した。

 

 先程の動きを見る限り、七海が北添を利用しようとしているのは間違いない。

 

 しかし、折角の降って沸いたチャンスである。

 

 北添としては、罠だろうがなんだろうがこのチャンスを逃すワケには行かなかった。

 

「ヒカリちゃん、レーダーお願い」

『ったく、ホントお前等はアタシがいねーとなんもできねーな』

 

 通信越しに愚痴りながらも、仁礼は的確な情報解析で相手チームのいる場所を割り出し、北添に知らせた。

 

「じゃあ爆撃するねー。巻き込まれないようにしてよ、カゲ」

『ハッ、誰に物言ってんだよ』

 

 北添は影浦に確認を取り、擲弾銃の引き金を引こうとする。

 

 そこで、気付く。

 

 自らの背後。

 

 その奥から、無数の光弾が飛来している事に。

 

「うわわわわ……っ!」

 

 北添は必死になってその光弾────『ハウンド』をシールドで防御。

 

 だが、その絶対量が並ではない。

 

 土砂降りの豪雨のようなハウンドが、北添をその場に釘付けにする。

 

「に、二宮(ニノ)さん……っ!」

 

 北添は視界の向こうに、見知った黒スーツの男を見た。

 

 既に男────二宮の周囲にはトリオンキューブが浮遊しており、菱型に分割する独特の手法で無数の弾丸を形成する。

 

「────アステロイド」

「ぐ……っ!」

 

 ────そして、威力重視の弾丸(アステロイド)が北添に着弾。

 

 トリオン体に無数の風穴が空き、容赦なくトリオンの煙が漏れ出ている。

 

 どう見ても、致命傷。

 

 それを悟った北添は、レーダー頼りの爆撃を敢行。

 

 戦場各所に、爆撃の雨を降らせる。

 

『戦闘体活動限界。『緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 そして、機械音声が北添の敗北を告げる。

 

 北添は光の柱となり、戦場から消え去った。


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