痛みを識るもの   作:デスイーター

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蝶の盾①

 

「────────行け」

 

 遊真とヒュース。

 

 二人の戦闘再開の合図は、ヒュース側の攻撃だった。

 

 ヒュースは黒い礫を集約し、宙に浮かぶ巨大な手裏剣状の刃を形成。

 

 それを、二振り。

 

 形成した刃を、遊真に向かって射出する。

 

「────────!」

 

 遊真はそれを防御────────────────は、しない。

 

 恐らくこれがヒュースのトリガーの攻撃形態なのだろうが、この二つの刃を作って尚ヒュースの周囲には黒い礫が残っている。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()という事。

 

 もし、迂闊に防御を選べばそのまま次の攻撃を撃ち込まれてしまうだろう。

 

 故に遊真は即断で回避を選択し、その場から飛び退いた。

 

 ヒュースの持つ攻撃手段の中で最も警戒しなければならないのは、あの黒い礫を直接身体に撃ち込まれる事だ。

 

 戦闘時にヒュースの戦闘情報をオペレーターの宇佐美に送って解析して貰ったところ、その内容を通信越しに聞いた小夜子のアドバイスを得た彼女がレイジに意見を求めた結果、敵のトリガーの性質が推測出来た。

 

 ヒュースのトリガー、蝶の盾(ランビリス)の能力は────────────────()()

 

 遊真は初めて聞いた単語ではあるが、どうやら磁力というのは二つの物体を引き合わせる、もしくは反発させる性質があるそうだ。

 

 色々他にも説明はしていたが、()()()()()だけ分かれば他が理解出来ずとも問題ない。

 

 とにかく、あの黒い礫────────────────磁力片はお互いをくっつかせる事が出来、もし体に埋め込まれてしまいでもすれば他の磁力片に引き寄せられてしまう可能性が高い。

 

 言うなれば、あの磁力片による攻撃は遊真の(アンカー)の攻撃と同種のものだ。

 

 撃ち込んだ相手に不利益な効果を強要する事をコンセプトとした、特殊な攻撃。

 

 それが、あの磁力片の弾丸であると思われる。

 

 また、あの弾丸を反射する盾も磁力の反発する性質を利用したものであると推測される。

 

 形成される磁力片のシールドが鋭角的になっているのは、角度を付ける事で敵の攻撃を逸らして弾く為であると思われる。

 

 幾ら反発する性質を持とうが、一定以上の重さを持つ攻撃を反射するのは簡単な事ではない。

 

 だからこそ、盾の角度に鋭角を付け攻撃を()()()ようにする事で弾いているワケだ。

 

(多分、威力を上げても射撃じゃああの盾は破れない。弾丸は威力があっても()()がないから、反射の盾相手じゃあめり込まずに逸らされる。真っ直ぐ飛ぶだけのおれの弾じゃあ、相性が悪いな)

 

 こんな事ならハウンドとかもコピーしとくべきだったかな、と一瞬考えた遊真であるがそんな無駄な思考は即座に捨てる。

 

 今準備出来ていなかった段階で、そんなものは戦闘に余分な無駄な思考でしかない。

 

 考えてもその手札を揃えられるワケではないのだから、今ある手札で敵を打倒する事のみに思考を向ければ良い。

 

 もしも(if)の話をしても、実利はない。

 

 思考は、現実に基づかなければ意味はないのだから。

 

(かといって、迂闊に踏み込めばあの黒いのを撃ち込まれて動きが制限されるな。腕とかに埋め込まれたなら腕を斬ればいいけど、出来ればやりたくないな)

 

 これがこの戦争の最終局面であれば、腕の一本や二本の損失は必要なリスクとして許容出来ただろう。

 

 だが、この戦闘は重要な一局ではあれど()()()()()()()()

 

 此処で腕や足を失ってしまえば、後の戦闘に差し障る。

 

 奥の手も、こんな所で出すようでは先が知れている。

 

 ヒュースは強敵であり、此処で必ず倒さなければならない相手である事に間違いはない。

 

 だが、だからといってこの戦闘で消耗し過ぎれば結果的にヒュースの役割は充分果たした事になってしまう。

 

 ノーマルトリガーのヒュースで黒トリガーの遊真の戦力を削り取る事が出来れば、それだけで勝ちのようなものだ。

 

 現状、人型相手に使える黒トリガーは遊真のものと風刃のみ。

 

 後者が性質上簡単に切る事は出来ない手札である為、正面から人型に当たるとなれば遊真の存在は必須である。

 

 聞けば、小南が相手をしている敵は他の敵よりも数段どころか上限が見えないレベルの格上らしい。

 

 今は彼女が頑張って時間稼ぎをしてくれているが、逆に言えば彼女程の猛者であっても足止めが精々という時点でその脅威度が把握出来る。

 

 遊真は小南に師事している為、当然その実力は既知だ。

 

 小南は遊真がこれまで戦って来た中でも、最上位に位置する戦士である。

 

 彼女程洗練された兵士は、近界でも中々見ない。

 

 全ての能力が高い水準で纏まっており、精神的な隙も戦場ではまず見せない。

 

 こと突破力、生存能力においては群を抜いており、遊真の見て来た兵士の中でもダントツであると断言出来る。

 

 その小南が足止めしか出来ていないという事は、敵は彼女より更に格上であるという事。

 

 やもすれば、レプリカから聞いた国宝の使い手である可能性もある。

 

 そんな奴が、敵にいるのだ。

 

 出来る事なら手早くヒュースを片付けて、次へ向かいたいところだが────────────────目の前の少年は、そんな容易い相手ではない。

 

 少なくとも、強引に突破しようとすれば相応の消耗を強いられるだろう。

 

 そして恐らく、ヒュースは展開によっては勝利を捨ててこちらの消耗を強いて来る可能性がある。

 

 あの目は、そういう事が出来るタイプの兵士の眼だ。

 

 組織に対する忠誠心が高く、いざとなれば自分の犠牲を厭わないタイプの、上官からすれば理想的な下士官。

 

 こういう類の相手は、下手に好戦的な実力者よりも厄介な場合がある。

 

 何せ、必要と判断すれば躊躇なく勝ちを捨てられるのだ。

 

 既に、こちらが黒トリガーであるというのはバレているだろう。

 

 明言したワケではないが、黒トリガーであるかどうかは出力で大体見当が付けられる。

 

 特に、敵には複数の黒トリガー使いがいる様子である為、通常のトリガーとの区別もつき易いだろう。

 

 故に、強引な突破は悪手だ。

 

 あくまでも効率的に、犠牲を最小限に倒さなければ本当の意味で()()とは言えない。

 

 これは、そういう戦いだ。

 

 仮に小南の今戦っている敵相手であればその損失(リスク)を許容しても戦果(リターン)が上回ったであろうが、この相手はそういう類ではない。

 

 角は黒ではない為、黒トリガー使いでない事は確定している。

 

 トリガーもどちらかといえばサポートが本領であり、直接的な殲滅力は他の人型近界民(ネイバー)と比べれば高くはない。

 

 しかしサポート型故に他の人型と組まれれば被害が加速度的に悪化していくのが目に見えている為、此処で倒す以外に道はない。

 

 必ず倒さなければならない相手ではあるが、消耗し過ぎれば事実上の負けと等価。

 

 これは、そういう厄介な相手なのだ。

 

『空閑』

「オサムか」

 

 そんな時、修から通信が届く。

 

 遊真はヒュースの回転刃を回避しつつ、その声に耳を傾けた。

 

 今、不必要な通信をするような相手では無い。

 

 修の事を、そう信じているが故に。

 

『状況はレイジさんに聞いた。だから、提案なんだけど────────』

 

 淡々と、自分の考えを伝える修。

 

 その話を遊真は無言で聞き、そして。

 

「分かった」

 

 了承の意を伝え、行動を開始した。

 

 

 

 

(逃げるつもりか? いや、俺よりも先にラービットを破壊しに行く魂胆か)

 

 ヒュースは磁力刃を回避しつつ後退していく遊真を見て、その先に何があるかを理解し得心する。

 

 遊真の向かう先には、ラービットの反応がある。

 

 恐らく、自分を倒すよりもラービットを破壊して回る方が得策と考え、こちらを放置してラービットを撃破────────────────もしくは、そう誘いをかける事で隙を作らせるつもりかもしれない。

 

(残念だが、そうはさせん。幸い、この先にいるのは俺の蝶の盾(ランビリス)の能力が付加されたタイプのモッド体だ。連携すれば、それだけ勝率も上がるだろう)

 

 だが、この先にいるのは蝶の盾の能力を付加したタイプのラービットだ。

 

 トリオン兵の戦闘プログラムでは複雑な操作が必要な蝶の盾は使いこなす事が出来ず、モッド体の中でも単独の戦闘能力は低い部類に入る。

 

 されど、ヒュースという頭脳が加われば話は別だ。

 

 ラービットは基本的にこちらの指示を聞くように出来ているし、ハイレインに要請すれば操作権を貸与して貰える筈だ。

 

 複雑な操作が必要な蝶の盾(ランビリス)に加えラービットの操作まで加われば必要な処理能力(タスク)は増えるが、元よりトリオンの操作は得意な部類だ。

 

 その程度、さしたる問題ではない。

 

 ヒュースはそう思案し、こちらを見ているであろうミラ越しにハイレインに呼びかける。

 

「ハイレイン隊長、この先にいるモッド体の操作権を貸与して頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 

 

 

「構わないと伝えろ。それで玄界(ミデン)の黒トリガーの足止めが叶うのであれば、損耗したとしても許容範囲だ」

 

 ヒュースからの要請を聞いたハイレインは即座にそう返し、ミラは《小窓》越しにその指令を伝えた。

 

 向こうからヒュースの「了解しました。ありがとうございます」という返答が聴こえ、思わずミラは目を細めた。

 

 この作戦で、場合によってはヒュースは玄界に置き去りにする事になる。

 

 ミラもその必要性は理解出来るし、ハイレインの方針に否と言うつもりもない。

 

 しかしなんだかんだでこれまで共に戦ってきた仲間に対する情が皆無というワケではなく、内心が複雑なのは確かだ。

 

 無論、それを表に出す事などする筈もないのだが。

 

「ミラ、ヒュースを置いていく事は確定事項ではない。金の雛鳥さえ確保出来れば、その必要もなくなる」

「あ、いえ、私は別に隊長の方針に異議があるわけではないのですが」

「分かっている。今更お前が俺の方針に異を唱えるとは思っていない。お前は、任務に私情を混ぜる女ではないからな」

 

 ミラの忠誠については、ハイレインは欠片も疑ってはいない。

 

 アフトクラトルではその苛烈な性格から恐れられる彼女であるが、これで中々面倒見の良い事も知っているし、ハイレインの冷徹な采配が必要な事である事もしっかりと理解している。

 

 軍事国家であるアフトクラトルは、四人の領主によってそれぞれ治められている。

 

 領主同士の中は険悪どころかほぼ敵同士と言って良い間柄であり、政争で負ければ悲惨な結果になるのは目に見えている。

 

 だからこそ「神」の死が迫っている現在、領主達は死に物狂いで新しい「神」候補を探し回っているのであり、ハイレインがこの遠征を計画したのもその為だ。

 

 だが、ハイレインはいるかどうかも分からない「神」候補に一縷の望みを懸けるのではなく、それが失敗した時の第二候補(サブプラン)も用意していた。

 

 それが配下であるエリン家当主を「神」に仕立てる計画であり、遠征で「神」候補を鹵獲出来なかった場合の最終手段でもある。

 

 当然ながら、最初からこの方法を選ばなかったのは問題が多く、少なくないリスクを孕むプランであるからだ。

 

 まず、当然エリン家とは敵対関係になる。

 

 彼の家は当主の人柄を慕う者達が多く、その彼女が犠牲になるとなれば真っ向から反抗するのが目に見えている。

 

 そして、ヒュースはそのエリン家の当主に忠誠を誓う兵士だ。

 

 当然そんな状況になればエリン家側に付くのは目に見えており、敵になる事は確定していると言っても過言ではない。

 

 問題なのは、ヒュースが雑魚ではない事だ。

 

 ヴィザ翁のような規格外ではないとしても、ヒュースは優秀で、冷静ささえ保っていれば大局的な思考も出来る天才だ。

 

 若手の有望株の筆頭でもあり、ハイレインとしても重宝して来た駒である。

 

 その彼が敵に回るとなれば、最悪エリン家の当主を「神」にする計画が失敗する一因になってもおかしくはない。

 

 だからこそ、仮にこの遠征で「神」の候補の鹵獲に失敗した場合には、彼をこの地に置き去りにする事を計画していた。

 

 この事はヒュース以外の全員に通達済みであり、もう一人の処分対象であるエネドラにも伝えてある。

 

 加えてヒュースにこの計画を知られないように、彼にはエネドラの処分計画を伝えてある。

 

 人は、自分が騙す側でいると考えている内は自分が騙されるなどとは思わないものだ。

 

 その心理を利用し、ハイレインは敢えてエネドラの処分計画をヒュースに伝えておく事で彼の思考を逸らしたのだ。

 

 元より、優秀であるヒュースだ。

 

 自分が置き去りにされようとしていると悟れば、その()()について即座に思い至ってもおかしくはない。

 

 だからこそ、()()()が来るまでは彼に計画を悟られるワケにはいかないのだ。

 

 故に、このラービットの操作兼の貸与も必要な工程である。

 

 ヒュースがトリオン体を破壊されるまでは、計画を悟られる危険は冒せない。

 

 言い包める事も出来たであろうが、その場合ヒュースに疑念を生む余地を残してしまう。

 

 故に、此処はこの選択が最善なのだ。

 

 ミラはそのあたりの事情を斟酌し、複雑な胸中となっていたのである。

 

 彼女は冷徹に徹する事は出来ても、決して仲間への情が無いワケではないのだから。

 

(俺としてもヒュースを置いていくのは、出来れば避けたい。重要な戦力を捨てる事になるし、ヴィザ翁の心証も悪化する事は避けられない────────────────だが、必要であるならやるしかない)

 

 ハイレインは、別に戦いが好きというワケではない。

 

 叶う事なら平穏に家族と暮らしていたいし、権力が好きなワケでもない。

 

 だが、戦果なくして平穏は訪れない。

 

 アフトクラトルは、軍事国家だ。

 

 戦争が主である国家の領主として生を受けた以上、政争に勝ち残るのは義務だ。

 

 そうでなければ、平穏な暮らしなど出来る筈もない。

 

 最終的な平穏(のぞみ)を得る為には、好きでない事であれやる他ない。

 

 それがたとえ、幾人もの血や涙を流させる事になろうとも。

 

 やり切って見せるのが、領主である自分の責務なのだから。

 

(その為にも、手は抜けない。雛鳥の確保は、半ば捨てている。狙いは一点、金の雛鳥のみ───────────────許しは請わない。何かを語る資格があるのは、結果を出した者だけなのだから)

 

 ハイレインは目を細め、戦うヒュースの映像を見据える。

 

 その視線は鋭く、されど確かな情が滲んでいた。

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