痛みを識るもの   作:デスイーター

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蝶の盾②

 

(追って来てるな)

 

 遊真は回転刃の攻撃を避けながら、こちらを追うヒュースの姿を見据えた。

 

 あのトリガーの遠隔操作可能域がどれ程かは分からなかった為、自身は動かずに遠距離攻撃に徹するといった可能性もあったが────────────────追って来たという事は、操作射程はそこまで広くはないようだ。

 

 少なくとも十数メートル程度か、もしくは目視出来る範囲が限界であると考えられる。

 

 敵の武器、発動音声を聞く限り「ランビリス」というトリガーは応用性に富んだ非常に汎用性の高いトリガーだ。

 

 攻撃は勿論、弾丸の反射や物理防御、破片を飛ばす事での攪乱や拘束等々行える事象にかなりの幅がある。

 

 当然ながら、十全に扱おうとするならその操作はかなり難しいものになるだろう。

 

 個々の状況を的確に分析し、その場その場で最適解の行動を選択する。

 

 それが極まっていなければ、まず扱えないトリガーだ。

 

 そして、この少年はそんな玄人向けのトリガーを完全に使いこなしている。

 

 恐らく、生来の才覚を血の滲む鍛錬で鍛え上げたのだろう。

 

 その戦闘スタイルは遊真と似通ったものがあり、共感出来る部分もある。

 

 まあ、敵は敵なので倒す事に躊躇など微塵もないが。

 

 確かに、その実力を得る為にして来たであろう努力には敬意を表する。

 

 向こうにも、それなりの事情はあるのだろう。

 

 だが、敵は敵だ。

 

 誰しもに事情がある事なんて当たり前だし、のっぴきならない背景があるとしても自分のやる事は変わらない。

 

 敵を倒し、仲間を守る。

 

 それだけだ。

 

 そもそも、敵に事情があるのは当たり前だ。

 

 戦えるだけで良いとか、殺せるだけで良いとかいう者はほんの一握りに過ぎない。

 

 大抵は国の為だとか、大切なものの為だとか、そういう事情を背負っているからこそ戦いの場に赴くのだ。

 

 家族や仲間は、誰しもに存在する。

 

 中には孤児のような者達もいるだろうが、そういった者達は者達で生きる為という切実な理由がある筈だ。

 

 このアフトクラトルの軍勢にしろ、究極的には国の為を想って戦いの場に赴いている者達なのだ。

 

 「神」の死は、国の死と同義だ。

 

 特に、アフトクラトルのような大国にとってはそれは文字通りの意味となる。

 

 アフトクラトルはレプリカのデータによれば、「神」となる者を厳選し続ける事で国力を上げて来た国家だ。

 

 国力が上がる、という事は国の()()()()()()を意味している。

 

 それは強大なトリオン能力を持った者を「神」として生贄に捧げているからこそ得られる恩恵であり、前の「神」よりもトリオンの劣る者を「神」にしてしまえばどうなるかは明らかだ。

 

 即ち、国の生活圏が減少しそこに住む民達を取捨選択(せんてい)するしかなくなる。

 

 そうなれば自然と国力が減少し、軍事国家故に多くの恨みを買っているであろうアフトクラトルは国難に陥る事だろう。

 

 常に搾取する側だったからこそ、それを疎ましく思う国は多い筈だ。

 

 だからこそ、アフトクラトルは黒トリガーを何本も持ち出してまで「神」を探そうとしている。

 

 理屈は理解出来るし、もし遊真が彼等と同じ立場であれば何の疑問もなく作戦を遂行しただろう。

 

 だが。

 

 今の遊真はボーダーの、いや────────────────この世界(おさむたち)の、味方だ。

 

 そして、彼等が狙っている「神」の候補者である千佳は自分の大切な仲間の一人である。

 

 ならば、躊躇う理由など微塵もない。

 

 仲間に手を出そうとするなら倒すだけだし、相手の事情など知った事ではない。

 

 向こうも、事情を斟酌して欲しいなどとは思っていないだろう。

 

 戦場に立った以上、何かを語る資格があるのは結果を出した者だけだ。

 

 どれだけ強い想いを抱いていようが、結果が出なければ何の意味もない。

 

 祈るだけで巧く行くなら、誰だってそうしている。

 

 だからこそ、遊真は確実に勝利を掴む為に行動する。

 

 勝つ為なら手段は選ばないし、そもそも戦場で手段を選んでいられる余裕があるのは絶対的な強者だけだ。

 

 手段を選びたいなら強くなるしかないし、それが出来ないのであれば手段を選ぶような余地は微塵もない。

 

 そういう意味で、修は凄いと思っている。

 

 自分の弱さを正しく理解し、それを利用すらして格上相手でも結果を出そうと策を巡らせる。

 

 そういった彼の姿勢は嫌いではないし、人間性は元より好ましく思っている。

 

 だから、手は抜かない。

 

 遊真は自分が無敵だとも、絶対的な強者だとも思っていない。

 

 黒トリガーを持っているとは言っても誰にでも勝てるだなんて自惚れてはいないし、この世界も含め自分以上の強者など幾らでも転がっている。

 

 だからこそ、自分の出来る事は全てやる。

 

 それが、修と出会い迅の願いを聞き届けた自分のやるべき事であり────────────────戦う楽しさを教えてくれた、七海への恩返しでもある。

 

 あの模擬戦は、良かった。

 

 小南との訓練では、格上相手の戦闘経験が積めて自身が強くなっていくのを実感出来た。

 

 だが訓練である以上小南にもそれなりの加減は存在していたし、彼女が戦上手な事もあってノーマルトリガーに慣れていなかった遊真では叩きのめされる事が多かった。

 

 だからこそ、七海との一進一退の攻防は正直燃えた。

 

 敵を倒す為ではなく、自身を高める為の戦い。

 

 それは、殺し殺される事が当然な近界では得られなかった体験だった。

 

 近界では負けは死とイコールであり、戦いを楽しむ、といった思考は欠片も思い浮かばなかった。

 

 遊真は、死の恐怖を知っている。

 

 あの、何処までも暗い闇の奥底に落ちていきそうな感覚を、識っている。

 

 4年前のあの日。

 

 正体不明のトリガー使いに敗れ、致命傷を負った時。

 

 遊真は、死神のすぐ傍にいた。

 

 朦朧とする意識の、最中。

 

 一度意識を失えばもう二度と目覚めは来ないだろう事を、遊真は実感として感じ取っていた。

 

 遊真の父親が、雄吾がその身を犠牲に彼を救うまで。

 

 死の淵にいた遊真の意識は、暗い水底に落ちる寸前だった。

 

 そして今も尚、遊真にとって死は身近なものだ。

 

 雄吾がその身を捧げて黒トリガーと化した結果、遊真は仮初の命を手に入れた。

 

 だが、その実体の致命傷が消えてなくなったワケではない。

 

 こうしている間にも彼の生身の肉体は黒トリガーの中で徐々に死に向かっており、いつかは死が────────────────あの暗い水底が、自分を引きずり込むだろう。

 

 だからこそ、戦いを楽しむなんて感情は生まれようがなかった。

 

 この、玄界(ミデン)に来るまでは。

 

 ボーダーでは仮想空間を用いて、()()()()()()()()()()()()を体験する事が出来る。

 

 加えて緊急脱出(ベイルアウト)という画期的なシステムもあり、ボーダーの面々は戦場に出向きながら死の危険を身近に置く必要がなくなっている。

 

 だからこそ、純粋に戦いを楽しめる空気が生まれていた。

 

 実際に小南と戦って、()()()()()()を経験して。

 

 相手の殺害を前提としない戦いを、七海と繰り広げた時は────────────────とても、楽しかった。

 

 ただ効率的に殺す為ではなく、()へ繋げる為に試行錯誤しながらの戦闘。

 

 それは、相手を殺すもしくは鹵獲する事を前提とした近界の戦場では得られなかったものだった。

 

 だからそれを教えてくれた小南や七海には感謝しているし、自分を最初に受け入れたくれた修にも恩義を感じている。

 

 故に、この敵を倒す。

 

 手段を選ぶ事なく、全力で。

 

 犠牲を出さず、効率的に勝利する。

 

 それが、遊真の決意。

 

 この戦場に臨んだ、彼の誓いである。

 

(来たか)

 

 そして、遊真の視界の端に()()が映る。

 

 ラービット、色は────────────────黄土色。

 

 つまり、ヒュースのトリガーと同じ能力を搭載した個体である。

 

 

 

 

(モッド体と合流出来た。今だ…………っ!)

 

 ヒュースはモッド体が戦闘域に入った事を確認すると、ハイレインから貸与されたラービットの操作権を行使しモッド体から磁力片を射出させた。

 

 狙いは当然、敵の黒トリガー使い。

 

 自分とラービットは、丁度遊真を挟める位置にいる。

 

 先程までの戦いで、敵のトリガーの性質は大体理解した。

 

 敵のトリガーは様々な効果を発揮する、汎用性特化のタイプである。

 

 射撃や重石の付与、盾による防御や膂力の強化。

 

 それを黒トリガーの出力でやって来るのだから、相当に厄介である。

 

 何せ、ピーキーな性能が多い黒トリガーの中にあって、汎用性を失っていないのだ。

 

 黒トリガーはその強力な能力と引き換えに、汎用性を犠牲にしたものが多い。

 

 エネドラの泥の王(ボルボロス)のような攻防一体のタイプはともかく、攻撃特化で防御能力が存在しないタイプの黒トリガーも数多い。

 

 だが、遊真の黒トリガーは豊富な手札を高出力で扱える為、初見殺しとしての性能はさほどでもないが苦手な状況と言うものがまず存在しない。

 

 単騎で戦場を駆ける傭兵としては最適な、生存適応に特化したタイプの黒トリガーと言える。

 

(だが、その汎用性こそが弱みとなる。そのトリガーは、()()()()()()()()()()()()。複数の攻撃を組み合わせる事は出来るようだが、その都度()()()()のタイムラグがある)

 

 無論、そのタイムラグはそう大きいものではない。

 

 だが、シールドを張りながら攻撃出来ないという自分の推察はそう間違ったものでもない筈だ。

 

 ならば、取る手段は一つ。

 

 絶え間ない攻撃を続けて、敵を固めて身動きの出来なくなったところを落とす。

 

 自分だけでは弾数が足りなかったが、モッド体と合流した今ならそれが実現出来る。

 

蝶の盾(ランビリス)…………ッ!」

 

 当然、狙うのは十字砲火(クロスファイア)

 

 背後からモッド体に磁力片を斉射させ、自分もまた回転刃を射出する。

 

「────────!」

 

 遊真はそれを察知し、横に跳んで避けようとする。

 

 シールドを張る、という選択肢はない。

 

 それがこちらの狙いである事は、当然看破されている。

 

 絶え間なく磁力片を撃ち続ければ、シールドで防ごうが彼の周囲にそれが累積していく。

 

 そうなれば、移動もしくは攻撃の為にシールドを解除した瞬間周囲に山積させた磁力片を一斉に叩きつければ良いだけだ。

 

 ヒュースのトリガー、蝶の盾(ランビリス)の磁力片はこちらから操作を破棄しない限りそのすべてが彼のコントロール下にある。

 

 地に落ちた磁力片を操作する事など、造作もない。

 

 だからこそ、遊真は回避を選んだのだ。

 

 一度防御を選んでしまえば、その時点で()()となるが故に。

 

「かかったな」

「…………!」

 

 だが、それすらも想定内。

 

 ヒュースは射出した回転刃を、()()

 

 無数の磁力片に戻し、それを横に跳んだ遊真に向かって放った。

 

 最初から、これが狙い。

 

 敵がこちらの狙いを読む事など、想定の上。

 

 本命は、この二段攻撃にあった。

 

 蝶の盾(ランビリス)の磁力片は、その()()がヒュースのコントロール下にある。

 

 一塊にして攻撃形態を取らせたとしても、本質的にそれは無数の磁力片の集合体だ。

 

 分離も結合も、ヒュースの操作でいつでも行える。

 

 タイミング的に、回避出来る筈がない。

 

 敵の機動力の程度は、大体理解している。

 

 だからこそ、ある程度距離を詰めた上で回転刃を分解したのだ。

 

 故に、今敵が取り得る行動は────────。

 

『弾』印(パウンド)

 

 ────────────────加速トリガーを用いた、緊急回避。

 

 これ以外に、存在しない。

 

 遊真は加速台の印を用いて、真後ろへ跳躍。

 

 ヒュースの攻撃を、強引に回避する。

 

 だが。

 

「────────!」

 

 その遊真へ、背後から無数の磁力片が襲い掛かった。

 

 これが、本当の意味での本命。

 

 最初から、モッド体には磁力片を二つに分けて()()()()()()するよう命令を出していた。

 

 自立行動するモッド体であれば出来ない芸当であるが、直接命令を入力すれば話は別だ。

 

 二段構えの攻撃を凌いだところに、意識の外から本命の攻撃を叩き込む。

 

 一度磁力片を撃ち込んでしまえば、あの高い機動力を殺す事が出来る。

 

 あの加速台は、一度に複数出す事は出来ないであろうと推測が出来ている。

 

 それが出来るなら使っていたであろう場面が、これまでにも幾つかあったからだ。

 

 向こうはこちらのトリガーを解析しながら戦っていたつもりだろうが、それは自分も同じだ。

 

 戦いながら敵戦力の分析を行う事は、戦闘の基本。

 

 ましてや、それが黒トリガー相手となれば猶更だ。

 

 主への忠誠心であれば誰にも負ける気はないが、それだけでは勝てない事をヒュースは知っている。

 

 勝つ為にはその為の手段を模索し、ミスがないよう立ち回りながら常に最適解を導き出す判断力が必要だ。

 

 ただ鍛えただけで勝てる程、戦争は甘くはない。

 

 勝つ為ならどんな手段であろうと使うべきだし、戦場では相手の思考を上回った方が勝つのだから卑怯という言葉も存在しない。

 

 故に、確実に勝利する為に策を練るのは当然の事だ。

 

 上官であるハイレインがその極地の一つであり、彼が冷酷に見えるのは勝つ為に手段を選ぶ事をしないからだ。

 

 そんな彼を陰険だのなんだのと陰口を叩く輩はいるが、上官として彼ほど頼りになる存在はいないと考えている。

 

 自分の忠義はあくまでもエリン家当主に捧げたものだが、一時剣を預ける相手としては悪くはない。

 

 それに、彼に貢献する事は主の評価の向上にも繋がる。

 

 故に、此処で確実にこいつは仕留める。

 

 ヒュースはそう決意し、最後の一手を打つべく、動いた。


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