痛みを識るもの   作:デスイーター

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蝶の盾③

 

「────────!」

 

 背後から襲い掛かる、ラービットが撃った磁力片。

 

 正面からは、残った磁力片をかき集めこちらに駆けて来るヒュースの姿。

 

 今、遊真は『弾』印(パウンド)により跳躍中。

 

 空中では回避は出来ず、『弾』印を再展開する前に磁力片が着弾する。

 

 モッド体との合流を考えた時点で、ヒュースはこの陣形を目論んでいた。

 

 ラービットによる攻撃を囮と思い込ませ、ヒュース本人による攻撃を本命と錯覚させた。

 

 その上でモッド体に指示していた時間差攻撃で、詰み(チェック)

 

 合理に満ちた、この上なく効率的な策だ。

 

 これまで、遊真は何体ものラービットを瞬殺している。

 

 一般隊員にとっては脅威となるラービットであるが、黒トリガーを使う遊真にとってはそこまで難しい相手ではない。

 

 何せ、遊真はラービットの警戒網を掻い潜るスピードと、その装甲を突破出来るだけのパワーがあるのだ。

 

 ラービットの最大の脅威である機動力と装甲が通用しない時点で、彼にとっては多少面倒なトリオン兵でしかない。

 

 だからこそ、遊真のラービットへの警戒の程度はヒュースによるものよりも低かった。

 

 ヒュースは、そこを突いたのである。

 

 どんな実力者であっても、戦闘中に使える処理能力には限界がある。

 

 故に強者は敵に対する個々の警戒度合いの判別を半ば自動的に行い、より強い敵へ多くの処理能力(リソース)を割き、逆に大した障害にならないと判断した相手へ割く意識は少なくなる。

 

 強い敵により多くの警戒を行い、弱兵へは最低限の警戒に留める。

 

 それは戦場において当たり前の常識(ルール)であり、これが出来ないようでは戦闘者としての資格はない。

 

 だが。

 

 時にそれは、足枷となる事がある。

 

 トリオン体は、どんな強者であろうと弱兵であろうと、その強度に変わりはない。

 

 無論トリオン量による持久力の差はあるが、攻撃を受けた場合の耐久度はさして変わるものではない。

 

 特に、致命打を受けた場合には。

 

 そして、たとえ弱兵の攻撃であろうが急所に当たれば、もしくはその攻撃を当てる事そのものに意味があれば。

 

 弱兵の一撃は、致死の猛毒と成り得るのだ。

 

「く…………っ!」

 

 されどそれは。

 

 ()にも、当て嵌まる事だった。

 

 遊真に磁力片が着弾する、その寸前。

 

 加速に任せて、その前に立ち塞がった者がいた。

 

 少年の名は、三雲修。

 

 玉狛第一、その隊長にして。

 

 迅に希望を見出された、誇るべき弱者である。

 

 彼はレイガストのオプショントリガー、スラスターを用いて加速。

 

 磁力片が遊真に着弾する前に割り込み、その盾で攻撃を防ぎ切った。

 

「…………ッ!」

 

 この瞬間、ヒュースの目論見は音を立てて瓦解した。

 

 あの加速台が間に合っても、この狭い路地では逃げるなら上空しかない。

 

 空中戦になれば、機動力が制限される分ヒュースが優位となる。

 

 加速台トリガーを複数出せるのであれば話は別だろうが、あれは加速力には長けていても複数展開は出来ない。

 

 そうなれば、逃げ場のない空中でヒュースとラービットの磁力片の斉射を防ぎ続けなければならなくなる。

 

 それで、詰み。

 

 ヒュースの目論見は、それで完結する。

 

 だが。

 

 此処での援軍は、予想外だ。

 

 強兵が派遣されるのであれば、まだ分かる。

 

 しかし、目の前に現れた少年はどう見ても弱兵。

 

 感じるトリオンも微弱で、こうして視認した今となっても脅威とはとても思えない。

 

 されど。

 

 その弱兵の横槍が、ヒュースの目論見を台無しにした。

 

 これが身の程を弁えず、彼がヒュースを攻撃していれば一蹴して終わりだった。

 

 だが。

 

 修は戦況を冷静に分析し、的確にヒュースが()()()()()()()()()()()事を選択し実行した。

 

 それは、初めての経験だった。

 

 戦場で弱兵と遭遇した経験など、腐る程ある。

 

 しかし近界における弱兵とは即ち()()()()()()()()()()()()であり、そういった者達はトリオンを撃ち出す銃で銃撃する以外に戦う道はなく、銃撃を防いで一蹴すればそれで終わりだった。

 

 そして、一般兵は基本的にトリガー使いには近付かない。

 

 緊急脱出システムのような保険のない近界では、戦場でトリオン体が破壊される事は即ち死を意味するからだ。

 

 加えて近界では少数精鋭のトリガー使いこそが戦争の中心であり、それ以外の兵力は極論時間稼ぎ要員、もしくは囮でしかない。

 

 国の状況によっては捨て駒のような運用も充分考えられるのが一般兵であり、彼等はただトリガー使いに近付かず、遠くから銃撃で牽制して自分の喉元に死神の鎌が降って来るのを避けようとするのが常だった。

 

 だからこそ、自分から戦闘域に突っ込み、他者の盾となった修の行動に虚を突かれた。

 

 どう見ても戦闘員が務まるトリオン量ではなく、体捌きも素人同然。

 

 ヒュースの眼からは近界の一般兵とそう変わらない存在に見えた彼が遊真の盾となった事は、ヒュースの常識からすれば有り得ない事だった。

 

 理屈は分かる。

 

 弱兵である彼が精鋭である黒トリガー使いの盾となる事は、全体の利益に繋がる。

 

 それは良い。

 

 冷静に考えてみれば、なんて事はない。

 

 弱兵がその身を盾にして、精鋭を守った。

 

 それだけの、効率的な行動である。

 

 しかし、ヒュースの常識の外の行動を取った事により、彼の意識に一瞬の空白が生まれたのだ。

 

 人は、常識にないもの、挙動を見るとそれを()()してしまうものである。

 

 それが、どれだけ自分にとって意味があるかどうかに関わらず。

 

 ()()は、人の心を掌握するのだ。

 

 これが、ヒュースがランバネイン並に戦場での経験を積んでいればその経験値を以てこの反射行動を抑制出来ただろう。

 

 敵は理屈から考えれば効率的な行動しかしていないのだから、冷静になりさえすれば不思議な事でもなんでもない。

 

 だが、ヒュースは20にも満たない若者だ。

 

 幾ら幼少期から訓練を積み、早くから戦場に出ていたとしても。

 

 ランバネインのような歴戦の戦士と比べれば、どうしても経験の()()が足りない。

 

 そんなヒュースの未熟を、修は自身の()()を以て突いたのだ。

 

 弱兵という自身の性質を利用した、一度限りの初見殺し。

 

 ヒュースはその策に、まんまと嵌まってしまったのだ。

 

「スラスター、ON…………ッ!」

 

 その意識の間隙からヒュースが立ち直る前に、修はスラスターを再度起動。

 

 ヒュースへ向かって、突っ込んで来た。

 

 遊真を、自身と盾の間に挟む形で。

 

(く、あれでは俺からの攻撃は迂回してもあっちの雑魚に当たる…………っ! 奴の身体は、()()()()()…………っ!)

 

 修はそう体格に恵まれてはいないが、遊真の身体はそんな彼よりも一回り小さい。

 

 レイガストと修の間にすっぽりと嵌まる形で追随する遊真を狙おうにも、あの体勢ではどのように磁力片を撃ち込もうが本命の遊真にその攻撃が届く事は無い。

 

 たとえ磁力片を修に撃ち込む事が出来ても、戦力として数えられない彼を無力化したところで大した意味はない。

 

「ラービット…………ッ!」

「…………!」

 

 故に、此処で切り札を使う。

 

 物陰から飛び上がる、一つの影。

 

 それは、ラービットの一機。

 

 その体色は、灰色。

 

 ランバネインの雷の羽の性質を備えた、砲撃型ラービットである。

 

 ヒュースがハイレインから貸与されたラービットは、一機ではない。

 

 彼の計らいにより、もう一機砲撃型のラービットを借り受ける事に成功していたのだ。

 

 黒トリガー使いの少年が尋常な相手でない事は、理解していた。

 

 だからこそ、この虎の子の砲撃型を用いて空中に逃げた彼を狙い撃ちにするつもりだったが────────────────最早、背に腹は代えられない。

 

 この砲撃を防御する為に足を止めれば、最善。

 

 回避を選ぶのなら、仕切り直しをする事が出来る。

 

 この窮地を覆す、鬼札。

 

 それを切ったヒュースは、視線を上げ。

 

「────────!」

「な…………っ!?」

 

 砲撃型ラービットが、突如現れた大柄な男に殴り飛ばされる光景を、目撃した。

 

 男の名は、木島レイジ。

 

 玉狛支部、木崎隊の隊長にして。

 

 一人で一部隊と数えられる、小南や迅と同等の最精鋭。

 

 修が迅に頼んで呼び寄せていた、もう一人の援軍である。

 

 砲撃を敢行しようとしたラービットは、文字通りその横っ面を殴られて吹き飛ばされた。

 

 磁力型のラービットもまた、殴り飛ばされた砲撃型に巻き込まれて弾き飛ばされている。

 

 もう、味方(ラービット)による支援はない。

 

 既に修に追随する遊真は目前まで迫っており、磁力片の盾を張る時間はない。

 

「く…………っ!」

 

 その時点で、ヒュースは撤退を選択した。

 

 このままでは、落とされる。

 

 だからこそ、自身の身体に磁力片を纏わせて、万が一の時の為に近くの家屋の屋根に撃ち込んでいた磁力片に引き寄せさせた。

 

 磁力の引き合う力を利用した、緊急回避。

 

 その速度は『弾』印(パウンド)には及ばないもののかなりのものを誇り、この攻撃を回避するには充分なものだった。

 

「な…………?」

 

 彼の引き寄せられた先に。

 

 一本の、(ワイヤー)が張られていなければ。

 

 ヒュースの足がワイヤーに接触し、バランスを崩す。

 

 そして、磁力によって引き寄せられていたが故に、緊急停止も不可能。

 

 結果としてヒュースは大きく体勢を崩し、転倒する形となる。

 

 何が起きたか、言うまでもない。

 

 近界民(ヒュース)にとっては未知の、ボーダー隊員(遊真)にとっては既知のトリガー。

 

 ワイヤートリガー、スパイダー。

 

 修によって張られていたそれに、ヒュースが足を引っかけたのだ。

 

 これが、修の用意した本当の策。

 

 彼がこれまで何の音沙汰もなかったのは、戦闘を一切行わずにひたすらワイヤーを張る事に専念していたからだ。

 

 修の戦闘力では、まともに戦っても大した戦力にはならない。

 

 通常のトリオン兵くらいは倒せるだろうが他の隊員と比べると効率は著しく悪いと言わざるを得ず、ハッキリ言ってB級下位の面々の方が良い働きをするだろう。

 

 だからこそ、修は自分の仕事は戦闘(それ)ではないと割り切った。

 

 ────────────────スパイダーは、仮に三雲くんが落ちても戦場に残り続ける。この点も、無視は出来ないわ────────────────

 

 以前に聞いた、木虎からの助言(アドバイス)

 

 それが、修に自身の役割を決めさせた決定打だった。

 

 修は自分が普通に戦える戦力としては並以下どころか最弱であると、理解していた。

 

 だが、弱者であるからといって何の貢献も出来ないというのは誤りだ。

 

 純粋な戦闘以外にも、こうして罠を張り戦場を整える事が出来れば。

 

 それは充分、全体への貢献へ繋がる。

 

 仮にその最中で自分が落ちてしまっても、ワイヤーは残り続ける。

 

 ワイヤーの位置は既に他の部隊とも共有済みだし、修が出来る最低限の仕事は既に終わっているのだ。

 

 だからこそ、この一瞬を作り出せた。

 

 修の乱入によってヒュースからその強さを支えていた冷静さを奪い、レイジによって不確定要素になりかねなかったラービットを排除。

 

 こうして修を盾にする形で突っ込む事でヒュースに撤退を選ばせ、自ら罠へと足を踏み入れさせた。

 

 全て、修がいなければ成り立たなかった戦略であり────────────────かくして弱者(かれ)意図(どく)は、強者(ヒュース)に見事撃ち込まれた。

 

『強』印(ブースト)────────|三重(トリプル)

 

 その隙を。

 

 遊真が、見逃す筈もない。

 

 『強』印、その三重。

 

 三段階に強化された膂力が、遊真の右腕に宿る。

 

 遊真は空中に張られたワイヤーを掴み、反転。

 

 体勢を崩したヒュースへ、その拳を振り下ろす。

 

「ラン、ビリス…………ッ!!」

 

 ヒュースは咄嗟に蝶の盾(ランビリス)の残った磁力片を収束させ、盾を形成。

 

 遊真の攻撃への、盾とした。

 

「ぐ…………っ!」

 

 盾は貫通はされたものの、結果として攻撃は逸れた。

 

 遊真の拳はヒュースの肩口を右腕ごと吹き飛ばしたが、まだ致命傷には至っていない。

 

 撤退を。

 

 そう思考するヒュースは。

 

「が…………っ!?」

 

 その首に、飛来して来たブレードが突き刺さり、今度こそ致命傷を負う事となった。

 

「これ、は…………っ!?」

 

 視線を向ける。

 

 その先にいたのは、手に持っていた盾を手放した────────────────修の、姿。

 

 そして、気付く。

 

 今、自分の首に突き立っているこの刃は。

 

 あの盾が、形を変えたものなのだと。

 

(シールド)にも、仕掛けがあったのか…………っ! やられた…………っ!)

 

 それは、ヒュースが近界民だからこそ陥った()()

 

 レイガストは、単なる盾ではない。

 

 盾と剣、両方の性質を持つ攻防一体型の武器。

 

 単体での取り回しこそ悪いが、オプショントリガーであるスラスターと組み合わせる事で無数の戦略の幅が広がるそのトリガーを。

 

 ヒュースはただ、加速機能持ちの盾として看做し────────────────その結果として、ブレードモードの存在を見抜けず致命傷を受けた。

 

 ボーダー隊員であれば、まず通用しないであろう不意打ち。

 

 それを相手がボーダーのトリガーの詳細を知らない近界民である事を最大限利用し、成功させた。

 

 遊真の一撃は、囮。

 

 彼の攻撃に全ての防御を使い切らせ、その隙を修の刃が貫く。

 

 それが、今回打ち立てた修の策。

 

 利用出来るものを全て利用した、彼なりの詰め将棋(せんじゅつ)の成果である。

 

「馬鹿、な…………っ!?」

 

 そして。

 

 ヒュースの戦闘体は限界を迎え、崩壊。

 

 アフトクラトル、一人目の脱落者となってそのトリオン体(からだ)は砕け散った。

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