痛みを識るもの   作:デスイーター

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雷の羽①

 

(一つ、未来が変わったか。どうやら、二人は巧くやったようだな)

 

 迅は街を駆けながら、自身の見ていた未来の道筋(ルート)に若干の変動を確認し笑みを浮かべた。

 

 先程まで存在していた、ヒュースが生存して他の人型をサポートした結果こちらの精鋭が潰されるルート。

 

 そして、ヒュースによって遊真が痛手を負いこの先が苦しくなるルートが、軒並み消滅した。

 

 遊真の戦っていた人型近界民(ネイバー)、ヒュースは単騎での殲滅力はさほど高くないものの、他の人型と組む事で被害を加速度的に広げる性質を持っていた。

 

 単騎で戦闘を行うよりも、他者との連携で真価を発揮するサポート特化型の兵士。

 

 それが、ヒュースという大駒の性質だった。

 

 故に、他の人型と合流されれば連携を取られてこちらのエースがやられるルートもあったし、勝つ事が出来ても遊真に痛手を与えて今後の展開に大きく影響するパターンもあった。

 

 だが、遊真は修との連携によりさしたる被害を受けずにヒュースを倒す事に成功した。

 

 先の戦いでのMVPは、修であると言っても過言ではない。

 

 それだけ、彼が齎した戦果は大きいのだから。

 

(でも、小南の戦ってる相手が少し本気を出し始めたのは誤算だったな。視認出来る位置まで行くと気付かれる未来(ルート)が多かったから近付く事は避けてたけど、それが裏目に出たか)

 

 しかし、その影響で小南の戦う相手────────────────ヴィザが多少なりとも力を見せ始めたのは、誤算であった。

 

 無論他の相手と同じように遠目から確認しようとしていたのだが、迅の未来視によってそれをすれば察知されて斬られるであろう事が、理解出来た。

 

 どうやらこの相手は直感や観察力が並外れているだけではなく、トリガーそのものの射程も相当に広いらしい。

 

 小南の話では仕込み杖を使う老剣士との事だったが、明らかにその射程は剣の間合いではない。

 

 例の剣士は実に狙撃手並の攻撃圏を持っており、その剣速は視認が不可能な程だという。

 

 小南だからこそ今まで落とされずに抗戦出来ているが、大抵の相手は瞬殺だろうという事も理解した。

 

 そして、たった今入った一報────────────────小南が被弾したという話を受けて、改めて迅は敵のレベルが如何にとんでもないかと悟る。

 

 小南は迅達旧ボーダーのメンバーの中でも特に危機感知能力に優れており、その精度は攻撃感知型のサイドエフェクトに匹敵しかねない。

 

 似たような事は迅にも可能ではあるが、彼が未来視という強力な副作用(サイドエフェクト)を用いているのとは対照的に、小南は自身の戦闘経験と直感だけでそれを成し遂げている。

 

 迅の場合、未来視は物心付いた頃から存在した生態の一つのようなものであり、処理する情報の一つとして意識せずとも活用していた。

 

 しかし小南はそういった能力には頼らず、自身の経験のみで今の域に届いたのだから尋常な話ではない。

 

 そうしなければ死んでいたであろうからこそ、鍛え上げた危機感知。

 

 経緯を考えれば手放しでは喜べない技能だが、小南が極端に死に難い戦士である事は事実だ。

 

 その小南が被弾したという現実は、重く受け止めなければならない。

 

 極論、小南が回避出来ない攻撃は他の者にも回避出来ない可能性が高い。

 

 冗談でもなんでもなく、サイドエフェクトの持ち主を抜きにすれば初見で彼女並の危機感知による回避を行える者はいない。

 

 旧ボーダーの面々は似たような事は出来るが、その中でも小南のそれは飛び抜けている。

 

 それは小南が今生き残っている旧ボーダーの戦闘員の中では最も若く、戦闘経験の回数自体は他の者達には及ばない事も起因している。

 

 当時の小南は今ほど突き抜けて強かったワケではなく、当然戦場では数多くの危機に見舞われた。

 

 その死に瀕した体験が彼女の心と身体を鍛え上げ、文字通り身を以て危機に対する感知能力を極めさせたのだ。

 

 そんな小南が、片手を失う欠損を負った。

 

 それだけで、敵の実力の底知れなさが分かろうというものである。

 

(小南が落ちる未来も、幾つか視え始めてる。まだ一つか二つ程度だけど、多分これは時間経過で更に増えるな。流石の小南も、片手失った状態じゃ大分キツイ筈だしな)

 

 このまま放置すれば、恐らく小南は落とされる。

 

 彼女の事だから限界まで粘りはするだろうが、単騎では勝てない事は最初から彼女自身が断言している。

 

 小南は確かに強いが、それは基礎を────────────────定石を積み重ねた上に在る、正統な強さの極みだ。

 

 敵のヴィザもまた、そういった定石を積み重ねた極地の力を持つ。

 

 同じ土俵で戦っては、年季が違う方に軍配が上がるのは当然なのだ。

 

 ヴィザを倒すには最低一つ、何か彼の知らない予想外(イレギュラー)が必要となるだろう。

 

 それが小南だけでは達成出来ない以上、このまま続ければどうなるかは目に見えていた。

 

(……………………もう少し、頑張ってくれ小南。必ず、間に合わせる────────────────それまで、耐えてくれ)

 

 迅は心中で祈りを捧げながら、駆ける。

 

 そうしている最中にも視界の先に移る未来の映像を見分しながら、彼はこの先の動きについて思考をフル回転させていた。

 

 少しの見落としもないように、鬼気迫る表情で。

 

 迅は、先の可能性(みらい)を視続けていた。

 

(嵐山達も、もうすぐ例の場所に着くか────────────────お前たちの結果次第で、この先の展望が一つ決まる。頼んだぞ)

 

 

 

 

「ヒュースがやられたか。玄界(ミデン)の兵もやるものだな」

 

 南東の警戒区域。

 

 そこでは、ランバネインが嵐山隊と追撃戦を繰り広げていた。

 

 ランバネインは路地を駆けながら、視界の先にいる嵐山達に光弾を射出する。

 

 アフトクラトルの強化トリガー、雷の羽(ケリードーン)

 

 その能力は、単純明快。

 

 強力極まりない威力の弾丸を、()()する。

 

 それだけのシンプルなトリガーだが、単純故に隙が無い。

 

 言ってみれば、ガトリング並の連射性能でバズーカ砲を撃ち出すようなものであり、一発一発の威力はイーグレットのものを上回る。

 

 相当に凝縮もしくは重ね掛けしなければシールドで受ける事は出来ず、まともにやれば避ける以外に生き残る道はない相手である。

 

「────────!」

 

 そんな彼の攻撃を前に嵐山隊が未だに一人も欠ける事なく生き残っているのは、幾つか理由がある。

 

 一つに、単純に回避能力が高い事。

 

 スピードアタッカーの木虎を始めとして、嵐山隊の面々は機動力が高い。

 

 遠近両方に対応した戦術スタイルを確立している事もあり、彼等には凡そ苦手な距離というものが存在しない。

 

 故に、建物で射線を切りながら敵の弾丸の軌道を予測して移動する事でこれまで被弾せずにいられたワケだ。

 

 彼等の培った戦闘経験と状況判断能力が、強化トリガーの猛威から身を守る糧となっていた。

 

「────────!」

 

 しかし、彼等が生き残れた要因はそれだけではない。

 

 その証拠を見せるかのように、それは放たれた。

 

 家屋の合間を縫って放たれた、一発の弾丸。

 

 ランバネインはそれをシールドを防御し、即座に発射地点へと撃ち返す。

 

 問答無用、タイムラグの殆どないカウンター射撃(シューティング)

 

 だが。

 

「またか」

 

 狙撃の発射地点には既に誰もおらず、ランバネインの弾丸は家屋を破壊するだけに終わる。

 

 これは、初めてではない。

 

 先程から幾度も、ランバネインは狙撃手の撃墜を失敗していた。

 

(一発撃った後は、反撃が届く前にいなくなっている────────────────恐らく、転移系のトリガーの使い手がいるな。しかも、かなりいやらしいな。こいつは)

 

 何の事はない。

 

 ランバネインが嵐山隊を仕留める事が出来なかった、もう一つの要因。

 

 それは。

 

 散発的に撃って来てはすぐさま姿を晦ます、幾人もの狙撃手の存在だ。

 

 姿を消す速度から鑑みて、敵もまたミラの窓の影(スピラスキア)のような転移能力を持っている事は明らかだ。

 

 ラービットの砲撃が防がれた時点で存在自体は分かっていたが、この頻度で使って来るとなると燃費は相当に良いらしい。

 

 アフトクラトル遠征部隊の生命線とも言えるミラの黒トリガーである窓の影(スピラスキア)は、空間の穴を通じて人だけではなく物資や攻撃も別の場所に飛ばす事が出来るが、濫用すればトリオンを多大に消費し使用不能になる。

 

 方式は不明であるが、転移という利便性の高い効果を持つトリガーであるならば相応の消費が必要な筈であると考え、ランバネインは敢えて逐次狙撃に対して反撃を行っていた。

 

 しかし、先程から敵の転移は止まる様子がない。

 

 節約する様子もなければ攻撃的に使おうとする気配も見られない為、ランバネインはこの転移トリガーは何かしら条件が必要な分使用コストは安く済むタイプであると判断した。

 

 ミラの窓の影にもまた、視認した個所────────────────もしくはビーコンが存在する地点にしか転移出来ないという、一つの制約がある。

 

 窓の影の戦術的な価値を思えば呑み込まざるを得ない代償であり、恐らく同様に玄界の転移トリガーも何かの制約があると考えられる。

 

 たとえば、準備の有無。

 

 ミラの場合はビーコンさえあれば事前に何かを仕込む必要なくその場所に転移出来るが、恐らく玄界のそれは予め決められた場所にしか転移出来ない代物であると見た。

 

 そうでなければ、辻褄が合わない。

 

 本当に何処へでも転移出来るのであれば射撃タイプの戦闘者であるランバネインの間近に近接戦闘特化の駒を転移させて来る筈であり、それが無い以上自由な場所への移動は出来ないと考えられる。

 

 この場所が近界ではなく玄界である事を思えば、何かを仕込む時間は充分にあったであろう事は推測出来る。

 

 以上の点から、この推察はそう間違ったものではない筈だ。

 

 敵は文字通り、地の利を生かしてこの戦いに臨んでいるワケである。

 

(狙撃手が居る限り、迂闊に飛ぶのは危険だな。少なくとも、低い建物ばかりのこの場所では良い的だ)

 

 そして、その効果は覿面と言えた。

 

 雷の羽(ケリードーン)にはもう一つ、飛行能力という強力な武器があるのだが────────────────それが実質、封じられていた。

 

 この近辺は背の低い家屋しかなく、下手に飛ぼうものなら360度何処から飛んで来るか分からない狙撃の脅威に晒される事になる。

 

 狙撃自体は、距離がある事もあって防ぐ事は容易だ。

 

 だが、確実にこの狙撃手達の狙いは牽制だ。

 

 常に狙撃の脅威に晒す事で、ランバネインが本格的に攻撃体勢に移る事を防ぐ。

 

 それが、彼等の狙いだろう。

 

 実際、その効果は挙がっていた。

 

 常に何処から撃たれるか分からない以上、警戒を緩ませるワケにはいかない。

 

 当然その分のリソースは攻撃面から削る事になり、ランバネインは追う側でありながら防戦一方という、奇妙な状況に追い込まれていた。

 

(優秀な指揮官と、狙撃手達だな。自分のやるべき事をしっかり見据えて、動きに無駄が無い。今逃げている連中もただの雑兵ではないだろうし、想像以上に楽しめそうだな)

 

 エネドラであれば激昂して攻撃が雑になる頃合いだろうが、見た目に反して冷静沈着が常であるランバネインにとってはこの程度どうという事はない。

 

 ランバネインはその勇猛且つ豪胆な見た目に反し、理詰めで戦闘を行う理論派である。

 

 戦闘方法自体は雑に見えるが、その実彼は戦闘中常に思考を止める事なく状況把握に努め、逐次的確な判断を下しながら動く。

 

 彼にとっては正面から斬り合う勇士も、策を用いて絡め手を用いる軍師も、等しく倒すべき好敵手となる。

 

 戦場では手段を選ぶような余裕はないのが当然であり、非力な者が策に頼る事は当然だと彼は考えている。

 

 身体で貢献出来ないのであれば頭でどうにかする他ないのだから、論ずるまでもない。

 

 最終的に味方に最も貢献出来るのは、華々しい戦いをした者ではなく、結果を出した者だ。

 

 それを、ランバネインは軍事国家の権力側の人間として十二分に理解している。

 

 だから、兄であるハイレインがどれだけ悪辣な策を講じようとも異を唱える事はない。

 

 ハイレインは、領主だ。

 

 領主である以上、結果を出す事は義務である。

 

 高い立場にいる者は、相応の結果を出す事でのみその価値を証明出来るのだから。

 

 だからこそ、未だに一人も落とせていない現状をランバネインは苦々しく思っていた。

 

(楽しい、楽しいが────────────────このままでは、徒に時間を消費するだけだ。それは流石に、看過出来んな)

 

 戦いは楽しいが、このままでは碌な戦果を出さないまま徒に時間を稼がれてしまう。

 

 それは彼にとって避けるべき事態であり、現状の変革は急務であった。

 

(あそこは────────────────成る程)

 

 そんなランバネインの視界に、大きな建物が映し出された。

 

 数十メートル先に存在する、背の高い建築物。

 

 あそこであれば、建物で射線を途切れさせる事が出来る上にいざとなれば建物の中に隠れる事も出来る。

 

 当然、罠だろう。

 

 恐らく、敵はあの場へ誘導する為に逃げていたであろう事は容易に想像出来る。

 

 しかし、現状を変える為にはあそこへ向かうしかない事もまた事実。

 

(いいだろう。乗ってやるとしようか)

 

 ランバネインは現状を鑑みて、決断。

 

 視界の先の建物────────────────旧三門市立大学へと、嵐山隊を追って近付いて行った。

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