痛みを識るもの   作:デスイーター

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雷の羽③

 ランバネインの照準が、校舎へ向かう木虎へとセットされた。

 

 逃げ場などない、広範囲の蹂躙射撃。

 

 これが通れば、ほぼ確実に木虎は落ちる。

 

 妨害をする為に狙撃手が出て来れば、そちらを片付けるだけの話。

 

 どちらを選んだとしても、重要な駒が一つ脱落する。

 

 エースか、狙撃手か。

 

 選ばなかった方を、落とす。

 

 ランバネインはそのつもりであったし、どちらであっても対処し切る自信はあった。

 

「────────ほぅ」

 

 だが、その前提は覆された。

 

 ランバネインに向かって建物の裏から飛んできた、無数の()()によって。

 

 校舎を飛び越えるようにして飛んできたその弾丸の群れは、当然狙撃ではない。

 

 間違いなく、()()の類。

 

 即ち、これは。

 

「そちらに、射手がいたか」

 

 ────────────────予めこの場に潜ませていた、射手の援護。

 

 それに、違いなかった。

 

 恐らく、木虎が動揺したように見えたのはハッタリ(ブラフ)

 

 彼女はこの援護があると分かった上で、ランバネインの注意を自分に惹きつける為に動じた振りをしたのだ。

 

 彼を、上空という逃げ場の無い場所へ追い立てる為に。

 

「ならば、こうするまでだ」

 

 この時点で、ランバネインは射撃を中断。

 

 飛行機能を用いて、更なる上空へと飛翔する。

 

「成る程、追尾機能付きか」

 

 そのランバネインを、放たれた弾幕が追随する。

 

 当然、まともに受ける筈もなく為ランバネインは空中で旋回。

 

 彼を追う弾幕を、振り切ろうと動く。

 

「これは…………!」

 

 しかし、振り切れない。

 

 ランバネインを狙う弾幕は、まるで生き物のような軌道で旋回した彼を追尾。

 

 幾度旋回しようとも、執拗にその背を追い続けた。

 

 彼には、知る由もない。

 

 それはただの追尾弾ではなく、その性質を強化したもの。

 

 二つの追尾弾(ハウンド)を組み合わせた、合成弾。

 

 その名は、強化追尾弾(ホーネット)

 

 それが、今空を征くランバネインを追い回す弾丸の正体である。

 

 合成によって強化された追尾性能に加え、この弾丸は速度重視にチューニングされている。

 

 つまり威力を捨てて速度と射程を取ったワケだが、ボーダーのトリガーの詳細を知らないランバネインにその事は分からない。

 

 だからこそ、迂闊に受けて足を止めるという判断をランバネインから奪う事に成功していた。

 

 ランク戦に置いては有用な場面が少ない為中々見る事のないその弾が、この上ない有用性を以て敵を追い立てていた。

 

 現在ランバネインがいるのは上空────────────────つまり、遮蔽物は一切存在しない。

 

 つまり、遮蔽物を盾として追尾弾を躱すという挙動は今の彼には出来ない。

 

 少なくとも、上空に留まっている間は。

 

「ふむ。ならば、こうするしかあるまいな」

 

 現状を認識したランバネインは、即座に方向を転換。

 

 校舎に向かって急降下し、屋上に向かって爆撃。

 

 そのまま床を突き破り、校舎の中へと侵入。

 

 追い立てる強化追尾弾(ホーネット)は、校舎に着弾し霧散した。

 

「今の弾を撃ったのはお前か? まだ若いが、良い腕だ」

「…………!」

 

 そして、彼が突入した先には人影があった。

 

 端正な顔立ちの、線の細い少年。

 

 王子一彰。

 

 B級上位部隊、王子隊の隊長である攻撃手。

 

 当然ながら強化追尾弾(ホーネット)を撃った当人ではないが、どちらにせよ此処でランバネインが彼を見逃すという選択肢は有り得ない。

 

 隙を見せた相手からの、各個撃破。

 

 それが、ランバネインの基本方針なのだから。

 

「参ったね。これは」

 

 王子は相対するランバネインを見据え、溜め息を吐く。

 

 そして、此処に至る直前の会話を思い返していた。

 

 

 

 

『王子隊には追尾弾(ハウンド)────────────────いや、強化追尾弾(ホーネット)による援護をお願いしたい。敵を校舎の中へ誘導出来れば作戦の第一段階は完了だ』

 

 王子は通信越しに嵐山の指示を聞き、頷いていた。

 

 成る程、分かる話だ。

 

 敵は高い射撃性能に加え、飛行能力を持っている。

 

 制空権というのは、戦場では重要だ。

 

 まず、空を飛ばれれば当然ながら近接戦闘しか能のない者は手出しが出来なくなる。

 

 旋空弧月とて、その射程は精々20メートル少々。

 

 空高くを飛ばれれば、手を出せない。

 

 まずはこちらのフィールドに引き込まなければ、話にならないというワケだ。

 

『ですが、敵はイーグレットを防ぐレベルのシールドがあります。そう巧く思惑に乗って来るのでしょうか?』

『心配ない。ハウンドだけならばシールドで凌ぐ事も考えられるが、ホーネットならば校舎内への退避を選択するだろう。その為にも、速度重視でのチューニングをお願いしたいけどね』

「了解しました。クラウチ、いけるかい?」

『問題ない。任せてくれ』

 

 王子は嵐山の説明を聞き、隊で唯一合成弾を扱える蔵内に指示を送った。

 

 当然ながら蔵内に否はなく、嵐山の説明で納得した樫尾も「分かりました」と返答した。

 

 確かに嵐山の言う通り、追尾弾(ハウンド)だけならば最小限のシールドで凌ぐか、全力の飛行で振り切る可能性はある。

 

 しかし、速度重視にチューニングした強化追尾弾(ホーネット)ならば別だ。

 

 ホーネットはハウンドの持つ追尾性能を、合成によって強化した弾丸だ。

 

 その追尾性は元のハウンドのそれと違い、文字通り標的を追う蜂のようにしつこく敵を追い回す。

 

 威力はさほどでもない為シールドを張るか障害物を盾とすれば凌ぐ事が出来るが、これに加えて速度重視のチューニングをかければどうか。

 

 敵は速度の上昇した弾丸を前に、防御ではなく遮蔽物────────────────即ち、校舎への退避を選択する可能性が高い。

 

 これは、これまでの戦闘でランバネインの行動を観察して来た結果の判断である。

 

 ランバネインはこれまで、狙撃への牽制に対して逐次シールドを張り、狙撃個所への射撃を叩き込む、といった行動を繰り返していた。

 

 恐らくこれは、こちらの回避手段────────────────即ちスイッチボックスによる転移速度を図る為の、情報収集である。

 

 傍目から見れば回避されるだけの反撃を行っているだけに見えるが、違う。

 

 ランバネインは狙撃をされる度に射撃の速度に強弱を付け、こちらの反応を図っていた。

 

 あれはきっと、転移の即応性を知る為の行動だ。

 

 後から知る事になるが、単に速度を上げるのではなく速度の遅延と上昇を繰り返していたのは、どれだけの速度で転移を実行出来るのかを図る為だろう。

 

 速度を上げていたのであれば、それはすぐに気付いた筈だ。

 

 しかしランバネインは速度の上下を繰り返す事で自身の意図を隠し、こちらの出方を見続けた。

 

 これは力任せに戦うタイプの人間には出来ないやり方であり、敵の本質である冷静さが見て取れる。

 

 加えて、ランバネインは周囲の障害物を吹き飛ばして狙撃手を炙り出そうとはしなかった。

 

 耐え性のない短気な相手であれば現在影浦が戦っているエネドラのようにトリガーの出力に頼って建物を薙ぎ払うくらいはしそうなものだが、それもない。

 

 その行動がどれだけの隙を生むのか、理解しているからだ。

 

 エネドラの場合は攻防一体型の特殊なトリガーであった為リカバリーは効くが、ランバネインの防御はあくまでもシールドに依るものだ。

 

 隙を突かれれば当然攻撃は通るし、致命傷を食らって平然としていられるワケでもない。

 

 だからこそ、ランバネインは無用なリスクは冒さない。

 

 あくまでも堅実に、自身の強みを最大限に活かす形で戦う。

 

 豪放な見た目とは裏腹の、計算高い理論派の戦士。

 

 常に警戒を怠らず、自分の強みである強力な射撃能力と飛行能力による高い機動性を最大限に用いて、敵を狩る。

 

 危ない橋は渡らず、あくまでも堅実に各個撃破を狙う知将。

 

 それが、嵐山や王子が推察したランバネインの人物像だった。

 

 この見立ては間違ってはいないだろうと、二人は考えている。

 

 影浦のように自らの回避性能を攻撃に用いるタイプであれば、シールドを張りながら全力の射撃を行っていてもおかしくはないからだ。

 

 しかしランバネインはそうはせず、あくまでもリスクを排除する事を第一に行動している。

 

 ランバネインのシールドは確かにイーグレットを凌ぐレベルの防御力を誇るが、無敵の盾というワケではない。

 

 イーグレットの弾丸も受け止める事は出来ていたが、罅は確かに入っていた。

 

 つまり、もう一度攻撃を加えれば突破は充分可能と見て良い。

 

 だからこそランバネインは単発の狙撃のみシールドで防ぎ、それ以外の攻撃は回避に徹していた。

 

 狙撃銃は、その性質上連射は出来ない。

 

 ライトニングは別だが、そもそもライトニングの場合は威力が低い上に射程がさほど高くはない。

 

 ランバネインの対応速度を鑑みれば、イーグレットの射程からの攻撃がギリギリのラインだ。

 

 それ以上先へ踏み込めば、転移を終える前に反撃を受けて落とされる事は言うまでもない。

 

 スイッチボックスは確かに便利なトリガーではあるが、転移を終えるまでに若干のタイムラグがある。

 

 少なくとも、テレポーターよりは即応性で劣っているのだ。

 

 敵の確殺圏内で攻撃を実行するには、些かリスクが高過ぎる。

 

 何せ、ランバネインはシールドを容易く貫通出来る攻撃を連射出来るのだ。

 

 常にバッグワームに片枠を用いる為両防御(フルガード)が出来ない狙撃手のシールドでは、一瞬で突破されて終わりだ。

 

 回避しか生き残る選択がないのに、物量でそれを潰される。

 

 先手を取られた時点で、死ぬのは確定と見て良い。

 

 だからこそ、何が何でも戦場を誘導する必要があった。

 

『敵を校舎の中へ誘導する事が、作戦の前提条件だ。そして、そこで敵と遭遇した場合はこれから言う通りに行動して欲しい。頼んだぞ』

 

 

 

 

(分かってはいたけど、まさかぼくのところに来るとはね。愚痴るつもりはないけど、この威圧感を正面から相手にしていた彼等は矢張り凄いな)

 

 王子は相対するランバネインを見据え、冷や汗をかいた。

 

 本物の戦場における危機感は、先のラービット戦で分かっていたつもりだった。

 

 だが、目の前の相手は文字通り格が違う。

 

 装甲の硬さという物理的な障害を前に時間稼ぎに徹する事を選んだラービット相手でも、此処までの絶望感を突き付けられる事はなかった。

 

 あの時は救援が来る事が分かっていた事もあり、敵の攻撃手段が徒手空拳メインであった事もあって機動力の高い自分達にとっては時間稼ぎだけであれば何とかこなせるレベルだった。

 

 しかし、()()は違う。

 

 一瞬の油断が、即座に死に繋がるこちらに害意を持った()

 

 ランク戦で相対する強者とは異なり、あくまでもこちらを()()として認識し全力で殺意を向けて来る存在。

 

 好敵手でもなく、競い合う対戦相手でもない。

 

 相容れる事のない、驚異的な実力を持った()

 

 それが、こちらを好戦的な目で見据える男の正体だった。

 

(成る程、これが迅さん達が近界で戦ってきたという()か。こんなのを相手にしていたなら、そりゃ否応なく戦闘勘は鍛えられるだろうね。先読みで狙撃手を落とされるなんて、まだまだぼくも本物の戦場を知る相手への警戒が足りなかったって事か)

 

 狙撃へのカウンターとして超速の反撃で仕留めるならば、まだ分かる。

 

 だが、この相手はこれまでの戦闘から敵のいるであろう位置を推察し、狙撃を実行する直前の相手を落としてみせた。

 

 半崎にしてみれば、ワケが分からなかっただろう。

 

 何せ、転移して引き金に指をかけた段階で無数の弾丸の雨に晒されたのだ。

 

 自身の遭遇した現象を理解出来ず、落とされたに違いない。

 

(けど、その犠牲は無駄じゃなかった。これでこちらは敵の判断能力の上限が、ある程度推測出来たんだから)

 

 しかし、その犠牲は無駄にはならない。

 

 あの時、半崎がいた場所の周囲は絨毯爆撃を受けて吹き飛んでいた。

 

 それはランバネインの火力の高さをまじまじと実感出来る破壊痕であるが、同時に詳細な位置までは絞り込めなかった事も推察出来る。

 

 本当に詳細な位置まで分かっていたのであれば、あそこまで破壊を撒き散らす必要はない。

 

 ランバネインはあくまでも()()()()()を掴んだだけで、詳しい位置を正確に絞り込むまでには至らなかった。

 

 だからこそ過剰な火力でごり押しして仕留めたワケであり、これは充分敵の読みの精度を図る指針となる。

 

 故に、残る問題は王子が此処からどう生き残るかだ。

 

 作戦の性質上王子が死んでも続行は出来るが、敵に身を晒す危険を冒す人間の数は少ない方が良い。

 

 機動力には自信がある王子だが、敵の射撃の威力と物量は尋常ではないのだ。

 

 少なくとも、彼一人ならば容易く落とされる。

 

 そう確信出来るだけの実力差が、敵にはある。

 

「敵と交戦を開始する。援護は頼んだよ、トラヴァー」

『了解』

 

 王子の通信に少女はこんな状況でも奇特なあだ名呼びを貫き通す彼に対して若干の呆れ越えと共に返答し、頷く。

 

 それと同時に、ランバネインの眼が獰猛な光を帯びる。

 

 校舎内での敵との戦闘が、開始された。

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