痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取葉子⑨

 

 タイミングは、完璧だったと言って良い。

 

 三部隊による波状攻撃を仕掛け、ランバネインを一階まで追い詰める。

 

 そして、外に出た瞬間カメレオンで潜んでいた香取隊の二名が奇襲をかける。

 

 三浦と若村は攻撃能力はそう高くはないが、至近距離の攻防であれば砲兵のランバネイン相手にはある程度有利が取れるだろう。

 

 ランバネインの攻撃手段は、射撃オンリー。

 

 至近の相手にも攻撃事態は出来るだろうが、斬撃と比較すれば近距離での即応性はワンテンポ遅れる事になる。

 

「────────」

 

 加えて、狙っているのは彼等だけではない。

 

 同じく外で待ち構えていた時枝も、アサルトライフルを構えて攻撃準備を完了している。

 

 これまでの波状攻撃で、少なからずランバネインの処理能力(リソース)は削れている。

 

 幾ら彼が歴戦の猛将とはいえ、たった一人で複数相手を捌き続けるには相応に余裕(キャパシティ)を削られる。

 

 ランバネインの真骨頂はその火力と機動力を活かした電撃戦であり、特別防御に向いたスタイルというワケではない。

 

 防御は必要最低限、然るべき時にのみ行い後は機動力で敵の攻撃を捌く。

 

 それがランバネインの行う防御行動であり、それは当然数が重なれば重なる程彼の処理能力を圧迫していく。

 

 間断ない波状攻撃を行い、処理能力を破綻(キャパオーバー)させて隙を突く。

 

 奇しくもそれは、那須隊がA級昇格試験で迅相手に用いた戦術であり────────────────。

 

「え…………?」

「…………っ!」

「────────!」

 

 ────────────────ランバネインが予想していた、この戦術の終着点でもあった。

 

 三人の攻撃が炸裂する、刹那。

 

 ランバネインは、全方位に向け一斉に射撃を敢行。

 

 至近距離に肉薄していた三浦と若村は避ける暇なく被弾し、致命。

 

 時枝は間一髪でテレポーターの発動に成功するも、全方位射撃から逃れる為には距離を取らざるを得ず、自身が銃撃出来る射程からは出てしまった。

 

 既に致命傷を受けた二人は言うまでもなく、時枝もテレポーターを一度使ってしまった以上転移による奇襲は行えない。

 

 乾坤一擲の攻撃は、失敗に終わった。

 

 そう判断せざる、を得なかった。

 

「狙いは悪くなかったが、動きが模範的過ぎたな。教本通りの戦術ならば、読むのは難しくないぞ。透明化トリガーの報告は、既に受けていたのだからな」

 

 ランバネインはこれまでの攻撃から、敵の目的が自身の処理能力を削った末の奇襲であると理解していた。

 

 彼等は明らかにこちらに攻撃を当てるのではなく、回避される事を前提に動いていた。

 

 無論、あわよくば当てようというつもりはあっただろう。

 

 しかし、彼等には無理に一歩を踏み込もうという攻撃性が欠けていた。

 

 攻撃を当てるのではなく、回避前提で攻め続ける。

 

 その目的など、こちらの隙を生み出す為の波状攻撃以外にない。

 

 一対多の戦闘で最も有効な戦術は、言うまでもなく数の利を最大限に活かす事だ。

 

 その方法は囲んだ上での一斉攻撃か、順次攻撃を繰り返す波状攻撃の二種類がある。

 

 そして、波状攻撃を用いる場合その目的は大抵が相手を疲弊させる事だ。

 

 加えて、格上の実力者を相手取る場合こちらの方が有効なのだ。

 

 一定以上の強兵の場合、単純な数の圧力を押し付けても凌ぎ切る可能性が高い。

 

 特に少数精鋭が戦争の基本である近界では、トリガー使いによる戦闘は1対多である場合が基本だ。

 

 故に、複数の格下が強者(じぶん)を相手に取る戦法は、大方体験済みなのである。

 

 ランバネイン相手に波状攻撃を仕掛けて来た相手も、彼等が初めてではないのだ。

 

 故に、ランバネインは彼等の狙いを読んだ上で迎え撃った。

 

 特攻をかけるタイミングは、大体読めていた。

 

 即ち、壁を破壊し外に出た直後。

 

 壁という障害物を突破して外に出た場合、周辺状況を把握するまで一瞬のタイムラグがある。

 

 つまりその瞬間こそが、波状攻撃の()()を行う上でこれ以上なく最適なタイミングなのだ。

 

 だからこそ、ランバネインは敵兵を視認する前に攻撃準備を完了させていた。

 

 優れた指揮官であれば、此処に兵を配置しない筈がないと。

 

 そう、推測して。

 

 結果として、ランバネインの読みは当たった。

 

 詰めの一撃を放とうとしていた二者は倒れ、伏兵もまたランバネインの射撃の圧力に屈して距離を取った。

 

 四部隊合同の作戦は、失敗に終わる。

 

「かかったな」

「…………!」

 

 ────────────────その、筈だった。

 

 ランバネインの至近距離からの射撃により、致命傷を負った香取隊の二人。

 

 その両者が不敵な笑みを浮かべると同時に、無数のワイヤーがランバネインを拘束した。

 

 ワイヤートリガー、スパイダー。

 

 蜘蛛の意図(イト)が、強者(ランバネイン)を絡め取った瞬間だった。

 

 そう、最初から三浦と若村は自分がランバネインを仕留められるとは考えてはいなかった。

 

 歴戦の兵士、戦争を経験した実力者の脅威が如何なるものか、彼等は身を以て知っている。

 

 他ならぬ、A級昇格試験における迅との戦いに置いて。

 

 あの戦いで突き付けられた、本物の戦場を踏破した者との彼我の価値観の違い。

 

 思考の前提が、覚悟の程度がまるで異なる本物の()()

 

 相手の思考を先読みする事など、当たり前。

 

 その場での最適を即座に読み取り、それすら陽動(ブラフ)として立ち回る広過ぎる視野。

 

 確殺出来る状況であろうと決して油断しない、冷徹な行動。

 

 そして、経験から危険を感知する優れた戦闘勘。

 

 それらがどれ程の脅威なのか、三浦達は迅との戦いで肌で感じる結果となった。

 

 だからこそ、反撃される事を前提として攻撃を仕掛けた。

 

 ランバネインを、厄介極まりない猛将を、罠にかける為に。

 

『『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 二人のトリオン体が崩壊し、緊急脱出が作動する。

 

 同時に、周囲を大量の煙が包み込んだ。

 

「…………っ!」

 

 煙が、視界を遮っていく。

 

 ランバネインが見た、散っていく刹那の二人が見せた笑み。

 

 それは決して敗者が浮かべるものではなく、「してやったぞ」という達成感に満ちていた。

 

 二人は最初から、落ちる前提で攻撃を仕掛けていたのだ。

 

 この、トリオン体に仕組んだ煙幕の機構を発動して視界を遮る為に。

 

 通常、緊急脱出(ベイルアウト)の際は外見上爆発と同時に光の柱が基地に向かって飛んでいく。

 

 爆破で視界は一瞬塞がれるが、煙が生じるかどうかは周囲の環境に左右される。

 

 だからこそ三浦達は、自分たちの緊急脱出と同時に煙幕が発生するよう開発室でトリオン体を弄っていた。

 

 実力的に物足りない自分たちが捨て身でチャンスを作るタイミングが、何処かであるだろうと考えて。

 

 大規模侵攻に先んじて、準備をしていたのだ。

 

 二人は香取や染井と違い、大規模侵攻で直接被害を受けてはいない。

 

 家もなくなってはおらず、家族を亡くしてもいない。

 

 しかし、二人が大規模侵攻で負った心の傷については察している。

 

 染井は言うまでもなく、香取もあの地獄を直接目にしている。

 

 大規模侵攻というワードに関して、思うところが無い筈がないのだ。

 

 だからこそ、二人がこの戦いにかける意気込みも理解していた。

 

 もう二度と、あんな想いをしない為に。

 

 そう考えて、いつも以上にやる気に満ち溢れている姿を二人は目にしていた。

 

 だからこそ、自分たちが出来る事をやらないといけない。

 

 三浦も若村も、自分が才気溢れる人間だとは考えていない。

 

 間違っても、香取のような天才でも染井のような秀才でもない。

 

 出来る事といえば誰にでも出来るサポートと、拙い戦術立案程度。

 

 ただ自分の未熟さを棚に上げて現状を変えようとしなかった頃と比べればマシだろうが、それでも香取のような急成長など望むべくもない。

 

 自分達は、持たざる側だ。

 

 覚悟が決まったからと言って容易く強くなれる筈もないし、香取のように才能を研ぎ澄ませる事での急成長も出来ない。

 

 妬みや僻みではなく、ただの事実として香取と自分達ではモノが違う。

 

 彼女のような天賦の才能も、思い付きを実行に移せるだけの発想力と適応力も、彼等にはない。

 

 だからこそ、自分たちが貢献する為には無策のままでは話にならない。

 

 無力なりに足掻いたところで、真っ当に戦うだけではやれる事などたかが知れている。

 

 それは、A級昇格試験で迅という本物の戦争経験者と相対した事でより強く意識する事となった。

 

 努力や工夫で何とかなる範囲は、限界がある。

 

 故に、仕込みを行った。

 

 自分達を捨て駒とし、本命へ繋げる為の仕込みを。

 

 やるべき事は、それで充分。

 

 後は────────────────。

 

 

 

 

「────────」

 

 ────────────────彼等の隊長(エース)が、決めてくれる。

 

 そう、信じていたからだ。

 

 煙幕に紛れ、香取はランバネインに向かって銃口を向けた。

 

 火力はランバネインとは比べるべくもないが、トドメの一撃を放つには充分。

 

 現在、ランバネインはスパイダーによって地面に縫い付けられ身動きが取れない。

 

 万が一防がれたとしても、それならそれで追尾弾(ハウンド)を撃ち込み続ければ良い。

 

 この好機は、三浦と若村が文字通り身を賭して得たものだ。

 

 故に、失敗は許されない。

 

 彼等が何を思い、何を決意していたのか香取は知らない。

 

 けれど、推測する事くらいは出来る。

 

 あの男共はどうせ、自分達ではこれくらいしないと貢献出来ないからとでも考えて、その身を犠牲にしたのだろう。

 

 思い違いにも程がある。

 

 決して言葉にはしないが、三浦も若村も大切な部隊(チーム)の仲間だ。

 

 三浦はタイプじゃないとはいえ好かれているのは悪い気はしないし、若村は色々ムカつく事は多いがなんだかんだで気心が知れている相手だ。

 

 華ほどではないにしろ、隊室という同じ空間にいる事を香取が許容している時点で身内カウントなのは言うまでもない。

 

 絶対に口にはしないが、香取の認識として身内である以上大切に想わない理由はないのだ。

 

 その二人が、文字通り身を賭して掴んだチャンスだ。

 

 此処でやらなければ、女が廃る。

 

 そう決意して、香取は。

 

「────────!」

「惜しかったな。だが、これで終わりだ」

 

 ────────────────足元から飛来した一発の弾丸に、右手首ごと拳銃を吹き飛ばされた。

 

 撃ったのは当然、ランバネイン。

 

 彼は一発だけ遅れて射出する事で、本命である香取の攻撃手段を潰したのだ。

 

 三浦と若村の策については、ランバネインの想定外ではあった。

 

 しかし、彼は歴戦の猛将。

 

 此処で自分を拘束する意味が分からないほど、愚鈍ではない。

 

 彼等が身を捨ててランバネインを拘束した以上、()()の攻撃が間断なく放たれるのは自明の理。

 

 だからこそ、ランバネインは万が一に備えて手元に残していた一発の弾丸を迎撃として撃ち放ったのだ。

 

 ランバネインの射撃は、言うまでもなく派手で人目を惹く。

 

 だからこそ、その攻撃を見逃す事など有り得ない。

 

 その心理をこそ利用して、ランバネインは潜ませていた一発の弾丸で形勢を覆した。

 

 戦争を潜り抜け、死線の何たるかを知るというのは、こういう事だ。

 

 如何なる予想外(イレギュラー)に相対しようとも、即座に最適解を導き出し実行に移す。

 

 それが彼等戦争経験者の怖さであり、最大の強みだ。

 

「────────!」

 

 だからこそランバネインは、頭上から奇襲を狙っていた木虎に照準を定めた。

 

 たった今右手を吹き飛ばした少女は、このタイミングであそこから攻撃する手段は無い筈だ。

 

 少女との距離は、凡そ8メートルほど。

 

 拳銃を今から生成するには時間が足りないし、射撃を直接展開するタイプのトリガーは銃撃に比べて攻撃までのタイムラグがある。

 

 あの刀による拡張斬撃ならば届くだろうが、少女は佩刀してはいない。

 

 故に、今優先するべきはこちらに向かって来る年若い少女の方だ。

 

 この中で最も練度が高いのが、あの少女である。

 

 機動力、突破力共に他の駒とは群を抜いている。

 

 だからこそ、ランバネインは警戒を香取から木虎へと移した。

 

 それこそが、最適解。

 

 彼の培った脅威度判定、その計測結果。

 

 戦場の勘とも言うべきそれは、今はこちらに目を向けるべきだと判断していた。

 

「な、に…………?」

 

 ────────────────それが。

 

 誘導された結果であると気付いたのは、香取の右足から弧を描くように伸びた刃で胸を貫かれた直後だった。

 

 スコーピオンの派生技、マンティス。

 

 身に着けて間もないその技術を以て、香取がランバネインを仕留めた瞬間だった。

 

 やられた。

 

 そんな感傷が、ランバネインの心を満たす。

 

 本当の意味での本命はこの少女、香取の方だったのだ。

 

 木虎が姿を見せたのは、自分の注意を引き付ける為。

 

 既に攻撃手段を奪った香取ではなく、より脅威度の高い木虎へと警戒を移させる為のブラフ。

 

 香取のこの一撃を通す為の、文字通りの囮だったワケだ。

 

 ランバネインはこの近距離で拳銃を持ち出した事から、香取の事を火兵────────────────銃手の類であると、誤認した。

 

 直前で銃手である若村が至近まで接近しておきながら銃での攻撃を選んでいた事もまた、その認識に拍車をかける結果となった。

 

 言うまでもなく、近距離では銃撃よりも斬撃の方が早い。

 

 にも関わらず銃撃を選択するという事は、それしか攻撃手段が無いからだ。

 

 それは当然の推測であり、ある意味では間違っていない。

 

 万能手、という存在をランバネインが知らなかったからこその誤認(ミスリード)

 

 それは、これまで万能手である嵐山や時枝が銃撃しか行っていなかった事もまた認知の加速に繋がった筈だ。

 

 射撃トリガーのハウンドを使用する剣士という意味では王子や樫尾もいたが、彼等の場合は射撃トリガーの持つ攻撃までのタイムラグがあった。

 

 だからこそこのタイミングにおいては香取は脅威とは判断せず、腰のホルスターに拳銃を携帯していた木虎の方をこそ警戒したのだ。

 

 それこそが、香取たちの狙いであったのである。

 

 本命を木虎と誤認させ、香取のマンティスを用いて敵の認識する射程を超えた一撃で仕留める。

 

 それが今回の作戦の肝であり、本当の意味での終着点。

 

「見事」

 

 ランバネインは自身の撃破という偉業を成し遂げた者達を称え、そして。

 

 致命傷を受けた個所から罅割れが広がり、ランバネインの戦闘体は崩壊。

 

 香取たちの戦術が、アフトクラトル二人目の兵士を打ち倒した瞬間だった。

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