痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取葉子⑩

 

「よもや、この俺が3人足らずしか仕留められんとは────────────────ヴィザ翁の言う通り、玄界(ミデン)の進歩は目覚ましいな」

 

 戦闘体を破壊され、生身を投げ出されたランバネイン。

 

 敵地での生身の露出という致命的な事態に陥りながらも、彼は余裕を崩さずそう告げた。

 

 その様子に彼を仕留めた香取は、盛大に舌打ちする。

 

「何よ、ふてぶてしいわね。負けたなら負けたで、少しは悔しがったらどうなのよ」

「ははは、悪いな。これでも充分悔しく思っているとも。しかし同時に、誇らしくもあるのだ。お前達という強者と、戦えた事がな」

 

 ランバネインはそこまで言うと倒れ込んでいた状態から起き上がり、にかりと笑う。

 

「お前達は良い戦いを見せてくれたし、その結果として俺は打ち倒された。悔しくはあるが、お前たちが俺に勝った事に違いは無い────────────────故に、掛け値なしの賛辞を贈ろう。だが」

「────────! 下がれ…………っ!」

「…………!」

 

 その直後。

 

 嵐山の叫びで後退した香取のいた場所に、無数の棘が突き立った。

 

 空間に空いた黒い穴から伸びたそれは、一歩避けるのが遅ければ香取を串刺しにしていただろう。

 

「退却よ。ランバネイン。迎えに来たわ」

 

 そして。

 

 それと同時に、ランバネインの背後に空間の穴が開き一人の女性が姿を見せた。

 

 紫色のショートカットの、タイトな服に身を包んだ妙齢の美女。

 

 アフトクラトルの黒トリガーの適合者の証である黒い角を生やした女性、ミラは視線で香取達を牽制しながらランバネインに声をかけた。

 

「ちっ、舐めた真似してくれるじゃない…………っ!」

 

 香取はその様子を見て、ランバネインの言葉が自分の気を引き付ける為のものであると気付く。

 

 もし嵐山の注意がなければ、彼女はあの棘によってリタイアしていただろう。

 

 堂々とした態度で自分を罠にかけようとしたランバネインを睨みつけ、香取は歯ぎしりした。

 

『追わなくて良い。深追いは危険だ』

 

 新たな敵を前に追撃するか迷う香取に、通信で嵐山の制止が届く。

 

 あそこまで堂々と姿を晒している以上、深追いした際の保険は当然かけているだろう。

 

 最悪、飛び込んだ先で隔離され連れ去られてしまう危険もある。

 

 嵐山はこの場の指揮官として、そんな危険を冒させるワケにはいかなかった。

 

「悪いな。俺は戦士ではあるが、兵士でもあるのだ。しかし、今告げた言葉に嘘はないぞ。お前達は俺を打ち倒し、不意打ちにも対応してみせた。誰がなんと言おうと、強き勇士である事に変わりはない」

 

 そんな香取に苦笑を返しながらも、ランバネインはあくまでも堂々たる態度を貫く。

 

 アフトクラトルの兵士として香取を罠にかけようとしたのは事実だが、同時に戦士として彼女達を称賛する言葉もまた事実である。

 

 その事を伝えたランバネインは横目で「早くしろ」と促すミラを尻目に、からからと豪快に笑った。

 

「ではな。縁があればまた戦おう、玄界(ミデン)の戦士達よ。俺を打倒して見せた武勇、天晴れだった」

 

 そして、その言葉を最後に空間の穴は閉じてランバネイン達の姿が消える。

 

 それを見送った香取はぐぎぎ、と歯を食い縛りながら拳を握り締めた。

 

「ったく、折角勝ったってのに水を差してくれちゃって…………っ! ホント、ムカつく…………っ!」

「いや、敵を退却に追い込めたんだ。この場が俺たちの勝利である事は疑いようがない────────────────よく、敵を仕留めてくれた。この事は、高く評価されるだろう。だから、自信を持って良いと思うぞ」

「……………………分かりました。ありがとうございます」

 

 悪態を吐く香取は嵐山の取り成しにより、怒気を引っ込めて頭を下げた。

 

 普段から口が悪い傾向のある香取であるが、彼女は決してTPOを弁えられない人間ではない。

 

 彼女が遠慮なく悪態を吐くのは主に気心の知れたチームメイト達であり、それ以外の────────────────身内以外の人間相手なら、ある程度場の空気を読んだ行動を取る事が出来るのだ。

 

 口は悪くとも、香取の根は善良な少女だ。

 

 家族については口では色々言うものの何より大切に想っているし、隊の仲間もなんだかんだで身内カウントしており遠慮のない物言いは「これくらいやっても構わない」という信頼の証でもある。

 

 情が厚く、空気も読もうと思えば読める彼女は、目上の人間に称賛されて礼を返す程度の事は普通に出来る。

 

 ましてや、相手は三門市の人気者である嵐山だ。

 

 親友の華と違いファンというワケではないが、此処で嵐山の心証を悪くしても良い事など何も無い事は理解出来る。

 

 これが諏訪のようなタイプであれば悪態をついたかもしれないが、それ込みでコミュニケーションとして受け取る彼と嵐山が同様の対応をしてくれるかは分からない。

 

 香取は人付き合いにおいては嵐山のような陽キャの極みのような人間よりも、親友の華のような物静かなタイプの方が落ち着いて付き合えるのでやり易いと感じている。

 

 故にプライベートでの人となりを知らない嵐山に関しては、当たり障りのない対応が無難だと判断した結果である。

 

 その様子を見ていた木虎は意味深な笑みを向けていたが、香取は猫を被り通しこれを無視。

 

 先の戦いも、要は自分より木虎の方が強いと思われていたから成功した作戦だったのだ。

 

 その事に関して木虎に思うところが無い筈がなく、此処で反応すれば面倒な事になる自覚が香取にはあった。

 

 木虎に食ってかかれば第一声が罵声である事は疑うべくもなく、勝利で昂揚した空気に自分で水を差す程馬鹿らしい事はない。

 

 故に色々思うところはあれど、香取は木虎の無自覚の煽りを黙殺する事とした。

 

(褒めてあげようとしたけど、睨まれちゃったわ。なんでかしら)

 

 そんな香取の態度に、木虎は首を傾げていた。

 

 木虎としてはトドメの一撃を成功させた香取に称賛の言葉でもかけようとしただけなのだが、それが今の彼女にとっては煽り以外の何物でもない事が分かっていない。

 

 割と人との距離感の調整が下手くそである木虎らしい、無自覚な火種の振り撒き方であったと言える。

 

「嵐山さん、この後はどうしますか?」

「そうだな。俺達は新型の撃破任務に戻る事としよう。荒船隊は指示があるまで待機。香取隊と王子隊は、別の指示があるまでは通常のトリオン兵の撃破に専念してくれ」

 

 しかし、切り替えの早さは木虎の強みだ。

 

 すぐに嵐山に今後の指示を仰ぎ、それを受けた嵐山は即座に各部隊に指示を伝える。

 

 それを受けた各隊の隊長は一様に「了解」と返答し、移動を開始した。

 

 校舎に背を向け、歩き出す香取。

 

 彼女はすぐに作戦室に通信を繋ぎ、信頼する仲間に声をかける。

 

「華、麓郎、雄太。勝ったわよ」

『お疲れ様』

『ああ、よくやったな』

『お疲れ様、葉子ちゃん』

 

 オペレーターである華と、緊急脱出し作戦室に戻った若村と三浦。

 

 三人からの労いを受け、香取は知らず笑みを浮かべた。

 

 面と向き合えば悪態ばかりつく間柄であっても、大事な仲間である事に変わりはない。

 

 そんな彼等の奮闘の結果、あの勝利を手にする事が出来たのだ。

 

 最後の最後でケチはついたが、それはそれ。

 

 これまで負けてばかりだった自分が、ようやく掴んだ勝利である事に違いは無い。

 

 香取は自身の────────────────いや。

 

 香取隊(じぶんたち)の勝利を喜び、気合いを入れ直す為拳を握り締める。

 

 これで敵の精鋭は一人撃破出来たが、戦争は終わっていない。

 

 四年前の災禍が蘇る可能性は、まだなくなってはいない。

 

 ならば、戦うだけだ。

 

 共に戦う仲間は、勝利の礎となってくれた。

 

 なら、残った自分はやれるだけの事をやるだけだ。

 

 そう意気込み、香取は足を進めていった。

 

 その直後、嵐山からの追加司令によって隊員を失った香取は王子隊と行動を共にする事になり、盛大に出鼻を挫かれる事になる。

 

 最後の最後で、オチがついた香取であった。

 

 

 

 

「また一つ、未来が良い方向に変わったか。香取ちゃんは、やってくれたらしいな」

 

 勿論嵐山や木虎ちゃんもね、と迅は小さく呟いた。

 

 たった今、数ある未来のうち幾つかの悪い方向へ向かう道筋(ルート)が潰された。

 

 それらの未来では敵の砲兵がこちらの隊員を次々と撃墜し、先の戦いが苦しくなる映像が映し出されていた。

 

 しかし、たった今香取がランバネインを撃破した事でその可能性(みらい)は消え去った。

 

 迅が予知していた、香取の大規模侵攻での貢献。

 

 それが、成就した瞬間でもあった。

 

「そろそろ、頃合いか。小南も頑張ってくれてるようだし、楽をさせて貰えるのは此処までか」

 

 全体の予知と指揮の助言が楽かどうかはともかく、迅は険しい目で一点の方角を見据えた。

 

 迅の未来視()には、此処から先は彼もまた前線に出なければならないと出ている。

 

 無数の未来、その可能性。

 

 それをより良いものへ変える為に、指揮の為だろうが戦力を遊ばせておく余裕はなくなった。

 

 その事を感じ取り、迅は目的地へ向け歩を進めていった。

 

 

 

 

「いやあ、負けた負けた。玄界(ミデン)の戦士は侮れぬな」

 

 アフトクラトル、遠征艇。

 

 そこでは、ミラに回収されたランバネインが盛大に笑っていた。

 

 敗残の将にしては、堂々とし過ぎている。

 

 その様子をミラはジト目で見据えているが、ハイレインはさして気にした様子はない。

 

 他ならぬ、自身の弟の事だ。

 

 その性根は理解しているし、別に彼は命令違反を冒したワケでもない。

 

 咎める理由がない以上、その態度を改めさせるつもりはなかった。

 

「どうだ、ランバネイン。実際に玄界(ミデン)の兵と戦ってみた感想は」

「一人一人の練度自体は俺達には及ばないが、連携が強いな。指揮官も優秀なようだし、精鋭の実力も充分高い。ヒュースがやられたのも、納得出来るというものだ」

 

 そうか、とハイレインはランバネインの評価を聞いて頷いた。

 

 こと、戦闘に関わる事でランバネインの審美眼が間違っているとは思っていない。

 

 彼がこう告げる以上、玄界(ミデン)の兵の性質はその通りなのだろう。

 

 個々の地力によるごり押しではなく、連携を前提とした練度の底上げ。

 

 何より、その()が驚異的だ。

 

 近界では、戦争におけるトリガー使いは少数精鋭が基本だ。

 

 これは用意出来るトリガーの数という事情もあるが、何より戦闘に堪え得るトリオン量を持てるかどうかは完全に才能に依存しているかだ。

 

 トリオン量は、生まれつきその多寡が決定している。

 

 多少の増減は見込めるものの、トリオン量に関しては才覚で全てが決まると言っても過言ではない。

 

 だからこそ、戦闘に堪え得るトリオン量を持つトリガー使いの成り手は希少なのだ。

 

 トリオン量の多寡と戦闘の才能に関しては別、というところもこの現状には関係している。

 

 成り手が希少である以上、少数の精鋭をどう活かすか、という運用が主となるのは当然だ。

 

 アフトクラトルの場合は成り手の分母自体は多いが、軍事国家である以上主な戦闘は遠征艇を用いての()()となる。

 

 遠征艇は、乗り込める人数に限りがある。

 

 だからこそ大国であっても、侵攻を行う場合は少数精鋭が乗り込み他の戦力は卵にして持っていけるトリオン兵となる。

 

 故に、玄界のように「一定水準の兵士を量産する」というやり方は馴染みがないのだ。

 

 その手法の違いは戦術の違いにも表れており、玄界の戦闘が連携重視・汎用性重視となる事は当然と言えば当然なのだ。

 

 加えて、アフトクラトルの精鋭でも手こずるような実力者が少なくない数在籍しているという点も無視出来ない。

 

 ハイレインの当初の想定では注意すべき実力者の数はそう多くないと見ていたが、どうやら認識を改める必要があるようだ。

 

 何せ、ヒュースに加えランバネインさえも碌な撃破報告が出来ないままやられたのだ。

 

 ヒュースの場合は相手が黒トリガーであったという事情もあったが、ランバネインは複数とはいえノーマルトリガー相手に落とされている。

 

 数の脅威、連携の練度の高さ。

 

 それは間違いなく自分の作戦を遂行する上で障害になると、ハイレインは目を細めた。

 

「ミラ、あれの準備は?」

「指示があればいつでもいけます」

「そうか。ならば、追って指示は出す。エネドラの様子はどうだ?」

 

 ハイレインの問いにミラはそうですね、と視線を一つのスクリーンに向け、頷く。

 

「未だ、先の相手と戦闘を継続しているようです。ですが」

 

 ミラはそう話すと目を細め、告げる。

 

「幾つかの敵兵の反応が、消えています。彼の下へ新たな兵が派遣される可能性は、高いでしょう」

「そうか。どの兵の反応が消えたかは、分かるか」

 

 ええ、とミラは頷く。

 

 彼女はトリオン兵を通じた見た別の映像に視線を向け、そこにマーキングされた反応にタグ付けされた名前を見て頷いた。

 

「先ほどイルガーを落とした双剣使い。その反応が、消えています。彼だけとは限りませんが、複数の精鋭が向かっていると見るべきでしょう」

「そうか。エネドラの戦況は、逐一報告しろ。増援の必要はないが、状況の推移によって打てる手は変わって来るからな」

 

 了解しました、とミラはハイレインの指示を拝領した。

 

 ハイレインは複数の画面を見据えながら、思考を回す。

 

 今回の遠征、その本来の目的。

 

 金の雛鳥の確保、それに繋がる一手を打つ為に。

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