痛みを識るもの   作:デスイーター

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泥の王②

「おらおらぁ! 逃げてんじゃねぇトゲアタマが…………ッ!」

「うぜぇ…………っ! ちったぁ黙れおかっぱ野郎…………っ!」

 

 男二人が、ガラの悪い罵声と共に攻撃を繰り出し、そして躱す。

 

 エネドラと、影浦。

 

 二人の戦闘は、完全に膠着状態に陥っていた。

 

 あれから既に10分以上戦い続けているが、どちらも有効打を掴めない状態が続いている。

 

 これは、二人の性質にも起因するものだ。

 

 まず、エネドラは身体を液状化出来る為に通常の攻撃は意味がない。

 

 身体の何処かにある「核」を潰さない限り、泥の王(ボルボロス)を発動したエネドラは実質不死身のようなものだ。

 

 攻撃をしても通じないのでは、有効打など与えようがない。

 

 対して、影浦はサイドエフェクト感情受信体質がある。

 

 この能力は敵の攻撃の際に発生する殺意を感知し、攻撃の経路を読み取り回避が可能だ。

 

 七海の副作用(サイドエフェクト)、感知痛覚体質と似通っている能力ではあるが、実際の効果にはそれなりの違いがある。

 

 まず、七海の場合は攻撃が()()した段階になって初めて感知が可能である為、エネドラの不可視の攻撃を感知する事は出来ない。

 

 エネドラの能力は液状の身体を硬質化させて初めて攻撃判定が発生する為、七海が感知可能なのは刃が形成される段階となる。

 

 故に、七海の副作用(サイドエフェクト)ではエネドラの不可視攻撃の感知は出来ないが────────────────逆に、影浦はその感知が可能である。

 

 影浦は、他者の感情を肌感覚で受け取っている。

 

 つまり、相手が攻撃の()()を持った段階でその軌道を感知する事が出来るワケだ。

 

(ちっ、幾ら斬ろうが無駄骨かよ。けどまあ、こいつの見えねえ攻撃のタネは分かってきたな)

 

 その過程で、影浦はエネドラが先ほどからやろうとしている不可視の攻撃の正体がある程度推測出来てきていた。

 

 エネドラが不可視の攻撃を行おうとする時、その殺意は身体全体から滲み出すように出てきており、影浦の口や鼻といった部位に集中する。

 

 その都度影浦は距離を取ってその攻撃の射程外に離脱する事で回避しているが、此処まで徹底されれば否が応でも攻撃の性質は理解出来た。

 

 口や鼻といった部位を狙うという事は、その目的は体内への侵入であると予想出来る。

 

 となれば、毒ガスのような攻撃か体内に何かを植え付けるタイプの攻撃であると推測出来るが────────────────恐らく、そのどちらとも異なる。

 

 現段階で見えているエネドラの能力は、液状化と硬質化だ。

 

 どちらにしろ、敵のトリガーの性質はトリオン体の性質変化だ。

 

 故に肉体を毒ガスに変化する可能性は有り得るが、毒ガスにしては指向性が高過ぎた。

 

 毒ガスによる攻撃ならば、広範囲に無差別にばら撒く筈である。

 

 だが。

 

 エネドラはあくまで、影浦の口や鼻────────────────即ち、呼吸器系に狙いを定めていた。

 

 加えて、影浦は感じる殺意の感覚からある程度攻撃の種類を特定出来るが、影浦のこれはどちらかというと風間や七海のもぐら爪(モールクロー)に似たものだった。

 

 もぐら爪は、スコーピオンを地面を経由させて相手に突き立てる奇襲用の技術である。

 

 床や壁を経由した攻撃ならばエネドラも先程からやっているが、あれは経由するというよりは障害物の一切を無視して行う攻撃、という類で見て間違いない。

 

 攻撃の本質はともかく、エネドラ本人の自身の攻撃への理解はそのようなものだったからだ。

 

 そのエネドラが、この不可視の攻撃に関しては障害物を無視するどころかそれを避けるように行われていた。

 

 この事から分かるのは、不可視の攻撃の実行中は同時に通常攻撃を行えない────────────────少なくとも、即座に移行する事は出来ないという事だ。

 

 詳細までは答える筈がないので分からないが、影浦はこれまでの戦闘でそう判断した。

 

 問題は、それが分かって尚その攻撃を凌ぐ為には距離を取るしかない為、千日手に陥っている事だが。

 

 エネドラは能力の性質上有効打を与える事が難しく、影浦は攻撃の軌道を察知出来るが故に攻撃が当たらない。

 

 ただ、時間ばかりが過ぎていく膠着状態。

 

 そんな中。

 

「旋空弧月」

 

 二振りの斬撃が、煌めいた。

 

 影浦の背後から放たれた、拡張斬撃二連。

 

 それが、エネドラの身体を斬り裂いた。

 

「うざってぇ。無駄だっつってんだろうが」

 

 しかし、当然ながらエネドラにダメージはなく液状化した身体は元の形を取り戻す。

 

 だが、その視線は突然の闖入者へと向けられていた。

 

 今の攻撃、エネドラは察知出来てはいなかった。

 

 泥の王(ボルボロス)発動中という一種の無敵状態でなければ、致命傷を負っていたであろう事は想像に難くない。

 

 故に、エネドラはこの新たな敵兵への警戒度を上げる。

 

 事実、彼はその認識に相応しい使い手だった。

 

 彼は。

 

 太刀川慶は。

 

 このボーダーの誇る攻撃手の中で、文字通り最強の地位にいるのだから。

 

「ったく、増援がテメェ等かよ。もっとマシな奴送れってんだ」

「何言ってるんだ。俺が一番強いんだから、黒トリガー相手に行くなら俺だろ」

「言ってろヒゲ野郎。そういうトコが気に食わねーんだよ」

 

 だがまあ、と影浦はジト目でぼやく。

 

「おめーだけじゃなく、そいつらも連れて来たトコは褒めてやらねーでもねーがな」

「あらら、期待されてる?」

「そうみたいですね。頑張りましょう」

()が足りなかったんだよ。おめーらなら器用な真似も出来るだろーし、期待してっぜ」

 

 影浦はそう言って視線を残る二人────────────────出水と烏丸に向け、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 出水は言うまでもなく最高峰のサポーターであるし、烏丸は細かい所に気が付く補助向きの人材だ。

 

 単騎での戦闘能力は()()()を使わなければそれなりに優秀、といった具合だが、他者と連携すればその価値は何倍にも跳ね上がる。

 

 丁度、敵側のヒュースという駒と似た性質を烏丸は持っていると言える。

 

 彼の奥の手はそう簡単に切れるものではないので単騎では殲滅力に欠けるが、この場には攻撃特化の攻撃手が二人もいる。

 

 個人的な感情はともかくとして、この太刀川隊────────────────いや、旧太刀川隊は、増援として再的確な相手と言えた。

 

 図ったワケではないが、現在の太刀川隊のメンバーである唯我が政治的な都合により出撃出来ない分その元からない穴を埋めたのが烏丸である。

 

 元々同じチームだったのだから、連携も問題なく行える。

 

 この場を支える人材として、最適な相手なのだ。

 

 懸念点があるとすれば三人が影浦と連携出来るかどうかだが、実のところそれはあまり問題には成り得ない。

 

 影浦は単騎での遊撃が真骨頂となる駒であり、下手に連携を意識するよりも好きに動いて貰った方が優れたパフォーマンスを発揮出来るからだ。

 

 サイドエフェクトがあるので前に出ても誤射の心配はなく、サポートする射手や銃手にとっても組む相手として重宝出来るという要素も大きい。

 

 影浦自身も他者と全く合わせられないとまではいかない為、急増のチームとしては思いの他良好な部隊条件と言えるだろう。

 

『ご苦労だった、影浦。お前の得た情報で、敵の能力はほぼ判明した。此処からは連携して、敵を潰せ』

 

 通信から風間の声が響き、影浦は頷いた。

 

 これまでの戦闘で影浦が取得したデータは、逐次通信で送っていた。

 

 その解析が終了したからこそ、こうして増援が送り込まれて来たワケである。

 

 影浦という駒の生存力を活かした、最適な戦略だったと言える。

 

「りょーかい、っと。そんで、敵の能力ってのは?」

『少しは考えろ、と言いたいところだがまあいい。恐らく、敵の能力の本質はトリオン体の形状変化だ。そして、これまで見せて来た液体への変化と硬質化による攻撃に加え、不可視の攻撃は自らを気体化させて敵の体内に侵入するものと思われる』

「そして体内で硬質化して攻撃を完了させる、ですか。えぐい攻撃して来ますね」

 

 その結果として、こうして敵の能力の詳細が判明した。

 

 泥の王(ボルボロス)の能力の本質は、トリオン体の形状と性質の変化。

 

 攻撃を受け流す液体化、攻撃時に実行される硬質化。

 

 そして、自身の身体を不可視の靄に変化させる気体化。

 

 それが、敵の黒トリガーの能力の本質である。

 

 これは、感情を肌感覚で察知出来る影浦だからこそ取得出来たデータである。

 

 他の者では、実際に攻撃を食らう以外の方法で不可視の攻撃の正体を探る事は難しかっただろう。

 

 犠牲者が出ないうちに敵の能力が知れた事は、僥倖と言える。

 

(おい、太刀川。あいつの身体ん中に、意思の大本みてーなのがある。多分、それが奴の核だ。ただ、あちこち移動してやがっからこのままじゃ捉えきれねぇ。だから────────)

(分かった。なら、やる事は簡単だな)

 

 太刀川は影浦の相談に迷いなく頷き、チームメイトに情報を共有する。

 

 出水と烏丸は共に頷き、通信の向こうからは国近の「おっけー」という陽気な声が聞こえて来る。

 

「さて、やるか。頼むぞ、三人とも」

「分かってらあ」

「ええ、任せて下さい」

「了解」

 

 4人の隊員が、エネドラと相対する。

 

 その中心にいる太刀川が、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

 

「旋空弧月」

 

 無造作に、太刀川が旋空を放つ。

 

 それが、合図。

 

 影浦及び旧太刀川隊とエネドラの戦闘が、始まった。

 

 

 

 

「随分と粘り強いお嬢さんだ。しかし、そろそろ限界のようですな」

「く…………っ!」

 

 南の戦場。

 

 そこでは、小南がヴィザと相対していたが────────────────戦況は、決して良いとは言えなかった。

 

 片腕を斬られて以降もなんとか集中力をフルに使って攻撃を回避し続けていたが、流石の小南も限界に近付きつつあった。

 

 何せ、少しでも気を抜けば即死する上に、彼女が頼りにしていた戦場の勘も逆に利用される可能性がある以上、これまで無意識に行っていた動きを意識的に止める必要が出て来たからだ。

 

 小南は、完全に感覚型の戦士である。

 

 自分の戦闘論理を言葉にするのは苦手であり、己の感覚の赴くままに戦っている。

 

 戦闘中は本能のみで戦っていると言っても過言ではなく、攻撃も回避もその並外れた戦闘勘に支えられて来たところが大きかった。

 

 しかし、先程ヴィザはその戦闘勘による動きを先読みし、攻撃を置く事で小南の腕を斬って見せた。

 

 故にこれまでのように感覚頼りに戦っていては即死する可能性が出て来た為、動きに修正を加えざるを得なかったのだ。

 

 それは自動運転をマニュアル運転に切り替えるようなものであり、当然相応に負担がかかる。

 

 その為あれ以来傷は負っていないが、集中力という意味で限界が近付きつつあったのだ。

 

(攻撃が見えないくらい速いってのが、こんだけ厄介とはね。シンプルイズベストとはよく言ったもんだわ)

 

 敵の能力は、単純明快。

 

 即ち、超高速の高威力高射程の斬撃である。

 

 攻撃の速度は、生駒旋空よりも更に上。

 

 当たれば即死必須の威力の攻撃を、狙撃手並の射程で飛ばして来る。

 

 せめて斬撃の軌跡でも分かれば良かったのだが、攻撃速度が早過ぎてそれも不可能。

 

 勝ちの芽は依然として全く見えず、逆転の手段などあるのかどうかすら疑わしい。

 

 それだけの重みが、この翁にはある。

 

 香取が、純粋な実力で遠く及ばないと感じた存在。

 

 その極地が、この剣聖だった。

 

「さて、名残惜しいですがこれも任務。そろそろ片付けて、次に向かうと致しましょうか」

「…………!」

 

 加えて、こちらへの揺さぶりも平然と行って来る。

 

 此処で小南が消極的な動きになれば、この翁は別の場所に赴き暴れ回るだろう。

 

 そんな事になれば、こちらの戦力に甚大な被害が出るのは目に見えている。

 

 だからこそ、小南はある程度前のめりに戦わざるを得ない。

 

 言外の脅しで逃げが封じられているのも、小南の精神を消耗させている大きな要因であった。

 

(けど、あたしがやらなきゃ。此処でこいつを食い止めなきゃ、酷い事になる。そしたら、迅の願いは叶わない。だから────────)

 

 何が何でも、此処で止める。

 

 その決意を改めて行い、小南はヴィザを睨み見据え────────────────。

 

「ご苦労様、小南。応援に来たよ」

「────────迅」

 

 ────────────────にこやかに笑う迅の姿を見て、その眼に活力を取り戻した。

 

 いつの間にか近くに来ていた迅は、優し気な目で小南を見ている。

 

 終わりの見えない消耗戦で精神が疲弊していた筈の小南は、そんな彼を見てニヤリと笑った。

 

 活力が戻る、気力が蘇る。

 

 彼が傍にいてくれるだけで、幾らでも戦える。

 

 そんな小南の変化に、ヴィザも気付いたのだろう。

 

 薄く目を開き、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 そんなヴィザを見て迅は最大限に警戒をしながらも、強い闘志を叩きつけた。

 

「うちの小南が世話になったみたいだね。此処からはこの実力派エリートも、お相手させて貰います────────────────だから逃げるなよ、ジイさん」

「ほっほ、元気の良い若者だ。では言葉通り、相手をして貰いましょうか」

 

 ヴィザは迅の静かな殺意を感じ、より一層笑みを深める。

 

 アフトクラトルの剣聖と、旧ボーダーの二人。

 

 共に戦場を識る者達の戦いが、始まった。

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