痛みを識るもの   作:デスイーター

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泥の王③

 

「何匹増えようが関係ねぇ。テメェ等纏めて、ぶっ潰してやる…………っ!」

 

 エネドラは増援として現れた三人に向け、攻撃を開始する。

 

 液状化した身体を用いた、刃の津波。

 

 それを太刀川達は三者三葉に回避し、エネドラと距離を取った。

 

『そいつの攻撃で特に注意すべきなのは、床下や隙間を通った死角からの攻撃と、気体化を用いた不可視の攻撃だ。目だけで追おうとすれば、何処かしらで不意を突かれる。奇襲性に特化したトリガーと言えるだろう』

 

 風間の言う通り、エネドラの黒トリガー泥の王(ボルボロス)はとにかく奇襲性が高い。

 

 床や隙間を通った死角からの攻撃も、気体となって体内に侵入し内側から刺し殺す攻撃も、初見殺しの要素が非常に高い。

 

 これまで落とされた者がいないのは、最初に接敵した風間隊が菊地原という生きた索敵機(ソナー)を擁していた為だ。

 

 死角からの攻撃といえど無音にする事は出来ず、菊地原にとっては視えている攻撃も同然。

 

 故に風間隊は脱落者なしで撤退する事が出来、代わりにやって来た影浦は相手の感情を察知できる副作用(サイドエフェクト)があった。

 

 その能力のお陰で風間は気体化による暗殺を防ぐ事が出来、これまでの戦闘でも傷を負う事がなかった。

 

 同じ攻撃を察知出来る能力であっても、七海と菊地原、影浦ではそれぞれ性質が異なる。

 

 七海の能力(感知痛覚体質)は言うまでもなく単騎での攪乱・遊撃に特化した能力であり、リスクを最小限に危険域に踏み込む事が出来る。

 

 その代わりに味方の援護には向かず、同程度の機動力がある駒がいなければ連携は難しい。

 

 菊地原の力(強化聴覚)は単騎での突破力に対する作用はそこまで突出していない代わりに、チームでの運用適性が非常に高い。

 

 自身に向けられたもの以外にも感知範囲が及ぶという点では、徹底して部隊運用に向いた能力と言える。

 

 そして影浦の副作用(感情受信体質)は、単騎での生存能力は七海に一歩譲る代わりにある程度部隊との連携が容易であり、七海のそれとは異なる運用────────────────即ち、心理戦への適性を見せる。

 

 七海が単純に痛み(ダメージ)の発生区域を感知するのに対して、影浦は相手の感情を文字通り直に感じ取る。

 

 その為突発的な事故や殺意のない攻撃は感知出来ないが、相手の心理状態をダイレクトに感じ取れる為に取得できる情報の種類はこちらの方が多い。

 

 相手が今、どんな状態なのか。

 

 調子に乗っているのか、それとも焦っているのか。

 

 こちらを舐めているのか、警戒しているのか。

 

 それを感じ取れるのが、影浦の副作用(サイドエフェクト)なのだ。

 

(どうやら、お前らに標的を変えたみてーだな。俺にゃあ攻撃が当たんねーから、その鬱憤をお前らで晴らすつもりだろ)

 

 影浦は通信で太刀川達に警告を発し、太刀川と烏丸は各々の見解を話す。

 

 確かに、エネドラの行動は分かり易い。

 

 影浦はこれまでのエネドラとの戦闘で、相手の性質をある程度掴んでいた。

 

 彼は、戦いが好きなのではない。

 

 戦いで、敵を蹂躙するのが好きなのだ。

 

 要は、自分の力を誇示したい。

 

 相手を嬲って、自分の力を知らしめたい。

 

 そういった、幼い子供じみた残虐性を満たす為に己が力を振るう狂戦士(ベルセルク)

 

 それが、エネドラ。

 

 心を蝕む衝動に支配された、一人の兵士の成れの果てである。

 

 口は悪く、性格破綻者にしか見えない言動や行動。

 

 明らかに血に酔った危険人物ではあるが、影浦の能力(ちから)は。

 

 そんなエネドラの見せる凶悪性が、泣いている子供の癇癪に聞こえて仕方がなかった。

 

 大抵の人間は、殺意に理由があった。

 

 ランク戦の最中であれば、敵を倒したいという闘争心の発露。

 

 もしくは、上をひたすらに目指すが故の克己心の表れ。

 

 そういう類の攻撃意思(さつい)であれば、影浦はそこまで嫌いではなかった。

 

 戦いの中で感じる、こちらを倒してやる、という気概。

 

 それがダイレクトに感じられるのだから、そう悪いものではなかった。

 

 まあ、攻撃の軌道が分かってしまう事自体はスリルが減るので影浦としては歓迎出来るものではないのだが、生憎副作用(サイドエフェクト)にオンオフの切り替え機能はない。

 

 自動的に察知してしまうのだからどうしようもないものだと、半ば諦めている。

 

 そして、エネドラの放つ殺意はこれまでに感じたどんな敵意よりも痛々しかった。

 

 何せ、()()()()()のだ。

 

 攻撃するぞ、という意思はちゃんと存在する。

 

 けれどエネドラのそれは、何かに追い立てられるように沸き上がる衝動を強引に相手に向けた結果だった。

 

 この戦闘中、エネドラから常に感じているのは一種の強迫観念だ。

 

 敵を殺さなければならない。

 

 一刻も早く、殺さなければ。

 

 自分の精神(うつわ)が、壊れてしまう。

 

 そんな強迫観念に憑りつかれた末の、衝動的な攻撃意思。

 

 それが、影浦の感じたエネドラの()()

 

 この戦闘中、エネドラの攻撃意思に付随した感情は常に「焦り」と「苛立ち」だった。

 

 それは自分が優位な状況でも、そうでない時であっても変わりはない。

 

 エネドラの精神は常に荒波のように不安定であり、完全に制御不能状態に陥っている。

 

 故に、その行動は読もうと思えば読み易い部類だ。

 

 影浦には攻撃が当たらないから、別の相手を狙う。

 

 単純明快な、気まぐれな子供のような行動だった。

 

(成る程、分かり易いな。短気で我慢が効かないなら、色々やり易い)

(でも、油断は禁物ですよ。あの見えねー攻撃は、察知が難しいですから)

『そこはなんとでもなる。あいつのトリガーは、あくまでも自分のトリオン体を変化させて攻撃に用いている────────────────つまり、液体にしようが気体になろうが()()()()()()()()()()()()()筈だ』

 

 だが、だからといって加減する理由はない。

 

 敵にどんな理由があれ、敵は敵。

 

 排除すべき外敵である事に、他ならないのだから。

 

『死角からの攻撃も、気体化による攻撃も、その際にはトリオン反応の移動がある。なら、それを可視化してやれば察知は可能だ。国近、三上(こちら)も協力する。出来るな?』

『まっかせて~。今、皆の視界にトリオン反応を表示出来るようにするね』

 

 国近の言葉と共に、全員の視界にトリオン反応を可視化させたフィルターが適用される。

 

 エネドラを中心に、揺らめく陽炎のように漂う赤い霧。

 

 それが、トリオン反応を可視化したもの。

 

 即ち、()()()()()()()()()を可視化した代物である。

 

 その様子は、奇しくも。

 

 七海が普段から感じ取っている、攻撃の()()()()のイメージに酷似していた。

 

 それもその筈。

 

 国近がこのプログラムを適用するに際して、小夜子を通して聞いていた七海の副作用(サイドエフェクト)を参考にしていたからだ。

 

 七海本人とも太刀川達を通じて交友がある国近だが、ゲーム(趣味)の共通もあって小夜子とは既にマブダチと言って良い関係だ。

 

 その小夜子から、以前聞いていたのだ。

 

 七海の副作用(サイドエフェクト)は、視界に攻撃の被弾範囲がレーダーのように映るような感覚であるのだと。

 

 それを覚えていた国近は、今回トリオン反応を可視化するに当たって参考にしたワケだ。

 

(成る程、これがあいつの見てる世界か。こりゃあ────────)

(便利だな。欲しいとは、思わねーけどよ…………!)

 

 その成果は、すぐに出た。

 

 エネドラは一発目の攻撃が避けられた時点で、気体化攻撃を選択。

 

 トリオン体を拡張し、気体化させた自分自身を風下に放つ。

 

 それを。

 

 トリオンの可視化によって視認していた四人は、即座に後退。

 

 風上へ移動し、気体化攻撃を回避した。

 

 

 

 

「────────! テメェ等…………っ!」

 

 その行動で、エネドラも自分の攻撃のタネが見抜かれた事に気付いたのだろう。

 

 エネドラの顔は、憤怒に歪んでいる。

 

 彼にとって虎の子と言えた気体(ガス)ブレードが察知されたのだから、これ上なく面白くないのは言うまでもない。

 

 何せ、この攻撃はエネドラにとって厄介な敵を処理する為の最適解だったのだ。

 

 液状化ブレードの死角からの攻撃を凌げる者はいても、この気体化攻撃を初見でどうにか出来る者はいなかった。

 

 今目の前にいる、影浦を除いて。

 

 影浦に関しては、攻撃を察知する能力があるのだろうと見当は付けていた。

 

 アフトクラトルでも副作用(サイドエフェクト)という名称こそないものの、トリオンの高い者に特殊な感覚が備わるケースがある事は噂に聞いていた。

 

 恐らくこの男もその類なのだろうと、エネドラは判断していた。

 

 だが。

 

 後から来た者達は、恐らく違う。

 

 そういった能力が備わるのは、非常に稀なケースである事は知っていた。

 

 故に、この場にいる全員がそういった能力持ちである可能性は極めて低い。

 

 だというのに、全員が揃って自分の攻撃圏内から離脱した。

 

 間違いなく、何らかの方法でこちらの攻撃がバレている。

 

 それはエネドラにとって、折角手に入れた獲物(おもちゃ)を眼前で取り上げられる行為に等しかった。

 

「────────ぶっ殺す」

 

 怒気に任せるまま、エネドラは刃を放つ。

 

 頭を苛む、虫の羽音(こえ)を。

 

 少しでもそれで、塗り潰せるように。

 

 

 

 

(やっぱり、こう来たか。予想通り、っと)

 

 出水はエネドラが出力任せの攻撃を仕掛けて来たのを見て、しめた、と内心で手を叩いた。

 

 つい先ほど、出水達は国近が用意してくれたトリオン体を可視化するプログラムによってエネドラの攻撃を察知。

 

 不可視の気体化攻撃を、的確に凌ぎ切った。

 

 それも、あからさまに相手に伝わるやり方で。

 

 言うまでもなく、わざとだ。

 

 勿論、こちらが気体化攻撃に気付いていない風を装う事は出来た。

 

 しかし、それによって得られる不意打ちの機会(チャンス)よりも、相手を逆上させて余裕を削る方が有益だと彼は判断した。

 

 影浦から、この敵の性質は聞いている。

 

 短気で、我慢が効かない。

 

 敵を蹂躙する事こそが最優先で、戦闘はその為の()()

 

 そういった手合いと戦う事は、初めてではない。

 

 出水達太刀川隊は、何度か遠征に赴いた事のある部隊だ。

 

 当然近界の戦場にも行った事はあるし、本格的に参加した事はないとはいえ戦争(その)空気は知っていた。

 

 そんな出水達から見ても、エネドラの様子は一種異様だった。

 

 腕っぷしだけが頼りな傭兵ならばまだ分かるが、エネドラはアフトクラトルという大国の軍人だ。

 

 だというのに、平気で命令違反を冒しそうなメンタルの男が何食わぬ顔をして国の任務に就いているというのは些かおかしい。

 

 幾ら少数精鋭中心の近界とはいえ、大国であるならば戦闘員にもそれなりの組織的モラルが求められる筈だ。

 

 少なくとも、エネドラのような男が何の制限もなく作戦に参加するなどまず有り得ない。

 

 それが有り得るとすれば、恐らく────────。

 

(おっと、そいつは俺の考える事じゃないな。敵は敵だ。何かありゃ、倒してから考えっか)

 

 そこで思考を打ち切り、出水は攻撃を回避しながらエネドラへ向き直った。

 

 エネドラが感情任せの人間である事は、理解出来た。

 

 言うなれば、遊真や修に負ける前の緑川のようなものと思えば良い。

 

 勿論、彼ほど迂闊でもなく黒トリガーという強力極まりない武器がある時点で色々と違いはあるが。

 

 それでも、()()()()事に変わりはない。

 

 敵の精神が単純ならば、心理誘導そのものはそこまで難しくはない。

 

 とはいえ、相手が相手だ。

 

 確実に仕留められる機会が得られるまで、慎重に行動しなければならないだろう。

 

 国近のサポートで相手の攻撃が可視化出来るようになったが、普段とは違う視界を得ているという段階で相応に処理能力に負担がかかっている事は事実。

 

 迂闊に踏み込んで仕留め損ねれば、手痛い逆襲が待っている事は言うまでもない。

 

 敵は、黒トリガー。

 

 あの風刃と同じ、チート級の超兵器。

 

 それも、あそこまで初見殺しが満載の代物だ。

 

 これを侮れる程、出水は楽観してはいなかった。

 

 エネドラの黒トリガー、泥の王(ボルボロス)は自身のトリオン体を変質させる非常に厄介なもの。

 

 流石の出水も、撃っても斬っても落とせない相手と戦うのは初めてだ。

 

 これまでは通用していた、「やられる前にやる」事が難しい相手。

 

 警戒して、し過ぎるという事はない。

 

(幸い、こちらには強力な駒が揃ってる。焦る事はない。確実に、堅実に────────────────少しずつ、相手の余裕を削いでいく)

 

 出水はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、エネドラを挑発するように口元を釣り上げた。

 

(駒を進めよう。チート兵器を使って浮かれているこの男に、眼に物を見せてやるよ)

 

 エネドラはそんな出水の顔を見て更に苛立ちを露にし、攻撃を繰り出し続ける。

 

 そんな中。

 

 指し手たる出水の思考は、淀みなく冴え渡っていた。

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