痛みを識るもの   作:デスイーター

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泥の王④

 

「行くぜ、京介」

「了解」

 

 出水は烏丸に声をかけ、出水はトリオンキューブを、烏丸はアサルトライフルを構える。

 

 照準先は、言うまでもなく対峙するエネドラ。

 

「「変化弾(バイパー)」」

 

 二人同時、射出された弾丸の名はバイパー。

 

 変幻自在の軌道を描く弾丸が、四方八方からエネドラに降り注ぐ。

 

「うざってぇ…………っ!」

 

 エネドラは無敵の液状化で攻撃を無視────────────────は、しない。

 

 周囲に分割した自身のトリオン体を展開し、硬質化を用いて防御した。

 

 無論、変幻自在の軌道を描く変化弾(バイパー)を全て凌ぎ切るには至らない。

 

 何割かの弾丸はエネドラの身体に着弾するが、ヒトガタが抉れるだけで本体へのダメージは皆無。

 

「死ねオラァ!」

 

 同時に、液状化の刃の波を展開。

 

 烏丸と出水に襲い掛かり、二人は止むを得ず後退。

 

 追撃を許さず、エネドラはそのまま攻勢に移る。

 

「エスクード」

 

 しかし、完全にエネドラが主導権を握る前に烏丸はエスクードを展開。

 

 刃の波を、(バリケード)トリガーを用いて押し留める。

 

「ウラァ!」

 

 その隙に、影浦が前に出てマンティスを放つ。

 

 スコーピオンに倍する射程の刃の鞭が、エネドラの外殻(ヒトガタ)を斬り裂く。

 

「いい加減うぜぇんだよ、トゲトゲ野郎…………っ!」

「そりゃこっちの台詞だ、おかっぱ野郎…………っ!」

 

 互いに罵り合いながら、エネドラと影浦は刃を交わす。

 

 エネドラは液状化を用いた無敵で、影浦は副作用(サイドエフェクト)を用いた回避で。

 

 それぞれ攻撃を凌ぎながら、殺意の刃を叩きつけ合う。

 

「旋空弧月」

 

 その二人に向け、太刀川は一切の躊躇なく旋空を放つ。

 

 当然の如く影浦はそれを横に跳んで躱し、拡張斬撃はエネドラの身体を両断する。

 

「この、ヒゲ野郎が…………っ!」

 

 エネドラは両断された左半身を、そのまま液状化。

 

 刃の津波へと変え、自身を攻撃した太刀川へと襲い掛かる。

 

(影浦、()()()だ?)

(こっちに残った方だ。そっちは斬っても意味ねぇぞ)

(了解。出水、京介)

((了解))

 

 太刀川は影浦の助言を受け、チームメイトに指示を下す。

 

 詳しい説明は、必要ない。

 

 これでも、それなりに長い付き合いなのだ。

 

 太刀川(たいちょう)の意向程度、察せない方がどうかしている。

 

 即ちこれは、追撃の指示。

 

 それを理解した出水と烏丸は、躊躇なくバイパーを放つ。

 

 狙うは無論、エネドラの残った右半身。

 

 無数の弾丸が、蠢く蛇のような軌道で敵の身体へと食らいつく。

 

 それを見て、エネドラは盛大に舌打ちをした。

 

 その様子に、出水は内心でニヤリと笑みを浮かべる。

 

(やっぱり、この方法で良さそうだな。影浦さんの言う通り、あの中に核があるのは間違いない。そうじゃなきゃ、さっき防御を選ぶ筈がないからな)

 

 先程、エネドラは出水達の変化弾(バイパー)に対し()()という選択肢を取った。

 

 エネドラの見せているヒトガタの形態はあくまでも外殻でしかなく、闇雲に攻撃してもダメージは無いにも関わらず、である。

 

 ならば、当然そこには()()がある。

 

 その意味とは、何か。

 

 それは当然、()()の位置を探り当てられる事だ。

 

 エネドラの黒トリガー、泥の王(ボルボロス)は自身のトリオン体を液体・個体・気体へ変化させるという特殊極まりない性質を持った代物だ。

 

 普通に攻撃してもダメージを与えられず、物量による蹂躙に加え気体化による内部からの攻撃という暗殺手段も備えているのだから、まさしくチート武器の名に相応しいトリガーと言える。

 

 だが、泥の王は決して無敵のトリガーなどではない。

 

 一見厄介な攻撃もタネが分かれば対処の方法は存在し、防御面においてもトリオン体である以上トリオン供給機関とトリオン伝達脳という()()の存在を無視する事は出来ない。

 

 この二つがなければトリオン体が成立しない以上、エネドラの身体にもその何処かにはこの心臓部とも呼ぶべき()が存在する。

 

 要はその核を破壊出来ればエネドラを倒せる彼唯一の急所となるワケだ。

 

 とは言っても、そう簡単な話でもない。

 

 まず、この「核」は常に移動している。

 

 まともに攻撃するだけでは、的確に核を射抜く事はまず不可能と思って良い。

 

 更に影浦からの報告で、彼の攻撃がそれらしきものに掠った際の感触から、核は硬質なカバーに覆われている事が確認出来ている。

 

 恐らく、ただ攻撃を当てるだけでは破壊出来ない。

 

 ブレードトリガーの全力の直撃か、もしくはイーグレット並の威力が欲しいというのが正直なところである。

 

 故に、この波状攻撃を選択した。

 

 核を狙うには、エネドラの外殻であるヒトガタの体積を減らすのが手っ取り早い。

 

 体積が減れば減る程、攻撃が核に当たる確率が高まるのは言うまでもない。

 

 移動する幅が狭ければ狭い程、核を攻撃から逸らす事は難しくなるのだから。

 

 要は、一つの箱とその中で転がる玉をイメージすれば良い。

 

 箱が大きければ大きい程玉同士がぶつかる確率は少なくなり、逆に小さければ小さいほどぶつかり易くなる。

 

 核を自在に移動出来るとはいっても、その移動は外殻(からだ)の内側でやらなければ意味が無い。

 

 下手に外に核を露出させてしまえば、そこを狙われて終わりなのだから。

 

 故に、今見えているエネドラの身体への攻撃は無意味ではないのだ。

 

 確かにダメージは与えられはしないが、身体の体積を削る事には意味がある。

 

 そういった意味で、エネドラが自分から身体を二つに分割した今の状況はチャンスなのだ。

 

 このまま波状攻撃を仕掛け、核の逃げ場を削っていく。

 

 その果てに、敵の核を射抜き仕留める。

 

 それが、出水の作戦(プラン)

 

 捻りはないが、堅実な戦術。

 

 サポートの名手である、彼らしい方針だった。

 

「ハッ、それがどうしたぁ…………っ!」

「…………!」

 

 だが。

 

 エネドラはそれを、黒トリガーの出力という力業で押し返す。

 

 確かに、エネドラは太刀川を攻撃する為に身体を分割した。

 

 その分だけ外殻の体積は減り、波状攻撃が有効な状態となった。

 

 しかし、エネドラには────────────────泥の王(ボルボロス)には、黒トリガーとトリガー(ホーン)の二乗で強化された莫大なトリオンがある。

 

 制限なしで出力を強化すれば、身体の体積を広げる事など容易なのだ。

 

 エネドラは出力に任せたトリオン体の拡張を行い、外殻を大きく広げて先端を硬質化。

 

 出水と烏丸、二人のバイパーを硬質化の盾が防御する。

 

 トリオンに優れた出水の弾丸とはいえ、所詮は威力に乏しい変化弾(バイパー)

 

 硬質化させた外殻を貫く事は出来ず、全ての弾が弾かれて終わる。

 

(ちっ、悪い方の予感が当たったか…………っ!)

 

 それを見て、出水は舌打ちする。

 

 これまで、エネドラと戦っていた影浦はスコーピオン使いの攻撃手だ。

 

 故に相手の身体を削るような広範囲の攻撃は持ち合わせておらず、加えて攻撃方法も「斬る」よりも「突く」方に寄っている為エネドラの身体を大きく抉るような攻撃は出来なかった。

 

 だからこそ、減った分の体積を補填出来るかは未知数だったのだが────────────────その答えを、高出力により力押しという最悪な形で突き付けられる事になった。

 

(ここであんな風に身体を広げたって事は、気付いてやがるな────────────────短気に見えて、戦場の事はきちんと分かってるって事かよ)

 

 エネドラがわざわざ自身の身体を広げたのは、恐らくこちらの狙いを看破したからだ。

 

 あの場面でエネドラが取り得る行動は、幾通りか存在した。

 

 身体を更に分割して移動するか、逆に身体を広げて防御力を上げるか。

 

 もしくは、攻撃を無視して進んで来るか。

 

 その中で身体を広げての防御を選んだという事は、こちらの狙い────────────────即ち、体積を削る事による核の移動範囲の削減を見抜いていたという事だ。

 

 エネドラが短気で攻撃的なのは、これまでの言動や行動で判明している。

 

 だが、それが何処まで彼の行動を縛るものかは判断し切れなかった。

 

 これで感情任せ、トリガーの無敵性任せに動くようならどうとでもなったのだが────────────────流石に、そこまで甘い話はないようだ。

 

 トリガー(ホーン)による浸食があったとしても、エネドラが培って来た戦闘経験が消えるワケではない。

 

 戦場では、判断ミス一つが敗北に繋がる事などザラにある。

 

 特に、エネドラの黒トリガーはその特殊性こそが最大の武器。

 

 初見殺し要素は高いが、一度タネが割れれば対処法はあるのだ。

 

 だからこそ、エネドラは常に戦場では頭を使って立ち回って来た。

 

 今のエネドラの理性(いしき)は残滓に過ぎないとしても、身体はその習慣(けいけん)を覚えている。

 

 戦場で生き残り、敵を殺す為の機転と判断力。

 

 それはまだ、エネドラの中に残っているのだ。

 

 今の彼の意識が、浸食された末の残り滓のようなものだとしても。

 

 経験は、嘘をつかない。

 

 加えて、出水達は与り知らぬ事ではあるが今のエネドラの神経は影浦との交戦によって研ぎ澄まされていた。

 

 幾ら攻撃しても有効打が入らず、延々と遅滞戦闘が続く。

 

 それは初見殺しが最大の武器であるエネドラにとって、決して良い状況ではない。

 

 他に攻撃対象がいればそちらを狙う事で気を晴らす事も出来ただろうが、影浦との戦闘中エネドラはひたすら攻撃が通らない鬱憤(フラストレーション)をため込んでいた。

 

 それ故に、彼の身体に染み付いた戦闘経験が「このままではマズイ」と警鐘を鳴らした。

 

 遅滞戦闘を行われ、こちらの手札が解析されていく。

 

 それは泥の王(ボルボロス)の使い手たるエネドラにとって、これ以上ない致命的な状況を意味していたのだから。

 

 故にエネドラは本能的に、最適の行動を選び取った。

 

 それが、あの状況でエネドラが防御を選んだ理由である。

 

 確かに彼は短気で、挑発にも弱いが。

 

 それでも、数々の戦場を潜り抜けた兵士である事に変わりはない。

 

 これが、本当の意味での()

 

 自分達のように競い合うのではなく、殺し合いを前提とした戦いを潜り抜けて来た人間。

 

 文字通り、ものが違う。

 

 それを自覚し、そして。

 

(なら、それを加味した上で動くだけだ。悪い方の可能性に傾いちまったが、完全な想定外ってワケでもない。修正は効く。手はある。まだ、諦めるには早過ぎる)

 

 改めて、覚悟を決め直した。

 

 成る程、確かに単純な策でエネドラを嵌める事は不可能だろう。

 

 彼は戦闘に関しては見た目程短慮ではなく、半端な隙は罠も同義。

 

 エネドラは泥の王(ボルボロス)に絶対の自信を抱いてはいるが、それはこの黒トリガーの性質を骨の髄まで理解しているが故だ。

 

 理性ではなく、本能で。

 

 彼は、この力の使い方を理解している。

 

 故に、誰にでも思いつく程度の策では足りない。

 

 勿論、捻り過ぎても逆効果になる。

 

 ならば、どうするか。

 

 簡単だ。

 

 何でも良い。

 

 エネドラにとって本当の想定外の、()()

 

 それを叩きつけた上で、堅実に追い込んで行けば良い。

 

 既に、作戦(プラン)は組み上げてある。

 

 後は、それを実行出来るか否かだが────────────────そこは、欠片も心配していない。

 

 今此処には、サポートの名手である自分と戦闘だけは信頼出来る隊長────────────────そして、かつて共に戦っていた古馴染みまで揃っているのだ。

 

 加えて特殊な技能を持つ影浦までいるのだから、手札が足りないなんて言えば罰が当たる。

 

 何より、もう肩を並べて戦う機会なんて早々無いと考えていた烏丸が、隣にいるのだ。

 

 自分は勿論、太刀川も普段以上にやる気になっているのは伝わって来る。

 

 出水も、烏丸が自分たちの下を離れて玉狛へ行った事に関して何も思わなかったワケではないのだ。

 

 結局は烏丸の意思を尊重して送り出したが、今でも彼がいてくれれば────────────────なんて思う事は、勿論ある。

 

 新しく入った唯我の事はなんだかんだで嫌いではないが、それはそれとして烏丸が大切な仲間である事に変わりはない。

 

 その彼とこうして再び同じチームとして戦えるのだから、それだけでも今日こうして出撃した事に意味はある。

 

 だから、どうせなら勝って終わりたい。

 

 この戦争は弟子の七海も気合いを入れて臨んでいるようだし、烏丸の事もあって自分のモチベーションもこれ以上ないくらいには高い。

 

(太刀川さん、作戦を変更します。京介も、頼んだぞ)

(分かった)

(了解)

(じゃあ、説明します。まず、影浦さんは────────)

 

 出水はチームメイトと短い言葉で意思疎通を行い、影浦には直接指示を送る。

 

 太刀川隊のブレインは、打つ手を変えて盤面を動かす。

 

 作戦に修正を加え、そして。

 

 目の前の敵に、勝つ為に。

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