「ふざけた真似、しやがって…………っ!」
エネドラは迫り来る三本の斬撃を見据え、舌打ちした。
現在、彼の頭脳体とも呼ぶべきものは
出水達の推察通り、液状化した状態のエネドラは風圧に弱い。
気体は言わずもがな、液体の状態であっても指向性のある爆風ともなれば押し流されてしまうのは通りだ。
液体化と気体化はエネドラの武器ではあるが、同時に弱点でもある。
出水のその推理は、間違ってはいなかったのだ。
そして、こと此処に至り敵の狙いを看破出来ない程エネドラの経験値は少なくはない。
敵の狙いは────────。
(────────俺を斬り刻んで、核の逃げ場所をなくしてから仕留める気か…………っ! うざってぇ真似しやがる…………っ!)
────────────────エネドラの身体を文字通り分断し、核の逃げ場を奪ってから本命の攻撃を当てる。
これ以外に、考えられなかった。
エネドラのトリオン体の核は、当然ながらこの
少なくとも視覚や聴覚を担う以上、核と頭部は繋がっていなければならない。
頭部を形成しなければ、残った触覚に頼る以外外部の情報を取得する手段がなくなるからだ。
だからこそエネドラは攻撃の際には必ず頭部を形成しているし、頭部形成前の攻撃精度が荒いのもその為だ。
頭部を形成せずとも攻撃は可能だが、それは目と耳を塞いで勘だけで武器を振り回すようなものだ。
流石に直前に相手がいた場所には当たりがつくが、少しでも移動してしまえば分からない上にそれ以上の追撃も難しい。
気体化であればばらまくだけで良いのでその状態でも可能ではあるが、既にタネが割れた奇襲を仕掛けて易々と倒せる筈がない事は分かっている。
だからこそ、この外殻の頭部はエネドラにとって重要な
その頭部と繋がった身体の中に核がある事は、ある程度頭が回れば辿り着く事が出来るだろう。
故に、敵はこうして空中に吹き飛ばした上で斬撃を仕掛けて来たのだ。
恐らく、この斬撃はあくまでもエネドラを切り開く為の下準備。
この三つの斬撃をまともに浴びてしまえば、エネドラの外殻の体積はかなり小さくなる。
そうなると、身体の中を常に流動させている核の逃げ場がなくなってしまう。
それはエネドラにとって、詰みの状態に等しかった。
エネドラの黒トリガー、
核の位置がバレなければ撃たれようが斬られようがダメージはなく、こちらは初見殺し要素の高い地面からの奇襲や気体化による暗殺を一方的に行える。
能力のタネが割れない限り、エネドラは一方的な虐殺が行える。
それが数々の近界国家への遠征で猛威を奮ってきたエネドラの強みであり、トリガー
そういう意味で、今回は
まず、気体化攻撃を初見で躱されたのは今回が初めてだった。
気体化による暗殺は文字通り不可視であり、トリオン反応は隠せないが戦闘中にトリオン反応を律儀に追っている者はそうはいない。
加えて、やろうと思えばエネドラが影に潜んだ状態から気体化攻撃を仕掛け、こちらの存在を気付かせないまま仕留める事も可能なのだ。
派手に蹂躙するのがエネドラの好みである為滅多にやろうとはしないが、ハイレインの命令で仕方なくそうやって敵将を暗殺した経験も彼にはある。
それに、エネドラの能力を知らない敵相手にわざと攻撃を受けてやられたと見せかけ、不意打ちで気体化攻撃を仕掛ける事も出来る。
実際、あの場に影浦がいなければ風間は高確率でその攻撃の餌食になっていた事だろう。
あそこで欲を出して影浦も纏めて仕留めようとした事が、エネドラ最大の失策とも言える。
結果としてこちらの攻撃の軌道を全て察知出来る影浦と長時間の戦闘に及ぶ事になり、エネドラの能力のタネは大方曝け出されてしまった。
その末路が、今まさに詰めを迎えようとしている現状である。
このまま斬撃を受ければ、そのまま詰まされてしまうだろう。
それは断じて、許せる事ではない。
故に。
「舐め、るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!!」
「「────────!」」
エネドラは黒トリガーの出力に任せ、その外殻を膨張────────────────扇状に、液状化させた身体を展開した。
こちらの体積を削るのが狙いなら、表面積そのものを増やせば良い。
硬質化の盾を張る選択肢もあったが、エネドラは目の前の二刀使い────────────────太刀川が自爆モードのイルガーやラービットの装甲を斬り捨てる映像を、既に見ている。
硬質化したエネドラの身体はかなりの強度を誇るが、それでもラービットのプレーン体の装甲のような硬度はない。
そもそもエネドラの防御は基本的に液状化を用いた受け流しであり、必要に迫られなければ硬質化による防御という選択は取らない。
だから、硬質化の盾を展開する愚は冒さなかった。
あの自爆モードのイルガーすら、叩き斬った攻撃だ。
そんな事をしても、意味が無い事は分かっている。
故にこそ、逆。
硬質化ではなく、液状化。
広範囲に展開した液状化の身体と、下から突き上げる爆風の余波。
それを用いてエネドラは、自身の中の核を大幅に移動させる事に成功していた。
核は確かにエネドラの体内を常に移動しているが、あくまでもそれは
素早く動かす事は出来ないし、精々液状化させた身体を波打たせて移動方向を若干操作するのが関の山だ。
しかし、やりようによってその弱点はカバー出来る。
現在、エネドラは爆風の余波で空中に吹き飛ばされている状態にある。
その状態で身体の殆どを液状化させ、更に出力に任せて大きく膨張させる形で展開した。
風圧による突き上げに加え、膨張による内部の流動。
それらを利用する事で、エネドラは核の位置の隠蔽を図ったワケだ。
こちらの核の詳細な位置など、相手に分かる筈もない。
トリオン反応で探ろうにも、体内には無数のダミーがある。
そちらに気を取られて、本物の位置など探れる筈がないからだ。
そうしてモタついているうちに、地面に戻れればそれで充分。
エネドラが追い詰められているのは、此処が空中であるからだ。
地に足がつきさえすれば、やりようなど幾らでもある。
(浅知恵絞ったようだが、無駄だったなぁ…………っ! 俺は、黒トリガーなんだ。テメェ等猿ごときに、やられる筈がねぇんだよ…………っ!)
エネドラは敵の渾身の策を破ったと確信し、ほくそ笑む。
もう、今のような愚は冒さない。
こうなったら地面に潜み、手当たり次第に攻撃して持久戦にもつれ込ませるだけだ。
時間はかかるだろうが、こちらは黒トリガー。
スタミナが切れるのがどちらが先かなど、言わずとも分かる。
なんなら、こいつらを放っておいて基地に忍び込んで中の連中を殺すのも面白そうだ。
ハイレインも、場合によっては基地の破壊も考慮に入れると言っていた。
言質は取ってあるのだから、自分がやっても構わないだろう。
命令違反の結果を考えずに、エネドラはそんな事を夢想する。
実際、並の相手なら此処で詰みだろう。
これまではエネドラが攻めっ気を出していたからこそ勝負になっていたが、本来の彼の能力的な適性は隠密戦闘にある。
液体化と気体化を駆使してのヒット&アウェイが彼の戦術の最適解であり、そちらに徹されてしまうと対抗手段は非常に限られる。
だからこそこの機が千載一遇のチャンスだったのだが、このままであれば無為に終わる。
リアルタイムで核の位置が分かる手段でもない限り、此処から逆転する手段などないからだ。
そう。
「────────頭の後ろだ」
「おう」
「了解」
此処に、影浦雅人がいなければ。
その認識は、間違いではなかっただろう。
サイドエフェクト、感情受信体質。
それによってエネドラの感情が突き刺さる方向を察知していた影浦にとって、どれだけ彼の身体が広がろうが意味はない。
最初から核の正確な位置を察知していたのだから、今更身体を広げたところでそれを見失う事はない。
エネドラは影浦の能力が攻撃感知の類であるとまでは予想していたが、その正体にまでは迫れなかった。
それが、成立した瞬間だった。
そして。
影浦の助言を受けた二人は、旋空の軌道を修正。
ピンポイントにエネドラの核のある付近を裁断し、その逃げ場を削り取った。
「な、んだと…………っ!?」
まさか、正確に核のある付近を斬り抜かれるなどとは思ってもいなかっただろう。
エネドラは驚愕に目を見開き、そして。
「くたばれ」
いつの間にか自身と同じ高度に跳んでいた、影浦の姿を目にしていた。
今の一瞬。
太刀川と烏丸の旋空がエネドラの身体を斬り裂いたと同時に、烏丸のエスクードによって影浦は空中に撃ち出されていたのだ。
全ては、この時の為。
エネドラの身体を分断し、その先にある核へ逃げ場を与えず。
その正確な位置を割り出せる影浦が、トドメの一撃を加える為に。
既にエネドラの核は、影浦の射程圏内。
影浦は一切の躊躇なく、マンティスを用いてエネドラに攻撃を加えた。
「────────!」
「馬鹿が…………っ!」
しかし、その攻撃は硬質な音と共に止められた。
エネドラの身体を突き刺した、マンティスの一撃。
それが、彼の体内にある硬い何かで止められたのだ。
核を守るカバー、ではない。
スコーピオンは旋空のような絶対的な切断力こそはないが、ブレードトリガーとして相応の威力がある。
全力の一撃ならば、カバーがあろうと貫く事は可能なのだ。
だが。
それが
そう。
エネドラは、ダミーを盾とする事で影浦の攻撃を凌いだのだ。
最初からエネドラは、万が一に備えてダミーを核の周囲に幾つか移動させていた。
エネドラ本人は知る由もないが、影浦は本体である核の位置は察知出来ても意思のないダミーの位置を認識する事は出来ない。
だからこそ壁となったダミーの存在に気付かず、無数に重なったダミーが影浦の攻撃に対する盾として機能してしまったのだ。
偶然が招いた、最大効果を挙げたエネドラの防御。
本命の一撃は、凌がれた。
影浦には、空中で移動する手段が無い。
このまま反撃を受ければ、落とされてしまうだろう。
決死の作戦は、無為に終わる。
黒トリガーを仕留める機会が、失われる。
影浦というワイルドカードを用いて尚、エネドラの戦争経験を超える事は叶わなかった。
幾ら脳まで浸食を受けているとはいえ、エネドラは生粋の軍人。
実際に戦地を潜り抜けて来たその手腕は、伊達でもなんでもない。
たとえ、衝動に支配されていたとしても。
その経験は、嘘をつかない。
戦争経験。
それがどれ程の脅威となるのか、影浦達はよく識っていた。
迅悠一。
昇格試験で、黒トリガー争奪戦で。
自分たちの壁となった、戦争経験者。
彼との戦いは、それがどのような脅威なのかを思い知らされた。
視点が違う、在り方が違う。
本物の死地を経験した事があるか、否か。
それは、戦場での生死を分ける
その一線を越えた事があるかどうかは、ダイレクトに対応力の違いとなって現れる。
それを。
影浦は、太刀川は。
「────────いや、終わりだ」
そして、
身を以て、識っていた。
「な…………?」
だからこそ、
エネドラの裁断された身体のすぐ傍で、空間から染み出すように現れた風間の刃。
七海のものを見て習得した、マンティスが。
正確に、背後からエネドラの核を貫いていた。
エネドラは、気付く。
地面から突き立つ、無数の
それが一つ、
その意味するところは、一つ。
風間は。
太刀川達に指示を出しつつ、近くに潜んでいた風間は。
カメレオンを起動したまま、エスクードに乗って跳んだのだ。
奇しくも。
昇格試験の時、那須隊相手に使ったように。
カメレオンの、他のトリガーと同時起動出来ないという欠点を。
最初から、本命は彼だったのだ。
出水の
そして、影浦の助言を受けて太刀川と烏丸が旋空で敵の身体を斬り分ける。
そこに影浦が攻撃を加え、仕留められればそれで良し。
それさえも凌がれるようなら、
影浦の役目は、核の位置を特定した時点で終わっていたのだ。
本物の核の位置さえ分かれば、撤退したと見せかけて虎視眈々と隠れ潜んでいた風間がすぐに決められるように。
黒トリガーの使い手、エネドラを打ち破る立ち役者となったのだ。
「こ、の、猿どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!!」
怒気を撒き散らしながら、エネドラの身体が崩壊していく。
凶悪極まりない黒トリガー、
影浦、風間、そして太刀川隊。
奇しくも、
此処に今、討ち果たされたのだ。