痛みを識るもの   作:デスイーター

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切られた手札

 

「ち…………っ!」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)用マットの上に落下し、太刀川は舌打ちする。

 

 滅多に味わう事のないその感覚に、彼は己の敗北を改めて自覚する。

 

 やられた。

 

 今の心境は、その一言に尽きる。

 

 あそこで、太刀川のいる場所にイルガーを出して来た()()を良く考えるべきだった。

 

 今は皆の奮闘によってある程度順調に自体は推移していたが、それでも敵は木偶の坊でも暗愚でもない。

 

 状況を俯瞰し、勝つ為の戦術を張り巡らせる()()なのだ。

 

 ただ倒されるだけと分かっている駒を、無為に消費する事など有り得ない。

 

 それこそ時間稼ぎか、()の役割を持たせて来るだろうと────────────────冷静に考えれば、分かった筈なのだ。

 

(油断した────────────────いや、()()()()()な。久々に京介(あいつ)と一緒に剣を振れて、俺も浮ついてたって事か)

 

 太刀川は、己の失態の原因をそう分析する。

 

 表面上は気にしていないように見えても、太刀川はこれでいて身内は割と大事にする方だ。

 

 知り合いの目には駄目人間らしさばかりが目に付く太刀川であるが、共に戦う仲間に対して何の感情も抱いていないかと言われればそれは否だ。

 

 忍田は敬愛する剣の師であるし、出水はなんだかんだ自分に付き合ってくれる腐れ縁だ。

 

 唯我も中々面白い所があるし、国近はぽやぽやしているように見えて場の空気を要所要所で読んでくれるから助かっている。

 

 そして、玉狛へ転属した烏丸の事は、今でも大事な仲間であると思っているのだ。

 

 太刀川隊のエンブレムにある三本の刀は、初期メンバーである太刀川・出水・烏丸の三人を象徴している。

 

 文字通り三本目の刀である烏丸は、かつては遠近両方に対応出来る太刀川隊のサポーターだった。

 

 役割としては二宮隊の辻に近かったが、烏丸はその場その場で活かすべき戦力を補助する能力に長けていた。

 

 太刀川が射手に近付く時は、銃手トリガーでそのサポートを。

 

 相手の攻撃手を挟撃する時は、弧月を用いて陽動を。

 

 それぞれ、的確な判断の下で担っていた。

 

 今でも、烏丸のいた頃の太刀川隊の思い出は彼にとって掛け替えのないものだ。

 

 戦術的な意味だけではなく、共に戦う戦友として。

 

 烏丸の事は、好ましく思っていたのだから。

 

 今回、その烏丸と再び共に戦う機会を得た。

 

 彼と再び剣の向きを合わせ、黒トリガーを討つ。

 

 その体験は、太刀川にえも言えぬ充足感を齎していた。

 

 今なら、なんでも出来る。

 

 どんな無茶だって、押し通せる。

 

 そんな、全能感にも似た充足感。

 

 そういったものを、確かに太刀川は感じていた。

 

 だからこそ、勇んでしまった。

 

 目の前に現れたイルガーに、罠の可能性も考えず突貫するなど。

 

 浮かれていたにも、程がある。

 

 無論、それは大抵の状況ならなんとか出来るだろうという太刀川の実力に基づいた自信故の行動だ。

 

 事実、ただ転移させられて奇襲を受けただけならば太刀川は切り抜けただろう。

 

 それだけの潜在能力(ポテンシャル)が、太刀川にはあるのだから。

 

 だが。

 

 今回は、文字通り()()()()()()()

 

 太刀川が放り出された先に待ち構えていたのは、今回の敵の中でも最高位の存在。

 

 アフトクラトルの剣聖、ヴィザだったのだ。

 

 その結果、初見での回避が非常に困難な星の杖(オルガノン)をよりにもよって空中で受ける事になってしまい、あえなく落とされてしまった。

 

 自業自得のミスに、巡り合わせが悪過ぎる相手の配置。

 

 それらが重なったが故の、ボーダートップクラスの剣士の敗退だった。

 

「ったく、情けねえ。これじゃあ、会わせる顔も────────────────いや、違うな。()()()()()だ」

 

 柄にもなく沈んでいた太刀川だが、ハッとなって立ち上がる。

 

 自分が落ちたのは、自身のミスだ。

 

 これはもう覆りようのない事実であり、今更言っても何が変わるワケでもない。

 

 けれど。

 

 ()()()()()()()()()()()事は、出来る。

 

 きっと今頃、迅は太刀川をカバーしきれなかった事を悔いているだろう。

 

 放置すれば、彼の()になりかねない。

 

 自分の過失で、好敵手の刃が曇る。

 

 太刀川にとってそれだけは、絶対に看過出来ない。

 

 顔を上げた太刀川は、隊室にいる国近に向かって告げた。

 

「国近、ちょいと通信繋いでくれ。勿論、迅のトコにな」

 

 

 

 

(太刀川さんが、やられた…………っ! 俺が、読み逃した所為で…………っ!)

 

 迅は視界の先で斬り捨てられた太刀川の最期を目に焼き付け、唇を嚙みしめた。

 

 今のは、防げた脱落だった。

 

 もし、迅がこの場の戦闘に介入せずに全体の未来を視ていれば、太刀川にかけられた罠も見抜けただろう。

 

 そうすれば、少なくとも太刀川という大駒が落とされるなんていう失態を演じる事はなかった筈だ。

 

(俺は、此処に来るべきじゃなかった…………? けど、小南は一人じゃもう限界だった。俺が来なかったら、小南はきっと落とされてた。一体、どっちが正解だったんだ…………?)

 

 かといって、この場に駆けつけなければ高確率で小南は落とされていただろう。

 

 今は迅の未来視をリアルタイムで伝える事で長年の相棒である小南との阿吽の呼吸により、何とか攻撃を凌げている。

 

 これは二人が幾度も近界の戦争を共に潜り抜けた経験があるからこそ出来る所業であり、他の者と組んだところで同じ結果は出せないだろう。

 

 未来を視る迅と、その迅の指示に一切の躊躇(タイムラグ)なく応える小南。

 

 その二人だからこそ、アフトクラトルの剣聖相手に立ち続ける事が出来たのだ。

 

 欲張って他の未来にまで手を伸ばしていれば、その隙を容赦なく突かれていた。

 

 目の前の相手は、そういう類の相手だ。

 

 故にこれは、小南と太刀川どちらを見捨てるべきだったのか。

 

 結局のところ、そういう話に行きつく。

 

 片方を見捨て、片方を助ける。

 

 それは迅がこれまでに幾度となく体験して来たトロッコ問題(未来視の呪い)であり、なまじこれまでの戦闘が巧くいっていたからこそ、その重みを突き付けている。

 

 想起する。

 

 隣に小南がいて、本気の殺意を纏う修羅を相手にしているからだろうか。

 

 あの頃の。

 

 緊急脱出(ほけん)がなかった頃の、命懸けだった戦いを思い出す。

 

 その未来視(のろい)によって、あらゆる未来が視えていた迅は。

 

 誰を切り捨て、誰を救うか。

 

 そういった問題に、何度も突き当たって来た。

 

 あの、アリステラ防衛戦では。

 

 そんな機会(じごく)が、何度もあった。

 

 その度に、迅は命を取捨選択(トリアージ)して来た。

 

 より多く、より有益な結果になるように。

 

 命を、選んで来た。

 

 その心的外傷(トラウマ)がフラッシュバックし、迅の心に暗い影が宿る。

 

『迅、聞こえてるな? 斬られて分かった事があるから、伝えるぞ』

「太刀川、さん…………?」

 

 刹那。

 

 その影が膨れ上がる、その前に。

 

 不意に、太刀川から通信が繋がった。

 

 完全に虚を突かれた迅は目を見開き、その通信に注視する。

 

 警戒を怠らず、先の戦闘に注力しつつも。

 

 迅は、太刀川の言葉に耳を傾けた。

 

 きっと、それが。

 

 最善であると、直感して。

 

『そいつの斬撃は、多分スクリューみたいに()()()()ぞ。同じ場所に何度も斬撃が来たから、間違いは無い筈だ』

「太刀川さん…………」

『情報は伝えたぞ。これをどうするかは、お前が考えろ。へこたれてる暇なんか、ないだろ』

 

 太刀川は、慰めはしなかった。

 

 お前は悪くないとも、自分のミスだとも言わなかった。

 

 ただ、情報を提示し背中を押す。

 

 彼がしたのは、それだけだ。

 

 そして、それは。

 

「────────────────了解。後は任せて」

『おう』

 

 こと迅に限れば、この上ない()()だった。

 

 迅は、責任感が強い。

 

 いっそ、強過ぎると言って良いほどに。

 

 そんな彼に「お前は悪くない」と言ったところで、それが特別な相手や状況でもない限り納得させるのは不可能に近い。

 

 常にトロッコ問題に直面し続けている迅にとって、何かあれば非があるのは自分、という意識が強いのだ。

 

 根絶丁寧に説明すれば理解はするかもしれないが、この戦場でそんな暇はない。

 

 だからこそ、太刀川は迅に対し()()()()()を突き付けた。

 

 こういう時の迅は、課題(しごと)を与えてそれに集中させた方が良い結果を生み易い。

 

 その事を、太刀川は経験則で理解していた。

 

 それが出来るのが、自分だけである事も。

 

 七海は、立場的にそれは出来ない。

 

 小南もまた、迅に近過ぎるが故にここぞという時に強く出れない。

 

 だからこそ、太刀川が適任だったのだ。

 

 悪友にして、好敵手。

 

 そんな間柄だからこそ、太刀川は彼に出来る最善を行った。

 

 今この時。

 

 必要な事を、させる為に。

 

『それから────────』

「分かってる。止むを得ないね」

 

 加えて、もう一つ。

 

 対処しなければならない、問題がある。

 

 それは。

 

 太刀川が対処し損なった、イルガーの迎撃である。

 

 とはいえ、既にその()()は用意してある。

 

 あとは、指示を出すのみ。

 

 故に迅は作戦本部に指示を繋ぎ、告げた。

 

「忍田さん、彼女を出してくれ。此処が、虎の子(てふだ)の切り時だ」

 

 

 

 

「そんな…………」

「太刀川さんが、やられた…………?」

 

 烏丸達の間に、動揺が広がっていた。

 

 たった今、たった今だ。

 

 黒トリガー、泥の王(ボルボロス)の使い手エネドラ。

 

 彼を撃破した、その矢先。

 

 太刀川は上空に出現したイルガーを斬り伏せるべく飛び出し、そして。

 

 黒い穴に飲み込まれ、その数瞬後。

 

 彼が緊急脱出(ベイルアウト)したという、一方が届いた。

 

 気持ち良く勝った直後だっただけに、その動揺は大きい。

 

 勝利に水を差された、とさえ烏丸は感じていた。

 

「これで厄介な双剣使いは消えたわね。彼がいなきゃ、イルガーを落とすのは難しいんじゃないかしら? あの伸びる斬撃ぐらいしか、そちらに自爆モードのあれを落とす手段はなさそうだし」

「この野郎…………」

 

 嘲るようなミラの物言いに、出水は拳を握り締める。

 

 挑発だと分かっていても、乗ってしまいそうになる。

 

 それだけ、彼にとって太刀川の脱落は大きかった。

 

 あらゆる障害を乗り越える、強さの象徴。

 

 それが、太刀川だったのだから。

 

「私はそろそろ失礼するわ。このまま此処にいたら巻き込まれてしまうし、もう用は済んだもの。エネドラの始末は、イルガーに任せるとするわ」

「ミラ、てめぇ…………」

 

 見下すような言い方にエネドラは眉を吊り上げるが、それだけだ。

 

 生身となり、腕を斬り落とされた彼に出来る事など何もない。

 

 そんなエネドラを何処か悲し気な目で見据え、ミラは目を細めた。

 

「じゃあね、エネドラ。精々恨み言を残して果てる事ね。そのくらいしか、今のあなたに出来る事はないんだから」

 

 そう言って、ミラはエネドラを一瞥しつつ空間の穴を閉じた。

 

 エネドラはそんな彼女のいた場所を睨みつけたまま、沈黙する。

 

 彼女の言うように、今彼に出来る事は何もない。

 

 ミラの言葉(のぞみ)通り、恨み言を残すくらいしか。

 

「京介、いけるか…………っ!?」

「駄目元でやってみてもいいすが、成功率は低いと思います。旋空を使う事自体、久しぶりですし」

 

 そんなやり取りを見届けると、出水は烏丸に確認を行った。

 

 即ち、太刀川のように跳んでイルガーを斬る事が出来るか。

 

 烏丸は難しい顔をして、それは難しい、と告げた。

 

 それはそうだろう。

 

 太刀川の場合、彼は旋空の名手だ。

 

 己の手足の延長のように扱いの難しい旋空を振るい、あらゆる敵を叩き斬って来た。

 

 トリオン兵の中でも特に硬い自爆モードのイルガーの装甲も、彼の前では紙同然だった。

 

 しかしそれは、あくまで太刀川の視点での話。

 

 普通の弧月使いにとって、()()()イルガーを斬るという行為の難易度はべらぼうに高いのだ。

 

 まず第一に、空へ飛び上がる手段がなければならない。

 

 烏丸の場合はエスクードがある為これはクリアしているが、問題はその後だ。

 

 旋空は、斬撃を()()()()いるのではない。

 

 あくまでも、弧月の刀身を()()()()いるだけだ。

 

 つまり、跳躍して旋空を撃つという行為は。

 

 要するに、跳んだ先でいきなり巨大化した刀身を振り回すという事だ。

 

 当然ながら、刀身が伸びればその分扱い難さは増す。

 

 旋空の場合は一気に20メートル近くも伸びるのだから、口で言うほど簡単に扱える技術ではない。

 

 そも、烏丸は旋空を扱う事自体やらなくなって久しいのだ。

 

 この土壇場で成功出来る確率は、低いと言わざるを得なかった。

 

「ち、スライム野郎がこのあたりぶっ壊しまくったからこの辺のスイッチボックスは全滅だし、万事休すか…………っ! しゃーない、ダメかもしれんが徹甲弾(ギムレット)で────────」

 

 出水が持てる手札でどうにかしようとした、その時。

 

 北の方角で、何かが光り。

 

 それが、イルガーへ向かって放たれた。

 

 

 

 

『やってくれ、雨取隊員』

「はい」

 

 基地の近く、建物の屋上。

 

 そこには、バッグワームを纏った千佳がいた。

 

 そして、彼女の手には。

 

 訓練用ではない、正隊員用のアイビスが握られていた。

 

 隊服こそまだC級のそれであるが、彼女は既にC級ではない。

 

 千佳は、修のラッド発見の功績の半分を用いて、正隊員へと昇格していた。

 

 迅や七海の意見で、大規模侵攻で間違いなく狙われるであろう彼女に一刻も早く緊急脱出を付けられる正隊員へ上がらせるべきとの声が上がった。

 

 しかし、狙撃手は他のポジションと違いあくまでも訓練によるポイント加算によってB級へと昇格するのが常だ。

 

 千佳は狙撃の腕は悪くはないが、天才的というレベルにまでは達してはいない。

 

 とてもではないが、大規模侵攻までに昇格するのは現実的ではなかった。

 

 だからこそ、修の使い切らなかった功績を口実にB級隊員へ上げる事が検討された。

 

 事情を上層部に話したところ、千佳のトリオン量を鑑みれば当然のリスクヘッジだという事で承諾された。

 

 彼女のトリオン量の規格外さは、訓練中の基地壁抜き事件で彼等も知るところだ。

 

 あれほどのトリオン量を持つ彼女を緊急脱出なしで遊ばせておくのは金庫に鍵をかけないレベルの不用心であり、特に鬼怒田がそれを熱弁して押し通した形になる。

 

 修の功績という口実がなければ難しかったかもしれないが、逆に言えば口実さえあればどうとでもなる。

 

 彼が自身の昇格の為に功績を使っていれば出来なかった筈なので、あの時の判断は間違ってはいなかったという事だ。

 

 そんな経緯で正隊員となった千佳は、任務の為に此処にいる。

 

 即ち、イルガーの撃墜の為に。

 

 千佳は緊張を押し殺しながら、スコープ越しで標的を見据える。

 

 ふぅ、と大きく息を吐き。

 

 そして。

 

 引き金を、引いた。

 

 結果、轟音と共に弾丸が発射され。

 

 千佳の砲撃は、イルガーの装甲をいとも容易く貫き粉砕。

 

 アイビスを撃ち込まれたイルガーは、空中で起爆。

 

 跡形もなく、その場で爆散した。

 

 莫大なトリオン量。

 

 その持ち主の存在を、これ以上ない形で見せつける事と引き換えに。

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