痛みを識るもの   作:デスイーター

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卵の冠①

 

「イルガー、撃墜されました。トリオン量は────────────────計測機器が、エラーを起こしました」

「成る程。ようやく出て来たか、金の雛鳥が」

 

 アフトクラトル、遠征艇。

 

 そこでミラの報告を聞いたハイレインは、おもむろに立ち上がった。

 

 映し出された画面には、とんでもないレベルのトリオン量が表示されている。

 

 加えて、反応は黒トリガーのそれではない。

 

 使われたトリガーそのものは、玄界(ミデン)の兵が使っている遠距離用の兵装だ。

 

 ノーマルトリガーを用いて、自爆モードのイルガーを一撃で破壊出来るだけのトリオン量。

 

 間違いなく、「神」の器としてこれ以上ない人材────────────────確保目標、金の雛鳥だ。

 

「これまで揺さぶりを続けて来た甲斐があったな。エネドラの死を確認出来なかった事は残念だが、今はこちらが優先だ。この局面で、彼の処理の為だけに兵を動かすワケにはいかない────────────────介錯が出来なかったのは心残りだろうが、命令には従って貰う」

「はい、勿論です」

 

 ミラはハイレインの言葉に眉一つ動かさずに頷き、命令を受諾する。

 

 その心の内に配慮しながらも、ハイレインは作戦の担当者として指令を下す。

 

「私も出よう。窓を開けてくれ、ミラ。出来得る限りの手を用いて、金の雛鳥を確保するぞ」

 

 

 

 

「助かったが、今のは────────」

 

 目の前でイルガーが撃墜された光景を目の当たりにして、出水は目を見開いた。

 

 彼が動こうとした、その矢先。

 

 一条の光がイルガーを貫き、一撃で爆砕させた。

 

 恐らくはアイビスによるものだろうが、あんなものを狙撃とは呼ばない。

 

 正しく()()と呼称するに相応しい威力に、それに用いられたであろうトリオン量に戦慄する。

 

 あれは、それだけの威力の攻撃だったのだから。

 

「うちの新入りです。名前は雨取千佳。黒トリガー並のトリオンを持ってます」

「マジか。つー事は、あれか。今まで出し渋ってたのは────────」

「ええ、彼女が経験不足というのも勿論ですが、敵の最優先確保目標になり得るからです。今回は、出さざるを得なかったというところでしょう」

 

 出水は烏丸の説明を聞き、状況を理解する。

 

 B級に上がったばかり、つまり戦闘経験を碌に積んでいない、黒トリガー並のトリオンの持ち主。

 

 そんなもの、近界民(ネイバー)からしてみれば格好の獲物以外の何物でもない。

 

 伝え聞いた敵の目的を鑑みれば、死に物狂いで捕まえに来るであろう事は目に見えている。

 

 だからこそ此処まで戦闘に用いなかったのだろうが、今回のイルガー投下はそんな彼女を切ってまで防がなければならない攻撃だった、という事だろう。

 

 或いは、このタイミングで出す事に何か意味があるのか。

 

 そこまで考えて、それを考えるのは自分ではないと出水は割り切った。

 

 敵の黒トリガーを一人倒し、隊長が相手の策に嵌まって落とされたとはいえ自分たちはまだ生き残っている。

 

 そして、目の前には腕もトリガーも失い膝を突く敵国の捕虜の姿。

 

 やるべき事を思案し、出水は顔を上げ通信を繋いだ。

 

「忍田本部長、一先ずこいつを連行します。それでいいですね?」

『構わない。だが、先程の女が使ったビーコンがある筈だ。連行する際は、そちらを外してからにして貰おう。頼んだぞ』

 

 

 

 

「やった。なんとか、できた」

 

 千佳は目標が沈黙したのを見届け、ほぅ、と息を吐いた。

 

 初めての実戦で緊張したが、なんとか街に落とされるところだったイルガーを撃墜出来たのは初陣である事を考慮すれば十分な戦果と言える。

 

 自爆モードに入ったイルガーを撃破出来る者は、そう多くは無いのだから。

 

 少なくとも、ただアイビスを使うだけでは貫く事など出来はしない。

 

 アイビスは確かにノーマルトリガーの中でも単体では随一の威力を誇るが、自爆モードになり装甲が硬くなったイルガーを撃破出来るのは千佳クラスの規格外のトリオンがなければ不可能だろう。

 

 出水が徹甲弾(ギムレット)で何とかしようとしてはいたが、成功率は実際のところ高くはなかった。

 

 何故ならば、被害を出さずにイルガーを撃墜する為には()()()破壊する必要があったからだ。

 

 空へ弾丸を飛ばすには射程に相応のトリオンを割り振らなければならず、そうなると必然的に威力は下がってしまう。

 

 威力が下がったギムレットでは、イルガーの装甲を貫けるかは怪しいところだ。

 

 だからこそ、此処で千佳という手札(カード)を切ったのだ。

 

 無論────────。

 

「…………! 来た…………!」

 

 ────────────────その先に待ち受ける()の存在を、考慮した上で。

 

 ひらりと、白い何かが舞い降りる。

 

 それは、鳥の姿をしていた。

 

 けれど、生きている鳥ではない。

 

 動きそのものは、動物のそれに近い。

 

 だがその鳥は、トリオンで構成されていた。

 

 空を舞う、無数の鳥人形。

 

 それらは、ある一点から広がっていた。

 

 建物の屋上。

 

 そこに佇む、青い髪の青年。

 

 頭部から角を生やし、黒いマントを纏ったその男────────────────ハイレインは。

 

 掌の上に球状の卵のようなものを掲げ、その相貌で千佳を見据えていた。

 

 姿を現した、アフトクラトルの指揮官。

 

 「神」と成り得る者を確保する為、その重い腰を上げた彼を前に。

 

「出て来たな、近界民(ネイバー)

「ああ。なんか偉そうだし、指揮官っぽいぜ」

 

 その視界を塞ぐように、二人の少年が進み出る。

 

 それぞれ拳銃と槍を携えた彼等────────────────三輪と米屋は、ハイレインを見据え戦意を露にした。

 

 彼等が、この場で千佳の護衛を任された者達。

 

 規格外のトリオンを持つ千佳を狙ってやって来る人型に対処する為、迅が配置した隊員達。

 

 三輪隊の面々が、正面からハイレインと相対していた。

 

「まずは、奴のトリガーの能力を見極めるぞ。油断するなよ」

「そーだな。黒い角って事は黒トリガーだろうし、どんなびっくりギミックがあるかわかんねーしな」

 

 そんな彼等を見上げ、千佳は複雑な面持ちでいた。

 

 彼等三輪隊は、以前明確に自分たちのお世話になっている人達────────────────即ち、玉狛支部と敵対していた。

 

 しかし今は、自分を守る護衛としてこの場にいる。

 

 思うところがないワケでもないが、初陣である自分にとって戦闘経験豊富な彼等が一緒にいてくれるのは素直に心強い。

 

 それに、隊長の三輪は以前会った時に感じた張り詰めた空気が若干薄くなっている。

 

 牙が鈍ったというよりは、落ち着きを覚えた、といった風情だ。

 

 彼等と最終的にどう和解したのかまでは知らない千佳であったが、今の彼等なら安心して任せられる。

 

 そういった想いを、抱いていた。

 

「…………!」

 

 その、刹那。

 

 千佳の背後に黒い穴が開き、そこから白い腕が────────────────ラービットの巨腕が、千佳に伸びた。

 

 派手に鳥をバラまいたハイレインの挙動は、あくまで囮。

 

 彼は最初から、最短で千佳を確保し撤退するつもりだった。

 

 戦闘は彼にとって、あくまでも()()でしかない。

 

 むしろ、面倒な()()だとすら思っている。

 

 その手間を簡略化出来るのなら、それを惜しまないのがハイレインという男だ。

 

 故に、使えるものはなんでも使う。

 

 彼にはランバネインのように戦いを楽しむような闘争心も、エネドラのように己の力を誇る矜持もない。

 

 ただ、目的の為に手段を構築し実行する。

 

 より効率的に、より確実に。

 

 リスクを最小限に、目的を達成する。

 

 それが、彼の戦い方。

 

 兵士でも、まして戦士でもない。

 

 知恵者(りょうしゅ)としての、彼のやり方。

 

 何処までも効率を重視した、遊びのない指針。

 

 その為に惜しみなく大窓を使用し、行われた奇襲。

 

 害意のある相手を感知出来る己の副作用(サイドエフェクト)でそれに気付いた千佳は、咄嗟に振り返り────────────────。

 

「あら、お触りは厳禁よ」

 

 横から伸びたしなやかな腕に抱かれ、ラービットの魔の手から助け出された。

 

 千佳を横抱きにして助けたのは、長身のモデルのような女性。

 

 加古隊隊長、加古望。

 

 最初から伏兵を警戒して隠れていた彼女が、間一髪千佳の危機を救ってみせた。

 

卵の冠(アレクトール)

 

 それを視認したハイレインは、即座に攻撃を開始。

 

 戦闘を厭う彼であるが、必要とあれば躊躇はしない。

 

 無数の鳥の形をした弾丸が、千佳とそれを守る加古へ殺到した。

 

「させるか」

「よっと」

 

 三輪と米屋も、ただ見ているだけではない。

 

 拳銃と槍を用いて、鳥の弾丸を撃ち落としにかかる。

 

 だが。

 

「…………!」

「おいおい」

 

 三輪の弾丸と、米屋の槍弧月。

 

 それらは鳥の弾丸に触れた瞬間、無数のキューブと化した。

 

 触れたものを、キューブ化する能力。

 

 それが、ハイレインの黒トリガー卵の冠(アレクトール)の力。

 

 正しく初見殺しの類であるそれを受け、米屋は武器を失った。

 

 通常、弧月が壊れるなどという事は殆どない。

 

 スコーピオンのような応用性がない代わりに、弧月の威力と強度は高い信頼性を持つ。

 

 余分な機能にトリオンを注ぎ込んでいない分、純粋に威力と強度にトリオンが使われている為に早々壊れる事など有り得ないのだ。

 

 だからこそ、キューブ化という方法でその弧月を無力化された米屋は明確な隙を見せた。

 

 これが蝶の盾(ランビリス)による拘束であれば鉛弾(レッドバレット)という似た効果を生むトリガーを知っている為、動揺はそこまででもなかっただろう。

 

 しかし、キューブ化は完全な()()の攻撃手段。

 

 予想しろという方が無茶であり、事実米屋は柄にもなく目を見開き驚いている。

 

 その隙を逃す、ハイレインではない。

 

 彼は最初の奇襲が失敗した時点で、不意打ちでの確保が難しいと最善策である一撃離脱の策を捨てている。

 

 何の策もなく作戦に臨むのは愚の骨頂だが、だからといって一つの作戦に拘り失敗する程馬鹿らしい事はない。

 

 ハイレインはこの時点で、奇襲からの離脱から敵を殲滅しての確保へ作戦を変更している。

 

 だからこそ、ハイレインは鳥の弾丸を米屋へ集中させた。

 

 四方八方から襲い掛かる、白い鳥の生物弾。

 

 恐らく、この弾丸はシールドをもキューブ化してしまうだろう。

 

 元より、トリオンの少ない米屋はシールドでの防御は向かない。

 

「ちっ」

 

 すかさず、三輪は拳銃から射出したバイパーで生物弾を撃ち落としにかかる。

 

 射撃トリガーほどの応用性はないが、それでも三輪クラスの技巧で操ればどうとでもなる。

 

 米屋へ向かう弾丸を、三輪は悉く撃ち落としていく。

 

「わりーな。けどこれで────────!?」

 

 危機的状況を脱した、そう思った刹那。

 

 米屋は直感に従い、下方に目を向け。

 

 自分ににじり寄っていた白い蜥蜴の姿を視認し、慌ててその場から飛び退いた。

 

 ハイレインが仕込んでいた、伏兵。

 

 鳥の弾丸を囮にした、陸生成物の形をした弾丸。

 

 あくまでも効率的に、敵を無力化する。

 

 その策に嵌まりかけていたと実感した米屋は、冷や汗をかいた。

 

「あぶねーあぶねー。こいつ、かなりやらしーな」

「随分頭が回る近界民(ネイバー)のようだ。注意しろ。それより」

「わーってるよ」

 

 米屋は三輪の言わんとするところを瞬時に察し、黒い穴から出て来たラービットに向かった。

 

 卵の冠(アレクトール)の性質上、攻撃手が出来る事は殆どない。

 

 何せ、弧月でさえも触れたが最後キューブにされてしまうのだ。

 

 ハイレインの周囲には、魚や鳥といった生物弾が凄まじい密度で旋回している。

 

 あれではブレードの攻撃を当てるのは至難の業であり、迂闊に踏み込めばキューブ化攻撃の餌食だ。

 

 故に、米屋は即座に自分の仕事はラービットの処理であると割り切った。

 

 加古も対処は出来なくもないが、装甲の硬い新型の相手であれば攻撃手である自分の方が向いている。

 

 そう考え、再生成した弧月を構えてラービットへ向かう。

 

 その、刹那。

 

「…………!」

 

 不意に、悪感を感じて上を見上げた。

 

 そこには、二つの黒い穴と────────────────そこから姿を見せた、二体の砲撃型ラービットの姿。

 

 二機共に砲撃の発射態勢に入っており、当然照準は米屋へと向けられている。

 

 躱せるタイミングではなく、米屋のトリオンでは防御の上から貫かれる。

 

 やられる。

 

 そう覚悟した、その時。

 

「伏せろ」

 

 低い男の声と共に、無数の弾丸がラービットに降り注ぎ核を破壊。

 

 同時に、もう一機のラービットが砲撃の為に露出させていた核を、一発の弾丸が破砕した。

 

「旋空弧月」

 

 それを確認すると同時、米屋は迷いなく旋空を起動。

 

 最初に標的としたラービットの核を的確に両断し、沈黙させた。

 

「助かりました。二宮さん────────────────それに、東さんも」

「俺の仕事をしただけだ。礼はいらん」

『構わない。今お前にいなくなられるのは、困るしな』

 

 今ラービットを仕留めてみせたのが誰か、言うまでもない。

 

 ラービットの装甲を力づくで射抜く威力を持つ、射手の王。

 

 二宮匡貴。

 

 そして、正確無比な狙撃でラービットの核を射抜いたのは無論。

 

 東春秋。

 

 始まりの狙撃手にして、旧東隊として二宮・加古・三輪の三名を率いていたボーダー屈指の戦術家。

 

 旧東隊。

 

 かつてA級一位にまで上り詰めたそのメンバーが、この大規模侵攻という大舞台で。

 

 今一度集い、そして。

 

 強敵を前に、再び銃口の向きを揃えたのだ。

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