「え? 加古さんって今二宮さんといるの?」
「東さんや三輪先輩も一緒みたい。なんか、上層部の指示とか言ってたね」
ボーダー、基地の東部。
そこで黒江と組んでトリオン兵を片付けていた緑川は、黒江の言葉に目を見開いた。
二宮と加古の相性の悪さ、というか仲の険悪さは彼とて知っている。
そんな二人が共にいるというだけで驚きなのだが、更には三輪と東まで同行しているという。
何がどうしてそうなった、と思う組み合わせではあるが────────────────ふと、思い出した。
(そういえば、あの四人って昔は同じチーム組んでたとか聞いた事あるな。A級一位────────────────旧東隊、だっけか)
東、二宮、加古、三輪。
この四人は、ある共通点がある。
それは、かつて東が隊長を務めた部隊────────────────元A級一位、旧東隊のメンバーであった事だ。
入隊して一年ほどしか経っていない緑川は伝聞でしかその事を知らないが、初めて聞いた時はあの癖の強い三人を良く纏められたなあと思っていた。
まあ、東だから、という言葉だけで納得出来る部分があるのは事実ではある。
「でもあの四人が組むんだったら、どんな相手でもラクショーだよね。東さんが指揮をミスるハズないし、二宮さんは二宮さんだし。三輪先輩も巧いしね」
「加古さんもいるし、余程の相手と当たらなければ大丈夫だと思う。────────────────相手が黒トリガー、ってのが気になるけど」
「黒トリガー、か」
緑川はそう呟き、空を仰ぐ。
彼にとって黒トリガーといえば、迅の持っていた風刃が思い浮かぶ。
どういう経緯なのかは知らないが今は迅の手元を離れて本部預かりになっている風刃であるが、昇格試験の時に並み居る面々相手に迅が無双した事は聞いている。
あの影浦隊や二宮隊ですら風刃を持った迅を落とす事は出来ず、那須隊が全力を尽くしてようやく打倒出来たらしい。
それだけの力が、迅と風刃にはあったのだ。
そう思えば、一見無敵とも思える旧東隊であっても確実に勝てるとは言い難い。
何せ、ラービットのような強力なトリオン兵を大量に運用している相手だ。
彼等もラービットの撃破自体は成功しているが、それは初見殺しに近い黒江の韋駄天があったからでもある。
戦闘方法が対人に特化した緑川だけでは、倒せたかどうかは怪しいところだ。
元より、二人はその機動力と撃破能力と買われて遊撃部隊に選ばれたのだ。
その役割はあくまでも通常トリオン兵の間引きであり、ラービットのような相手を倒す事は任務に含まれてはいない。
無理をすれば撃破可能かもしれないが、それをするよりも通常のトリオン兵を数多く駆逐した方が貢献度は高い。
適材適所、というやつである。
そういう意味では、二宮や東といった錚々たる面子を黒トリガーにぶつけるのも適材適所と言える。
恐らく、この配置は迅の思惑が関係している筈だ。
今回の大規模侵攻は、ラービットや敵の黒トリガーの存在を前提として迎撃作戦が組まれていた。
これは明らかに迅の予知の情報を元に戦術が組み上げられている証左であり、勘の良い隊員は当然その事に気付いている。
こういった大規模な戦闘において迅の予知が、ひいては彼の意向が大きく作戦に影響を与えている事は正隊員にとっては周知の事実だ。
今更それに文句を言うような隊員はいないし、緑川も迅の采配を信じている。
けれど
その迅は現在、小南が苦戦していた敵と相対して今も尚戦闘を続けている。
既に風刃は所持していないとはいえ、あの迅が敵と戦いまだ決着が着いていない。
その事が、緑川にどうしようもなく嫌な予感を想起させた。
(迅さんが負けるなんて、有り得ない────────────────有り得ない、けど。でも、万が一があっても、おかしくない、のかも)
緑川は迅を尊敬して敬愛しているが、その強さが絶対ではない事もまた知っている。
個人戦では太刀川と互角の勝負を繰り広げているのを知っているし、彼自身の戦績も決して黒星がないワケではないのだ。
けれど、ここ一番の大事な戦いでは決して負けない。
それが緑川の慕う迅悠一という男であり、彼自身そうであって欲しいという願望もあった。
だが。
敵は、黒トリガー。
しかも今回、迅は風刃を所持していない。
だから、もしかしたら。
彼が負けるなんていう忌まわしい
戦場に、
緑川はまだボーダーに入って一年程度だが、先日の修や遊真との模擬戦を通して身を以てそれを思い知っていた。
幾ら自分に才能があろうが、油断すれば弱者に牙を突き立てられる事も有り得るし────────────────同時に、どう足掻いても勝てない格上に蹂躙される事もある。
東がいるなら、二宮がいるなら大丈夫。
そんな信頼すら、
緑川はそんな不安を抱き、そして。
「え…………?」
通信により、一つの凶報を聞いた。
「柿崎さん、このあたりの住民の避難は完了しました」
「ご苦労だった。お陰様で、一般市民に被害を出す事は避けられそうだ」
警戒区域外、市街地。
そこでは報告を行った茶野を労う柿崎の姿があり、周囲には数名のB級下位の隊員と十数名のC級隊員がいる。
市民の避難誘導を総括していた柿崎は、たった今の茶野の報告を受けて警戒区域にほど近い場所の市民の避難が完了した事を確認した。
そのスムーズな手際は間違いなく嵐山隊時代に培われたものであり、本人は謙遜するが充分人の上に立つある種の資質を有している証左でもある。
東のように確かな経験と実績によって人を纏めるのではなく、二宮のように強大な力を下地に部下を牽引するのでもなく。
ただ人望と誠実さによって、人を集め共に先へと進む。
そういった距離の近いが故に融通が利くタイプのリーダーの素質を、柿崎は持っているのだ。
そうでなければ、先日のイレギュラー門の件もあって不安に駆られていた市民がこうも簡単に誘導に従いはしない。
実を言うと嵐山のファンの中には彼が初めてメディアに顔を出した入隊時の番組を録画して見ている者もおり、そういった者達にとって柿崎は
照屋や虎太郎といった柿崎隊メンバーは最初から彼の方に注目していた変わり種だが、そうでない者達にとっても柿崎は「顔は知ってるけどどういう人かまでは分からないボーダーの人」という認識だった。
しかし、先入観というものは容易く人の認識を覆す。
嵐山と一緒に入隊した事で、柿崎は一定の注目を集めていた。
隊自体のランク戦での成績は伸び悩んではいたものの、外部の人間にとってそんな事は分からない。
加えて柿崎は防衛任務の際に興味本位で警戒区域に入り込んだ子供を幾人か助けて親元に送り届けており、丁寧な説明と誠実な態度で保護者の信頼を勝ち取っていた。
柿崎にとっては、街を守るボーダー隊員として当たり前の事をした、程度の認識だっただろう。
されど、塵も積もれば山となるもの。
そういった日々の何気ない善行、何気ない気遣いが、彼の評価を「顔だけは知っている隊員から」「親切で誠実な頼れるボーダー隊員」へと変えていったのだ。
そしてそれは、ボーダーの中でも変わらない。
ランク戦の順位で燻りがちである事を知っていても、元より彼より成績の振るわないB級下位の者達にとって柿崎は順位が上ながらもそれに驕る事なく、細かな相談にも丁寧に乗ってくれる頼れる先輩だったのだ。
B級中位以上の者達は精神が成熟している者が多い為そこまで柿崎に寄りかかってはいないが、下位の者達にしてみれば彼はなくてはならない相談役のようなものだった。
故にこそB級下位の面々は戦力外通告をされながらも進んで柿崎に協力し、こうして市民の避難を完了させるに至った。
これは紛れもなく柿崎の功績であり、その戦果を疑う者はいないだろう。
「────────! あれは…………っ!」
だからこそ。
柿崎は
道の脇。
側溝から出て来た、小動物程度の大きさの機械の虫。
それを、その存在を柿崎は知っていた。
偵察用トリオン兵、ラッド。
戦闘能力は皆無なれど、ある能力を持っている事からボーダー隊員にとっては発見即駆除が徹底されているトリオン兵。
その能力は、
周囲からトリオンを収束させ、その場に
それが、ラッドが最大級に警戒される所以。
その事を知っていた柿崎は即座にアサルトライフルを構えて引き金を引くが、一歩遅い。
柿崎の弾丸がラッドを貫く、その刹那。
ラッドを起点とした黒い門が出現し、そこから兎の姿を模した異形────────────────新型トリオン兵、ラービットが姿を現した。
色は、白。
特殊な能力を持たない
それが、3体。
柿崎達の前に、襲来した。
「今、市街地にラービットを解き放った。どうやら、そちらに雛鳥は集まっているらしいな────────────────折角だから、何人か見繕って連れ去るとするか」
「…………!」
明らかな、挑発。
ハイレインは二宮達をそう言って煽るが、その刹那。
オペレーターの氷見から、通信が入る。
『二宮さん、その敵の言葉は事実です。たった今、市街地にラービットが出現しました。C級とB級下位の面々が襲われています』
「そうか」
二宮は報告を冷静に聞き、視界の先のハイレインを睨みつける。
確かに一大事ではあるが、この場を放棄してそちらに向かうのは論外だ。
目の前の男は現在迅達が戦っている相手ほどではないにしても、相当な手練れ。
しかも戦術に精通しており、かなり頭の巡りが早いようだ。
ランバネインやエネドラのような兵士ではない、
それが目の前の男の在り方であると、直感した。
たった今見せた攻防からも、男の性質は見えて来る。
ハイレインは徹底して効率を追い求め、無駄のない戦術を執っていた。
そんな彼が、果たして自身が戦場に出るリスクを背負うような状況とは何か。
そう思案していた矢先の、ハイレインの宣言である。
驚くな、という方が無理な話だ。
加古はハイレインを油断なく見据えながら、眼を細めた。
(多分、今のはただの挑発じゃない。場合によっては現実に成り得る、脅迫────────────────
そう、それこそがハイレインの目論見。
この場での勝利を確実なものとする為に、これ以上の増援は望ましくない。
だからこそ、彼は暗にこう言っているのだ。
C級を連れ去られたくないなら、戦力をそちらに割けと。
今警戒区域に散らばっている特機戦力をそちらに回せば、確かにラービットは駆逐出来る。
B級以下の隊員には脅威であるラービットでも、一部の実力者を向かわせれば撃破自体は可能だ。
此処にいる二宮など、まさにその筆頭だ。
しかし、そんな真似をすれば現在対峙している人型
まだ戦闘開始して間もないが、一筋縄でいく相手出ない事は分かっている。
そしてそうなれば、敵の本当の狙い────────────────千佳の確保を阻止する事が、難しくなる。
C級の安全を取るか、千佳の防衛を優先するか。
どちらを取っても悪い結果に繋がる、不自由な二択。
敵は、それを強いてきているのだ。
(本当、性格悪いわね。あの子達が言う
『聞こえるな? 東、二宮、加古』
どうすべきか思案していた、矢先。
通信が入り、忍田の声が聞こえる。
このタイミングでの通信に加古はその意味に思い至り、成る程、と頷く。
確かに、
最強とも言える、第三の選択肢だ。
『戦力を割く必要はない。私が、来たからな』
「忍田本部長…………」
「心配する事はない。こいつらは、全て斬る」
目を見開く柿崎の、視線の先。
そこには、弟子である太刀川のそれを思い起こさせるようなコート状の隊服を身に纏う男────────────────ボーダー本部長、忍田真史が立っていた。
忍田は腰から弧月を抜刀し、ラービットと対峙する。
「慶の分まで、私がこいつらを斬り払おう。弟子の不始末は、師がどうにかしてやらねばな」
凄絶な闘気を纏い、忍田は告げる。
ノーマルトリガー最強の男が、今この戦場で刃を抜く。
満を持しての、登場であった。