「旋空弧月」
旋空、一閃。
忍田は一撃目の旋空でまず、最も近くにいたラービットを両断した。
そして、間髪入れずに更に二連。
旋空を撃ち放ち、残る二体のラービットに攻撃。
当然の如くその身体を両断し、瞬く間に三機のラービットを沈黙させた。
「すげえ…………」
その光景を直に見ていた柿崎は、感嘆の声を漏らす。
ラービットは、決して雑魚ではない。
トリオン兵にあるまじき高い機動力と、強靭な装甲の両立。
今出て来たのは特殊な能力を持たない通常個体とはいえ、B級隊員どころかA級ですら単騎では苦戦しかねない相手だ。
それを、まるで有象無象を斬るかのように一刀両断。
改めて、忍田の────────────────ノーマルトリガー最強の男の実力を、目の当たりにしていた。
自分も彼のように、とは思わない。
忍田はボーダーの戦闘員の中でも特に極まった存在であり、太刀川だとか風間だとか、そういう者達のいる世界に身を置く者だ。
柿崎は自分がどう頑張ってもそんなトップクラスの面々に肉薄出来るとは思わないし、そもそも自分の役割はそうではないと認識している。
適材適所、という言葉がある。
確かに、自分は彼のように戦場で無双出来るような強さはないけれど。
それでも。
やれる事はあるのだという事を、この迅から依頼された
派手でも、もしかしたらそこまで貢献度は高くないかもしれないけれど。
けれど。
意味はあったのだと、柿崎は思っている。
そも、そういった煩悶はこの場ですべき事ではない。
今、自分が果たすべき役割は。
明瞭なのだから。
「忍田さん、このへんの避難誘導は完了したので俺たちは念の為警戒区域から離れた場所に待機しています。場合によっては、そちらの避難も行う必要があるでしょうから」
「いいだろう。避難の判断はこちらでするが、君が必要だと思ったら独自の判断を許可する。その場合、本部に一報入れて欲しいが予断を許さない場合は報告は後回しで構わない」
「了解しました」
柿崎はそう言って忍田に一礼すると、離れた場所で忍田の無双を見守っていたB級下位の隊員達に声をかけて移動を始めた。
警戒区域直近の場所の避難誘導は完了しているが、戦線が拡大すれば更に避難区域を広げる必要がある。
迅からは最低限この区域を避難させれば大丈夫だと聞いてはいるが、未来が変わる可能性は常に残されている。
念には念を入れる、くらいで丁度良い筈だ。
────────────────忍田さん、柿崎の所に新型が来る。対処をお願いします────────────────
忍田はそんな柿崎を笑顔で見送りながら、先程迅から受けた一報を思い出していた。
無論、彼は即座に行動に移した。
元々、いつ出撃の時が来ても良いように準備はしていたのだ。
忍田は冬島が近くに用意していたスイッチボックスのワープを用いて、柿崎達の下へ急行した。
C級を連れている彼等が狙われる確率は比較的高いという事を、迅から聞いていたが故に。
今回、C級隊員が攫われる可能性は低くはなったが決して0にはなっていない。
その
それを分かっていたからこそ、冬島は予め市街地にも幾つかスイッチボックスを設置していた。
忍田はそれを利用して、この場に急行したワケである。
最悪の事態にならずに済んだと安堵する一方、まだ侵攻は続いている事を意識して気を引き締め直す。
そして、忍田は東に通信を繋いだ。
「こちらのラービットは処理した。増援は必要ない。君たちは、目の前の相手に専念したまえ」
『聞いての通りだ。そちらの対処は必要ない。その人型に専念するぞ』
「「「了解」」」
忍田、東からの指示を受け、二宮達は一斉に頷く。
市街地にラービットが出たと聞いた時は眉を顰めたが、忍田が向かったのであれば万に一つも問題は無い。
彼ならば、ラービットが幾ら束になろうと敵ではないのだから。
「ラービットを単騎で殲滅可能な駒を、今まで温存していたとはな。そちらの指揮官は優秀らしい」
一報、顛末の報告を受けたハイレインは表情を変えずにそう呟いた。
驚愕、まではしていない。
確かに、これで戦力が分散させられれば理想ではあった。
しかし、ハイレインは強力な伏兵の存在をある程度警戒していた。
此処まで見て来た
ハイレイン側からしてみれば出来れば当たって欲しくない類の予測ではあったが、全く予想していなかったワケではないのだ。
「────────だが、ラービットを配置した場所が一ヵ所だと言った覚えは、ないのだがな」
「…………!」
故に、当然二の矢は用意してある。
種は、既に撒かれていたのだから。
「警戒区域の西部付近、東部付近にラービットが出現しました。数はそれぞれ三機ずつです」
「種類は通常個体が2、砲撃型が1ずつだね。街を砲撃されるとマズイかも」
ボーダー、作戦本部。
そこではある理由で席を外した沢村に代わり、羽矢と国近がオペレートを行っていた。
羽矢は王子隊と香取隊が合流した為二部隊のオペレートを染井に任せ、国近は太刀川が落ちている上に出水が烏丸と共に動いているので負担が軽くなった為、こうして出向して来たワケである。
他ならぬ、太刀川の指示によって。
出水にも事情は話しており、特に問題なくOKを貰っている。
太刀川は太刀川なりに考えて、この場での最適解を模索していたワケだ。
そのあたり、忍田や沢村と付き合いの長い太刀川ならではの視点故であるとも言えるが。
「ふむ、手配は?」
「既に、
「どっちも、充分新型を撃破出来る戦力だと思うから大丈夫です。何せ、太刀川さんと忍田さんのお墨付きですからねー」
城戸の問いに、羽矢と国近はそう言って薄く笑みを浮かべる。
二ヵ所に配した戦力は、どちらも二人にとって縁のある相手。
普段の関係性はともかく、実力という意味では微塵も疑っていない。
戦闘に関する判断はまず間違えない太刀川のお墨付き、というのも理由の一つではある。
こと戦闘に限るならば、太刀川の洞察力と判断力は人並み外れているのだから。
「あの人達なら、問題ないね。どっちも、旋空の名手だしね」
「出てきおったなあ、新型」
「ラービットっていうらしいですね、これ。確かに兎っぽいですが」
「ですですっ! 俺こんなでっかいウサギ初めて見ましたっ!」
警戒区域の外側、西部。
そこで現れた三機のラービットに相対していたのは、生駒隊の面々だった。
彼等は作戦本部の命を受け、ラービットの殲滅にやって来たのである。
一見、上位とはいえB級である彼等にラービット三機は荷が重いように思える。
だが。
「サポートは任せてね。いくよ、辻ちゃん」
「了解しました」
来ていたのは、彼等だけではない。
二宮隊銃手、犬飼澄晴。
同じく二宮隊の攻撃手、辻新之助。
二宮と別れ、彼等と行動するよう命じられた二人が生駒隊に合流していた。
二人は二宮に千佳の護衛及び人型の撃滅任務が通達されると同時に、生駒隊への同行の命が下ったのだ。
命令である以上、彼等に否は無い。
二宮隊の擁するサポートの名手である二人のマスタークラスは、今この時点を以て生駒隊の臨時サポーターとなった。
「やるで」
「おう」
「はいっ!」
意思の疎通に言葉は要らない。
犬飼と水上は一瞬のアイコンタクトを交わし、互いの意思を確認。
水上はチームメイトに作戦を伝え、彼の命令に従う事に一切のタイムラグが生じない生駒と南沢は即座に行動を開始。
速やかに意思伝達が完了し、戦闘が開始される。
「旋空弧月」
第一手。
辻が旋空を放ち、ラービット三機を牽制する。
「ハウンド」
「────────」
第二手。
水上と犬飼が、同時にハウンドを射出。
砲撃型の頭部に弾幕を集中させ、敵の砲撃を妨害する。
この砲撃型のラービットは、砲撃の際に口内の核を露出される。
それは弱点を晒す行為に他ならず、迂闊に砲撃を行えばカウンターで落とされる可能性を孕んでいる。
故に、砲撃型の攻撃を防ぐ手段は単純明快。
頭部に攻撃を集中し、口を開く隙を与えなければ良い。
『────────!』
無論、それだけならばラービットは自慢の装甲と機動力に任せて接近戦に切り替える。
まずは鬱陶しい弾撃ち達を黙らせ、そこから改めて砲撃に移る。
現状では、そう間違った選択肢でもない。
「旋空弧月」
この場に、彼がいなければ。
生駒旋空、一閃。
突貫して来た砲撃型の腕が犬飼達に届く、間際。
神速の抜刀から放たれた生駒旋空が、一撃で砲撃型を両断した。
最初から、これが狙い。
二機の通常型を牽制している間に砲撃型に突貫の選択を強要し、そこを生駒旋空で仕留める。
この場で最も防がなければならないのは、砲撃型による市街地への無差別攻撃だ。
場合によっては充分有り得るその展開を、まずは封殺する。
最優先事項は、砲撃型に砲撃させない事。
その意思の確認を済ませていた水上と犬飼は、それが最善の選択であると判断。
チームメイトに意思共有を行い、即座に実行したワケだ。
普通ならば、これ程迅速に意思共有と作戦実行を行う事は不可能だ。
生駒隊と犬飼達はランク戦で戦うならばともかく、共闘する機会など早々ある筈がない。
幾ら個々の能力が高くとも、完全な意思共有を速やかに行えるかと言われれば否だ。
しかしこの場合、生駒隊の
生駒隊の面々は、ブレインたる水上の命令に従う事に一切の躊躇をしない。
どんな突拍子のない指示であろうと、それが水上の判断であるならば全面的に支持して実行する。
それは彼等がそれだけ水上を信頼しているという証左であり、互いの能力に信用があるからこそ可能となるのだ。
そして、とうの水上は頭の巡りが異常な程に早い為似たタイプである犬飼と意思を共有する事など造作もない。
私情や拘りを廃し、その場その場の最適解を最短で導き出し実行する。
それが出来るからこそ、彼等は強力なチームのエースを最大限に活かして戦う事が出来ているのだ。
説明すら省略して指示を下すそのやり方は自分のやり方に慣れている相手でなければ不和の種になりかねないが、この場においてその心配は皆無だ。
生駒隊の面々は水上の指示に従う事に一切の異論は持たないし、辻も自分の役割を果たす事に躊躇いは無い。
「次」
「行くよ」
故に、後は流れ作業でしかない。
彼等は同じ手順でラービットを封殺し、残る二機も速やかに駆逐していった。
「
警戒区域、東部外区。
そこに、一人の女剣士が立っていた。
身に纏うのは、忍田のそれと同じロングコートタイプの隊服。
腰に帯びるのは、一振りの弧月。
艶やかな長髪を風に靡かせる彼女は、沢村響子は。
今再び、戦場へ降り立っていた。
彼女こそ、この場に集った三機のラービットを殲滅する為に配置された戦力。
元忍田隊の切り込み役、攻撃手沢村の久方ぶりのお披露目である。
彼女は現在、ボーダー本部のオペレーターを総括する立場にある。
その彼女が出撃する事に、根付達は当然難色を示した。
しかし、彼女が今回の配置において最も適していた事も事実。
ラービットの単独撃破は、熟練の旋空使いを当てる事が最も効率が良い。
双月という規格外の切断力の武器を持つ小南を除けば、ラービットの装甲を抜いて倒すには旋空を使うのが最も手っ取り早いのだ。
されど旋空はセットしている隊員こそ多いが、真の意味で使いこなせている者はそう多くはない。
そして、そういった熟練者でなければラービット相手に旋空で攻略する事は難しい。
それを理解していた忍田は国近と羽矢の申し出を受け、沢村の出撃を後押しした。
その結果として、彼女は此処にいる。
忍田の、自分を送り出してくれた者達の期待に応える為に。
「さて、やりますか」
沢村は、忍田や太刀川ほど自由自在に旋空を扱えるワケではない。
スピードを第一とする戦闘スタイルである彼女にとって、伸びて重さが増えた刀など邪魔なだけだ。
「────────斬る」
だが。
それでも沢村は、旋空の名手である。
但し。
その
通常、旋空を使う時の用途は射程距離の拡張と防御突破の切断力の付与である。
攻撃範囲が限定的な弧月使いの射程を一時的に拡張し、中距離戦に対応させる。
それが旋空の主な用途であり、まさにその用途を目的に旋空は生み出された。
しかし、沢村の場合は違う。
「旋空弧月」
沢村は旋空を起動し、刀身を拡張────────────────しない。
正しくは、数センチのみ刀身を拡張。
敵の、ラービットの目の前に、一瞬で踏み込んだ上で。
伸びた刀身を扱うのが難しいのであれば、話は簡単。
刀身の拡張を極限まで削減し、攻撃が届く距離まで踏み込めば良い。
それが出来るだけの機動力と体捌きがあるからこそ行える、異例の旋空の使用法。
射程距離の拡張を排して、その切断力の恩恵のみを獲得する。
「────────!」
斬撃、一閃。
旋空を起動させた沢村は一刀で砲撃型を斬り裂き、返す刃で残り二機のラービットを両断。
刹那の間に、三機のラービットを瞬殺してみせた。
「こちら沢村、ラービットの駆除を完了しました。指示を」
沢村はなんでもない事であるかのようにラービット撃破を報告し、指示を仰いだ。
トリオン能力の翳りが見えてオペレーターに転向した彼女だが、その実力はまだまだ現役。
かつて戦場で名を馳せた女剣士が、今此処に蘇る。
この戦局を、犠牲なく乗り切る為に。
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