痛みを識るもの   作:デスイーター

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星の杖②

 

「まだ伏兵があったか。やはり、玄界(ミデン)の兵の層は想定以上に厚いようだ」

 

 ハイレインは配置したラービット撃破の報を受け、眼を細めた。

 

 敵戦力を、過小評価していたワケではない。

 

 逆だ。

 

 ラービットの単独撃破が可能な兵がまだ存在する可能性を考慮していたからこそ、三機()()ラービットを送り込んだのだ。

 

 危惧通り、敵の伏兵がいる可能性を考慮して。

 

「お前たちの好きにさせると思ったら大間違いだ、近界民(ネイバー)。俺達を、ボーダーを舐めるな」

「舐めてはいない。だからこそ、仕込みを怠らなかったのだからな。ようやく、これで」

 

 ハイレインは啖呵を切った三輪を見据え、冷淡な笑みを浮かべる。

 

 それは。

 

「────────────────特機戦力の居場所を、()()()()()()()()()

「…………!」

 

 仕込んでいた策を発動させる、策士の笑み。

 

「ミラ、()()

『了解。窓を開きます』

 

 ハイレインの一手が、動く。

 

 

 

 

「了解しました。では、そのように」

「…………っ!!」

 

 南の戦場。

 

 そこで迅と小南の二人と対峙していたヴィザは、ミラからの通達を聞き頷いた。

 

 そして。

 

 ヴィザの未来を視た迅が、顔色を変える。

 

「…………っ! ()()、伏せろ…………っ!」

 

 向こうの()()に間に合わないと理解した迅は、通信を開き各所に声を飛ばす。

 

 その、刹那。

 

 ヴィザは背後に空いた黒い穴に飛び込み、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 警戒区域、南西。

 

 窓の影(スピラスキア)を利用して建物の屋上に降り立ったヴィザは、伝えられていた座標の標的を視認。

 

 その太刀を。

 

 黒トリガーを、抜き放った。

 

────────星の杖(オルガノン)

 

 抜刀。

 

 不可視の、そして。

 

 致死の斬撃が、標的へ────────────────生駒隊へと、振るわれた。

 

 

 

 

『全員、伏せろ…………ッ!』

 

 迅の通信は、唐突だった。

 

 それを聞いた生駒隊、そして彼等と共に行動していた犬飼と辻はその警告の意味を咀嚼しようとして────────────────即座に意味を理解した水上と犬飼が、真っ先に行動に移った。

 

「イコさん…………ッ!」

「辻ちゃん…………ッ!」

 

 防御、反撃────────────────いずれも不可。

 

 あの迅が、防げでも避けろでもなくただ()()()と言ったのだ。

 

 つまり、防御は不可能。

 

 回避も、限りなく難しい。

 

 そういう攻撃が来るのであれば、一瞬の予断も許されない。

 

 だからこそ。

 

 二人の知恵者は、最優先で残すべき駒の救助を実行した。

 

 水上は生駒の腕を掴むと同時に、下方にシールドを張りメテオラを起爆。

 

 爆煙で煙幕を張ると同時に生駒を引き倒し、犬飼もまた同様に辻を強引に地面に叩き伏せた。

 

 その、直後。

 

「ち…………っ!」

「…………っ!」

 

 その場にいた、生駒と辻以外の全員。

 

 煙幕など、知るものかとばかりに放たれた不可視の斬撃により。

 

 彼等全てが、両断された。

 

 生駒を引き倒した、水上も。

 

 辻を押し倒した、犬飼も。

 

 反応が遅れた南沢同様に胴を斬られ、致命。

 

「すんません。後は頼んます、イコさん」

「ごめん、任せた辻ちゃん」

『『『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)』』』

 

 三名の隊員のトリオン体が崩壊し、光の柱となる。

 

 水上達は遺した者達に謝罪を告げ、戦場から離脱した。

 

 

 

 

「ふむ、二名逃しましたか」

 

 その光景を見ていたヴィザは、水上と犬飼────────────────二人のサポーターの動きを見届け、感心するように頷いた。

 

 視線の先。

 

 生駒隊がいた場所には、もう誰もいない。

 

 引き倒されたお陰で星の杖の攻撃を逃れた生駒と辻の姿も、また。

 

 見れば、水上がメテオラで破壊した地面に暗い穴が空いている。

 

 どうやら、真下には地下道があったらしく二人はそこに逃れたようだ。

 

 手当たり次第に攻撃し地下道を崩落させて炙り出す、という手も使えなくはないが────────。

 

「それよりは、こちらが優先でしょうな」

 

 ヴィザは、その選択肢を即座に棄却した。

 

 確かに炙り出せはするかもしれないが、崩落に紛れて逃げられる可能性の方が高い。

 

 ならば。

 

 ()()()()()()()の下へ向かう方が、急務である。

 

 ヴィザは背後の黒い穴に飛び込み、その場から姿を消した。

 

 

 

 

『犬飼先輩と水上先輩、南沢が緊急脱出しました。生駒さんと辻くんは無事ですが』

「そうか」

 

 二宮は氷見からの報告を聞き、ジロリとハイレインを睨みつけた。

 

 このタイミングを鑑みるに、どうやら相手はこちらがラービットを排除出来る駒を出すのを待っていたらしい。

 

 つまり、今回出現したラービットはその全てが捨て駒────────────────否。

 

 ()()()()()()()()()ように出した、捨て駒になる事も考慮に入れた手だったワケだ。

 

 策の失敗の可能性に目を向け、そうなっても次に繋がるように第二、第三の策の布石を予め仕込んでいく。

 

 そのやり方は、東のそれに近い。

 

 最高の結果を目指すのではなく、致命的なリスクの回避を最重要視しつつ最低限の戦果だけは確実に取得する。

 

 博打は絶対に撃たず、ただひたすらに確実性とリスク回避を最優先に動く。

 

 そして、自分の策を決して絶対視せずに常に失敗した時の()()を怠らない。

 

 成功ではなく、()()()()()()()()()()を念頭に置くそのやり方。

 

 堅実で、それでいて隙のない戦術理論。

 

 まさに、東が敵となったかのような感覚。

 

 それを、二宮はハイレインとの相対によって感じていた。

 

 迅から、たった今報告は来ている。

 

 曰く、自分たちが相手をしていた黒トリガー使いが転移を用いて移動したと。

 

 間違いなく、犬飼達を落としたのはその黒トリガー使いだ。

 

 しかも、今しがた辻から入った報告によればその相手は既に転移を用いて消えているという。

 

 ────────────────特機戦力の居場所を、()()()()()()()()()────────────────

 

「…………!」

 

 不意に、先程のハイレインの言葉が蘇る。

 

 彼が語った、()()()()

 

 あれは恐らく、生駒達だけを指した言葉ではない。

 

 それまでの経緯を鑑みるに、その言葉が指す意味は────────。

 

 

 

 

「随分な強者とお見受けする。私は、ヴィザ。アフトクラトルの剣士です」

「あなたが、慶を斬った剣士か。成る程、まさかこれ程の相手とは」

 

 南西部、警戒区域付近。

 

 ヴィザが向かったのは、この場所。

 

 即ち、他では対処の難しい特機戦力────────────────忍田と、相対する為に。

 

 現れたヴィザを前に、忍田は戦慄していた。

 

 対峙しただけで、分かる。

 

 これは、自分より遥かに格上の剣士だ。

 

 忍田は、自分の実力を謙遜してはいない。

 

 剣の道に生きた者として、頂点に近い位置にいると自負している。

 

 少なくとも、この世界では。

 

 そう簡単に負けるような修練を、積んで来たつもりはない。

 

 だが。

 

 この翁は、文字通りの別格だ。

 

 途方もない戦闘経験、年月に裏打ちされた実力。

 

 想像すら出来ない規模の研鑽と、潜って来た修羅場の数々。

 

 それが可視化したかのような凄絶な闘気を、この老剣士は纏っている。

 

 剣の達人は、相手を見ただけでその実力の程が分かるという。

 

 だからこそ、理解出来る。

 

 この翁は、自分でも届き得ない剣の高み────────────────紛う事なき()()、その位階に立つ者であると。

 

 迅が勝てない、と断言したのも頷ける。

 

 相対した時点で、敗北が確定する。

 

 これは、そういう類の脅威だ。

 

 忍田(じぶん)でさえ、単騎ではいつまで保つか分からない。

 

 何せ、あの小南に攻撃を当て、迅でさえも未来視をフルに使わなければ抵抗すら許されなかった相手だ。

 

 早々負けるつもりはないが、勝てるとも言い切れない。

 

 むしろ、負ける可能性の方が遥かに高いだろう。

 

 迅から、この剣士の戦闘については伝え聞いている。

 

 文字通り目にも止まらぬ、高速多重斬撃。

 

 太刀川の情報が正しければ攻撃の軌道は円形らしいが、それが分かったとて不可視を実現するだけの神速の斬撃などいつまでも避けきれるものではない。

 

 むしろ、副作用(サイドエフェクト)の恩恵があったとはいえこれまで継戦出来た迅達の方が例外なのだ。

 

 かといって、ヴィザを放置する事は出来ない。

 

 此処で忍田が撤退すれば、恐らく彼は今と同じように転移で別の場所に向かい手当たり次第に隊員を斬り捨てていく筈だ。

 

 出会えば致死確定の超越的な実力者が、転移で好き放題に送り込まれる。

 

 これ程の悪夢は、他にはない。

 

 これまでそうしなかったのは、恐らく自分達────────────────温存していた戦力が出て来るのを、待っていた為だ。

 

 市街地にラービットを送り込んだ真の狙いは、これだろう。

 

 C級の防衛に加え、市街地の破壊という事態に陥らないようにする為には忍田達温存戦力を放出する必要があった。

 

 あわよくばC級を捕獲しようとしたのも嘘ではないだろうが、それは「可能なら儲けもの」程度の認識でしかなかった筈だ。

 

 あくまでも本命は、戦力の炙り出し。

 

 炙り出した戦力の下へヴィザを送り込み、各個撃破していく。

 

 それが、向こうの予定していた本命の策。

 

 ヴィザという絶対的な戦力がいるからこそ可能となる、ある意味で力押しの一手。

 

 最初のトリオン兵大量展開も、ラービットの投入も、人型近界民(ネイバー)との戦闘も含めて、全て。

 

 こちらの戦力の()を見極め、ヴィザが暴れる為の下地を作る事が目的だったのだ。

 

 此処でヴィザを放置すれば、間違いなくボーダーの戦力は加速度的に削り取られていく。

 

 それだけの力量を、彼は持っている。

 

 まともにヴィザと相対して生きていられる者は、ボーダーの中でも数える程だろう。

 

(私なら、抗戦は可能だろう。だがその場合、新型の抑制が緩んでしまうな)

 

 かといって、此処で忍田が戦闘に応じても問題は残る。

 

 即ち、ラービットの抑止力の減少だ。

 

 現在、敵が新型(ラービット)を大量投入して来ないのは忍田のような単騎で殲滅可能な駒がいるからだ。

 

 下手に放出してもその端から削られる以上、戦力の放出に意味はないどころか無駄ですらある。

 

 だからこそ敵はラービットの大量投入をして来ないのだろうが、忍田が此処でヴィザ相手に戦闘を始めてしまえばその前提が覆る。

 

 これまでラービットを殲滅して来たのは小南、太刀川の二人。

 

 同様に忍田、沢村も同じように殲滅が可能だ。

 

 生駒の場合は単騎撃破は可能だろうが、駆逐スピードは他の者と比べれば劣る。

 

 特に今の生駒は隊員を落とされた状態である為、スムーズな殲滅とまではいかないだろう。

 

 小南は片手を失い大斧が使えなくなっているし、太刀川は目の前のヴィザに落とされた。

 

 此処で忍田がヴィザ相手に戦えば、単騎で殲滅可能な駒は沢村のみとなる。

 

 そして当然、一人ではカバー出来る範囲に限界がある。

 

 その隙をラービットの大量展開で押し切られる可能性は、0ではない。

 

 当然、これは向こうも分かっている筈だ。

 

 だからこそ、すぐに落とせる相手ではなくこちらの駒でも有数の強さを持つ忍田の下へやって来たのだ。

 

 忍田をこの場に押し留め、ラービットの抑止を外す為に。

 

 ラービットは忍田にとっては殲滅可能な雑兵でしかないが、B級隊員では相手をするには厳しく、A級ですら食われかねない強力なトリオン兵だ。

 

 その抑止力がなくなってしまえば、どれだけの被害が出るかは言うまでもない。

 

 市街地への侵攻や、C級の鹵獲。

 

 それらの避けなければならない事態が、引き起こされてしまう。

 

 それは当然看過出来ないが、同時に此処でヴィザを前に撤退した場合は更に事態が悪化する可能性がある。

 

 彼を放置する事で、こちらの戦力が根こそぎ落とされてしまう。

 

 そんな想像は、決して過大な危惧ではない。

 

 実際に、ヴィザを放置すれば高確率で起こり得る未来。

 

 それもまた、同様に看過する事は出来ない。

 

 他の者がヴィザを押し留める事が出来れば忍田はラービットの抑止に向かえるが、それもまた難しい。

 

 ヴィザ相手に抗戦が可能な者は、ごく僅か。

 

 迅と小南がいる場所の付近は星の杖によって地形が斬り裂かれている為、無事なスイッチボックスがある場所まで向かうには時間がかかる。

 

 同じく新型殲滅が可能な沢村を呼び寄せては本末転倒だし、生駒も単騎でこの相手に抗戦するのは厳しいだろう。

 

「────────────────そうか。君が、来たか」

「はい。迅さんからの頼みですので」

 

 故に。

 

 ()が姿を見せた時、忍田は得心した。

 

 成る程、彼ならば。

 

 この剣聖相手でも、時間稼ぎは可能だろう。

 

 加えて、彼の能力は殲滅には向いてはいない。

 

 そういう意味で、この場を任せるには適役と言えた。

 

「此処は、任せて下さい。あの剣士は、俺が相手をします」

 

 彼は、七海玲一は。

 

 そう言って、不敵な笑みを浮かべて見せた。

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