「いいだろう。任せたぞ、七海くん。私は新型の対処に専念する」
「承りました────────────────行って下さい」
「ああ、健闘を祈る」
七海はそう告げ、忍田を送り出す。
ラービットの抑止力になる為には、忍田を
だからこその、選手交代。
今後忍田は、新型が現れた時に即座にその場に駆けつけてそれを撃破する
それは同時に人型相手に忍田という大駒が使えなくなる事も意味しているが、背に腹は代えられない。
「ふむ、黙って逃がすとお思いですかな?」
だが無論、それは相手も承知している。
此処で忍田を足止めし、ラービットの抑止力を減らす事こそがこの翁の目的。
故に忍田をこのまま行かせるつもりはなく、当然ながら攻撃を加えようと動く。
「させませんよ」
「────────! ほぅ」
しかし、ヴィザが攻撃の気配を纏わせた刹那。
建物の隙間から、無数の弾幕が蛇のようにうねりながら翁を包囲。
四方から、一斉に弾幕が降り注ぐ。
「成る程」
「…………!」
だがそれを、ヴィザは不可視の────────────────何らかの高速斬撃により、
数十に分かれた弾丸、しかも変則的な軌道で進む射撃────────────────それらの悉くを
アフトクラトルの剣聖、ヴィザの見せた力の一端。
これで落とせるとまでは思っていなかったが、まさか斬撃で弾幕を撃ち落とされるとまでは考えてはいなかった。
あの小南や迅を圧倒した実力は、伊達でもなんでもない。
「良い攻撃でしたな。相当、攻撃を迂回させたのでしょう。今の一撃を以てしても、発射元が分からないとはね────────────────加えて、最低限の目的は果たされたようだ」
しかし、一瞬の────────────────いや、刹那の隙を作る事には成功した。
今の弾幕への対処へ意識を割いた僅かな隙に、忍田は近くのスイッチボックス設置場所まで移動。
ヴィザの再攻撃準備が完了するまでに、転移を実行してみせた。
これで、最低限────────────────忍田をこの場から逃がすという目的は、達成した事になる。
「良い腕、そして策ですな。標的をみすみす見逃す事になるとは、私も衰えましたかな」
「────────」
「おや、お喋りはお好きではないのですかな? 沈黙もまた交渉術の一つですが、それ一辺倒では出来ない事もある。そのあたり、まだ若さが垣間見えます────────────────もっとも、貴方が良き戦士である事に間違いはなさそうだ」
ヴィザは忍田を逃がすという失態を演じたにも関わらず、泰然としている。
この様子だと、忍田の足止めはあくまでもプランの一つ────────────────つまり、果たされなくてもそこまで大きな影響はない。
否。
矢張り、敵の指揮官は厄介極まりない。
失敗すらある種の前提として、複数の策を予め作戦に組み込んでおく。
二重三重どころか、一体幾つ
そして。
(この老人が、敵の
その大胆不敵にも思える作戦を支える敵の
忍田が危惧した通り、この翁を先程の転移で戦場の各所に送り込むだけで甚大な被害が齎されるであろう事は言うまでもない。
彼を自由にすれば、比喩抜きでこちらの
これは、そういう類の脅威だ。
だからこそ、此処で七海が果たす役割は大きい。
距離を取って潜伏している那須と二人で、何処までこの翁に食い下がれるか。
それが、この大規模侵攻の趨勢を決める一因である事は言うまでもない。
────────────────今回の大規模侵攻、お前はきっと、とんでもなく
────────────────正直、お前がその相手との戦いで時間を稼げるかどうかが、未来の分かれ目になる。だが、言うまでもなく難問だ。お前には、辛い役目を押し付ける事になる────────────────
ラウンド4の後、玉狛支部での迅の言葉を想起する。
彼の語った
迅の
「────────」
正直、こうして相対して改めて理解する。
これは、単騎で戦ってどうにかなる相手では無い。
否。
単騎だろうと、数人がかりだろうと、この翁の重ねた
常に格上と戦う経験を積み続け、上の領域が見え始めた七海だからこそ分かる。
これは、
那須の射撃援護があるとはいえ、隠密を第一に潜伏している為に支援が届くまでには相応のタイムラグがある。
万一位置が露見してしまえば、その時点で即死。
今のやり方ですら、ギリギリなのだ。
流石にこれ以上近付けば露見しかねない為、那須の援護を当てにし過ぎるワケにもいかない。
体感としては、一人でヴィザに挑む事となんら変わりはない。
手の震え、足の硬直を気合いで押し留める。
精神論だけでは勝てない事は理解しているが、此処は気合いを入れなければそもそもお話にならない。
最高峰の位階に立つ剣聖、剣士の極地の放つ闘気。
それを直に浴びて、戦意を失わない事こそが第一。
その
「────────────────ふむ、どうやら中々見どころのある御仁の様子。予想以上に、楽しめそうだ」
「────────!」
洗礼を潜り抜けた七海を見据え、ヴィザは好好爺じみた笑みを捨て────────────────戦場に生きる、修羅としての顔を覗かせる。
戦いをこそ楽しみ、血華咲き誇る戦場でこそ己の命を実感する修羅。
その戦鬼の瞳が、七海を捉える。
これ以上ない、戦場での死合いの相手として。
ヴィザは凄絶な笑みを浮かべ、その手に掲げた杖剣を構える。
「私はアフトクラトルの剣士、ヴィザ。さあ、死合うとしましょう────────────────若き、
『敵の黒トリガー使いは、七海と交戦を開始。忍田さんは新型の歯止めとなる為、一時戦域から離脱した。そちらは気にしなくて良い。目の前の相手に集中しろ』
「了解」
「ええ」
「了解しました」
東の通信を受け、二宮達は頷く。
元より心配はしていなかったが、七海が敵の最高戦力を相手取ったのならばそれで良いと二宮は判断した。
元より、七海の適正は攻撃よりも防御にある。
高い機動力と
守る戦いでこそ、彼は真価を発揮する。
それは、最終ROUNDで彼とやり合った二宮だからこそ充分に理解している。
たとえ圧倒的な格上相手だろうが、七海であれば時間稼ぎを成し遂げると。
そう、信じているのだから。
その笑みの理由を見抜いた加古はニヤリと笑い、同じような事を考えていた三輪は微妙な顔をしつつ改めて目の前の敵に向き直った。
敵の指揮官、ハイレイン。
彼はヴィザが想定外の相手に足止めされた今も尚、冷や汗一つかかずに平静を保っていた。
「成る程、ヴィザが足止めされたか。防衛戦に特化した駒の一つは温存していてもおかしくないとは考えていたが、まさかあの翁相手に瞬殺されないだけの者がいるとはな」
ハイレインの言葉は、ある程度は真実だ。
小南と迅という最高峰の実力者二人を足止めした上で尚、ヴィザ相手に時間稼ぎが出来る駒が在る。
確かにこれは、驚嘆すべき事実である。
だが。
「仕方がない。ヴィザとの合流は、後回しだ。此処でお前たちを撃破し、金の雛鳥を鹵獲する────────────────抵抗が無駄である事を、早めに理解する事を願おう」
「…………! 来ます…………っ!」
それもまた、想定
確かに、驚きはした。
だが、だとしても策が何もない事とイコールではない。
二宮達を撃破し、千佳を捕獲する。
字面だけ見れば、力押しなだけの脳筋戦術にも思えるだろう。
されど。
ハイレインは、指揮官だ。
指揮官が力任せの戦法しか取れないというのでは、話にならない。
幾ら黒トリガーが強力とはいえ、彼はそれだけで勝ち誇るような暗愚ではない。
故に。
「────────!」
ハイレインを囲むように開いた、四つの黒い穴。
そこから、四体のラービットが出現し────────────────彼を狙っていた弾丸、それを腕の装甲で受け止めた。
撃ったのは、当然東だ。
彼はハイレインが攻撃態勢に移るのを見てその隙を牽制の意味を込めて狙撃したが、結果出て来たのがこの四機のラービットというワケだ。
ラービットの色は、白。
即ちどれも通常個体ではあるが、明らかに遠距離タイプのハイレインの
忍田などの一部からすれば雑兵扱いのラービットであるが、その装甲はアイビスの弾丸を止めるレベルの強度を持つ。
単純な盾として、これ以上ない配役と言える。
「ち、面倒な…………っ!」
加えて、ハイレインの黒トリガー────────────────
卵の冠は、トリオンで出来た物体を強制的にキューブ化する力を持つ。
しかしそれは裏を返せばトリオン以外の物質────────────────瓦礫や物理現象はどうにもならない事を意味していたが、ラービットの存在がその弱点を補強する。
トリオンの攻撃ならば、卵の冠の生物弾で。
それ以外の攻撃は、ラービットで。
それぞれ受ければ、隙は生じない。
そういった意味でも、厄介極まりない
「────────」
妨害を排除した事で、ハイレインが攻撃に移る。
空を舞う、無数の鳥の弾丸。
生物そのものを思わせる動きで、空を埋め尽くすように放たれた白い鳥が二宮達へと襲い掛かる。
「ち…………っ!」
二宮はそれを、
同時に、加古も同様の手で生物弾を撃ち落としていく。
三輪はその隙に突貫────────────────しようとして、足元の違和感に気付き後退。
地面を這う蜥蜴型の弾丸を銃撃で霧散させ、舌打ちする。
「気を付けて下さい…………っ! 派手な鳥の弾を囮に、見つかり難い陸上型の生物弾も撃って来ています…………っ!」
「分かっている」
「了解」
大量に空に展開した鳥の弾丸は、あくまでも陽動。
本命は、巧妙に潜ませた陸上型生物の弾丸。
上に気を取られてしまえば、どうしても
そういった人間の心理を利用した、巧妙でいやらしい戦術だ。
遊びの余地を排し、何処までも効率を重視したやり方。
確かにこの相手は、東に似ている。
その厄介さ、敵に回した場合のいやらしさも含めて。
「よく気付く。そして抜け目ないな────────────────もう一人を、背後からの奇襲に使った事も含めてだが」
「…………!」
ハイレインはそう言って、背後に向かって無数の鳥を放つ。
そこには、槍弧月を構えた米屋が攻撃の隙を伺っていた。
米屋は二宮と加古の二人の弾幕に紛れ、密かにハイレインの背後へと移動していた。
死角からの攻撃を狙っていたのだが、どうやら見抜かれていたらしい。
「しゃーねぇ…………っ!」
米屋は即座に撤退を決め、後退。
敵に気付かれた上での奇襲など、
故に無理な攻撃続行は行わず、態勢を立て直す。
その判断は、決して間違ってはいない。
「な…………?」
これは、ただ。
そんな米屋の想定を、ハイレインが上回っただけの話だ。
後退した米屋は、地面から伸びた刃によって貫かれた。
それは、その黒い刃は。
報告にあった、黒トリガー。
「…………っ!」
泥の王の使い手、エネドラは撃破された。
それは、間違いない。
だが。
泥の王、その能力。
それを
即ち、泥の王の能力を再現したラービットが。
「ち…………っ!」
米屋はトリオン体が崩壊を始める前に、旋空を起動。
背後にあった建物を斬り裂き、その内部にいた紫色のラービットを両断した。
『トリオン漏出過多。
だが、出来たのはそこまで。
ただでさえトリオン量の少ない米屋は旋空で無理をしたのが決め手となり、トリオン漏出により脱落。
光の柱となって、戦場から消え去った。
「良い練度だ。連携も出来ている。研鑽の成果も見える」
それを見届けたハイレインは淡々に────────────────されど、勝ち誇るように告げる。
「だが、勝負は
黒トリガー、卵の冠の主。
遠征部隊の指揮官であり、アフトクラトルの領主。
ハイレインは、冷淡にそう告げた。
旧東隊、彼等と戦端を開く────────────────その、宣戦布告として。
冠を頂く、王との戦いが始まる。