(今のは────────────────あの転移トリガーで、直接建物内に新型を転送して攻撃させたのか)
米屋が緊急脱出するまでの顛末を見ていた東は、何が起きたかを明確に理解する。
ラービットが潜んでいた建物は、ごく普通の家屋だ。
少なくとも、ラービットのようなサイズのトリオン兵が外壁も壊さず入る事は不可能。
しかし、家屋にそういった破壊痕は見当たらなかった。
となれば、正解はおのずと導かれる。
即ち、あのラービットは転移トリガーを使って直接建物の中に
今しがた行ったように、液状刃による奇襲を成功させる為に。
あの泥の王を再現した液状刃の攻撃は、来ると分かっていなければ察知はかなり難しい。
少なくとも、菊地原のような感知系
当然、あくまで再現しただけのラービットでは黒トリガーの齎していた圧倒的な射程や攻撃速度までは望めないだろうが────────────────それでも、初見殺しとして有効である事に変わりはない。
液状刃型のラービットはこれまでにも撃破が確認されているが、それはあくまで正面から相対した場合だ。
組まれたプログラム通りに動くトリオン兵の自立戦闘だけではその性能を使いこなせてはいなかった為そこまでの脅威にはならなかったが、今回の場合は話が別だ。
更に転移トリガーによる支援と組み合わさる事によって、その脅威度は何倍にも膨れ上がっている。
目に見える脅威である、
連携して来るラービットに、自身は決して姿を見せず支援を続ける転移トリガーの使い手。
ただでさえ最上級の敵個体であるハイレインの脅威度は、転移トリガーとラービットという二つの要素が結合する事で数倍どころか数乗に跳ね上がっている。
先に倒されたという黒トリガーの使い手も脅威ではあったが、潜在的な脅威度で言えば比較にならない。
(まあ、ワープ使いの女も黒トリガーだというし、実質黒トリガー二つが同時に襲ってくるようなものか。こいつは、キツイな)
あの場には、二宮を含めボーダーでも有数の精鋭────────────────自身が以前率いていた部隊、旧東隊の面々が揃っている。
通常ならば、大抵の相手にはまず負けない布陣。
トリオンの暴威の塊である二宮に、状況に合わせ臨機応変且つ変幻自在な戦術が可能となる加古。
そして鋭い突破力と対応力を持った三輪に、戦術家の極地たる東。
彼等が揃えば、大抵の敵は駆逐出来る。
だが。
その彼等をして必ず勝てると言い切れないのが、ハイレインの敷いた布陣だ。
トリオン体及びトリガーへの実質的な特攻兵器である黒トリガー、
自在なワープを可能とする
この陣は、間違いなくこの戦場で最大規模の脅威となる。
個で一騎当千を実現するヴィザとは対極の、
ボーダーが当たり前のように扱っている、連携の強み。
それを黒トリガーという高出力且つ高性能な代物で実現しているのが、今のハイレインである。
黒トリガーは、それ一つだけで国のパワーバランスを傾ける程度の力を持つ。
それが、複数同時に襲い掛かって来るという理不尽。
今直面している脅威、その本質。
黒トリガーの性能や出力に任せて暴れるのではなく、その性質を理解し最大効率で戦果を叩き出すその手法。
それはまさに、東の戦術を黒トリガーの出力で実現したかのような悪夢だろう。
実際、似たようなものだ。
ハイレインはその戦術方針も、東と似通っているのだから。
(米屋が脱落したのは痛いが、まだ取り返せるレベルの損失だ。無論プランを修正する必要はあるが、問題は相手が何処までの手を隠しているかだな)
こういった初見同士の戦いでは、先に手札が尽きた方が不利になる。
かといって、手札を出し惜しみしていてはこの相手にはまず勝てない。
大事なのは、手札を切るタイミングだ。
それは、向こうとて分かっている筈。
東は敵の指揮官を自分と同程度の戦術レベルと仮定し、思考を加速させる。
この戦い、この局面に。
彼なりの指し手で、勝利する為に。
「────────────────指示を出す。まずは、情報を引き出せ。だが、これ以上の損失は看過出来ない。落とされない範囲で、敵の手札を引き出してくれ」
「あらあら、東さんったら中々無茶な事言うわね」
「自信がないなら引っ込んでいろ」
「それはこっちの台詞よ。貴方こそ、良い恰好しようとしてトチらないでね」
東の指示を聞き、加古と二宮は普段通りにいがみ合う。
とはいえ、警戒は微塵も緩んではいない。
その証拠に二人は罵り合いつつも周囲への警戒は欠かしてはいないし、いつでも動けるように構えている。
隙と看做して踏み込んで来る事も期待したが、どうやらハイレインは思った以上に慎重らしい。
彼等のやり取りを眺めながら、機会を伺っているようだ。
「二宮さん、俺が突っ込みますか?」
「いや、お前なら突破出来るだろうが敵の手札の
「了解しました」
三輪は二宮に返答すると、拳銃を構えた。
確かに彼の格闘センスならあの生物弾の群れを潜り抜ける事も、不可能ではない。
だが、まだ敵の情報が足りなさ過ぎる。
エネドラの
それを知らなければ、黒トリガーを攻略する事など出来はしない。
エネドラの場合は何もせずとも彼の方から躊躇いなく手札を切ってくれていたが、ハイレインはそこまで甘くはないだろう。
だからこそ、手札を切らせる為には相応のやり方が必要となる。
手札を切らざるを得ない────────────────そういった状況に追い込む、もしくは誘い込むやり方が。
攻略の筋道を立てるのは、それからだ。
幾ら東が戦術家の極地といえど、情報がなければ有効な作戦を組み上げる事など出来ないのだから。
「行くぞ」
「了解」
「命令しないでよ」
二宮の号令で、三者が一様に攻撃準備を整える。
そして。
二宮は、アステロイドを。
加古は、ハウンドを。
三輪は、バイパーを撃ち放った。
ハウンドとバイパーが、生物弾の隙間を抜けるように飛び交い。
普段よりも更に細かく分割された二宮のアステロイドが、ハイレインへと降り注ぐ。
「無駄だ」
ハイレインはその攻撃に対し、ラービットを動かす事で対応。
同時に、周囲を旋回する形で新たな生物弾────────────────魚型の弾を、展開。
ハウンドはラービットの腕部装甲によって弾かれ、アステロイドは魚弾によってキューブ化した。
「…………!」
だが、三輪のバイパーは文字通り蛇のような弾道により、その防御を突破。
後方を経由し、ハイレインに降り注ぐ。
「無駄だと言った」
「…………っ!」
されど、ハイレインはその攻撃にも対応。
降り注ぐバイパーの存在する個所の生物弾を霧散させ、そこにラービットを移動。
その影に隠れる形で攻撃を凌ぎ、三輪の弾丸は全てラービットの装甲で受け止められた。
「まだだ…………っ!」
しかし、攻撃は終わってはいない。
三輪はマガジンを装填し、即座に銃撃を敢行。
狙うは、たった今ハイレインを庇ったラービット。
されど、通常の弾丸ならばラービットの装甲を貫く事は出来ない。
しかしボーダーのトリガーの詳細を知らないハイレインは、ラービットに腕部装甲での防御を指示。
威力の高い弾丸である可能性を考慮し、堅実な防御を選択した。
「馬鹿が」
だが、それこそが三輪の狙い。
彼の弾丸は着弾と同時に、重石へと変化。
ラービットは腕に無数の重石を撃ち込まれ、ハイレインを巻き込む形で倒れ込む。
「今ですっ!」
「────────アステロイド」
三輪の攻撃の結果を確認した二宮は、即座にアステロイドを発射。
今の攻防で、一つ分かった事がある。
それは、生物弾そのものの速度はそこまで速くはない、というものだ。
確かに、ある程度の弾速はある。
少なくとも、エネドラの
だが、たった今ハイレインはバイパーを生物弾ではなくわざわざラービットを使って防御した。
それはつまり、生物弾の速度ではバイパーに対応しきれなかった事を意味している。
加古のハウンドまでは生物弾の
だからこそ、生物弾を一部
恐らく、あの黒トリガーのトリオンはその特殊性に大半が費やされているものと予想出来る。
少なくとも、攻撃速度に特化した風刃のような理不尽な弾速は出ないであろう事は予想出来る。
だからこそ、この一手は
今、ハイレインは鉛弾を撃ち込まれたラービットの下敷きになっている。
弾丸と異なり、トリオン兵は邪魔になったからといってすぐさま破棄する事は出来ない。
ハイレインのトリガーに物理的な破壊力が皆無である以上、力づくで退ける事も叶わない。
つまり、たった今ハイレインは身動き出来ない格好の隙を晒しているワケだ。
そこを逃す、二宮ではない。
今、ハイレインを守る生物弾はラービットを動かす為に破棄した分防衛網に穴が空いている。
二宮の弾丸はそこを突く形で降り注ぎ、そして。
「…………!」
「…………っ!」
「ち…………っ!」
────────────────ハイレインの上に倒れ込んだラービット諸共、その弾丸は砲撃によって吹き飛ばされた。
爆煙の向こう。
そこには、微かに。
空間に空いた黒い
「────────────────転移トリガーを使って、
「どうやら、そのようね」
「ふざけた真似を…………」
二宮はその絡繰りを、即座に看破する。
何が起きたか。
それは、言葉にすれば簡単だ。
即ち、転移トリガーを使って敵は砲撃
敵の転移トリガーはボーダーのものとは違い、空間同士を繋いでその
今回の場合はその「窓」を砲撃が通る範囲まで開き、何処かに配置していた砲撃型ラービットにそれを通して砲撃を撃ち込ませたのだ。
先程のようにトリオン兵本体を近くに転送するのではなく、攻撃のみを送り込む手法。
これは、かなり厄介だ。
何せ、先程米屋がやったように
砲撃型のネックは砲撃の瞬間核を露出させてしまう事だったが、このやり方なら窓を開くのは砲撃準備が整った
これまで通用していた砲撃発射までの隙を利用する撃破方法は、これでは意味を成さない。
何せ、向こうのラービットの位置が分かっていないのだ。
逆に言えばそれさえ分かればどうとでもなるが、すぐに分かるようなものでもない。
加えて、
砲撃型ラービットの砲撃は、かなりの威力を持っている。
大抵の障害物は薙ぎ払えるし、余波だけでもかなりの衝撃が発生する。
これで、物理的な障害物には無力であると言う卵の冠の弱点はほぼカバーされた。
先程の液状刃型といい、ラービット特殊個体の性質を最大限に活かした戦い方である。
これまでは小南達に一蹴されていただけのラービットであったが、ハイレインがその頭脳となる事でトリオン兵所以の欠点がなくなるどころか
ハイレインと、ラービット、そして空間操作転移トリガーによる三位一体の連携。
これを突破するのは、骨が折れそうだ。
「────────────────大分苦戦してるみたいっすね、二宮さん。旧東隊が揃ってるにしちゃ、ちょいと不甲斐ないんじゃありません?」
そこに。
「相手が相手だ。幾ら二宮さんたちとはいえ、手が足りない事もあるだろう」
二人の援軍が、姿を見せた。
一人は、飄々とした金髪の少年、出水公平。
もう一人は黒髪の端正な顔立ちの少年、烏丸京介。
「助太刀に来ました。そいつ等にゃあ太刀川さんをハメられた借りもあるんで、それを返すのをちょいと手伝って貰えませんかね」
「微力ながら、支援を行います。どうか役立てて下さい」
二人はそう告げて、不敵な笑みを浮かべる。
隊長を欠いた旧太刀川隊の二人が、旧東隊の面々と合流した瞬間だった。