痛みを識るもの   作:デスイーター

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卵の冠④

「なー、京介。ちょいと提案があるんだが、良いか?」

「なんすか?」

「おう。どうやら東さん達が、敵の指揮官っぽいのとぶつかってるみてーなんだけどよ────────────────いっちょ、手伝いに行かねーか?」

 

 数分前。

 

 発端は、出水と烏丸は遭遇したトリオン兵を片付けた後のそんな会話だった。

 

 二人は太刀川が落とされた後、影浦とは別れて二人でトリオン兵を処理しながら警戒区域内を歩いていた。

 

 その最中の、出水の提案。

 

 それは、敵の首魁と戦っている東達への増援の誘いだった。

 

「いいんすかね? 迅さんからは、何も言われてませんけど」

「その迅さんだって、敵のやべー奴と戦ってて碌に予知に目を向ける余裕なかったんじゃねーか? もしそれが出来てたら、太刀川さんに一言くれーあっても良かった筈だし」

「成る程」

 

 確かに出水の言う通り、太刀川は敵の策に嵌められて落とされたワケだが、それに関して迅からの事前の警告は何もなかった。

 

 予め分かっていたなら忠告の一つでもあっておかしくはなさそうだが、それもなし。

 

 となるとあの作戦は敵がこの侵攻中に立案したものであり、迅にとっては()()した未来の分岐の一つに当たる。

 

 それに気付けなかった────────────────警告出来なかったという事は、それが出来る状況になかったという事。

 

 迅の未来視の仕組みについてそこまで詳しいというワケではないが、充分有り得る話だ。

 

「だったら、こっちの判断で動いてもいー筈だろ。迅さんだって、別に神様じゃないんだ。取りこぼしはあって当然だし、全部が全部おんぶ抱っこじゃ恰好つかねぇだろ」

 

 それに、と出水は続ける。

 

「────────────────太刀川さんがな、言ってたんだよ。もし予想外の事が起きて迅から何も連絡がなきゃ、好きに動けって。あの人、戦闘に関する直感だけはとんでもねーし信じてみていーんじゃねーか?」

「そういう事ですか」

 

 そこまで聞いて、烏丸は得心した。

 

 出水は何も、当て推論で適当を言っているワケではない。

 

 これまでの経緯と、伝え聞く戦場の推移。

 

 そして何より戦闘に関しては凄まじい直感の働く太刀川の言葉を総括して思考し、()()()()()()()と判断しただけだ。

 

 加えて、合理的でもある。

 

 正直に言って、出水はボーダーの中でもかなりの()()に位置する戦力だ。

 

 二宮という例外を除けばかなり高いトリオン量を誇り、技量も超一流の天才。

 

 ハッキリ言って、通常のトリオン兵相手ならオーバーキルも良い所の戦力である。

 

 その戦力をこうして雑兵殲滅に使うのは、確かに効率的ではない。

 

 ハッキリ言って、新型を除く殆どのトリオン兵は正隊員であれば苦も無く撃破出来るのだ。

 

 出水ほどの大駒を雑魚掃除で扱うのは確かに効率の観点から見れば良くはないし、かといってラービットへの抑止であれば忍田と沢村がいる。

 

 無論出水とてラービットの撃破は可能だろうが、ブレード使いの二人と比して射手である彼があの装甲を抜くには相応のトリオンが必要になる。

 

 サポーターとしてあらゆる状況に適応出来る出水という駒を遊ばせるという選択肢がない以上、効率度外視で新型の抑えとするか何処かへ援軍へ行くかの二択となる。

 

 現在の状況を鑑みて出水が推している選択肢が、後者であるというワケだ。

 

「敵はどうやら遠距離タイプみてーだし、新型も連れてるらしい。だったら、撃ち合いが出来る俺と新型をブレードで叩っ斬れるおめーが行った方が何かと都合がいいんじゃねーか?」

 

 加えて、烏丸という駒の性質もある。

 

 現状、敵の指揮官を相手取っている旧東隊の面々は弧月使いが三輪しかいない。

 

 そして三輪は旋空をセットしておらず、新型の撃破自体は可能だが鉛弾を用いた絡め手的な戦いとなり効率はさして良いとは言えない。

 

 三輪は基本的に強敵との1対1で真価を発揮するタイプの駒であり、どちらかというと()()に特化した能力を持っている。

 

 だからこそ、旋空をセットして来た烏丸という駒が向かう事に意味がある。

 

 彼等の中で唯一旋空を使っていた米屋が真っ先に狙われ落とされたのも、恐らくはそういう理屈だ。

 

 敵が優先的に米屋を狙ったのは、旋空の存在にあると出水は分析している。

 

 旋空はノーマルトリガーの中でも、巧く使えば一撃でラービットを撃破出来る可能性を持ったトリガーだ。

 

 二宮の徹甲弾(ギムレット)でも装甲の貫通は出来るだろうが、どちらのトリオン消費がデカイかは瞭然である。

 

 だからこそ、少ないトリオンでラービットを殲滅出来る米屋が標的とされたワケだ。

 

 護衛であるラービットの()()()()を、少しでも上げる為に。

 

「それによ、こいつは個人的な理由なんだが」

 

 戦況を正確に把握し、根拠に基づいた理屈。

 

 それを語った上で、出水は。

 

「────────────────うちの隊長がハメられて黙ったままってのは、癪だろ?」

「ですね」

 

 敢えて感情論を、この場で口にした。

 

 それはきっと、かつて同じ部隊で戦っていた烏丸への配慮だろう。

 

 戦場では、卑怯などという言葉は通用しない。

 

 如何なる戦術であろうとやられた方が悪いのであり、戦術自体の是非を問う事はナンセンスだ。

 

 だが。

 

 それでも、太刀川慶という敬愛する剣士を不意打ちで落とされた事に対して、何も思うところが無いと言えば嘘になる。

 

 無論、感情だけで動くような暗愚な真似はしない。

 

 されど、口実があるなら話は別だ。

 

 あくまでも実利に基づき、論理的に問題がないのであれば。

 

 太刀川がやられた意趣返しをやりに行っても、良いだろうと。

 

 出水と烏丸の意見が、ピタリと一致した瞬間であった。

 

「じゃあ、行くとすっか。一応、東さんに話は通しておくぞ。到着までには、俺らの使()()()を考えてくれてるだろーからな」

 

 

 

 

「出水…………」

「よう三輪、助太刀に来たぜ。東さんにゃ話は通してあるから、文句は言いっこなしだぜ」

 

 救援に現れた出水を見据える三輪に対し、彼はそう言って朗らかに笑う。

 

 だが、三輪の眼には見えていた。

 

 出水の瞳に宿る、燃え盛る闘志を。

 

 恐らく、この場に現れた理由の一つは太刀川がハメられた意趣返しもあるのだろう。

 

 しかし、かといって無謀な突撃をかますような気配はない。

 

 東に話を通してあると言っている以上、指揮権は東に移譲していると見て間違いない。

 

 出水自身優秀なブレインであるが、流石にその道の極地である東には及ばない。

 

 彼等を含めれば5人を指揮する事になるが、東なら問題はないだろう。

 

 東春秋に限って、処理能力の許容限界でミスをするといった事は有り得ないのだから。

 

『到着したな、二人共。早速で悪いが、もう少し相手の手札を見ておきたい。射撃中心で援護を頼む』

「「了解」」

 

 出水の目論見通り彼等の使()()()を既に考えていた東からの通信を受け、二人は頷いた。

 

 烏丸は、弧月を。

 

 出水はトリオンキューブを展開し、戦線に加わった。

 

「エネドラを倒した兵の一人か」

「てめーが指揮官か、わくわく動物ヤロー。新型の下敷きになる無様を晒したにしちゃ、えらそーじゃねーか」

「部下の前では威厳を保つ必要はあるが、戦果を持ち帰る事に比べれば優先度は落ちる。残念だが、その挑発は的外れと言わせて貰おう」

 

 挑発の言葉に対し、ハイレインはあくまで冷静に応じる。

 

 これがエネドラであれば即座に怒り心頭になって攻撃が雑になる所であろうが、ハイレインに限ってそのような事は有り得ない。

 

 ランバネインのように戦いそのものに意義を見出すタイプではなく、かといってエネドラのように己の優位性を誇示する趣味もない。

 

 彼が求めるのはただ一つ、()()のみ。

 

 戦闘など、望む結果を得る為の過程に過ぎない。

 

 だからこそ彼は自身がどう見えるかについては政争で不利にならない場合であれば気にはしないし、暴言を吐かれたところでむしろ揚げ足を取って交渉を有利にするチャンスだとも考えている。

 

 根本的に、彼は武官というより文官なのだ。

 

 彼が思考を割くのは、あくまでも目的達成の是非のみ。

 

 戦いにおいて、彼が感情論を差し挟む余地はない。

 

 故に、出水の挑発は無駄なものに思える。

 

(成る程、そーいうタイプか。これまでのガチっぷりを鑑みりゃあ、妥当なトコだな)

 

 しかし、出水の狙いは挑発で敵の冷静さを乱す事ではない。

 

 挑発に対する反応を見て、敵の思考傾向をある程度予測する事だ。

 

 此処に来るまでの間に、出水は東からハイレインとの交戦データを一通り聞かされている。

 

 その内容から出水はハイレインがエネドラとは真逆の実利一辺倒、戦闘に私情を挟まないタイプであると推測していた。

 

 挑発に対する反応も冷静さを乱すとは最初から思っておらず、無視か淡々とした応対かの二択であると思っていた。

 

 結果は、後者。

 

 前者であれば寡黙な武人タイプと推測出来たが、後者────────────────即ち会話そのものには応じたとなれば、効率主義の文官タイプであると予想出来る。

 

 この即興性格分析は、敵の打つ手を予測する時に判断材料の一つとなる。

 

 東が言った「手札を見ておきたい」といった発言には、そういった敵の思考傾向を探る狙いも暗に含まれていた。

 

 そういった言葉の裏をしっかり読み取れる出水だからこそ、今の挑発には意味があるのだ。

 

「京介」

「了解」

 

 出水の指示で、烏丸は旋空の発射態勢を取った。

 

 狙いは、ハイレインを護衛する残り三機のラービット。

 

 だが。

 

「させん」

 

 その動きを見て取ったハイレインは、鳥の弾丸を放出。

 

 烏丸に向かって、四方八方から無数の白い鳥が襲い掛かる。

 

「そりゃ、こっちの台詞だ」

 

 されど。

 

 出水が、動いた。

 

 トリオンキューブを分解し、極小の弾丸を展開。

 

 それを一斉に撃ち放ち、烏丸に向かう生物弾を一発残らず()()()()()()

 

「…………!」

 

 通常の弾丸とは異なる、生物的な動きをする夥しい数の弾丸。

 

 出水はそれを、一発の撃ち漏らしもなく迎撃してみせた。

 

 トリオン自体は、二宮の方が上である。

 

 だが。

 

 弾丸のコントロールに関しては、出水の方が上だ。

 

 これは別段、不思議でもなんでもない。

 

 そもそも、二宮は出水を師と仰いで戦術を習っていたという経緯もある。

 

 出力(パワー)ではなく、技巧(テクニック)に関してであれば、ボーダーに出水以上の射手はいない。

 

 那須の技巧もそれに比肩するものがあるが、ことサポーターとしての適性であればこれまでの経験も鑑みて出水の方が高い。

 

 仲間の能力を最大限に引き出し、的確に露払いをこなすサポーターとしてであれば。

 

 出水ほど、その役割に適した者はいない。

 

「────────」

 

 そして、出水の作った隙を逃す二宮ではない。

 

 二宮は容赦のない弾幕を用いて、ハイレインの周囲を漂う生物弾を撃ち落としていく。

 

 出水のように百発百中とまではいかないが、二宮の場合は単純に物量が多い。

 

 力任せの弾幕により、ハイレインの展開した生物弾の防壁が剥がれていく。

 

「旋空弧月」

 

 そこに、烏丸の旋空が叩き込まれた。

 

 放たれる、拡張斬撃。

 

 それは、ラービット諸共ハイレインを両断する軌道を描いていた。

 

 ハイレインの傍に控えるラービットは、碌に動く事が出来ていない。

 

 何故ならば、下手に動けば生物弾に当たってキューブ化してしまうからだ。

 

 ハイレインを守るように旋回する生物弾は、トリオンで出来たものに触れた瞬間それをキューブに変換する。

 

 そしてそれは、()()()()()()()()()()()ものと推測される。

 

 もしも任意でキューブ化のオンオフが出来るのであれば、生物弾の中をラービットが突っ切って来ても良さそうなものだが、それもない。

 

 故にあくまで暫定的にではあるが、トリオン兵であろうと生物弾が蠢くあの場では身動きが取れないものと推測される。

 

 ハイレインがあのラービットに求めているのは、あくまでも物理的な()()として。

 

 それだけでも厄介極まりないのだが、だからこそこの場でラービットに斬撃を回避する術はない。

 

 今のラービットは、動かない()同然なのだ。

 

 そして、ハイレインの逃げ道は他ならぬラービットが塞いでいる。

 

 このまま攻撃が通れば、ハイレインは落ちる。

 

「────────!」

 

 無論、それで落ちる筈などなかった。

 

 ハイレインは背後に空いた黒い穴に飛び込み、攻撃を回避。

 

 旋空は前面にいたラービット二機を両断するが、ハイレイン本人には届かない。

 

「上だ…………っ!」

「…………!」

 

 次の瞬間、上空から降り注いだ無数の白い鳥の弾丸を出水が迎撃。

 

 加古のハウンドが大きく迂回して標的────────────────建物の屋上に立つハイレインに向け、放たれる。

 

 ハイレインは即座に自身が出て来た黒い穴に飛び込み、その場から退避。

 

 今度は近くの建物の影へ出現し、残る一機のラービットが傍へと移動。

 

 それと同時にハイレインの周囲を、白い魚型の生物弾が旋回し始めた。

 

「…………仕留められませんでしたか」

「いや、()()だな。でしょ? 東さん」

『ああ、よくやってくれた。これで、敵の手札と底は見えた。後は、詰めていくだけだ』

 

 出水の言葉を通信越しに東が肯定し、場の空気が変わる。

 

 これまでは東の指示通り情報収集に、受け身に達していた彼等が。

 

 敵を仕留める為の、東の指揮に従う一級の精鋭としての顔を見せる。

 

『始めるぞ。敵の指揮官を、此処で落とす────────────────堅実に、詰めていこう』

 

 下準備は、終わった。

 

 始まりの狙撃手による、指揮が。

 

 元A級一位部隊の攻撃が、始まる。

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