痛みを識るもの   作:デスイーター

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旧東隊②

 

『雨取、きみはそのまま待機していてくれ。敵のワープが攻撃の()()にも使える場合、下手な攻撃は危険だからな』

「は、はい」

 

 加古に護衛されている千佳は、東からの通信を聞き頷いた。

 

 確かに東の言う通り、転移を利用したカウンターが使えるとなれば下手な攻撃は命取りになりかねない。

 

 特に、千佳のアイビスでも返されようものなら目も当てられない。

 

 莫大なトリオンの保持者である千佳が撃つアイビスは、防御などまず不可能な一撃だ。

 

 これに狙われれば回避する以外道はなく、ワープによって不意打ちの形で返されれば甚大な被害を喰らいかねない。

 

 東であればそれも織り込み済みで動けはするが、生憎千佳は狙撃の訓練を始めてそこまで長くはない。

 

 光るものはあるが、まだまだ狙撃技術に関しては発展途上。

 

 例外の極地たる東は別としても、当真や奈良坂といったトップクラスの狙撃手と同じ真似など出来よう筈もない。

 

 それに、千佳は人を狙って撃つ事は出来ない。

 

 少なくとも今はまだ、彼女自身の自覚としてはそうだ。

 

 東は念の為に聞いたその自己申告により、千佳を対人型近界民(ネイバー)との戦いの戦力には換算しない事を決定した。

 

 千佳自身、練度不足なのは自覚している。

 

 守られているばかりのこの状況は彼女にとって非常に心苦しくはあるが、正直に言えば千佳はその存在そのものに意味がある。

 

 敵が千佳を────────────────莫大なトリオンの持ち主を、「神」にする為に鹵獲しようとしている事は明らかだ。

 

 あの人型は重要と思われる転移使いを自由に従えている事から、まず間違いなく敵の指揮官だ。

 

 纏う空気も、言動から滲み出すカリスマ性も。

 

 どちらも、彼が指導者の器である事を示している。

 

 本来ならば、指揮官が前線に出るのは下策だ。

 

 指揮官の仕事はあくまでも戦場全体の俯瞰と盤面の操作であり、自身が武器を持って戦う事ではない。

 

 強力な黒トリガーを持っているのは確かだが、それでも指揮官が前線に出るリスクを鑑みれば相当重要な局面で尚且つ自身の投入が必須である状況でなければまず出ては来ないだろう。

 

 故に、敵の指揮官を釣り出せた、という時点で千佳の存在には意味があるのだ。

 

 囮、陽動としての役目ではあるが、彼女以外にこの役割はこなせない。

 

 彼女がいなければ、最悪市街地を集中攻撃され多くの犠牲が出る可能性がある。

 

 あの新型も相当数を撃破しているが、一体あと何機残っているかは分からない。

 

 敵が本気で市街地を攻撃しないのは、あくまでも最優先目標が「神」の候補者確保の為である。

 

 ラービットにボーダー側が対応出来ていないならばまだしも、こちらには忍田や沢村といった単騎で新型を殲滅出来る駒がある。

 

 先程のように局所的な運用ならまだしも、ただ展開するだけでは早々に駆除されてしまう。

 

 だからこそラービットの無作為な投入は抑えられているが、本当に形振り構わなくなればどうなるかは分からない。

 

 故に、千佳がこの場にいる事が何より重要なのだ。

 

 彼女を囮として扱う事を知らされた当時、修は相当に渋ったが、可能な限りで最高クラスの戦力を護衛として配置する事でなんとか理解は得ている。

 

 これに関しては、迅が頭を下げて頼み込んだという事情もある。

 

 千佳を危険に晒すのは本意ではないが、きちんと安全を担保しつつそれが全体の貢献になるのであれば何とか呑み込める。

 

 修をそうやって納得させた経緯を、東は迅から聞いている。

 

 故に千佳を危険から守り切る事はこの場での東の義務であり、不用意な参戦によって危難を招くのは論外だ。

 

 そのあたりの事情を察し、千佳は色々な想いを抑え込む事に決めた。

 

 直接力になれないというのは忸怩たる想いだが、今の自分が未熟である事など百も承知。

 

 納得しきったワケでも、諦めたワケでもないけれど。

 

 それでも、修が納得し、千佳自身がこの役柄を受け入れた結果なのだ。

 

 なら、せめて自分の役割を全うしよう。

 

 そう考えて、千佳は頼もしい護衛の者達を見据えた。

 

 視線の先。

 

 作戦開始前に千佳の名字を知った時、驚いた様子で兄の名を挙げて「後で話がある」と言って来たスーツ姿の青年────────────────二宮匡貴。

 

 彼の「話」も気にはなるが、今はこの局面を切り抜けなければならない。

 

(もしかしたら、兄さんの話を聞けるのかも。色々怖いけど、でも────────────────やっぱり、知りたいから。だから)

 

 千佳は顔を上げ、こちらに背を向け敵と撃ち合う二宮を見据える。

 

 そして、強い期待を込めて視線に熱を乗せた。

 

(覚悟を決めよう。絶対、目を背けないって。私に出来るのは、この人たちを信じる事だけだから)

 

 

 

 

(────────────────()()。あいつの妹か)

 

 その視線には、二宮も気付いていた。

 

 というより、否応なく意識していた為気付かざるを得なかったと言うべきか。

 

 雨取千佳。

 

 その名字を聞いた時、二宮は目を見開いた。

 

 作戦直前。

 

 東によって召集された、旧東隊のメンバー。

 

 敬愛する東の指揮下で再び戦えるとあって内心でテンション最高潮だった二宮は普段なら過剰反応する加古の煽りも意に介さず、表面上は鉄面皮を貫きながら機嫌はかなり良いと言って良かった。

 

 加古の事は置いておいて、東の指揮下で戦えるのは望外の喜びだし、前々から彼なりに気に駆けていた三輪と再び轡を並べる事が出来た事も僥倖だった。

 

 上層部や迅の関連で何かがあった事は薄々察してはいるが、最近の彼は良い顔をするようになったと二宮は後方保護者面をしながら考えていた。

 

 三輪がそうなった原因も気にはなるが、どう考えても機密が関わる事項の為干渉するのは得策ではない事もまた気付いてはいた。

 

 鳩原関連で上層部にはあまり良い印象を抱いていない二宮だが、彼なりにTPOは弁えている。

 

 内心はともかく、成人した大人の男として弁えるべき一線は心得ている。

 

 あくまで、彼なりにではあるが。

 

 そんな彼であっても、「雨取」の名を聞き流す事は出来なかった。

 

 かつて部下であった狙撃手、鳩原未来と共に「密航」した張本人。

 

 二宮にとっては大事な仲間を連れ去られた主犯であり、今も尚その顔をぶん殴りたいと思っている筆頭。

 

 雨取麟児。

 

 彼女は、雨取千佳はその彼の妹なのだという。

 

 既に作戦開始が迫っており、第三者がその場にいた事から更なる追及は避けた二宮であったが、後で玉狛に乗り込んで話を聞きに行く決意を既に固めていた。

 

 その為には、彼女の死守は必須だ。

 

 此処まで来て手掛かりを連れ去られるなど、冗談ではない。

 

 ようやく見付けた、鳩原の残滓なのだ。

 

 たとえ彼女が何も知らなかったとしても、このまま黙っているなど論理的に見えて感情が第一である二宮には出来よう筈もない。

 

 見た目と異なり情に厚い男である二宮は、未だに鳩原の件に執着しまくっている。

 

 だからこそ、この敵は全力で打ち倒す。

 

 不可能だとは思っていない。

 

 敵の黒トリガーは強力無比であり、転移使いの支援も厄介極まりない。

 

 だが。

 

 今の自分達には、東がいるのだ。

 

 かつてこのアクの強いメンバーを纏め上げ、A級一位の座まで牽引した戦術家の極地────────────────始まりの狙撃手、東春秋が。

 

 通常のランク戦では小荒井と奥寺の指導、成長を最優先としている為指揮を執る事はなかった彼だが────────────────今この場において、その枷は外れている。

 

 加えて、精神面も成長したと思われる三輪と、癪だが実力は認めている加古もいる。

 

 臨時の援軍として戦術の師である出水と、優秀なサポーターである烏丸もいる。

 

 この布陣で負けるようでは、嘘というもの。

 

 たとえ、相手が黒トリガーであろうとも。

 

 自分たちは。

 

 旧東隊に。

 

 この場での敗北など、有り得ない。

 

 その事を、刻み込む必要がある。

 

「────────」

 

 二宮は無言で弾幕を生成し、斉射を継続する。

 

 頼もしい仲間たちを背に、射手の王は弾丸を放つ。

 

 彼なりの思惑を、抱いて。

 

 

 

 

「────────」

「…………! 虫か。そこまで細かく出来んのかよ」

 

 ハイレインの弾幕を撃ち落としていた出水は、敵が生成した新たな生物弾を見て目を細めた。

 

 卵の冠(アレクトール)によって出現した新たな弾の形状は、()

 

 黒トリガーの力なのか使用者の拘りなのかは不明だが精巧に蜂の動きを模倣(トレース)しているその弾丸が、生物的な挙動で出水の元へと殺到する。

 

 そのサイズは、これまで出て来た鳥や魚といった弾丸より明らかに小さい。

 

 この生物弾に至っては、そのサイズは純粋な脅威となる。

 

 生物弾はトリオンの弾丸を当てる事で相殺出来るが、弾のサイズが小さくなればそれだけ当てる事は難しくなるし、小さい分純粋に弾数も多くなる。

 

 幾ら出水が変態的な技巧を持つ射手とはいえ、この蜂弾を全て迎撃する事は不可能。

 

「上等…………っ!」

 

 ────────────────それが、以前までの彼であれば。

 

 出水はバイパーを更に細かく分割し、片手でアステロイドも同じように展開。

 

 アステロイドを先んじて放ち、その隙間を補う形でバイパーを射出した。

 

 那須と異なり、片枠しかバイパーを積んでいない出水は両攻撃(フルアタック)で変化弾を扱えない。

 

 昇格試験や黒トリガー争奪戦での那須との撃ち合いでは純粋なトリオン量を武器に互角に撃ち合っていたが、弾道の自由度に関しては両枠で積んでいる彼女に分があった。

 

 だが。

 

 それならばそれで、別の弾を組み合わせば良いだけの話。

 

 アステロイドは確かにハウンドのような誘導性能も、バイパーのような自由度もない。

 

 されど、敵の弾道を計算し自身のバイパーの軌道を考慮すれば、敵の生物弾の射線に弾を()()事は出来る。

 

 それで取りこぼす範囲の弾丸は、バイパーで撃ち落とせば良い。

 

 その計算を。

 

 その戦術理論を。

 

 出水は、那須との二度に渡る撃ち合いによって会得した。

 

 以前から彼女との手合わせには興味があったが、中々機会は訪れなかった。

 

 だからこそ、二度に渡って正面から撃ち合う機会に恵まれたのは僥倖だったと言える。

 

 弾バカと言われようがどうしようが、あの撃ち合いに意味があった事は事実だ。

 

 互いに心底楽しめたからこそ、あの撃ち合いを通して自分も成長する事が出来た。

 

 それだけ、近いレベルの技量を持った者同士の技巧戦闘の経験は得難いものなのだ。

 

 トリオンに任せた撃ち合いならば二宮相手でも出来るが、こと精密動作技術の観点から見れば那須の方がより自分と近い位置にいる。

 

 その彼女と撃ち合えたからこそ、光明を見出せるのだ。

 

 弾の威力は最低で構わない。

 

 どの道、生物弾に当たった時点でキューブになるのだ。

 

 威力など、あってもなくとも同じ事。

 

 出水は己の技巧を駆使し、アステロイドとバイパーの二重射撃によってハイレインの蜂弾を全て撃ち落とした。

 

「…………!」

 

 流石に、全て防ぎ切られるとは思っていなかったのだろう。

 

 ハイレインの顔が、僅かに歪む。

 

 

 

 

「────────」

 

 その隙を、東は見逃さなかった。

 

 スイッチボックスによって転移を終えていた東は、スコープ越しにハイレインを見据える。

 

 ハイレインの周囲を旋回する生物弾は、二宮の弾幕によって削られてはいる。

 

 しかし頭部や胸部といった急所は、より厚い防御で覆われている。

 

 アイビスを用いようとも生物弾の前ではキューブ化されてしまう為、通常の方法で守りを貫通する事は出来ない。

 

 かといって、ライトニングの連射で狙おうにもあのマントは相応の強度がある事は既に判明している。

 

 威力に乏しいライトニングでは、決定打に欠ける可能性が高い。

 

 ならば。

 

 狙うは、急所ではない。

 

 急所を狙わずとも、敵を倒す方法はある。

 

 即ち、大きな傷口を作りトリオン漏出を狙う事だ。

 

 黒トリガー故にトリオン自体は豊富だろうが、あの精密動作性に冗談のような攻撃性能を思えば、あの弾丸のトリオン消費は安くはない筈だ。

 

 ならば、適当に穴を空けるだけで充分。

 

 そう考え、東は狙撃を実行した。

 

 

 

 

「────────!」

 

 飛来した、一発の弾丸。

 

 それは旋回している生物弾の隙間を潜り抜ける形で、ハイレインの脇腹を吹き飛ばした。

 

 その狙撃の方角から、敵の狙撃手が先ほどまでいた建物上ではなく、路地の奥に転移していた事をハイレインは察する。

 

 無論、追撃はしない。

 

 この狙撃手は、優秀だ。

 

 恐らく、今の一発を撃った時点で既に転移を終えているに違いあるまい。

 

 目の前で戦っている相手であればやりようもあるが、転移という武器を手にした狙撃手をまともに相手をするべきではない。

 

 狙撃手の脅威は初弾の位置が分からない事であるが、逆に一発撃てば居場所を露呈させ途端に脅威度は低くなる。

 

 しかし、転移によってその弱点を消しているとなれば厄介極まりない駒となる。

 

 少なくとも、金の雛鳥の確保が最優先であるハイレインに逃げた狙撃手を追うなどといった無駄は出来ない。

 

 今の攻撃で負った傷も、決して無視出来るものではない。

 

 急所を射抜かれたワケではないが、かなり大きく身体を抉られてしまっている。

 

 このままでは、トリオン漏出による脱落も時間の問題だろう。

 

「な…………?」

「…………!」

 

 あくまでも、()()()()であれば。

 

 ハイレインが卵の冠(アレクトール)を掲げると、それは起こった。

 

 周囲に散乱した、出水の弾丸が生物弾に当たったキューブ化したもの。

 

 それらから卵の冠に、何かが還元されていく。

 

 途端。

 

 ハイレインの脇腹の傷が徐々に修復していき、やがて完全になくなった。

 

 生物弾を当てる事によって変化したキューブからトリオンを吸収する事によって生じる、()()()()

 

 それが、ハイレインの黒トリガー、卵の冠(アレクトール)

 

 その奥の手、鬼札だった。

 

「アリかよ、そんなの…………!」

「…………面倒だな」

 

 これまでの戦闘で、周囲には大量のキューブが散乱している。

 

 これらがある限り、生半可なダメージは無意味だ。

 

 大ダメージからのトリオン漏出を狙おうとも、傷付けた先から回復されるのでは意味がない。

 

 トリオン体の、トリガーの前提を覆す反則的な能力。

 

 それを前に。

 

『いや、これで一番の懸念だった奥の手も把握出来た。若干の修正は加えるが、作戦実行に問題はない』

 

 東から、力強い言葉が届いた。

 

 二宮や三輪は、生じた動揺をすぐさま抑え込む。

 

 彼が、東が言うのであれば間違いは無い。

 

 そう、信じているのだから。

 

『作戦を継続する。そろそろ、敵指揮官にはご退場願おう。頼んだぞ』

「「「「了解」」」」

 

 東の言葉で、彼等は一つに纏まった。

 

 旧東隊の。

 

 始まりの狙撃手の指し手が、動いた。

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