痛みを識るもの   作:デスイーター

407 / 487
卵の冠⑥

 

『二宮と出水はそのまま射撃を継続。相手に余裕を与えるな』

「「了解」」

 

 東の指示を受け、二宮と出水は再び射撃を実行に移す。

 

 隙を突いて東が与えたダメージは回復という想定外の手段でなかった事にされてしまったが、敵の()()()を引き出せたと考えれば決して無意味ではない。

 

 もし、捨て身の攻撃を行った後で今の回復をされてしまえばそれこそ取り返しがつかなくなっていた事だろう。

 

 戦果を得られると考えて捨て身になった結果、前提条件がひっくり返されるのだ。

 

 そういう意味で、犠牲を出していない状態で敵の回復という手札を知れた事は大きいだろう。

 

 一撃で仕留める以外に勝つ手段が無い、というのは確かに厄介ではある。

 

 しかし、そうと分かっていればやりようはあるものだ。

 

 二宮隊だけ、三輪隊だけ、加古隊だけならば実現は不可能だったかもしれない。

 

 だが。

 

 今この場に集うのは、かつて東が率いた教え子達────────────────旧東隊の面々だ。

 

 それに加えて天才射手である出水と、優秀なサポーターである烏丸まで加わっている。

 

 出来ない、とは決して言えない布陣だろう。

 

 確かに敵の能力は厄介極まりない。

 

 されど、勝ち筋ならば存在する。

 

 自分たちはそれを、最上の指揮官の元で実行するだけだ。

 

『大まかな作戦に変更はない。たとえ回復能力があったとしても、転移使いの消耗が激しいであろう事に変わりはないからな。後はじっくり、詰めるとしよう』

 

 

 

 

(ブレる様子が無い。どうやら、相当に優秀な指揮官のようだな)

 

 ハイレインは敵と撃ち合いを続けながら、眼を細めた。

 

 回復能力という鬼札を見せたにも関わらず、敵の動きが揺れる気配がない。

 

 どうやら、奥の手を切ってでも敵の意識を逸らす意図は通じなかったようだ。

 

 ハイレインのトリガー、卵の冠(アレクトール)の持つ奥の手。

 

 即ち、キューブからトリオンを吸収して行う回復能力。

 

 これは一度負った欠損はその戦闘中は決して補えないというトリオン体の前提を覆す能力であり、その有用性は計り知れない。

 

 特に、ギリギリの拮抗した戦場では捨て身の攻撃を図って来る敵も当然いる。

 

 こちらに一矢報いようと捨て身でダメージを与えた相手に、この回復能力を用いてその希望を摘み取る形で()()を突き付ける。

 

 そういった事も、過去には何度かあった。

 

 時には敢えて攻撃を受ける事で敵の油断を誘い、心理的アドバンテージを獲得して作戦を成功に導いた事もある。

 

 どちらにせよ、初見でこの能力を目にした者は大いに動揺し戦術に粗が出ていた。

 

 だが。

 

 今回の敵は、一切動きにブレが見られない。

 

 これを見せた瞬間は、確かに動揺はあった。

 

 しかし、それも刹那の間。

 

 敵はすぐさま態勢を立て直し、こちらに付け入る隙を与えなかった。

 

 恐らく、敵の指揮官が一声で彼等を鼓舞したのだろう。

 

 それが出来るだけの実績と、人を纏め上げる能力。

 

 今の彼等の指揮官は、それらを併せ持った傑物なのだろう。

 

 そうでなければ、これほど早い立ち直りに説明がつかない。

 

 敵は恐らく、こちらの────────────────特に、ミラの消耗を狙っている。

 

 窓の影(スピラスキア)の使用回数が限界に近い事は、既に看破されていると思って良い。

 

 そうでなければ、このような持久戦前提の策を打つ筈がないからだ。

 

 黒トリガーとトリガー(ホーン)の恩恵を受けたハイレインのトリオン量は、相当に高い。

 

 普通に撃ち合えば敵の方が先に力尽きる筈だが、今相対している射手二人はそれなりに高いトリオン量を持っている事が伺える。

 

 トリオン切れで退場するまでには、ある程度の猶予があるだろう。

 

 そして、その間にこちらが()()に持っていかれる確率の方が恐らくは高い。

 

 これは、そういう類の戦術だ。

 

 何故なら、これは。

 

 ハイレイン自身が、良く使う類の戦法だからだ。

 

 一気呵成に敵を追い詰めるのではなく、真綿で首を絞めるように徐々に追い込んで行くその手法。

 

 それはリスク管理をしながら一つ一つ失敗の芽を潰し、その先に確実な勝利を取得するハイレインの戦術と非常に似通っている。

 

 異なるのはハイレインがあくまでも最低限の戦果の取得を第一とする事に対して、こちらは生存と被害の軽減こそを最優先としている事だろうか。

 

 これは、勝利条件の違いも大きい。

 

 ハイレインは明確な戦果を持ち帰らなければ成功とは言えないが、玄界(ミデン)側の場合は極論ただ時間稼ぎを成し遂げるだけで良いのだ。

 

 アフトクラトル(こちら)の撃破は、あくまでも勝利条件を短縮する為の手段に過ぎない。

 

 要は、ハイレイン達が齎す被害を防ぎ続ければ敵は勝ちなのだ。

 

 それが達成出来るのならば、その過程は問わない。

 

 そんな意図が、敵の行動からは透けて見えた。

 

(この様子だと、無理して踏み込んで来る可能性は薄いな。少なくとも、俺が防御を固めている間はこの膠着を維持するつもりだろう)

 

 故に、消耗戦を盾に敵を焦らせ、ミスを誘発する手は使えないと思った方が良い。

 

 確かにトリオン量ならばハイレインの方が圧倒的に上ではあるが、モタモタしていれば他の増援がやって来る可能性もある。

 

 ヴィザ翁の攻撃から逃げ果せたという、二人の剣士の話もある。

 

 地下道に向かったと言う話なのでミラの監視では発見出来ておらず、場合によってはすぐ近くまで来ている可能性も充分有り得る。

 

 少なくともそのうち一人は、イルガーを両断出来る優れた剣士だ。

 

 先程窓の影とヴィザ翁の合わせ技で嵌め殺した双剣使い程とまでは言わないが、それに近い使い手である事は間違いないだろう。

 

 彼等まで合流すると、場の膠着が悪い方に傾く可能性もないではないのだ。

 

(恐らく、敵の指揮官はこれらの()()()()()()を用いて俺に攻めて来させるつもりだろう。何処にいるか分からない「浮いた駒」は、この状況では何より厄介だ。特に、地下にいるのであればミラの()にもかからないしな)

 

 ハイレインは敵の指揮官の狙いを、ある程度看破する。

 

 この状況、膠着状態を継続させる事自体は可能だ。

 

 彼のトリオンにはまだ余裕があるし、盤面の膠着はハイレインの得意とする戦術の一つだ。

 

 だが。

 

 敵の「大駒」をあまり落とせていない現状、時間をかけ過ぎるのは悪手だ。

 

 この場にも相応の駒が揃っているが、戦場全体を鑑みればヴィザ翁という戦力的例外を除いて不利なのはハイレインの側だ。

 

 まず、ラービットを単騎で殲滅可能な存在が二人もいるというのがかなり痛い。

 

 本来であれば新型を用いた攪乱で戦況を優位に進めるつもりだったが、早期からラービットを大した犠牲なく対処されてしまって以降、主導権を取れていたとは言い難い。

 

 本来であればラービットの対処に戦力を割かせて敵を浮足立たせるつもりであったが、それが出来なくなってしまったのだ。

 

 最初にラービットを斬って回っていた少女兵は片腕を落として攻撃力を激減させ、厄介な双剣使いは初見殺しの嵌め技で落とした。

 

 しかし、それでも尚ラービットを単騎で駆逐出来る戦力────────────────忍田と沢村が出て来たのは、可能性として考慮はしていたが正直かなり痛かった。

 

 その片方だけでも抑える為にヴィザを送り込んだが、現在彼の翁は別の兵士と戦闘中。

 

 ヴィザ相手に時間稼ぎが出来る程の駒がまだ残っているとは想定していなかった為、これは流石に想定外ではあった。

 

(だが、勝利条件は敵の壊滅ではない。あくまでも、金の雛鳥の捕縛────────────────それさえ達成出来れば、盤面の有利不利は些事だ。ヴィザ翁頼り(最終手段)は、出来れば使いたくない。俺たちは、玄界(ミデン)の占領や虐殺に来たのではないのだからな)

 

 しかし、玄界側の勝利条件があくまでもアフトクラトルからの自国の「防衛」達成であるのと同じように、ハイレイン側の勝利条件もまた敵の壊滅ではない。

 

 勝利条件は、金の雛鳥の確保。

 

 これのみである。

 

 そして、それを成し遂げる手段は既に用意してある。

 

 後は、読み合いでどちらが勝つか。

 

 それだけだ。

 

(さて、勝負といこうか玄界(ミデン)の軍師よ。戦いを楽しむ趣味はないが、お前達の力に敬意を表し────────────────手段を問わず、勝たせて貰うぞ)

 

 

 

 

「────────────────卵の冠(アレクトール)

 

 状況を変えたのは、ハイレインの一手だった。

 

 ハイレインはその手に持つ黒トリガー、卵の冠を掲げトリオンを注ぎ込む。

 

 そして。

 

 先程の倍の数の生物弾────────────────周囲一帯を埋め尽くす量の白い鳥の群れが、現出した。

 

「────────!」

「こいつは…………!」

 

 此処まで互角の撃ち合いを続けて来た二宮と出水であったが、この物量は流石に予想外である。

 

 何せ、量が尋常ではない。

 

 あまりにも鳥の密度が高過ぎて、ハイレインの姿が碌に見えない。

 

 そして、その鳥の群れが一斉に彼等に襲い掛かった。

 

「────────!」

 

 これ程の物量では、流石の二宮・出水といえど迎撃しきれるかは分からない。

 

 流石の出水でも、冷や汗は拭い切れなかった。

 

『焦るな。攻撃を中断。迎撃に全力を注げ。加古も支援を頼む』

「「「了解」」」

 

 だが、流石の旧東隊の面々。

 

 東の一声で統率され、千佳の護衛をしていた加古共々全力の両攻撃(フルアタック)で迫り来る生物弾を迎撃しにかかる。

 

 二宮は、更に細かく分割したアステロイドで。

 

 出水は、バイパーとアステロイドの二段構えで。

 

 加古は、ハウンドを用いて。

 

 それぞれ、白い鳥の群れを撃ち落とし続ける。

 

 物量は圧倒的。

 

 されど、それを迎撃する彼等も負けてはいない。

 

 ボーダー屈指の射手達が、黒トリガーの猛威に正面から立ち向かう。

 

 良い勝負だ、とこの場を見た者は言うだろう。

 

「────────そこだ」

 

 だが。

 

 生憎、ハイレインにそんな感傷はない。

 

 戦闘は、彼にとってあくまでも結果を得る為の()()に過ぎない。

 

 そんな彼が、何の策もなく力任せの物量頼りの攻撃などする筈がない。

 

「…………!」

 

 一閃。

 

 生物弾の隙間を掻い潜るように、二発の弾丸が放たれる。

 

 一発は、地面へ。

 

 もう一発は、出水の右腕に着弾する。

 

「ぐ…………っ!?」

 

 瞬間、出水の右腕に穿たれた()は地面に突き立った弾と引き合い、彼をそのまま地に縫い付ける。

 

 何が起きたか、言うまでもない。

 

 ラービットの特殊個体(モッド体)、磁力型。

 

 ヒュースの蝶の盾(ランビリス)の能力を埋め込まれたトリオン兵の攻撃が、<窓>越しに炸裂したのだ。

 

 出水はバイパーの弾道を、那須と同じくリアルタイムで引いていた。

 

 それは自由度の高さを生んでいたが、同時に発射寸前に体勢を崩されると制御に失敗するという脆さを抱え込んでいる。

 

 出水が天才射手であっても、不意の転倒をすれば反射的に自分の身体を守ろうと防衛反応が働く。

 

 たとえトリオン体がその程度で怪我をする事はなくとも、身体の反射というのは生理的なものだ。

 

 本物の戦場を渡り歩いた迅達旧ボーダーの面々ならばいざ知らず、出水は遠征経験はあっても戦争に本格的に参加した経験などはない。

 

 そういった戦場自体に赴いた事はあるが、迅達と比べれば経験値が足りているとは言えなかった。

 

 故に出水の弾丸は制御を失い、あらぬ所に────────────────飛びは、しなかった。

 

 出水は制御を失う寸前に、間一髪で弾丸を破棄。

 

 制御失敗による誤射だけは、なんとか防いだ。

 

 しかし、出水の分の弾幕がなくなってしまった事に変わりはない。

 

 ハイレインは、この弾幕戦を支えているのが彼である事を見抜いていた。

 

 二宮は出力と言う点で彼に勝るが、弾幕戦をコントロールしているのは出水の方だ。

 

 それを看破していたハイレインは、的確に彼を狙い撃ったのである。

 

「…………!」

 

 生物弾の約半数を押し留めていた出水の弾がなくなった事で、白い鳥の群れは勢いを付けて二宮達に襲い掛かる。

 

 この一瞬を作る為、ハイレインは物量という目に見える脅威を囮として磁力弾の狙撃を実行したのだ。

 

 ハイレインは、エネドラのような過剰な力の誇示は行わない。

 

 その行動には必ず意味があり、無駄な行為といったものを嫌う。

 

 戦場の高揚とは無縁な、徹底的な実利主義。

 

 それがハイレインという男の在り方であり、多くの領民を抱える領主として当然の行動規範。

 

 自分に匹敵する軍師を前にして感じるのは、作戦達成難易度上昇における煩わしさだけだ。

 

 心の片隅では名将との指し合いを楽しんではいるが、それはあくまでも任務の間に生じた雑念に過ぎない。

 

 理と効率の化身であるハイレインにとって、そういった私情は作戦遂行という至上命題の前に一蹴するものでしかない。

 

 敵の流儀に合わせる必要はない。

 

 リスクヘッジを徹底し、あくまでも論理的・効率的に作戦を進め戦果を獲得する。

 

 それがハイレインの行う()()であり、そこに如何なる感情論が挟まれる余地はない。

 

 出水を排除してしまえば、後は物量でのごり押しでどうとでもなる。

 

 正攻法とは、別段公明正大な勝負の事を指すのではない。

 

 あくまでも堅実な方法で行われる、地力の()()()()に他ならない。

 

 そして、そういった戦いでは()()()()()は起こらない。

 

 正攻法同士でぶつかれば、万に一つも格下に逆転の芽など有り得ないからだ。

 

 ハイレインの戦術は、如何にしてその()()()()()()()を押し付ける形に持っていくかが基本となる。

 

 何故ならば、それが。

 

 トリガー(ホーン)と黒トリガーによって高出力を得ているハイレインにとって、最も確実性の高い戦術だからだ。

 

 無慈悲な白い鳥が、飛来する。

 

 近界の軍師の策が、出水へと牙を剥いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。