体勢を崩した出水に襲い掛かる、無数の生物弾。
無慈悲なる白鳥は、明確な隙を見せた天才射手を仕留めんと降り注ぐ。
此処で出水が落ちれば、天秤はハイレインの側に傾く。
だからこそ、磁力型の支援という虎の子を切ってまでハイレインは彼に隙を作ってみせた。
「させるか」
だが。
それは、東の側も読んでいた。
二宮も、加古も、出水本人も。
このタイミングで、出水をカバーする事は出来ない。
いずれの射手も攻撃の真っ最中であったが為に、それを行う為には一手。
刹那の時間が、足りなかった。
されど。
彼は東の指示で、唯一攻撃に参加していなかった。
この状況で。
ハイレインが切って来るだろう、
それに、対応する為に。
三輪は、シールドを遠隔で
強度度外視で広範、且つ極小で展開されたそれは降り注ぐ鳥型生物弾の防壁として機能。
その悉くを、凌ぎ切った。
ハイレインの黒トリガー、
故に集中シールドのように一点にトリオンを凝縮するタイプの防御は、彼相手には意味が無い。
かといって、ただシールドを広げたとしても生物的な動きをする卵の冠の弾丸相手に凌ぎ切れる保証はない。
だからこそ、三輪は強度を極限まで削減した上でシールドをグラスホッパーのように無数に分割して展開した。
如何なる防御だろうとキューブ化する生物弾は、その防御に注ぎ込まれたトリオンがたとえ薄紙のような小さなものであっても等しく効果を発揮する。
つまり、卵の冠相手に最も効率的な防御法は────────────────単純な、
三輪はこれまでの戦闘でそれを理解し、実行しただけに過ぎない。
他ならぬ、東の指示に従って。
東は、ハイレインがこのまま膠着状態を良しとするとは考えていなかった。
正確には、膠着状態を崩す為に何かしらの「虎の子」を切って来ると予想していた。
そして恐らく、その狙いは出水に向くであろう事も。
射手ではない東だが、彼は二宮と加古といった最上位に位置する射手を育てた経験がある。
何よりも、東の本領は指揮にこそある。
全ての駒を効率的に動かす為には、各々のポジションへの理解が必要不可欠だ。
だからこそ東は、聞き取りや実践を通じて全ての
故に、この弾幕戦で誰を失うのが一番見過ごせないかを東は理解していた。
その為に、三輪を緊急時の護衛として攻撃に参加させていなかったのだ。
「矢張り、読んでいたか」
「…………!」
しかし。
これを読まれる事も、ハイレインは想定していた。
何せ、三輪だけが今の状況下で攻撃に参加していなかったのだ。
用心深いハイレインが、その動向を見過ごす筈がない。
だからこそ、当然
背後に空いた<窓>の向こうに配置した、砲撃型ラービットという名の弾丸を。
現在、この場にいる加古を除く全員が
唯一片手が空いている加古一人のシールドでは砲撃型の砲撃は防げないし、そもそも彼女は敵の狙いである千佳の護衛である。
弾幕による支援は出来ても、迂闊に動かせない駒である事に違いはない。
磁力型による出水の嵌め殺しは、
本命は、砲撃型の攻撃で敵戦力を削る事。
砲撃型は元となった
砲撃時に弱点である核を露出させてしまうという致命的な欠点こそあるが、<窓>越しの砲撃ならば関係が無い。
「甘ぇーんだよ」
その考えに、待ったをかける者がいた。
彼は東の指示で、最初からその場で待っていた。
この時、この瞬間。
敵が見せた
彼は、当真は。
待ち望んでいた好機に、躊躇いなく引き金を引いた。
白い鳥の生物弾が旋回する、ハイレインの背後。
そこに空いた穴目掛けて、一発の弾丸が飛来した。
付近の建物の内部から放たれたそれは、生物弾を潜り抜け<窓>の向こうに着弾。
砲撃準備をしていたラービットの核を正確に射抜き、その動作を停止させた。
東の、作戦通りに。
今回の敵を、ハイレインを東は決して過小評価しなかった。
自分と同等の戦術眼を持った指揮官として、最大限の警戒を以て相対している。
だからこそ、第二の矢に対する備えも当然用意していた。
今回の大規模侵攻で、各部隊から狙撃手を徴兵し温存しておいた理由の一つがこれだ。
スイッチボックスという
主戦場の外側から不意を突ける狙撃手の存在は、状況によっては大きな
火力と射程の高いランバネインに対してはあまり多くを投入するワケにはいかなかったし、一撃で仕留められる可能性が薄かったエネドラにはそもそも狙撃手があまり有効ではなかった。
東ならば正確に核を射抜くような芸当も出来ただろうが、彼はこの戦況における最重要の駒の一つだ。
いち狙撃手として運用出来るほど、この戦争に余裕はない。
だが、敵の指揮官が出て来た今。
出し惜しみをする理由は、なくなった。
現場指揮の重要性というものを、東は身を以て理解している。
後方から出す指示と、現場から出す指示とでは即効性や有効性に相応に違いが出る。
ROUND4で王子という司令塔を早期に失った王子隊の動きが、明らかに鈍ったように。
指揮官を落とす、というのは戦力的な意味以上の意義があるのだ。
それを理解しているからこそ、東は当真の投入を決行した。
次の手に、繋げる為に。
「ち…………っ!」
ハイレインは舌打ちしつつ、ミラに命じて<大窓>でラービットを当真の狙撃した建物へと突貫させる。
無論、そこに既に当真の姿はない。
予め仕掛けていたスイッチボックスで、彼は狙撃直後に転移していた。
逃げられる事は、分かっていた。
だが、此処でラービットを投入しなければ頭上を狙撃手に取られ続けたままとなってしまう。
故に、無駄な一手になると理解していても<大窓>でラービットを投入せざるを得なかったのだ。
「喰らえ」
その隙を逃がす、三輪ではない。
彼は射撃戦を続ける二宮達の前に出て、拳銃の引き金を引いた。
旋回する、無数の生物弾。
それに、直撃する軌道で。
ハイレインは、訝しむ。
この少年の技量が低くない事は、既に分かっている。
たった今見せたシールドの分割展開といい、体捌きといい、上位の使い手である事は明白だ。
その彼が、この状況で意味のない射撃を行うだろうか。
「…………!」
そこで、思い至る。
先程、この少年は曲がる弾を────────────────
生物弾に直撃する軌道で撃ったのは、あくまで
恐らく、直撃する直前で軌道を変えてこちらを狙うつもりだろう。
相当な技術が必要になるだろうが、それを持っているであろう事をハイレインは疑わない。
これまでの戦闘を通じて、
こと此処に置いて、敵を侮るという愚をハイレインは冒さない。
相手の実力は正確に評価し、その上で最適な対抗策を実行する。
それは東が良く言っている「相手の戦術レベルを鑑みる」という言葉の実践であり、奇しくも同じ戦術スタンスを持つ者同士が至る当然の論理であった。
敵の狙いは分かった。
ならば、話は簡単だ。
防御をより、厚くすれば良い。
ハイレインは卵の冠から、白い鳥の生物弾を追加生成。
自分の周囲に密集させる形で、展開する。
これならば、敵が如何なる軌道の弾であっても防御可能。
万全の態勢で、ハイレインは敵の弾を迎え撃った。
「馬鹿が」
だが。
彼の予測は、外れた。
三輪の撃った弾丸が、
生物弾を、
オプショントリガー、
このトリガーには、トリオンで出来た物体を
シールドは勿論、トリオンで構築されたハイレインの生物弾も例外ではない。
これを止められるのは物質化したオブジェクト、もしくはトリオン以外の物質のみ。
トリオンの防御では防げない弾丸は、当然の如くハイレインに着弾。
無数の重石となって、ハイレインに膝を突かせた。
「…………!」
鉛弾の
だが、その性質────────────────トリオンによる生成物を透過するという特性は、正しく初見。
此処に来て、以前鉛弾を撃たれた場面で生物弾ではなくラービットを防御に回したツケが回ったのだ。
本当の意味での、初見殺し。
常ならばハイレインの側が持つ筈だったアドバンテージを、まんまと押し付けられた形となる。
「旋空弧月」
その隙を、逃す手は無い。
放たれた、拡張斬撃。
それを撃ったのは、ハイレインが懸念していた姿を消した剣士の片割れ────────────────辻新之助。
地下道から出てスイッチボックスでこの場にやって来た彼は、己が隊長を援護する為ハイレインに向けて旋空を撃ち放った。
無論、二宮達が生み出した生物弾の隙間を狙って。
旋空は、ほぼ防御不能の攻撃として認識されている。
尋常ではない硬さを持つイルガーやラービットの装甲さえ、最大威力を持つ先端を正確に当てる事が出来れば斬り裂ける。
たとえラービットがハイレインの傍に転移で出て来たとしても、その機体ごと斬り裂く事が出来るだろう。
「────────!」
だがそれは。
あくまで、何の妨害もなければの話である。
辻が撃った旋空は────────────────否、弧月の刀身は。
ハイレインがマントの下に潜ませていた無数の蜂型の生物弾に触れ、キューブと化した。
旋空弧月は、斬撃を飛ばしているのではない。
その実体は、あくまでも弧月のブレードを
そして当然、弧月のブレードはトリオンによって生成されている。
故に、生物弾に当たってしまえば等しくキューブなるのは通り。
たとえそれが、最大威力を持つ刀身の先端であったとしても。
トリオンによる武器である以上、
「────────!」
だがこれで。
ハイレインは隠していた奥の手を、全て見せた事になる。
不意打ちの為に残していた、磁力型による支援。
虎の子であった、砲撃型の奇襲。
そして、万が一の時の為に備えていた蜂型生物弾による防御。
その全てを、曝け出した。
故に、動いた。
三輪は、拳銃をホルスターに仕舞い、弧月を抜刀。
姿勢を低くした状態で、ハイレインに突貫した。
「…………!」
当然の如く、降り注ぐ生物弾。
だがそれは。
二宮と出水の弾幕で、その全てが撃ち落とされる。
攻撃中断の隙から立ち直った出水は、二宮と共に三輪の道を切り開く。
現在、ハイレインは直撃した鉛弾によって身動きが取れない。
二宮達は知る由もないが、ハイレインの纏うマントの持つ機能を使えば重石を除去する事は出来る。
だがそれは多少の時間がかかり、三輪が到達するまでには間に合わない計算となる。
故に、ハイレインに回避という選択肢は取れない。
そして、頼みの綱の生物弾は悉く二宮と出水に撃ち落とされる。
今のハイレインに、三輪の攻撃を防ぐ術はない。
「あと一歩、だったな」
「…………!」
だが、それは万策尽きた事を意味しない。
ハイレインの直上に<窓>が開き、ラービットが投下される。
三輪の進路を、塞ぐ形で。
残り少ない<大窓>を使用した、本当の意味での虎の子の防御。
投下されたラービットは通常個体であり、三輪であれば苦も無く撃破出来る。
されど、一手の遅れはハイレインに立て直しの時間を生む。
ラービットが倒される間にハイレインは重石を除去し、態勢を立て直すだろう。
そうなれば、この千載一遇の好機を逃す事になる。
そして、敵の懐に飛び込んだ三輪が今度は窮地に陥ってしまう。
幾ら三輪とはいえ、至近距離で生物弾の集中攻撃を受ければ無事で済む保証はない。
あと一歩。
それが、足りなかった。
「が…………っ!?」
否。
一歩は、足りていた。
ハイレインに、最後の
ラービットの防壁を、使わせる為の一歩は。
眼前にラービットを転移させた事により、重石によって膝を突いていたハイレインの視界は塞がる事になった。
その隙を突いた者が、いたのだ。
テレポーターを使用し、ハイレインの背後に移動した加古が。
スコーピオンの投擲によって、ハイレインの首を貫いていた。
射撃トリガーでは、転移後の攻撃に
だからこそ加古はスコーピオンを用いて、トドメの一撃を放ったのだ。
千佳の護衛という、動かしようのなかった筈の立場を捨てて。
これが、東の策。
敵の狙いからしてみれば、千佳の護衛を外す事は
敵の意表を、意識の隙を突く為に。
ハイレインのリスクを徹底的に排除する思考傾向を逆手に取り、彼にとって
それが、東の策略。
リスクヘッジの重要性を理解しつつも、それを利用してのけた戦術。
それは。
「────────かかったな」
「…………!」
千佳の足元に開いた、<窓>の存在によって覆される。
彼女の身体に、黒い穴から出て来た無数の白い鳥が着弾した。
卵の冠の生物弾を受けた千佳のトリオン体が、キューブ化を開始する。
千佳の足元に空いた穴は人間が通れる程の広さはないが、キューブであれば充分に通過可能なサイズとなっている。
このままであれば、キューブ化した千佳は黒い穴に────────────────
ハイレインは致命傷を受けたが、そもそも彼の勝利条件はこの場の戦闘の勝敗には関係が無い。
重要なのは、金の雛鳥を確保出来るか否か。
その為にハイレインは、自らを
加古という、金の雛鳥の護衛を一時的にでも排除する為に。
金の雛鳥さえ手に出来れば、そのまま撤退すれば良い。
未だヴィザは戦闘を継続中だが、彼の御仁であれば撤退など造作もない。
勝負には負けたが、目的は達成出来た。
そもそも局所的な勝ち負けなど、ハイレインの眼中にはない。
重要なのは、最優先目標を達成出来るか否か。
ただ、それだけなのだから。
敵の軍師の有能さを信じたからこそ、ハイレインは乾坤一擲の策を成功させた。
「な、に…………っ!?」
されど。
東は、その上を行く。
千佳の背後の建物から放たれた、一発の弾丸。
それは正確に彼女の頭部を撃ち貫き、トリオン体に致命傷を与えた。
『戦闘体活動限界。
トリオン供給脳の破壊により、緊急脱出システムが起動。
千佳はキューブ化が完了する前に光の柱となり、ボーダー本部へと消える。
ハイレインの策が、失敗に終わった瞬間だった。
東は、太刀川が敵のワープ使いによって嵌められた事を知っている。
だからこそ、強制転移の罠を使って来る可能性は常に考慮していた。
故に、敢えて加古を千佳の傍から離したのだ。
厄介極まりない強制転移の罠の使用タイミングを、こちらから
「完敗、か」
自らの作戦失敗を目にしたハイレインの身体が罅割れ、崩れていく。
致命傷を受けたアフトクラトルの指揮官は、勝負と作戦両方の敗北を突き付けられ。
そして。
トリオン体を、崩壊させた。
読み合いで勝ったのは、東春秋。
彼率いる、旧東隊を中心とした面々。
最高位の戦術眼の持ち主同士の戦いは、東に軍配が上がった。