痛みを識るもの   作:デスイーター

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神の国の剣聖①

 

「勝てたか…………」

 

 烏丸は弧月を納刀しながら、ハイレインの戦闘体が崩壊する様を見届けた。

 

 彼は東から万が一ラービットが千佳を直接攫いに来た時の為に、後詰めとして待機の命が下っていた。

 

 ハイレインが転移トリガーを使って直接千佳を狙うか、それともラービットを用いるかは前者の可能性が高かったが後者の可能性もまた0ではなかった。

 

 その為、烏丸はいつでも旋空を撃てる態勢で待機していたのだ。

 

 どちらであっても、対応出来るように。

 

 加えて、烏丸の旋空は既にハイレインに見せた手札だ。

 

 その烏丸を敢えて()()()()事で、彼のいる方向からの旋空を警戒させた、という思惑もある。

 

 正直な話、ただハイレインを倒すだけなら他のメンバーだけでも足りてはいたのだ。

 

 此処まで膠着が続いたのは、偏に敵の狙いが千佳であった為だ。

 

 ハイレインを撃破出来ても、彼女を確保されてしまえば()()なのだ。

 

 事実、ハイレインは自身を捨て石にしてでも千佳を捕まえようとした。

 

 敵の思惑を防ぎつつ、ハイレインを撃破する。

 

 その目標は、今此処に達成された。

 

 大一番は、一先ずこちらの勝利といったところだ。

 

「目標、排除完了」

 

 ラービットを瞬殺した三輪はその機能停止を確認し、弧月を収める。

 

 ハイレインの目前でラービットの足止めを喰らった三輪だが、撃破自体は彼にとってそう手こずるものでもない。

 

 鉛弾を撃ち込み、身動きを封じた上で核を穿つ。

 

 それだけの、流れ作業に過ぎないのだから。

 

『敵はこれで生身になったが、ワープ使いが撤退させるだろう。くれぐれも、深追いはするな』

「了解」

 

 東の指示に、二宮達は頷く。

 

 これまでの戦闘でワープ使いも相当トリオンを使わせた筈だが、指揮官を撤退させるだけのトリオンは残してあるだろう。

 

 何故なら、ハイレインは自身を捨て石にする作戦を実行している。

 

 仮にあのまま千佳の鹵獲に成功しても、指揮官であるハイレインが捕虜になってしまっては人質交換が成立してしまいかねない。

 

 精鋭とはいえあくまで一兵卒だったヒュースやエネドラとは、ハイレインの身柄の価値は明確に違う。

 

 極論すればヒュース達の代わりはいるが、領主たるハイレインの代わりは誰もいない。

 

 たとえ金の雛鳥の捕獲に成功しようと、ハイレインという旗頭を失えば本末転倒なのだ。

 

 それ故に、最低限彼を撤退させるトリオンだけは残してある筈だ。

 

 此処で指揮官を捕らえられれば最上ではあるが、下手に深追いして罠に嵌まるワケにはいかない。

 

 自身を捨て駒として使ってまで、目的を達しようとした相手だ。

 

 追って来た相手を罠に嵌めるくらい、容易くやってのけるだろう。

 

「────────この場は完敗だ。玄界(ミデン)の兵士たちよ」

「…………!」

 

 故に、撤退前にハイレインがそう声をかけて来たのは意外であった。

 

 煙の中で見えるハイレインのシルエットは予想通り空間転移の穴を背としており、こちらの一手が届く前に撤退を完了させるだろう。

 

 だからこそ、この場で声をかけて来たのは疑問が残る。

 

 果たして、この敵指揮官は捨てセリフを残すような()()を行うような相手であろうかと。

 

「金の雛鳥が基地に逃がされてしまった以上、当初の作戦は完全に失敗と言って良いだろう。残るトリオン兵も、そう多くはない。何より俺が落ちてしまった時点で、()便()()目標を連れ去る事は不可能になった」

「…………!」

 

 ハイレインの言葉の不吉なニュアンスに、二宮達は────────────────そして、通信越しにそれを聞いていた東は目を見開く。

 

 彼のやり方が「穏便」であったかどうかはともかく、アフトクラトルなりの一線として「後に退けないくらいの被害」を与えるつもりはなかったのは事実だろう。

 

 市街地へのイルガー投下にしても、あれは防がれる事を前提とした作戦だ。

 

 本気で市街地を壊滅させるつもりは────────────────その可能性を容認していたとはいえ、彼等にはなかった筈だ。

 

「敵国を追い詰め過ぎる事は、愚策であるのは理解している。だが、こちらにも立場がある。流石に、()()()()で帰る事は出来ない」

 

 だが、現状アフトクラトルは明確な()()を獲得していない。

 

 訓練生の緊急脱出(ベイルアウト)の有無を確認出来なかった為C級隊員は本命の標的から外し、あくまでも「神」の候補者────────────────金の雛鳥を捕まえる事を、作戦の目標としていた。

 

 加えてボーダーは用心の為に避難誘導に参加させるC級隊員の数を厳選し、B級下位とそれを指揮する柿崎に守らせる形を取った。

 

 だからこそこれまでボーダーの隊員は一人も捕まってはいないし、最大の懸念点だった千佳も緊急脱出で基地に避難が完了している。

 

 大駒も太刀川が落とされたとはいえ幾人も残っているし、敵も残るは一人だけ。

 

 戦況だけを見れば、ボーダーの圧倒的優位と言って差し支えない。

 

「────────────────故に、宣言しよう。金の雛鳥を渡さなければ、我々は諸君を掛け値なしに()()させると。文字通りの意味でだ」

「…………!」

 

 ただ一点。

 

 その残る一名の敵戦力が、あらゆる意味で常軌を逸している事を除けば。

 

「これはハッタリでも、負け惜しみでもない。今この時より、作戦目標を鹵獲から殲滅に切り替える。これだけはやりたくなかったが、こうなった以上は致し方ない」

 

 故に、これは宣告。

 

 金の雛鳥を、千佳を渡さなければこちらを皆殺しにするという────────────────武力を背景とした、脅迫。

 

 神の国の剣聖を、本気で動かすと言う合図。

 

「こちらは最早、容赦をするだけの理由はなくなった。なるだけ早く、決断する事を勧めよう」

「…………っ!」

 

 その宣告に、三輪は鉛弾を撃ち放つ。

 

 今のふざけた宣告を、現実にするワケにはいかない。

 

 故に此処で、敵を拘束して止めさせる。

 

 その為に放った、一手。

 

「────────!」

 

 だがそれは。

 

 目の前に着地した、ラービットによって阻まれた。

 

 これは、先程当真のいた建物に突入した個体である。

 

 しばし距離が離れていた為処理を後回しにしていたが、それが仇となった。

 

 鉛弾はその装甲に撃ち込まれ、重石を付けられたラービットはその場に崩れ落ちる。

 

 だが。

 

 視界の先には既にハイレインの姿も、<窓>の痕跡もなく。

 

 敵の首魁は、既に撤退した後だった。

 

「くそ…………っ!」

 

 三輪は悪態をつきながらラービットの核を弧月で射抜き、二宮達に視線を向ける。

 

 作戦は成功した。

 

 敵の指揮官は倒した。

 

 その目論見も、打ち破った。

 

 だが、それによって引いてはならない引き金を引いてしまった。

 

「────────っ!!」

 

 それを。

 

 彼等は、戦場の全てに叩きつけられた極限の殺意によって理解する事となった。

 

 

 

 

『聞いての通りです、ヴィザ翁。不甲斐ない限りですが、当初の作戦は完全に失敗しました』

 

 七海と対峙するヴィザは、ハイレインからの通信を黙って聞いていた。

 

 無数の瓦礫が積み重なる戦場の最中、突然立ち止まったヴィザを七海は訝し気に見ている。

 

 彼は痛み(ダメージ)の発生個所は感知出来ても、影浦のように相手の感情までは分からない。

 

 だが。

 

 七海の背筋に、言い様のない悪感が迸っていた。

 

 何か、マズイ。

 

 根拠は説明出来ないが、彼の生存本能が五月蠅い程に警鐘を鳴らしていた。

 

 何かの拍子で、地獄の釜が開いたような。

 

 そんな、感覚が。

 

『最早、玄界(ミデン)の被害に配慮する余裕はなくなった。ヒュース、エネドラの件は片付いたが、このまま戦果なしで帰る事は出来ない────────────────故に、手段は選ばん』

 

 そして、告げられる。

 

 アフトクラトル領主、ハイレインの口から。

 

 最後の枷を外す、一言が。

 

『────────────────ヴィザ、城を落とせ』

 

 一瞬の静寂。

 

 空気が、世界が止まる。

 

 その刹那の後。

 

「────────了解致しました」

 

 ヴィザは、閉じた目を開け。

 

 その瞳に、修羅を宿した。

 

「本当に、玄界(ミデン)の成長は目覚ましい。まさか、ハイレイン殿まで敗れるとは。その研鑽に、その成果に、素直に敬意を表します」

 

 ですが、とヴィザはその手に持つ星の杖を掲げる。

 

「私は、ヴィザ。国宝星の杖の担い手にして、神の国アフトクラトルの剣聖。出来る事なら無用な血は流したくはありませんが、国の為とあらば────────────────たとえ、屍山血河を築こうが止まるワケにはいきますまい」

「…………!」

 

 それは、宣告。

 

 たとえどれだけの犠牲を、屍の山を築こうとも。

 

 目的を達成するまでは止まらないという、剣聖の最後通告(ことば)

 

 真の意味で、全力を出すという彼なりの宣誓。

 

 そして。

 

「こうなってしまった以上は、致し方ありますまい。貴方たち玄界(ミデン)の兵士の強さに、敬意を表し────────────────全霊を以て、お相手させて頂きましょう」

 

 ────────────────殺意が、戦場を席捲した。

 

 肌に突き刺さる、底知れぬ悪感。

 

 周囲の気温は変わっていない筈なのに、まるで極寒の吹雪の最中に放り込まれたような寒気。

 

 それは、数多の戦場を巡った修羅のみが持つ全霊の殺意。

 

 敵を殺すという事だけに特化した、容赦なき剣鬼の具現。

 

 神の国の剣聖、ヴィザがその刃を作戦行動ではなく明確な()()へと切り替えた証。

 

 そして。

 

 あらゆる死の、前兆であった。

 

「────────────────星の杖(オルガノン)

 

 刹那。

 

 不可視の刃が、世界を席巻した。

 

 空気が戦慄く。

 

 空が震える。

 

 空間そのものの、断末魔。

 

 それを錯覚するかの如き現象が、戦場に具現した。

 

 裁断される、ありとあらゆる建造物。

 

 視界に映る全てが、一瞬で斬り裂かれ、その斬撃の後にようやく現実が追い付いたかのように崩れ落ちていく。

 

 神速、どころの騒ぎではない。

 

 先程までの剣速ですら、まだ本気ではなかった。

 

 此処にいたのが感知痛覚体質(サイドエフェクト)を持つ七海でなければ、今の一刀で斬り裂かれていただろう。

 

「え…………?」

「やられたな、これは」

『『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 だが、助かったのは彼だけだ。

 

 ヴィザが斬り裂いた、建物の内部。

 

 そこに狙撃の機会を伺って待機していた太一、穂刈は。

 

 今の斬撃によって、胴を両断。

 

 致命傷を負い、緊急脱出システムが作動して戦場から消え去った。

 

 二人は、同様に驚きに眼を見開いていた。

 

 有り得ない。

 

 東ではあるまいに、建物の内部に隠れている狙撃手を。

 

 今の無差別攻撃で正確に仕留める、などという真似が出来るなどとは。

 

 到底、想定する事は出来なかっただろう。

 

「────────────────微かに、殺気が漏れていましたのでな。それに、私を相手に狙撃を試みた者はこれまでに幾人もおりました。なので、分かるのですよ。狙撃手が隠れていそうな、位置などはね」

 

 ヴィザがそれを成し得たのは、偏に彼の超絶技巧とこれまでの戦闘経験があったが故だ。

 

 戦争経験。

 

 旧ボーダーの面々が持つ強さの一端でもあるそれを、ヴィザ翁は文字通り星の数ほど経験している。

 

 だからこそ、戦場での定石は彼にとっては常識だ。

 

 たとえそれが。

 

 達人の中の達人のみが持つ観察眼に依る、他者に真似など出来ようもない芸当であろうとも。

 

 彼にとっては、()()()()()の事でしかない。

 

 敵側の最大戦力を持つ自分相手に、生存に優れた七海のみ当てる、などといった事がある筈がない。

 

 那須の射撃支援があるとはいえ、七海はどう見ても遊撃・攪乱に特化した駒だ。

 

 攪乱に特化した兵は、逃げに徹する事が出来るからこそその長所を最大限に発揮出来る。

 

 だからこそ、在って然るべきなのだ。

 

 遊撃兵の火力不足を補う、必殺の()()が。

 

 そしてそれを担うのに、狙撃手ほど的確な相手はいない。

 

 戦闘の最中に遠方から一方的に攻撃出来るというアドバンテージは、決して無視出来るものではない。

 

 膠着した戦場では、互いの狙撃手の同行が明暗を分けるケースなど幾らでもある。

 

 それ故に如何なる時でも狙撃手に警戒を配るのは兵士として当然であり、ヴィザもまた例外ではない。

 

 特に、星の杖の使い手たる彼は多くの狙撃手に狙われた経験がある。

 

 正面から戦って倒せないのなら、暗殺を狙う。

 

 非常に合理的で、有効な対策だ。

 

 ただ一つ。

 

 隠れて狙撃した()()では、翁を葬る事出来ず。

 

 そもそも、隠れ潜んだ程度でヴィザの眼から逃れられるという考え自体が甘過ぎる。

 

 

 

 

「今だ、章平」

『了解』

 

 故に、彼等は備えていた。

 

 敵が大規模な攻撃に撃って出る、この時を。

 

 彼等は、奈良坂と古寺は。

 

 裁断された建物、その外周から。

 

 二人同時に、ヴィザに向かって引き金を引いた。

 

 

 

 

「────────成る程」

 

 だが。

 

 その弾丸は、翁には届かなかった。

 

 奈良坂と古寺。

 

 二人の弾丸は、目標に届く前に撃ち落とされた。

 

 正しくは、斬り払われた。

 

 ヴィザの振るう、不可視の高速斬撃によって。

 

 迫り来る弾丸を、刃で斬って捨てるという絶技。

 

 それを当然のように成し遂げたヴィザは、笑みを深め────────────────。

 

「そこですね」

 

 ────────────────二人の狙撃手を、不可視の斬撃で斬り裂いた。

 

「…………!」

「く…………」

 

 胴を両断された二人の顔が、悔し気に歪む。

 

 黒トリガーの、星の杖の最大射程を完全に見誤った。

 

 先の一閃で裁断された範囲こそ星の杖の射程だと考えていたのだが、的外れも良いところだった。

 

 あの一撃は、あくまでも建物内に潜む二人を()()()()にしただけに過ぎない。

 

 あれだけ大規模な破壊を齎しておきながら、ヴィザの剣に無駄などといったものは有り得ないのだ。

 

 むしろ、今の派手な攻撃には最大射程を誤認させる狙いもあったというワケだ。

 

『『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 機械音声が、三輪隊の狙撃手二人の脱落を告げ奈良坂達は光の柱となって離脱する。

 

 それを見届けたヴィザは、アフトクラトルの剣聖は。

 

 対峙する七海を見据え、口角を上げた。

 

「城攻めは久方ぶりですが、命令とあれば致し方ない。此処は老骨に鞭打って、領主殿の期待に応えるとしましょう」

 

 剣聖は星の杖を携え、一歩を踏み出す。

 

 七海には、その歩はまるで。

 

 巨大な厄災が、ゆっくりとにじり寄って来るように見えてならなかった。

 

「これも戦場のならい。容赦をするつもりも、加減するつもりもありません。命惜しむのであれば、早急に白旗を上げるとよろしいでしょう。()()()()なら、いつでも受け付ける用意がありますのでな」

 

 ヴィザは言外にハイレインと同じ要求を伝え、凄絶な笑みを浮かべる。

 

 神の国の剣聖の枷は、解き放たれた。

 

 今の翁は、目的を達するまで決して止まる事はない。

 

 地獄の蓋以上に恐ろしい鎖が解かれ、剣聖は修羅としての本性を露とした。

 

 文字通りの、一騎当千。

 

 それを体現する剣士が、七海の。

 

 ボーダーの前に、立ち塞がった。

 

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