「こ、これは……っ! 東隊長の狙撃により七海隊員が、絵馬隊員の狙撃により那須隊長がそれぞれ『緊急脱出』……っ! ROUND1より快進撃を続けて来た『那須隊』が、此処に来て壊滅状態に陥りました……っ!」
会場は、重い空気に包まれていた。
那須を狙う事で
普段の落ち着いた笑顔をかなぐり捨てての、感情を剥き出しにした那須の姿は、思わず目を背けてしまうような痛々しさがあった。
「上手く那須さんを狙う事で、七海くんを釣り出したわね。彼が那須さんを必ず庇う事を知っていれば、当然の選択だわ」
だが、此処は公的な解説の場。
加古は決して私情は挟まず、解説に終始した。
「そうだなー。流石ユズル、って感じだな。東さんに横から掻っ攫われた格好だけど、その後できっちし那須を獲ってんのは良い判断だ」
その配慮を感じ取ったのだろう。
当真もまた、戦況だけを淡々と解説した。
俺が鍛えたんだぞー、とアピールする事は忘れていなかったが。
「これで『那須隊』は日浦隊員を残すのみとなりましたが、どう思われますか?」
「そうだなー。日浦だけ残っても、得点狙うのはきちーだろ。味方のフォローが前提の立ち回りだからなー、あの子。これ以上のロスを抑えるなら、距離を取って自分から『緊急脱出』するしかねーんじゃねえの?」
当真は多少辛辣ながらも、狙撃手としての見解を述べる。
茜は確かにROUND1、ROUND2と続けて得点源となっているが、それは味方の援護が大前提として立ち回った結果である。
彼女単独の得点力となると、ライトニングを主武装としている以上射程や威力の問題もあり、厳しいと言わざる負えない。
当真としても、彼女が一人で奮闘しても良い結果が得られるとは思えなかった。
「それはどうかしら? 何も、安全策だけが手じゃないと思うわよ?」
「ほーう、どういうこった? 日浦がこの状況で、やれる事があるっつーのか?」
「ええ、勿論」
だが、その考えに加古は待ったをかけた。
当真の訝し気な視線も意に介さず、微笑みを称えた目で加古は告げる。
「あの隊で一番メンタルが強いのは、ある意味あの子よ。あれで中々、肝が据わった子なのよね」
『茜、那須隊長と七海先輩が落ちたわ。どうするの?』
「…………」
通信から、小夜子の声が聞こえる。
茜は今隊の中で生き残っているのが自分だけである事を知り、ぎゅっと拳を握り締めた。
那須や七海が落ちた経緯に、思う所がないワケでもない。
だが、後悔なら後でも出来る。
今はまだ、試合の最中。
出来る事をやってからでも、後悔するのは遅くない。
「志岐先輩、レーダーの精度を上げるのでMAP情報を転送して下さい。それから、────────の解析って出来ますか?」
『出来るわ。すぐ終わるから待ってて』
「はい、お願いします」
茜はそう告げると、小夜子が仕事を終えるのを待った。
雪降る街で、茜は一人白銀の世界の向こう側を見据える。
その眼には、確固たる決意が宿っていた。
「七海は仕留めた。辻をこれ以上その場所で足止めする必要はない。一旦退いて、例の場所まで誘導してくれ」
『了解しました』
通信越しに奥寺達に指示を下し、東は溜め息を吐いた。
奥寺と小荒井は、現在辻の相手を務めている。
彼等は七海の手管によって辻の相手を押し付けられたように見えたが、実は違う。
最初から彼等は、辻を足止めするつもりでいたのだ。
東はこの試合で、最初から七海に那須を庇わせてそこを狙撃で仕留めるつもりだった。
その為には、七海が逃げに徹している最中、跳躍中で身動きが取れない那須を狙う、というシュチュエーションが必要になる。
あそこで辻が影浦との乱戦に合流すれば、七海は那須の所に辿り着けず、那須を庇える位置に付けない可能性があった。
七海を直接狙った所で、サイドエフェクトによって容易に避けられてしまう。
ならば、七海が
そして、七海は那須を狙えば必ずそれを庇う。
そうと分かれば、やる事は単純だ。
敢えて七海が気付く弾道で那須を狙撃で狙い、七海にそれを庇わせる。
そうする事によって、七海を回避ではなく防御行動へと誘導する。
それが、東の立てた作戦だった。
この試合、作戦の基本方針は奥寺と小荒井の二人が立てたものにしているが、七海を仕留める算段を付ける為に東は自分の戦術を作戦に組み込んだ。
七海と二宮の相性の悪さは初めから分かっていた為、一度二宮と相対すれば七海は逃げに徹するだろうと分かっていた。
そして、彼の師匠筋である影浦が、七海との公式戦での戦いを熱望していた事も知っていた。
ならば、話は簡単である。
二宮に追い立てられた七海が影浦から逃走する隙を突き、七海が合流するのを待ってから那須を狙撃で狙う。
あの影浦から逃げるのならば、複雑な軌道での逃走はなく最短距離での撤退を選ぶ筈だ。
故に東は、二人の逃走ルートを狙える位置で彼等が網にかかるのを待ち構えていた。
そして、奇しくも同じ事を考えていたユズルの第一射で出来た隙を突き、七海の右腕を吹き飛ばした。
ちなみに、右腕を狙って吹き飛ばしたのもわざとである。
彼等の過去については、東も聞き知っていた。
だからこそ、敢えて
案の定冷静さを失った那須は無謀な突貫を行い、それを庇った七海は東の第二射で致命。
その那須もまた、ユズルの第二射で脱落した。
これで、狙撃を行う上で一番の障害であった七海は仕留められた。
七海はサイドエフェクトで狙撃を察知出来る上に、グラスホッパーを装備している為下手に狙撃を行えば容易く回避された上に瞬く間に接近され、刈り取られる。
影浦と違い殺気を消しても問答無用で察知出来る為、東でさえきちんと作戦を立てなければ仕留める事は出来なかった。
だが、その七海が盤面から消えた以上東は格段に動き易くなった。
狙撃を感知出来る影浦も、殺気を消した東の狙撃までは察知出来ない。
加えて七海と違ってグラスホッパーを持っていない為、充分な距離を取れば逃げ切りも不可能ではない。
奥寺と小荒井の二人に足止めを任せれば、充分逃げ切れる。
故に、今二人に辻の相手をさせるのは得策ではない。
可能であれば、辻を東の射程内に誘導し、そこで仕留める。
もしくは、乱戦に釣られてやって来た影浦を、狙撃で仕留める。
どちらであっても、『東隊』に損はない。
七海を仕留められた後は、最初からそうする手筈であった。
東としては七海を仕留めた事でこのROUNDでやるべき仕事は終えたと考えている為、あとは奥寺達の好きにさせるつもりであった。
本来ならばこの試合も全て奥寺達に任せたかったが、『那須隊』の弱点はなんとしてでも此処で突いて置きたかった。
今のままでは、『那須隊』はこれより上には上がれない。
致命的な弱みを抱えたまま通用する程、B級上位の壁は薄くはないのだ。
それを自覚し、改善に繋げられたのであれば御の字だ。
『那須隊』の面々には恨まれるかもしれないが、それもまた自分の仕事であると東は割り切っていた。
狙撃と戦術によって相手の弱点を突き、相手にその弱みを自覚させて改善を促すのが東のやり方だ。
これまでも、東に物理的に弱点を矯正された隊員は数知れない。
中にはそのまま折れてしまう者もいたが、そうなってしまったらそれはそれで仕方ないとも思っている。
その程度で折れるようなら、戦場ではやっていけない。
厳しいと思うかもしれないが、自分達がやっているのは遊びではないのだ。
ランク戦はスポーツ的な側面がある事は否定しないが、その根幹の目的は実戦を想定した
戦場では、心に隙がある者から死んでいく。
たとえ未成年だろうと、相手が容赦してくれる理由にはならない。
一度戦場に出た以上、その命はあくまで自己責任で護らなければならない。
それが出来ない者を、戦場に立たせるワケには行かない。
だからこそ実戦に出るのはB級以上の隊員であると限定しているし、覚悟の足りない者は永遠に
実力が足りているとは言い難いB級下位の者達も、最低限の戦場に立つ覚悟だけは備えている。
そうでなくば、B級にはなれはしない。
だからこそ、ランク戦という
此処で折れるようなら、そこまで。
そういう考えが、東にはあった。
「さて、これで『那須隊』に残っているのは日浦だけだが、どうなるか。リスクを避けて『緊急脱出』するのか、それとも……」
「じゃあ辻先輩、おっ先ー……っ!」
小荒井はわざとらしく笑みを浮かべ、グラスホッパーを踏み込んで奥寺共々辻から距離を取り、そのまま逃走を図った。
突然の反転に瞠目した辻だが、すぐさま彼等を追いかけながら通信を繋ぐ。
「隊長、奥寺と小荒井が撤退しました。このまま追いますか?」
『ああ、だが深追いはするな。恐らくそいつらが向かう先には東さんがいる。東さんのおおまかな位置だけでも分かれば良い。狙撃には警戒しろよ』
「辻了解」
隊長の許可を取り、辻はバッグワームを纏い走り出す。
『グラスホッパー』を持つ二人に追いつける筈もないが、二人の目的が自分の誘導であればつかず離れずの距離を維持する筈。
そう考えた辻の想像通り、視界の先にちらちらと後ろを振り返りながら駆ける小荒井達の姿が見えた。
わざわざ振り返ってまでこちらを視認しているのは、辻がバッグワームを使っているからだろう。
レーダーに映らない以上、辻がちゃんと追ってきているかを確認するには肉眼で視認する他ない。
狙撃手が高所から俯瞰して動きを教えるという手もあるが、辻は射線の通り難い裏路地や建物の隙間などを選んで移動している。
その為、こちらの動きを気にする小荒井達の狙いが丸わかりだ。
東直々の教導を受けているとはいえ、彼等はまだ『ボーダー』の中では若手。
駆け引きに関しては、そこまで熟達しているワケではない。
まだ動きの所々に、青臭さが伺える。
連携の練度自体は目を見張るものがあるが、そのあたりが今後の課題だろう。
辻は二人の動きを観察しながら、距離を詰めるべく雪道を駆ける。
二人の速度も、緩んで来ている。
恐らく、東が待機している地点が近いのだろう。
そろそろ退き時か、と辻が周囲を警戒した、その刹那。
「……っ!」
横合いから鞭のようにしなる刃が飛んで来て、辻は反射的に『弧月』でそれを受け止めた。
「よぉ、今俺ぁ機嫌悪ぃんだよ。ちっと憂さ晴らしに付き合えや」
「…………影浦さん……」
その刃、マンティスを振り抜いた少年────影浦は、そう言って獰猛な笑みを浮かべた。
「奥寺隊員、小荒井隊員を追っていた辻隊員、此処で影浦隊長に捕まった……っ! 奥寺、小荒井両隊員も反転し、乱戦の構えか……っ!」
「影浦くん、東さんじゃなくて辻くんの方を狙ったのね。案外冷静じゃない」
加古は戦況を見据え、笑みを浮かべる。
東は二度の狙撃の敢行により、影浦に位置がバレている。
普通の狙撃手であればそのまま狙撃手狩りに向かう影浦だが、東相手だとそうもいかない。
何せ、東の殺気のない狙撃は影浦のサイドエフェクトを潜り抜けてしまうからだ。
七海と違い、
東は殺気を消して狙撃を行う事が出来る為、狙撃手でありながら影浦との相性は最悪なのだ。
故に、影浦も東相手では慎重にならざるを得ない。
その為、無理に東を追うよりは辻を仕留めに向かった方が良いと判断したのだろう。
この試合で影浦が戦いたがっていた相手が既に脱落していた事も、彼に安全策を取らせた一つの要因である。
「乱戦になれば、影浦くんが有利ね。今彼等がいる場所は少し射線が通り難いから、東さんが狙撃位置に付くまでに小荒井くんか奥寺くんを落とせれば、一気に均衡が崩れるわ」
「確かにそうなるな。あの二人は、二人揃うとつえーけど一人だけならそこまでじゃないしな」
けどよ、と当真は続ける。
「まだ、『緊急脱出』してねーのな日浦は。誰にも捕捉されてねーし、距離を取って『緊急脱出』する事自体は出来ると思うんだがなー」
「それはきっと、茜ちゃんが戦う事を選んだから、でしょうね」
当真の言葉に、加古はそう答えた。
訝し気な表情を浮かべる当真に、加古は話し始めた。
「確かに、これ以上点を取られないように自発的な『緊急脱出』をするのがベターに思える。けれどこの試合、『那須隊』はまだ一点も取れていないのよ」
そう、確かに自分の意志で『緊急脱出』するのは相手チームとリードを広げられないようにするには有効な手だが、それは少なくとも点を挙げた後に取るべき戦略だ。
今回のROUND3で、『那須隊』は未だ一点たりとも獲得していない。
そんな状態で茜が『緊急脱出』を選べば、点差は開く一方だ。
だが、もしも茜が誰かに落とされたとしても得点を挙げる事が出来たなら。
だからこそ、茜は戦うという選択をした。
そして今も、狙撃手として身を潜め得点のチャンスを狙っている。
それが、最善の行動だと信じて。
「ランク戦では、失点より得点が大事。リスクを恐れていては、何も出来ないわ」
それに、と加古は続ける。
「きっと彼女は、勝算を持って動いているわ。彼女達のオペレーターは、優秀だからね」
加古は画面の一点を見詰めながら、そう告げる。
試合は、既に佳境。
その中で、茜は孤独な戦いを始めていた。