痛みを識るもの   作:デスイーター

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雲外憧憬

 

「ふむ、そう来ますか」

 

 降り注ぐ、弾幕の雨。

 

 ヴィザはそれを特に驚くでもなく見据え、そのまま不可視の刃で迎撃。

 

 落ちて来る光の雨、その悉くを薙ぎ払う。

 

 傍から見れば防戦一方だが、ヴィザは余裕すら漂わせて弾幕を捌いている。

 

 事実、彼からしてみればこのような絶技も児戯の範疇に過ぎないのだろう。

 

 尚も衰える事なき修羅の眼光が、その事実を証明している。

 

 隙など、欠片も見えない。

 

 何処から攻撃が来ようと、対処出来る自信があるのだろう。

 

 それは単なる傲慢でも、無論希望的観測でもない。

 

 ただの事実として、()()()()の攻勢は対処可能な範疇に過ぎない。

 

 それを成し得るのが、剣聖。

 

 武の頂に立ち、修羅をその身に宿す者。

 

 神の国の刃、その権化である。

 

「────────!」

 

 その剣聖に、忍田は果敢に挑む。

 

 弾幕の雨の中、その剣を構え。

 

 剣聖に。

 

 ヴィザの下へと、斬り込んで行った。

 

 

 

 

(ちっ、こいつぁ不味いな。俺も二宮さんも、さっきの動物ヤローとの戦いで消耗し過ぎてる。長くは続かねぇぞ)

 

 警戒区域、その一角。

 

 建物の屋上に立つ出水は、隣に立つ二宮の放つ弾幕を見据えながら内心で舌打ちしていた。

 

 敵の、ヴィザの射程圏外から攻撃する為にこの場から弾を撃ち続けている二人だが、トリオンは有限である以上この援護射撃もいつまでも続けられるものではない。

 

 出水も二宮も、ボーダーでも有数のトリオン強者だ。

 

 双方共に出力や継続戦闘力では早々負けはしないが、何事にも限度はある。

 

 そもそも、二人は先のハイレインとの撃ち合いでそれなりにトリオンを消耗している。

 

 膨大な生物弾に対応する為には、相応の弾数を以て当たるしかなかったからだ。

 

 無論、その事に後悔はない。

 

 二人の射撃がなければハイレインを仕留める事は叶わなかっただろうし、今更可能性を語ったところで意味は無い。

 

 だが、事実として二人は消耗している。

 

 その状態でこの遠隔援護射撃を継続し続ける事は、不可能と言って良いだろう。

 

(このままじゃ、遠からず射撃は中止せざるを得なくなる。けど、そうなったら多分あのじーさんは止められねぇ。忍田本部長は元より、七海の奴も無事じゃ済まねーだろ)

 

 現在ヴィザと忍田達がやり合えているのは、この遠隔射撃の援護ありきのものと言って良い。

 

 確かに忍田はボーダーでも最強クラスの実力者であるし、七海も回避能力は最高クラスのものを持っている。

 

 だが、それだけで抗えるほど剣聖の壁は低くはない。

 

 もし、この援護射撃が途切れるような事があれば。

 

 均衡は崩れ、戦場の色は敗色へと一気に塗り替えられるだろう。

 

 トリオン量的に、この距離からの援護射撃が出来るのは二宮と出水の二人だけだ。

 

 だからこそ、出水達は交代で弾幕を張り続けていた。

 

 少しでも長く、拮抗状態を継続する為に。

 

(迅さんが七海に()を期待してるのかは、大体察してる。なら、その()()を作るのが俺等の仕事だろ)

 

 全ては、勝利へ────────────────否。

 

 七海の望む、未来へ辿り着く為に。

 

 出水は、全てを振り絞るつもりで弾を撃ち続けていた。

 

 トリオン節約の為に加減をして撃つ、などという事をすればあの剣聖は即座にその隙を突くだろう。

 

 故に、二宮も出水も全力での射撃を半ば強要されていた。

 

 それだけの無理を続けていたのは、誰あろう自らの弟子である七海の為である。

 

 正直、出水自身は迅に対してはそこまで思い入れはない。

 

 太刀川の好敵手である迅ではあるが、出水個人との関りはそう深くはない。

 

 それ故に出水が動くのは迅の為ではなく、七海の為といった理由が大きい。

 

 七海は迅を慕い、彼の望む未来へ辿り着く為に全霊を尽くす心づもりでいる。

 

 ならば、その心意気に応えなければ師としての面目が立たない。

 

 これは、それだけの話なのだ。

 

(直接行くのは、多分あの人がやるだろ。俺は俺で、やる事をやりゃあいい。気張れよ、七海。此処が多分、一番の踏ん張りどころだぜ)

 

 

 

 

「────────」

「────────!」

 

 降り注ぐ、弾幕の中。

 

 接近を試みる忍田を、ヴィザの刃が迎撃する。

 

 未だ斬線すら見えない、不可視の刃。

 

 忍田はその脅威に対し、極限の集中を以て弧月を振るう。

 

 まともに受けたのでは、そのまま斬られる。

 

 故に、忍田はその技巧を以て刃を受け流し、その勢いを利用して前進。

 

 一歩、また一歩とヴィザへと歩を進める。

 

「ふむ」

「…………!」

 

 しかし、その進軍は中途で止められる。

 

 ヴィザへ近付いた、その刹那。

 

 先程よりも更に鋭く、数の多い斬撃が忍田を襲った。

 

 忍田はそれも何とか凌いでみせるが、その勢いを殺し切れず後退する。

 

 何が起きたか、言うまでもない。

 

 ヴィザが温存していた刃を用いて、攻勢をかけただけだ。

 

 言葉で説明するは容易いが、当然並大抵の事ではない。

 

 何せ、今のヴィザは弾幕の雨を刃を用いて迎撃しながら戦っている。

 

 そんな中で()()()の刃を増やすなど、防御を自ら薄くしているのと同義だ。

 

 普通であれば、二宮の弾幕と言う一度捕まったら終わりの代物を相手にしている時点で防戦一方になり攻撃をする機会など無い筈だ。

 

 しかしヴィザはいとも簡単にその弾幕の雨を薙ぎ払い、尚且つ攻撃にも力を注いでいる。

 

 格が違う。

 

 文字通りの意味で、そう実感せざるを得なかった。

 

(今の弾幕を凌いでいる状態でこれなら、援護射撃がなくなった時点で終わりか…………っ! だが、諦めるワケにはいかない。彼等が希望を棄てない限り、私は此処で剣を振るい抗い続ける────────────────それが、四年前何も出来なかった私が果たすべき責任の取り方なのだから)

 

 だが、そんな事は承知の上。

 

 分かった上で、忍田はこの場に立っているのだ。

 

 ヴィザが、神の国の剣聖が自分の遥か上の高みに座する存在である事は相対した時に理解している。

 

 だが、相手が幾ら強かろうが折れて屈する選択肢などあろう筈がない。

 

 忍田は、迅が、そして七海がこの戦いを乗り越える為────────────────最善の未来を掴み取る為にどれだけのものを積み重ねて来たのかを、知っている。

 

 愚直な性格故に小南のように堂々と背中を押す事も、城戸のように影ながら力添えをする事も出来なかった。

 

 七海達への信頼度、親密度と言った点で自分は他の旧ボーダーの面々と比べて劣っているのは確かだろう。

 

 実力者として頼ってはくれても、心の支えにまではしてくれてはいない。

 

 忍田の直感は、それを冷静に感じ取っていた。

 

 しかし、過去を悔いても意味は無い。

 

 過去とは乗り越えるものではなく、背負い共に歩むもの。

 

 彼等には彼等なりの、自分には自分なりの過去の背負い方というものがある。

 

 七海達が、過去の悲劇を背負いそれでも前を向き続けるのであれば。

 

 自分は、その背中を押す一助に────────────────いや。

 

 切っ掛けを掴む為の時間さえ稼げれば、それで良い。

 

 その為に、全霊を尽くす。

 

 そこに、何の迷いがあろうか。

 

 武人としての誉れも、戦士としての昂ぶりも、その責務(ねがい)より優先すべき事ではない。

 

 旧ボーダーの一人として。

 

 そして。

 

 他ならぬ、玲奈の戦友として。

 

 此処で気合いを入れずして、何処で入れるというのか。

 

 気持ちの強さで勝敗は決まらない。

 

 弟子たる太刀川の言葉だが、これはある意味では間違ってはいない。

 

 幾ら気合いと覚悟があろうが実力が伴わなければ結果を出す事は叶わず、具体的な策がなければ積み重ねた強さも無為に終わる。

 

 勝敗を決めるのはあくまでも鍛え抜いた実力と機転、環境要素。

 

 そして、僅かな運。

 

 精神論に意味はなく、ただ現実的な積み重ねと戦術のみが勝敗を決める。

 

 無論の事、最低限のモチベーションや矜持がなければそもそも積み重ねを行う以前の問題だ。

 

 だが、土壇場で気合いを入れただけで勝てるほど勝負の世界は甘くはない。

 

 特に、集団戦はその傾向が顕著である。

 

 戦術と機転が全てを決め、精神論の介在する余地はない。

 

 環境を考慮し、相手の戦術レベルを計算に入れ、読み合いで勝った者が勝利者となる。

 

 集団戦における戦闘論理とは、そのようなものだ。

 

 その意味で太刀川の言葉は間違っておらず、その事自体に異議を唱えるつもりはない。

 

 されど。

 

 此処まで圧倒的な強者との戦いであれば、話は変わる。

 

 戦術だけでは勝てず、環境や僅かな運ですら決定打にはならない。

 

 それだけの差が、自分達とヴィザの間にはある。

 

 先程の風間達の失敗が、それを裏付けている。

 

 なればこそ、必要なのだ。

 

 絶対的な強者へ、挑む為の根拠。

 

 想いという、不確かで且つ強い力が。

 

 現実の戦闘に、想いの介在する余地はない。

 

 但し。

 

 ただ一つの、()()を除いて。

 

 ()()は、想いの結晶とでも言うべき代物だ。

 

 乾いた論理だけでは決して届かず、一途な願い(おもい)こそが源である存在。

 

 この四年間、ただの一度たりとも目覚める事のなかったその力。

 

 それを目覚めさせられるかどうかが、恐らくこの戦いの最大の分岐点となる。

 

 その為に必要なのは、時間と機会。

 

 ならば。

 

 それを稼ぐのが、自分の役割だ。

 

(時間は、私たちが稼ごう。君は、彼女の願いを掴み取る事に集中するんだ────────────────()と、共にね)

 

 

 

 

(このままじゃ…………っ! だけど…………っ!)

 

 響き渡る、弾幕と剣戟の交響曲。

 

 その最中、七海は最大限に警戒を張り巡らせながら忸怩たる想いを抱えていた。

 

 先程から()()を試す機会を狙っているが、ヴィザは一向に隙を見せない。

 

 弾幕を薙ぎ払い、忍田と斬り合いながらも彼は七海への注視を緩めてはいない。

 

 一歩、後退する。

 

 その、刹那。

 

「…………っ!」

 

 七海の副作用(サイドエフェクト)が攻撃を感知し、すぐさま元の位置に撤退。

 

 その一瞬後に、彼のいた場所を不可視の斬撃が通過する。

 

 先程から、何度試そうとも結果は同じ。

 

 七海はヴィザの警戒網から、未だ抜け出せずにいた。

 

「何を狙っているかは知りませぬが、無駄な動きはお勧めしませんぞ。どうやら()()()()()()なようですが、限度はあるでしょうからな」

「く…………」

 

 目を細めて告げるヴィザの言葉に、七海は歯噛みする。

 

 恐らく、彼は七海の副作用(サイドエフェクト)に当たりを付けている。

 

 副作用が近界民(ネイバー)にも発現するかどうかは知らないが、少なくとも可能性はある以上知識としては知っている筈だ。

 

 トリオンの優秀な者の中に、特殊な感覚を得て生まれる者がいる事を。

 

 ヴィザは、歴戦の老兵。

 

 これまで戦場で屠った相手の中に、そういった能力を持った者がいなかったとは言い切れない。

 

 そうでなくとも、アフトクラトルは近界(ネイバーフッド)最大の軍事国家だという。

 

 ならば、そういった能力者についての知識を学んでいてもおかしくはない筈だ。

 

 故に、恐らくは察知されている。

 

 七海のサイドエフェクトが、回避能力に関わるものである事を。

 

「貴方の()()は、攻撃を察知する類のものなのでしょうな。しかし、どうやら感知出来るのは貴方自身への攻撃のみの様子────────────────味方を守る事には、使えなさそうですな」

「────────!」

 

 そして、その予想は的中する。

 

 矢張り、剣聖の眼は誤魔化せない。

 

 相手の攻撃を感知するとだけ勘違いしてくれればまだやりようはあったが、()()()()()()()という七海の感知痛覚体質(ちから)の欠点がバレてしまったのはあまりにも痛い。

 

 それが察知されていなければ、ブラフとして運用する手段もあった。

 

 しかし、バレてしまった以上はどうしようもない。

 

 攻撃を当て難いのであれば、他の者から狙えば良いだけなのだから。

 

 七海は確かに機動力と回避能力に特化しているが、攻撃能力はそこまで高くはない。

 

 マンティスはそもそも近付かなければ繰り出せない上にリスクが大きいし、メテオラも彼に辿り着くまでに薙ぎ払われて終わりだろう。

 

 つまり、七海単身ではヴィザを足止めする手段は無い。

 

 むしろ、下手に爆撃などすればその隙を突かれて落とされるだけだ。

 

「隠している奥の手も見てみたいところですが、今は任務が最優先ですからな。()()は、なしでやらせて貰いますぞ」

 

 加えて、こちらの「切り札」の存在にも気付かれている。

 

 それが何なのかまではバレてはいない様子だが、迂闊に動けば即座に斬られるだろう。

 

 ヴィザはこれまでこちらを圧倒し続けながらも、一切慢心をしていない。

 

 己の力に絶対の自信を持ち、慢心するようであればまだ芽があった。

 

 もしくは、時間稼ぎに興じて敢えて見に徹するのであればやりようもあった。

 

 だが、今のヴィザは一切の無駄を排し任務達成にのみ注力している。

 

 何かをする時間など、一切与えてはくれないだろう。

 

(駄目、なのか。此処まで来て、迅さんにも期待されておいて、あと一歩で望んだ未来に届きそうなのに、俺は…………っ!)

 

 七海の脳裏に、弱音が過る。

 

 望んだ未来はすぐそこにあるのに、その間にかかる雲があまりにも厚い。

 

 雲の外へ、光指す陽の元へ辿り着きたいのに、それを邪魔するように空は曇り灰に覆われている。

 

 曇り空(ぜつぼう)が、足を重くする。

 

 太陽の光(みらい)が、遠ざかる。

 

 憧れた道筋(そら)が、姿を隠す。

 

 七海は、その(げんじつ)を前に────────────────。

 

「────────────────おら、シャキっとしろ。七海」

「え…………?」

 

 ────────────────折れそうな心を、その頼もしい声に引き留められた。

 

 顔を上げる。

 

 そこには。

 

 威風堂々と立つ、少年の姿が在った。

 

「カゲさん…………っ!」

「おう、来てやったぜ。最後の一勝負、俺も付き合わせろや」

 

 その声に、言葉に、折れる寸前だった心に火が灯る。

 

 弛緩しそうだった手足に、力が戻る。

 

 目の前には、敬愛する師が。

 

 影浦雅人が、その大きな背を見せつけるように佇んでいた。

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