痛みを識るもの   作:デスイーター

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タイムファクター

 

「これが────────そうか」

 

 右腕の義手より放たれ彼の全身を覆っていた光が消え、今の七海の姿を────────────────黒トリガーを起動した少年の姿を、露とする。

 

 基本的な外見は、那須隊の隊服に準じている。

 

 純白のボディスーツに包まれた、七海の痩身。

 

 所々に黒いラインが奔ってはいるが、基本的なデザインに変わりはない。

 

 だが。

 

 その右腕だけが、違っていた。

 

 四年間、沈黙を守り続けた七海の右腕(黒トリガー)

 

 目覚めの時を迎えた黒い棺は、その在り様を一変させていた。

 

 黒く武骨な義手、という基本骨子は変わらない。

 

 されど、その黒腕を覆うように無数の光のリングが浮遊していた。

 

 天使の輪の如き、厳かに輝く光輪。

 

 それが、8本。

 

 七海の右腕を飾り建てる王冠(クラウン)として、重力を無視する形で浮かんでいた。

 

 四年の月日を超え、初めて発動する事に成功した姉の遺産(黒トリガー)

 

 その使()()()を、七海は誰に教わるでもなく自然に()()()いた。

 

「応えてくれ────────────────皆で、あの剣聖を打ち倒す為に」

 

 右腕の光輪が、七海の言葉に呼応するかのように激しく回転し始める。

 

 その、瞬間。

 

 戦場の各所で、()()は始まった。

 

 

 

 

「これは────────」

『まさか、これが…………?』

 

 警戒区域、その一角。

 

 そこで通信越しに荒船と話していた村上の右腕が、光を帯びる。

 

 そして、光が収まった時。

 

 彼の右腕には、輝く純白のリングが出現していた。

 

 加えてそれは、彼だけではない。

 

 通信越しの荒船の様子からするに、彼にも同じものが発現しているようだ。

 

「荒船、こいつは」

『ああ、どうやらやりやがったみてーだな。ったく、どんなモンが出るかと思えば────────────────まったく、大した奴だぜ七海はよ』

「そうだな。個人的にも、嬉しい。あいつの目覚めさせた力が、こういうものである事は」

 

 村上は頬を綻ばせ、喜色が顔に浮かぶ。

 

 滅多に表情筋が変わらない彼にしては珍しい、心の底からの笑み。

 

 それはきっと、七海の成果と成長を。

 

 右腕の光輪越しに、直に感じたからに他ならなかった。

 

「お前は成果を示した。今度は、俺達の番だ───────────────共に勝とう、七海」

 

 

 

 

『これって…………』

『もしかしなくても…………っ!』

「ええ、玲一の────────────────玲奈さんの遺してくれた、力よ。本当、()()()ものになったわね」

 

 同じく、那須隊の面々の右腕にもその光輪は出現していた。

 

 それが右腕に発現した瞬間、那須はその効力と────────────────何処か、懐かしい匂いを感じていた。

 

 そんな筈はない。

 

 そう、分かってはいても。

 

 那須にはその光輪から、明確な()()の意思が感じられてならなかった。

 

 まるで、すぐ傍で玲奈が見守ってくれているかのような安心感。

 

 それが、不安を押し殺して此処まで来た那須の心を包み込み暖かなものを齎していた。

 

「ありがとう、玲奈お姉ちゃん────────────────玲一に、此処までのものを遺してくれて」

 

 だから、と那須は続ける。

 

「私も勿論、力になるわ。もう、玲一だけに戦わせはしない────────────────皆で、勝利を掴み取りましょう」

『ええ』

『勿論ですっ!』

『言うまでもありませんね』

 

 那須の号令に、那須隊の面々が口々に頷く。

 

 愛する少年の開花を経て、少女はまた。

 

 この局面を乗り切る為、仲間と共に全霊を尽くす事を誓った。

 

 

 

 

「へえ、これがあいつの黒トリガーか」

「そのようだね。本当に、玲奈らしいや」

 

 小南と迅の腕にもまた、光輪は出現していた。

 

 二人は言うまでもなく、それが右腕に現れた瞬間に効能を理解し────────────────同時に、玲奈の遺志も感じ取った。

 

 ただ、無暗に強力な力ではない。

 

 むしろ、単体では役に立たない────────────────集団で用いる事を前提とした、特殊な黒トリガー。

 

 それが、七海の発現させた右腕の能力であり。

 

 玲奈が、彼に望んだ能力(ちから)だった。

 

「単に強いのよりも、ずっと七海らしいじゃない。だって、あいつのこれまでの積み重ねがそのまま強さに変わるんだから」

「ああ、これまでの四年間の成長がなければきっと、この力は目覚めなかっただろう。もしかすると、()()も発動条件に組み込まれていた可能性もあるな」

「それはそれで、玲奈さんらしいわね」

 

 七海の発現させた黒トリガーの能力に想いを馳せ、二人は笑みを浮かべる。

 

 その能力そのものが、玲奈の遺志を反映しているようにも思う。

 

 だって、彼女は。

 

 きっと、七海にたくさんの友に、仲間に囲まれて欲しかった筈なのだから。

 

「最大の分岐点は、超えた。後はもう、本当の意味で全力を尽くすだけだ────────────────皆で、未来を掴み取るぞ」

 

 

 

 

「おいおい、こりゃあ」

「これが、七海の黒トリガーの能力(ちから)か…………?」

 

 基地西部。

 

 決死の援護射撃を行いトリオンの殆どを使い切っていた出水や二宮の腕に、一本の光のリングが出現していた。

 

 その外見は、七海の腕にあるものと酷似。

 

 眩い光を放つ光輪が、彼等だけではなく────────────────その場にいる全員に、発現していた。

 

「これは…………」

「参ったわね。言われるまでもなく、()()が何なのか分かるだなんて」

「ええ、それも含めて黒トリガーの能力なのでしょう」

 

 三輪と加古、そして烏丸はその光輪が出現した瞬間にその効力を理解していた。

 

 情報を叩き込まれたとか、そういう事ではない。

 

 ただ、当たり前に識っていた知識のように。

 

 すっと、身体そのものにその効能が伝わって来たのだ。

 

「本当、七海くんらしい黒トリガーだわ。皆で、ね。ようやく言えたようで、何よりだわ」

『ああ、これなら俺もまだまだ役に立てそうだ。此処まで来て、彼に任せきりにはさせておけないしな』

 

 加古の言葉に通信越しに東も同意し、頷く。

 

 どういった効果が発現するかは未知数であったが、まさかの能力に加古は元より東も面食らっていた。

 

 だが、不思議な事は何もない。

 

 四年の沈黙を破り、ようやく目覚めた七海の右腕。

 

 その効能がただ強力なだけの独りよがりなものではなく、()()したものである事は彼の成長の証とも言える。

 

 それを嬉しく感じながらも、東はこの場の責任者として号令をかける。

 

 確かに、七海は黒トリガーを目覚めさせてみせた。

 

 されどその効果は良くも悪くも特殊なものであり、ただ使えば勝てる類のものではない。

 

 だからこそ、適任なのだ。

 

 稀代の戦術家、東春秋が。

 

 此処から未来を掴み取る為の策を瞬時に立案し、勝つ為には。

 

 彼もまた、全霊を尽くす他ないのだから。

 

『時間がない。すぐに、作戦を詰めるぞ。その為にも────────────────出水、二宮。()()

「「了解」」

 

 

 

 

「成る程、そういう事か」

「ハッ、いいモンを貰ったみてーじゃねーか」

 

 ヴィザとの、決戦場。

 

 そこで七海と共に戦っていた忍田と影浦の右腕にもまた、光り輝く光輪は出現していた。

 

 二人はそれが発現した瞬間に、トリガーの効能を察知。

 

 刹那で使い方を理解し、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ええ、これも皆のお陰です。ようやく、これを使う事が出来ました。誰一人欠けても、この未来(こうけい)は有り得なかったでしょう」

 

 七海もまた、同様に不敵な笑みを浮かべる。

 

 最大の難所は乗り越えた。

 

 ならば後は、全霊を尽くすのみ。

 

 迷いなど、躊躇いなど。

 

 欠片も、ある筈がなかった。

 

「成る程、何を出して来るかと思えば────────────────貴方も、適合者だったというワケですか。しかし、黒トリガー(それ)が使えた()()で私に勝てると思うているのですかな?」

 

 相対する剣聖、ヴィザ。

 

 彼は七海の変化から何が起きたかを察し、挑発のように笑みを浮かべた。

 

 成る程、確かに黒トリガーは強力な武器だ。

 

 しかし、ヴィザの用いているのもその黒トリガー。

 

 それも、アフトクラトルの国宝という超一級品だ。

 

 ヴィザ自身の異次元の実力も踏まえれば、ただ黒トリガーを持ち出しただけでは勝ち目など到底有り得ない。

 

 慢心でも傲慢でもなく、ただの事実としてヴィザはそう認識していた。

 

 そしてそれは、自然の摂理の如く当然の話だ。

 

 神の国の剣聖相手に、強力な武器一つきりで勝とうなどとは無理がある。

 

「俺()()じゃ、無理だろうな。けど、勘違いしてないか? 俺は最初から、俺だけでアンタに勝てるとは思ってない」

 

 だから、と七海は不敵な笑みを浮かべる。

 

「アンタを倒すのは、俺じゃなく────────────────()()、全員だ。ボーダーの総力を以て、剣聖(アンタ)に挑ませて貰う」

「ほう、大きく出ましたね。出来るのですかな?」

「ああ、塵も積もれば、なんて言うだろう? だったら、塵じゃなくて玉や宝石が集まればどうなるか────────────────それを、教えてやる」

 

 常に無い強気な語調で、七海は宣告する。

 

 その言葉に、滾る闘志に。

 

 羅刹(ヴィザ)は、その眼を見開き凄絶な笑みで称えた。

 

「良い啖呵です。では、私も全力で迎え撃つとしましょう────────────────来なさい、若き玄界(ミデン)の戦士達よ。貴方方の剣が神の国の刃(わたし)を折れるか否か、試す事としましょう」

 

 剣聖にして修羅。

 

 刃を極めた、羅刹。

 

 神の国の剣聖は、七海達の挑戦に応じてみせた。

 

 侮りはしない。

 

 格下と、蔑みもしない。

 

 どんな戦場であれ、()()()というものはある。

 

 自身の力に酔い、負けの可能性を考えないなど二流どころか三流ですらない。

 

 真なる戦士であれば、いつ如何なる時でも油断せず、あらゆる可能性を考慮し対処の余地を残すべきだ。

 

 如何なる強者とて、心臓を突かれれば死ぬように。

 

 至高の座にいる剣士でさえも、慢心という毒を呑めばたちまちその足場は綻びを生む。

 

 故に、ヴィザはあらゆる可能性を想定していた。

 

 リングという形状から、こちらの動きを封じる拘束系の能力である可能性。

 

 もしくは、他の兵にも同じ光輪が出現した事からそれを持つ者同士で位置を入れ替える転移系である可能性。

 

 更には、光と言う性質から遠距離攻撃を放つ射撃系の能力である可能性。

 

 そういった可能性に思考を馳せ、そして。

 

「ほぅ」

 

 空から降り注ぐ光弾の数と勢いを見上げ、眼を細めた。

 

「そういう事ですか」

 

 予想が外れた事をすぐに呑み込み、ヴィザは即座に迎撃に移る。

 

 星の杖を起動させ、不可視の斬撃を放つ。

 

 それを以て、無数に降り注ぐ光弾を、これまでと同じように薙ぎ払う。

 

「そろそろ余力も尽きた筈ですが、成る程。これはまた珍しい能力ですな」

 

 光弾を迎撃しながら、ヴィザは看破した七海の黒トリガーの能力を鑑みて笑みを浮かべる。

 

 通常、黒トリガーは一騎当千を成し遂げるピーキーながらも強力な能力である事が常だ。

 

 この一騎当千というのは、文字通りの意味である。

 

 現にエネドラの泥の王(ボルボロス)は強烈な初見殺し性能と高い攻撃範囲を併せ持ち、ハイレインの卵の冠(アレクトール)もトリオンに対する特攻兵器という性質を持ちどれだけ強力な使い手相手でもワンサイドゲームが成立してしまう。

 

 サポートに特化したミラの窓の影(スピラスキア)も、戦略的な意味では他のトリガーの比較にすらならない価値を持つ。

 

 国宝である星の杖(オルガノン)の強力さは、言うに及ばずだろう。

 

 そんな、それぞれが単独でも一騎当千を成し遂げる能力を持つのが黒トリガーだ。

 

 悲劇と引き換えに得られる、突出した力の結晶。

 

 取り返しの付かない代価によって生まれる、他の追随を許さない武器。

 

 それこそが黒トリガーであり、総じてただ用いるだけで戦況を一変させ得る力を持っていた。

 

 だが、七海の黒トリガーは違う。

 

 右腕の義手が変じた黒トリガー、群体王(レギオン)の能力。

 

 それは。

 

「ああ。だけど、他の黒トリガーに劣っているとは言わせない。これが、俺達の手で掴み取った力の形なんだから」

 

 仲間との、トリオンとトリガーの()()

 

 七海が仲間として認識している相手との間にリンクを形成し、その繋がりを持った者達の間でトリオンとトリガーを共有して扱える。

 

 要するに、仲間との間に巨大なクラウド型のネットワークを結ぶようなものだ。

 

 トリオンというリソースを仲間全体で共有し、必要な場所に出力出来る。

 

 更に、共有するトリオン量は単純な全員のそれの合計ではない。

 

 それに加えて、リンクを繋いだ仲間の数が多ければ多い程トリオンの総量が膨れ上がる追加効果がある。

 

 今、この戦場には多くのボーダー隊員が戦闘体となっている。

 

 アフトクラトルの戦闘で幾人も落とされたとはいえ、まだ数にして20人以上の隊員が残っている。

 

 それぞれ戦闘で消耗はしているが、その分を鑑みても群体王によるトリオンブーストは破格の数値となる。

 

 先程までトリオン切れ寸前だった出水達が再びこの勢いの弾幕を撃てたのも、その恩恵に依るものだ。

 

 きっと、四年前の時点で発現出来ていても此処までの効果は得られなかっただろう。

 

 この力はまさしく、四年の月日を経て七海が結んだ絆の結晶。

 

 月日の積み重ねという要素を、力に変えたその化身。

 

 戦友(なかま)を率いるのではなく共に歩む、黒白(こくびゃく)の王。

 

 故に、群体王(レギオン)

 

 七海の四年間の全てを力に変えた、彼の決意と成果の証。

 

 一人ではなく、皆の力で。

 

 そんな七海の覚悟(いし)が結実した、彼に相応しい黒トリガーの形であった。

 

「俺一人じゃ届かなくても、皆の力ならきっと届く────────────────俺達全員の力で、貴方を倒してみせるよ」

 

 光輪を掲げ、七海は笑みを浮かべる。

 

 輝く王冠を手に、少年は羅刹と対峙する。

 

 仲間の力を結集し、剣聖を超える為に。

 

 大規模侵攻、最終局面。

 

 七海の、否。

 

 ボーダーの、最後の戦いが始まった。

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