痛みを識るもの   作:デスイーター

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ドリームトリガー

 

「やりますな。中々、良い手をお打ちになる」

 

 凶悪極まりない黒トリガー、星の杖(オルガノン)

 

 それに付加された重石の重量は、とてもではないが人一人で支え切れるものではない。

 

 遊真の撃ったそれは元となった鉛弾(レッドバレット)の効果を強化したものであり、その重量は一つにつき200㎏にも及ぶ。

 

 如何に剣聖ヴィザとはいえ、これ程の重量の重石を複数付けた状態で動く事は不可能。

 

「ですが、ならばこうするまでの事」

 

 否。

 

 ()()()()、ヴィザにとっては対処可能な範疇だ。

 

 ヴィザは星の杖のサークルブレードを回転させ、同一円状に近い位置で交差。

 

 付けられた重石を、その刃にて斬り飛ばした。

 

 通常、鉛弾で付けられた重石はかなりの硬度を誇る。

 

 それを強化コピーした遊真の『錨』印(アンカー)は、更に硬いものとなっている。

 

 だが、それすら星の杖の刃にとっては切断可能なものでしかない。

 

 ブレードそのものに食い込んでいる部分までは除去しきれなかったようだが、重石の重量そのものは切削によって大幅に激減した。

 

 結果として、乾坤一擲の策として撃ち込まれた重石はその効果を減衰された。

 

 これが、剣聖。

 

 多少の妨害効果(デバフ)を撃ち込んでも、それすら対処してしまう対応能力と技巧の高さ。

 

 矢張り、無理なのだろうか。

 

 彼に。

 

 神の国の剣聖に、刃を届かせる事は。

 

 

 

 

「────────今だ」

 

 警戒区域、その一角。

 

 建物の上で機会を伺っていたユズルは、この瞬間を好機と見て引き金にかけた指に力を込めた。

 

 今、この刹那。

 

 星の杖のブレードは、重石の除去の為に使()()()()()いる。

 

 つまり、先程のようにサークルブレードを用いた迎撃は不可能であるという事。

 

 最初から、対処される事すら想定内。

 

 全ては、この瞬間の為。

 

 ヴィザが見せる隙を、狙い撃つ為に。

 

『外すなよ』

「そっちこそ」

 

 通信越しに、同じく狙撃準備に入っていた当真から激励を受ける。

 

 二人の狙撃手師弟は、不敵な笑みと共に同時に引き金を引いた。

 

 

 

 

 二方向から来る、二つの弾丸。

 

 それはヴィザを迷いなく狙っており、サークルブレードはこの瞬間は使用不能。

 

 無論、コンマ1秒でもあればヴィザは即座に体勢を立て直しサークルブレードでの迎撃を行うだろう。

 

 だが、この刹那。

 

 星の杖のブレードが重石を斬ったその瞬間であれば、サークルブレードは防御札として機能しない。

 

 故に、この狙撃は必中。

 

 遂に、剣聖に弾丸が届く。

 

「甘い」

 

 だが。

 

 その弾丸すら、ヴィザは斬り伏せた。

 

 これまで攻防に用いて来た、サークルブレードではない。

 

 星の杖、本体。

 

 それに仕込まれた刀身を振るい、ヴィザは二つの弾丸を同時に()()()()()()のだ。

 

 黒トリガーに依らない、純粋な剣技による対応。

 

 ヴィザは、黒トリガーに頼り切りの暗愚ではない。

 

 星の杖という国宝にも指定されている最高峰の黒トリガーに加え、本人の技巧が極限まで研ぎ澄まされているからこそ彼は剣聖として名を轟かせているのだ。

 

 彼の前には、明確な隙ですらも技巧によって潰される。

 

 奇しくも、それが証明されてしまった。

 

 作戦は、失敗。

 

 そう言わざる、を得なかった。

 

「な…………?」

 

 否、否だ。

 

 初めから、これだけで届くとは考えてはいない。

 

 正確には、少し違う。

 

 これで届くのであれば、良し。

 

 だが、これまで見て来たヴィザの底知れなさから考えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、作戦は常に二段構え。

 

 常に必殺を意識し、尚且つ失敗した際には即座に次の作戦に移行する。

 

 それは奇しくも、致命的な失敗だけはしないように立ち回るハイレインの戦術理論を模したものであり。

 

 稀代の戦術家、東が運用する対剣聖用に組み上げた多重構造の討伐作戦だった。

 

 二人の天才狙撃手の攻撃が凌がれた際の、次の手。

 

 それは奇しくも、二人と関わりのある一人の狙撃手。

 

 日浦茜による、転移狙撃だった。

 

 茜は己の愛銃であるライトニングを携え、テレポーターを用いて戦場に転移。

 

 即座に引き金を引き、転移狙撃を実行した。

 

 彼女が前期のランク戦を通して愛用して来た狙撃銃、ライトニング。

 

 その性質は、トリオン量に応じた弾速の向上。

 

 そして、今。

 

 群体王(レギオン)によって共有された巨大なトリオンを用いたその狙撃は、文字通りの光速の一射。

 

 重石への対処と、狙撃への直接対処。

 

 それによって処理能力に負荷が掛けられていたヴィザの隙を突く形での、()()()()()

 

 茜の一射は確かに、ヴィザの右足を射抜いていた。

 

 急所を狙う愚は、冒さなかった。

 

 ヴィザ程の手練れであれば、急所への攻撃は反射行動として迎撃してしまいかねない。

 

 これは戦争経験を持つ者が持つ反射行動であり、命を懸けた極限の死地を潜り抜けているからこそ、己に致命を齎す攻撃には()()()()()()()()()する。

 

 故に頭部や胸部といった急所を狙えば、失敗する可能性が高かった。

 

 加えて、二方向からの弾丸を斬り伏せたヴィザの手に持つ星の杖は身体の上側に振り抜かれた状態だった。

 

 更に、上半身への攻撃よりも下半身への攻撃の方が対処はより難しい。

 

 それすらも鑑みて、茜は即座に狙撃が通り易い軌道を選択。

 

 即座に攻撃ルートを計算し、ヴィザの対応が間に合わないであろう位置を狙ったのだ。

 

 結果として、茜の弾丸は命中。

 

 ヴィザの右足に穴を空け、機動力を削る事に成功したのだ。

 

「見事。ですが、代価は払って頂きますぞ」

 

 無論、それはヴィザの眼の前に狙撃手が姿を見せるというリスクと引き換えだ。

 

 テレポーターは、一度使えば転移距離に応じた使用不能期間(インターバル)が発生する。

 

 故に、転移で逃げる事は不可能。

 

 ヴィザは、己に弾丸を届かせた狙撃手の少女に敬意を表し即座に刃を振るう事で返礼とした。

 

 迫り来る、サークルブレード。

 

 その速度は重石の効果によって辛うじて眼には映る程度のものにはなってはいるが、それでも風刃の遠隔斬撃と同じかそれ以上の剣速がある。

 

 狙撃手である茜に、この攻撃を避ける事は不可能。

 

「させない」

「…………!」

 

 されど。

 

 その刃は茜に届く事はなく、七海のブレードによって受け止められていた。

 

 七海の右腕から伸びる、()()()スコーピオンによって。

 

 通常、スコーピオンは受け太刀には不向きだ。

 

 軽さと広い応用性と引き換えに、弧月と比べスコーピオンの刀身は脆い。

 

 ブレードを広げず凝縮すればそこそこの硬さにはなるが、それでも星の杖のブレードを受け止める事は不可能だった筈だ。

 

 それを可能としたのが、七海の黒トリガー群体王(レギオン)の副次的な効果である。

 

 群体王は黒トリガーである事もあり、通常のトリガーとは扱いが異なる。

 

 他の黒トリガーはボーダー製のトリガーホルダーとは無関係に起動する為、通常の場合ノーマルトリガーとの併用はそもそも不可能だ。

 

 だが、七海の黒トリガーは違う。

 

 黒トリガー群体王は、本質的には生身の七海が所有する義手である。

 

 故に、七海の保有するトリガーホルダーと生身の身体を通じてリンクを形成して通常のトリガーも使用可能としているのだ。

 

 扱いとしては、枠を使わない旋空やスラスターといったオプショントリガーに近い。

 

 そもそも、群体王は単体では戦闘能力を持たない。

 

 他のトリガー、そして仲間の存在があって初めて武器として機能するものであり、単独で使っても意味がない黒トリガーなのだ。

 

 だからこそ、その本質はあくまでも()()

 

 それが色濃く表れているのが義手である右腕であり、それに伴ってメイントリガーとして起動したトリガーは出力の強化補正(ブースト)を受ける事になる。

 

 この漆黒のスコーピオンは、その証だ。

 

 七海が右腕で起動したこの黒いスコーピオンは、風刃の本体と同程度の強度と切れ味を持っている。

 

 だからこそ、ヴィザの攻撃を止める事が出来たのだ。

 

 仲間を守り、そして。

 

 勝利へと、繋ぐ為に。

 

「────────!」

 

 再び降り注ぐ、弾幕の雨。

 

 三方向から来る、弾丸の嵐。

 

 ヴィザはそれを、サークルブレードを用いて迎撃する。

 

 重石のなかった先程と違い、サークルブレードの軌道は辛うじて見えている。

 

 しかしそれでも信じ難い速度である事に変わりはなく、三方向からの射撃を尚も捌き続けている。

 

「ほぅ」

 

 その間隙を縫って、茜の狙撃が炸裂する。

 

 使用した狙撃銃は同じく、ライトニング。

 

 光速の狙撃が、連射される。

 

 群体王で共有したトリオンを用いたライトニングの狙撃は、とんでもない速度に達している。

 

 普通であれば、対処は不可能。

 

 しかし、相手は神の国の剣聖。

 

 初見でもない攻撃であれば、対処出来るのはむしろ当然。

 

 体捌きと星の杖本体のブレードを用いて、茜の狙撃を迎撃してみせた。

 

「七海」

「はい。日浦、頼んだぞ」

「了解ですっ!」

 

 だが、それで充分。

 

 七海は影浦と頷き合い、茜を左腕で小脇に抱えて駆け出した。

 

 幾ら高出力のトリオンを用いた狙撃を行えるといっても、茜の機動はあくまでもテレポーター頼り。

 

 見えている固定砲台と化した狙撃手は、脅威にはならない。

 

 だが、そこに機動力が加わればどうか。

 

 七海は鍛え抜いた体捌きと副作用(サイドエフェクト)を組み合わせた、高い回避能力を持つ。

 

 他者を守れないという感知痛覚体質(のうりょく)の欠点も、抱えて密着してしまえば関係が無い。

 

 その七海が茜を()()として連れて行く事で、二人は戦闘機の如き機動性と攻撃性を両立する移動砲台と化した。

 

 七海の高い機動力を用いて移動しながら、次々と放たれる光速の弾丸。

 

 四方八方から繰り出される神速の射撃を、ヴィザは捌き続ける。

 

 しかし、彼は今まさに三方向から襲い来る弾幕を対処している真っ最中なのだ。

 

 その弾幕の雨の中を苦も無く移動する七海達を捕捉する事は、ヴィザといえど難しい。

 

 何せ、七海自身は回避に専念する中攻撃は茜が担っているのだ。

 

 攻撃に意識を割けばその分だけ隙が生まれ出るが、その必要がないのであれば回避にだけ処理能力を集中出来る。

 

 そして、七海程回避と攪乱に特化した戦闘員はそうはいない。

 

 太刀川や風間といった最上級の実力者達に揉まれて鍛え抜かれた回避能力は、剣速が下がっているとはいえヴィザ相手にも十二分に通用していた。

 

 無論、決定打には至らない。

 

 だが、ヴィザの処理能力を圧迫し続けている事もまた事実。

 

 迅の時と、同じだ。

 

 幾ら完璧に、難攻不落に見える相手とはいえ処理能力の限界は人間である以上必ずある。

 

 故に、やるべき事は単純だ。

 

 あらゆる手を尽くして、敵の処理能力を削り続ける。

 

 そして、その先に作り出した隙を見つけ、刃を差し込む。

 

 それだけだ。

 

 そして。

 

 その為の布石は、既に放たれていた。

 

「────────」

 

 弾幕の、雨の中。

 

 一人の男が、突如として出現した。

 

 ヴィザの至近に現れたのは、二丁拳銃を携えた強面の男────────────────弓場拓磨。

 

 嵐山から借り受けたテレポーターを用いて転移して来た彼は、即座に二丁拳銃を発射。

 

 神速の早撃ちが、剣聖に炸裂する。

 

「速い────────────────ですが、それだけでは」

 

 だが、ヴィザはそれを体捌きを用いて回避。

 

 防御に回るのは得策ではないと瞬時に判断しての、回避の実行。

 

 至近距離では躱せる筈のない弓場の早撃ちを、ヴィザは躱してみせた。

 

「隙を見せたな、近界民(ネイバー)

 

 そこに、第二の矢が放たれる。

 

 瓦礫の影から現れたのは、拳銃を構えた三輪。

 

 彼はスイッチボックスで近くまで転移した後、加古からテレポーターを借り受けてこの場に転移したのだ。

 

 弓場の攻撃を避けたヴィザの隙を、狙う為に。

 

 拳銃に装填されているのは無論、彼の十八番である鉛弾(レッドバレット)

 

 今度はブレードではなく、本体に撃ち込む。

 

 仮に刃で受けられたとしても、一時的に敵の動きを鈍らせる事が出来る。

 

 どちらにせよ、当たればそれだけで次へと繋げられる。

 

 これは、そういう攻撃だった。

 

「いえ、まだまだですな」

「…………っ!」

 

 されど、剣聖に同じ手は二度通用しない。

 

 拳銃を構えていた三輪の左腕は、その手首ごと切断された。

 

 他ならぬ、星の杖のサークルブレードによって。

 

 手首を斬り飛ばされた事によって、その手に持っていた拳銃は宙を舞う。

 

 三輪は即座に右腕を伸ばし、それを掴み取ろうとする。

 

「く…………っ!」

 

 だが、右腕もまたサークルブレードによって両断される。

 

 まるで、彼の動きが分かっていたかのように。

 

 伸ばした腕の先に置かれていた斬撃は、三輪の右手首を斬り落とした。

 

 これでもう、三輪の戦闘能力は喪失した。

 

 射撃トリガーもスコーピオンも持たない彼は、両腕を失った時点で武器を握れなくなる。

 

 致命傷は負ってはいないが、最早この場では死んだも同然だった。

 

「かかったな」

「…………!」

 

 しかし。

 

 戦う力を失った筈の三輪は、笑っていた。

 

 その笑みの意味を、ヴィザは次の瞬間思い知る。

 

 突如として身体に撃ち込まれる、無数の重石。

 

 それは。

 

 三輪の影から攻撃を放った、遊真による『錨』印(アンカー)だった。

 

 最初から、三輪はこの為に敢えて声をあげて攻撃を仕掛けたのだ。

 

 敵の注意を、自分に惹きつける為に。

 

 本命である遊真の一撃を、通す為に。

 

 三輪は、自ら捨て石になったのだ。

 

 彼が憎んでいる筈の、近界民の少年のサポートの為に。

 

 そこに、どんな心境の変化があったのかは彼でなければ分からない。

 

 重要な事は、ただ一つ。

 

 ヴィザ本体に重石が撃ち込まれ、その動きに枷を付けられた。

 

 その、事実だけだ。

 

 

 

 

『村上。今だ』

「了解」

 

 この瞬間を、待ち望んでいた者がいた。

 

 警戒区域、その一角。

 

 そこで戦闘体を解除し、生身を晒していた少年。

 

 村上鋼は、()()()()()()()()()をその手に携え。

 

 その()を、叫んだ。

 

「風刃、起動…………っ!」

 

 黒き棺は。

 

 最上宗一の遺した、風の刃は。

 

 友を想う一人の少年の覚悟に応え。

 

 その力を、解放した。

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