「……………………」
「茜……」
『那須隊』の作戦室で、生身の身体に戻った那須と熊谷は、未だに画面の向こうで戦っている茜の姿を複雑な面持ちで見据えている。
「…………」
後ろからそれを見ている七海も何も言えず、作戦室には小夜子のキーボードを叩く音だけが響いている。
小夜子もまた、そんなチームメイト達には敢えて話しかけはせず、茜のサポートに集中している。
茜の姿を、三人に見せつけるように。
「…………目を、逸らさないで下さい。私にも、先輩達にも、見届ける義務がある筈です」
返答は、なかった。
しかし、三人は沈痛な面持ちで、それでも顔を上げた。
今はそれだけで良しとし、小夜子は茜のサポートを再開した。
それが、今出来る最善と信じて。
「オラア……ッ!」
影浦は腕を振るい、鞭のようにしなるマンティスを振るう。
その標的とされた辻は『弧月』でその刃を受け止めながら、一歩下がる。
だがそこに、側面から奥寺と小荒井が同時に斬りかかる。
二方向から挟み込むようにして斬り込む二人に対し、辻の取った手段は単純明快。
「────旋空弧月」
「……っ!」
「うわ……っ!」
『旋空』を起動し、拡張ブレードで二人纏めて薙ぎ払う。
しかし、それをまともに受ける程奥寺も小荒井も未熟ではない。
今はまだ発展途上とはいえ、二人は東の教導の下B級上位に居座り続ける実力者。
旋空相手に受け太刀は不利な事を知っている二人は、グラスホッパーを起動しそれを踏み込み、跳躍。
『旋空弧月』の軌道から、一瞬にして退避した。
「……っ!」
しかしすかさず、影浦が辻を追撃。
辻は再び弧月で受け太刀しようとして────『マンティス』の刃は、別方向に跳ね上がった。
「うわっと……っ!」
狙われたのは、辻に再び斬りかかろうとしていた小荒井。
小荒井は間一髪で身体を捻り、マンティスの斬撃を回避。
グラスホッパーを用いて、影浦から距離を取った。
「気を付けろ。迂闊に影浦先輩の射程に踏み込むな」
「分かってるって、危ねぇ危ねぇ」
離れた場所に着地した小荒井と奥寺は、慎重に影浦との間合いを図っている。
「……チッ……」
影浦としては七海が脱落した以上、誰を狙うかについての執着は特にない。
ただ、燻った苛立ちをぶつけられる相手がいれば誰でも良かった。
一番それをぶつけるべき相手は、既にこの場からいなくなっているのだから。
『カゲさん、そろそろ二宮さんが来るよ。その前に誰か仕留めておきたい。動き、止められる?』
ユズルからの通信を聞き、影浦の動きが一瞬止まる。
ほんの一瞬思案する素振りをした後、影浦は答えを返した。
『…………出来ねぇと思うか?』
『了解』
影浦が作戦を了承した事を確認すると、ユズルは通信を切った。
そして、影浦は鋭い眼光で辻を睨みつけ、飛び掛かる前の獣のように身を沈ませた。
「…………行くぜ」
影浦は腕を振り上げ、辻に向かって斬りかかった。
「…………日浦が『緊急脱出』する素振りがないな。何処かで隠れて、機を伺っているのか……」
東は戦況をスコープで俯瞰しながら、一人呟く。
七海と那須の脱落からそれなりに時間が経過しているのに、茜が『緊急脱出』する素振りは見えない。
前の試合、茜はテレポーターを使用していた。
もしも自発的な『緊急脱出』する為の距離が足りなかったのだとしても、テレポーターを用いれば距離を稼ぐ事など造作もない筈。
即ち、彼女に自発的に『緊急脱出』する気があるならとうにしていなければおかしいのだ。
(…………だが、どうやって点を取る気だ? 今までの試合の立ち回りを見る限り、あの子の基本戦法はあくまで味方のサポートである筈。単騎で相手を仕留められるタイプの狙撃手ではない筈だが……)
茜は前期の試合では那須の援護に終始し、今期の試合でもあくまで味方のサポートとして振る舞っていた。
その支援能力は特筆すべきものがあるが、反面単騎での得点能力は低いと東は見ていた。
彼女の得意とするライトニングは弾速と速射性が武器であり、威力は狙撃銃の中で最も低くシールドを貫く事は出来ない。
確実に相手の急所に当てなければ、致命傷を与える事も難しい。
茜はその弱点を、味方の攪乱能力を当てにする事で補っていた。
必然的に、味方が全員脱落してしまった現在、彼女が相手を仕留める事は難しくなっている筈だ。
仮に相手を仕留められたとしても、その後に彼女がやられてしまえば得点の差を縮める事は出来ない。
確かにランク戦では失点より得点が大事だが、それでも一点のロスは痛い筈だ。
ライトニングの射程を考えれば、主戦場に介入して得点した所でその後の追撃を避けられるとは思えない。
今の状態で茜が一方的な利益を得るには、狙撃で得点を得ながら自発的に『緊急脱出』する為の距離を稼ぐ必要があるワケだが……。
「…………いや待て、もしかすると、彼女は……」
そこで東は一つの
「…………試してみる価値はありそうだな、これは。或いは、面白いものが見れるかもな」
『奥寺、小荒井、辻の動きを止めろ。俺が狙う』
『了解』
『了解っす』
東からの通信による指示を受け、奥寺と小荒井は辻に向かって斬りかかった。
今日は普段より東からの指示が来る事が多いな、と思いながらも彼等に指示に従う事に関して否などあろう筈もない。
東の采配を信じ、二人は全力で辻に斬りかかる。
前方から影浦、右から小荒井、左から奥寺に斬りかかられた辻は、その場からバックステップで退避。
それと同時に旋空を起動し、三人を同時に薙ぎ払う為刃を振るう。
「チッ……!」
「……っ!」
「おわ……っ!」
影浦、奥寺、小荒井は同時に跳躍し、旋空孤月を回避。
奥寺と小荒井はグラスホッパーを起動し、辻の側面に回り込む。
そのまま辻に斬りかかろうと、二人はグラスホッパーを起動し────。
『二人共、下がれ……っ! ハウンドが来るぞ……っ!』
『『……っ!』』
────東の声で上空から迫りくる無数の光弾に気付き、グラスホッパーの向きを変えてその場から離脱した。
しかし、追尾性能を持った弾丸は尚も二人を追い縋る。
「うひゃあ……っ!」
「く……っ!」
二人は脇目も振らず、グラスホッパーを連続起動しその場から逃走を図る。
流石にグラスホッパーの加速は追い切れないのか、ハウンドの追撃を二人はなんとか切り抜けた。
「……っ!」
────だが、その機を逃さぬ者がいた。
いつの間にか二人の側面に近付いていた影浦が、小荒井に向かってマンティスを振り下ろす。
回避を許さぬタイミングで、影浦の刃が牙を剥く。
「────」
だが、絶体絶命の窮地となった小荒井の顔に────笑みが、浮かんだ。
「……っ!」
その小荒井の
そして、次の瞬間────遠方からの狙撃で、マンティスの刃が砕け散る。
もし、腕を引っ込めるのが遅れていれば、影浦の右腕は撃ち抜かれていただろう。
しかし、影浦が隙を晒してしまった事実は変わらない。
今なら、いける。
そう考えた小荒井は、味方の指示を待たずに影浦に斬りかかり────。
「……え……?」
────その身体を、狙撃によって吹き飛ばされた。
「狙撃……っ!? ユズルか……っ!?」
『アイビス』の狙撃により、胴体のど真ん中を吹っ飛ばされた小荒井は何が起きたかを遅れて理解し、しかし時既に遅く。
『戦闘体活動限界。『
機械音声が彼の脱落を告げ、小荒井は戦場から離脱する。
「小荒井……っ!」
味方がやられ、動揺する奥寺。
しかし、彼もまた、己に忍び寄る脅威に気付けなかった。
「が……っ!?」
思考の空白に、無数の弾丸が撃ち込まれる。
奥寺の背後から飛来した無数のハウンドが、彼の身体を撃ち貫いた。
振り向けば、遠目に見える二宮の姿。
距離を詰められ、射程内に入れられた事を知った奥寺もまた、時既に遅し。
『戦闘体活動限界。『緊急脱出』』
機械音声が敗北を告げ、奥寺もまた脱落する。
「……チッ……」
それを見届けた影浦は、踵を返して撤退した。
「カゲさん、後は隠れてタイムアップを狙おう。東さんがいる中で、三人揃った『二宮隊』を相手にするのは無茶だ」
『……ったく、オメェも下手こくなよ……』
「了解」
ユズルは影浦との通信を終えると、スコープ越しに主戦場を見据えた。
影浦は既にその身軽さを活かして離脱しており、『二宮隊』の三人はそれを追う素振りはない。
矢張り、自分と東の狙撃を警戒しているのだろう。
今の狙撃で居場所は割れているものの、自分と東の位置は全くの逆方向。
どちらかを狙えば、もう片方にやられかねない。
自分の位置も東の位置も、そこに辿り着くまでには射線が通り易い場所を通過しなければならない。
隠れ潜んだ影浦の奇襲も考慮すれば、堅実な手を好む『二宮隊』は無理をしてまで追っては来ない筈だ。
既に『二宮隊』は三得点を獲得しており、得点数では既に四部隊の中でトップに立っている。
後はタイムアップを待つだけで、『二宮隊』の勝利が決まる。
その事については癪だが、『影浦隊』も二得点を獲得している。
最良とは言い難いが、まずまずの戦果と言えるだろう。
ユズルも、この後は隠密に徹してタイムアップを待つつもりであった。
だからユズルはアイビスを手に、その場から立ち上がろうとして────。
「……が……っ!?」
────その脳天を、閃光が撃ち貫いた。
威力と弾速から察するに、使用されたのは『ライトニング』。
そしてこの試合でライトニングを多用する者は、一人しかいない。
「日浦さんか……っ!」
油断した。
彼女はあくまで支援が主であり、単独での得点能力は低いと見誤った。
ユズルの位置を特定したのは、恐らく弾道解析によるものだろう。
小荒井を狙撃した時の弾道を解析し、彼の位置を割り出したに違いない。
最初の狙撃の後移動したとはいえ、主戦場から離れるワケには行かなかった以上そこまで大きく場所を移したワケではないのだから。
しかし、小荒井を仕留めてから殆ど時間は経過していない。
つまり、那須を仕留めた時の狙撃も弾道を解析されており、そこから大まかなユズルの位置を逆算したのだろう。
そして近くに潜み、ユズルが狙撃するのを待って位置を特定。
狙撃位置に付き、狙い撃った。
恐らく、テレポーターを用いて。
テレポーターは、移動先を視界に入れてさえいれば、数十メートルを一瞬にして移動出来るトリガーだ。
茜はそれを使い、ユズルの狙撃後即座に最適な狙撃位置に付き、狙撃を敢行したのだろう。
「……やられたな」
既に致命傷であると悟ったユズルは、自分を仕留めた狙撃手に賛辞を贈る。
『戦闘体活動限界。『緊急脱出』』
そして、機械音声がユズルの敗北を告げる。
最年少狙撃手は、少女の狙撃によって戦場から脱落した。
「……よし……っ!」
ビルの屋上からそれを見届けた茜は、笑みを浮かべた。
そして、間髪入れずに最後の行動に映る。
「『
茜は自らの意志で、『緊急脱出』を使用。
彼女は誰に落とされる事もなく、戦果と共に戦場から離脱した。
「小荒井隊員、奥寺隊員が続けて『緊急脱出』……っ! 更に絵馬隊員も日浦隊員の狙撃により、『緊急脱出』……っ! 日浦隊員も、自発的に『緊急脱出』しました……っ!」
「鮮やかな仕事ぶりね、茜ちゃん」
綾辻の実況を聞き、加古は笑みを浮かべた。
その横では、当真が唖然とした表情で画面を凝視していた。
「…………おいおい、こりゃとんだ番狂わせだな。まさか、日浦の嬢ちゃんがユズルを仕留めた上に、勝ち逃げするたぁな」
「だから言ったでしょう?
そんな当真を面白気に眺めながら、加古は続けた。
「確かにランク戦では失点より得点が大事だけれど、余計な点を相手に与えないに越した事はないわ。つまり、茜ちゃんが最大の戦果を挙げるには、狙撃した後間髪入れずに『緊急脱出』する必要があった」
でも、と加古は告げる。
「主戦場に介入して得点しても、自発的な『緊急脱出』の条件である他の部隊の隊員との距離60m以上を稼ぐのは難しいわ。だから茜ちゃんが狙ったのは、主戦場に介入するべく潜んでいた狙撃手────つまり、ユズルくんね」
東さんを狙うのは流石に厳しいだろうしね、と加古は付け加えた。
「東さんはこのMAPを選択した部隊の隊長だし、小荒井くん達の装備を見れば『東隊』は全員が雪用の迷彩装備で臨んでいるのが分かる。MAP条件も知り尽くしている事も加味すれば、東さんを狙うのが無謀なのは一目瞭然ね」
良い判断だわ、と加古は無理をしなかった茜を称賛する。
この試合、那須と七海は無理をして二宮を狙った事で敗北を喫した。
それを見ていた茜は決して無謀な真似はせず、
その冷静な判断を、加古は称賛したのだ。
「恐らく、那須さんを狙った時の弾道をオペレーターに解析させていたのでしょうね。そこでユズルくんの大まかな位置を確認して、ユズルくんが動くのを待って再び弾道解析をかけて位置を特定、狙撃した。多分、移動には『テレポーター』を使ったんでしょうね」
「…………だろーな。ったく、ホント見誤ってたぜ。大したモンだよ、日浦の嬢ちゃんは」
当真は頭をポリポリとかき、苦笑いを浮かべた。
前回の試合で奈良坂があんまりにも茜を褒めちぎるものだから、NO1狙撃手として辛口の判定をしてやろう、と意気込んで解説を引き受けたはいいものの、これでは認めざるを得ない。
茜は、優秀な狙撃手に成長した。
そしてそんな彼女を育てた奈良坂の手腕も、認めなければならない。
ROUND2で奈良坂が言った持論については物申したかったのだが、これでは文句を付ける事など出来はしない。
元々、奈良坂の技量については認めていたのだ。
その
己の鍛えたユズル相手に戦略で勝利したのだから、茜の技量と判断力は本物だ。
ユズルは当真から見ても技量にも機転にも優れ、単独での得点能力も突出している。
壁抜き等の高等技術も難なく行う事が出来、これからの成長も期待出来る。
そんなユズルを、茜は己が技量と冷静な状況判断で打ち破った。
弟子同士の対決は、完敗と言って差し支えない。
ユズル自身、当真を師匠と認めていなかったりはするのだが。
「そして目的を果たした後は、即座に『緊急脱出』した。残り一人の状態から、よく此処まで状況を好転させたわ。流石ね」
「……だな。良い狙撃手になったじゃねーかちくしょう」
当真の負け惜しみを聞きながら、加古は画面を見詰め直した。
「もう、試合は終わりね。東さんも影浦くんも、完全な撤退モード。二宮くんも、リスクを冒してまで追うつもりはないでしょうからね」
『……ごめんカゲさん。やられちゃった』
通信越しのユズルの謝罪に、影浦は深々と溜め息を吐いた。
「ったく、だから下手こくなっつったろうが」
『いやー、あれは日浦ちゃんが上手かったと思うよー?』
だからそんな責めないで、と北添に言われ、元々責めるつもりなどなかった影浦は口を噤んだ。
チームメイトが全員やられ、意気消沈して何も出来ないだろう、と高を括っていたのは、影浦も同じだからだ。
(……まあ、思ったより根性あるみてぇじゃねえか。これなら、妙な手出ししなくても良さそうか……?)
影浦はバッグワームを着て建物に隠れながら、『那須隊』の今後について思いを馳せていた。
場合によっては作戦室に殴り込む事も考えていたのだが、茜の行動を見てその考えを改めた。
考えてみれば、自分以外にも七海達を気に掛ける奴は大勢いる。
ならば、わざわざ自分が余計な事をせずとも良い。
タイムアップを待ちながら、影浦はそう考えていた。
「隊長、このままタイムアップでいいんですか?」
「構わん。東さんが隠密に徹した以上、探しても無駄だ。リスクを冒してまで動く価値はない」
犬飼は雪だるまを作っている二宮に壁越しで声をかけながら、了解、と短く口にした。
このままタイムアップを狙うと決めてから三人で建物の影に隠れていたのだが、二宮が手持無沙汰になって暇を持て余している事を察して、犬飼は辻と共に別室に腰を落ち着けたのだ。
その間二宮は黙々と雪だるまを作っており、傍から見ると非常にシュールな光景だった。
「……時間だな」
綺麗に並べられた雪だるまを作り終えた二宮は立ち上がり、近くの壁に背を預けた。
『タイムアップ……ッ! これにて試合終了……っ! 戦績は、3:2:1:1……っ! 『二宮隊』の勝利です……っ!』
そして、試合終了のアナウンスが告げられる。
四つ巴の雪上戦は、『二宮隊』の勝利で幕を閉じた。