痛みを識るもの   作:デスイーター

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バレンタイン特別編/那須隊の2月14日

 

「ごめんなさいね。突然」

「いいえ、構いませんよ。それで、相談ってなんですか? 那須先輩」

 

 とある日。

 

 小夜子は突然自分の部屋を一人で訪ねて来た那須を迎え入れ、テーブル越しに向かい合っていた。

 

 かつては物が散乱し散らかり放題であったこの部屋だが、綺麗好きで割と几帳面な熊谷の尽力によってある程度見える程度には改善されている。

 

 少なくとも、女子の部屋として辛うじて体面を保てるくらいには。

 

 まあ、奥に並ぶパソコンや大型ディスプレイ等大仰な機器のインパクトがあるので焼石に水かもしれないが、ゴミ袋が積み重なったまま放置されていた頃と比べれば雲泥の差である。

 

 男性と顔を合わせる事が出来ない小夜子は日中ゴミ出しを行う事が出来ず、一人で外に出るのも怖い為ゴミは放置しがちとなっていた。

 

 そんな彼女の事情を鑑みた熊谷や那須が代わりにゴミ出しを行っていなければ、今でも同じ光景が広がっていただろう。

 

 尚、男性である七海にゴミ出しを任せるのは流石に少女としての矜持が許さなかったので押し留めた。

 

 自分でも女子力は最底辺の位置にいると自覚している小夜子ではあるが、最後の一線までは超えなかったワケである。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 わざわざ問い返した小夜子であるが、大体の見当は付いている。

 

 今日は2月7日。

 

 あの大規模侵攻を乗り越えて、二週間と少し。

 

 一週間後にバレンタインデーが控えるこの日に、那須が頬を染めながら訪ねて来たのだから用件はそれに関するものに決まっている。

 

 だって、それは。

 

 同じ悩みを抱える者として、察知して然るべき事柄であったのだから。

 

「えっと、ね。実は、玲一に送るバレンタインのチョコで悩んでいて」

「矢張りそうですか。で、何が問題なんです? 七海先輩なら、那須先輩の贈るチョコならなんだって喜ぶと思いますが」

「その、ね。玲一の喜ぶチョコの()が、分からないの」

「それは、どういう」

 

 しかし、那須の予想外の言葉に小夜子は首を傾げる。

 

 チョコの味も何も、まさか高級品を贈りたいなどという事ではあるまい。

 

 七海の味覚が戻って以降、那須は自分の手料理を彼に食べて貰えるのが何よりの楽しみと言っていた。

 

 義理チョコならばまだしも、愛する少年相手に手作りの菓子を渡せる機会を彼女がみすみす逃すとは思えない。

 

 バレンタインに贈るチョコレートというのは、本命であれば手作りが常套手段。

 

 料理音痴ならばともかくとして、小夜子の知る限り彼女の料理の腕は一般的な少女としては上等な部類に入る。

 

 味覚をほぼ失っていた頃の七海に少しでも味を感じて貰おうと四苦八苦した結果、料理技術が上達していた為だ。

 

 だから、今更チョコレートの作り方云々で彼女が悩むとは思えない。

 

 極端な味付けをしなければ味を感じる事が出来なかった頃ならばともかくとして、今の味覚が正常に戻った七海ならば。

 

 普通のチョコでも、充分美味しいと言ってくれる筈なのだから。

 

「知っての通り、玲一はこれまで味覚が殆ど死んでたでしょ? だから美味しさはある程度度外視して味を感じて貰う事を最優先で作っていたんだけど────────────────()()()()がどんな味を好むかが、分からないのよ」

「あー、そういう事ですか」

 

 那須の説明に、小夜子は納得した。

 

 確かにこれまで、七海は極端な味付けの食べ物以外味を感じる事が出来なかった。

 

 それこそ加古炒飯のような劇物や、七海専用に作り上げた影浦の特注お好み焼き等。

 

 普通の人が食べられる味付けとはかけ離れたものでしか、七海に食事を楽しんで貰う事が出来なかった。

 

 しかし、今の七海は味覚が正常に戻っている。

 

 四年もの間味覚を失っていた為最初は味を感じられる事に戸惑っていたが、今では食事の時間を楽しみにするくらいになっていた。

 

 長い間感じる事の出来なかった料理の味を、口にする度に堪能しているのが傍目から見ても分かる程に。

 

「七海先輩、何を食べても「美味しい」以外言わないですもんね。だから()()()()()な味付けが何か分からないと、そういう事ですか?」

「ええ、そうなのよ。試しに聞いてみても「玲の作るものなら何でも好きだよ」って返って来るだけで」

「そういう答えが、実は一番困るんですよねえ」

 

 二人は揃って、溜め息を吐く。

 

 七海からすれば気を遣ったかもしくは本心からの言葉だったのかもしれないが、そういう時は何かしら指定をして貰った方が作る側としてはありがたいものなのだ。

 

 「なんでもいい」という答え程、対応に困るワードはない。

 

 あの少年は人の心の痛みには敏感だが、女心を察する能力に関しては低いと言わざるを得ない。

 

 那須が寂しがっていたりする時は即座に反応するのだが、今回のように彼に対する「贈り物」で悩んでいる場合はそのセンサーは働かないらしい。

 

 切羽詰まっている切実な苦悩は理解出来ても、日常の些細な悩みまでは気が回らないようなのだ。

 

 本当に大事な所は外さないのだが、こういう時は対処に困る少年なのであった。

 

「でも、幼馴染だったんでしょう? 昔、どんな食べ物を好んでいたかは知らないんですか?」

「玲一、昔は私に気を遣って一緒に何かを食べる時は私の好きな食べ物しか持って来なかったのよ。だから、玲一が何を好んでいたのかは分からないし────────────────昔と今の好みが同じかも、分からないわ」

「そういう事ですか」

 

 小夜子は那須の話を聞き、得心した。

 

 当時から自分よりも那須を優先していた七海に思うところがないでもないが、そこはそれ。

 

 幼馴染の那須でさえ七海の味の好みに心当たりはなく、加えて人は成長に従って食べ物の好き嫌いは変わるものだ。

 

 子供の頃は苦手だった魚介類も、大人になれば好んで食べるというケースも多々ある。

 

 四年前と今では、好みが変わっている可能性は充分にあるのだ。

 

「ただ、私の料理を食べる時より影浦先輩のお好み焼きを食べている時の方が嬉しそうな顔をしてるわね。色々、複雑なのだけれど」

「あー、まあ、それはねぇ」

 

 二人は揃って、溜め息を吐く。

 

 女として、好いた男が自分の作る料理よりも男性の料理の方を嬉しそうに食べているというのは正直忸怩たる想いなのだ。

 

 影浦が七海の為にどれだけ心を砕き、かつての彼でも味を感じられるように尽力したかは知っている。

 

 だからこそ味覚が正常に戻った今七海が本来の影浦のお好み焼きを喜んで食べるのは、理屈としては分かるのだ。

 

 七海は影浦を師として、兄貴分として慕っているし。

 

 彼がどれだけ七海の為に動いてくれたかも、充分以上に知っている。

 

 だからこそ、文句を言い難いのだ。

 

 七海の気持ちも察せるし、影浦への感謝もある。

 

 けれど、女心というものは理屈で納得出来る程単純なものではないのだ。

 

 女として、自分の料理よりも男性の料理の方が評価が高いというのは、プライドを直接ブチ折られるような気分になるのだから。

 

「けれど、知っての通り私の料理スキルなんてたかが知れていますよ? そもそも、那須先輩や小南先輩に教わるまで自分で料理をするっていう発想自体ありませんでしたから」

「それは知っているけど、小夜ちゃんの友達にそういうのに詳しい人いないかなって? 小夜ちゃん、友達多いし」

「正直、那須先輩とどっこいどっこいですけどね。小南先輩と、辛うじて照屋さんくらいですか? 那須先輩の場合」

「あうぅ」

 

 小夜子は自虐ネタに那須を巻き込み、二人揃って自らの交友関係の狭さを直視する結果となって共にくず折れる。

 

 正直自爆以外の何物でもないが、双方共に部隊以外の友人は数える程しかいない。

 

 小夜子の場合はゲーマー繋がりの羽矢と国近、そして友人という括りで扱って良いかは分からないが色々面倒を見て貰っている加古がいる。

 

 対して、那須は自信を持って友人と言える部隊以外の人間が小南くらいしかいない。

 

 照屋とは例の打ち上げの時から親交を持つようにはなれたが、まだまだ表立って友人として表明するにはぎこちない関係であった。

 

 同じ学校繋がりでは木虎がいるが、あちらが那須にあまり良い印象を抱いていない事は知っている。

 

 部隊以外の交友関係となると、那須は白旗を挙げるしかないくらい親交のある人間が皆無に近いのだ。

 

 だから、こういう時に頼れそうな相手がいないのである。

 

 小夜子の助言で部隊以外の世界にも目を向けるようにはなったが、生憎彼女のように隊以外で本当の意味で打ち解けられた人間はまだいなかった。

 

 ぶっちゃけこれまで那須隊という狭い世界に引き籠って外との交流に興味を示さなかった那須の自業自得ではあるのだが、こと七海の事に関して彼女に妥協という選択肢はない。

 

 今回は、七海が味覚が戻って初めてのバレンタインなのだ。

 

 どうせなら、心から喜んで貰えるチョコレートを。

 

 そう意気込む彼女の気持ちは、小夜子にも良く分かる。

 

「────────────────分かりました。私の交友関係(コネ)で何とかしましょう。任せて下さい」

 

 だから、協力するのは吝かではない。

 

 元々、七海に贈るチョコレートで悩んでいたのは小夜子も同じ。

 

 親愛の証として、そして秘した恋慕を込めて。

 

 彼女もまた、七海にチョコレートを贈ろうと思っていたのだ。

 

 けれど、小夜子が自らの課した絶対条件(ルール)として那須に先んじて抜け駆けする事は断じて出来ない。

 

 故に、那須からこうして協力を願い出てくれたのは僥倖だったと言える。

 

 小夜子は内心でガッツポーズを取りながら、親愛なる友人へヘルプコールを送った。

 

 

 

 

「「「「ハッピーバレンタイン♪」」」」

 

 2月14日、那須邸。

 

 そこで勢揃いした那須隊の少女達は、一部赤面しながら揃って姦しい声でバレンタインを祝っていた。

 

 七海が那須と付き合っているのは隊内では周知の事実だが、年頃の少女としてバレンタインというイベントを楽しまないという選択肢はない。

 

 熊谷は最初遠慮していたのだが、茜の後押しと那須のゴーサインによって今のお祝いの声を含めて参加する事と相成った。

 

 ようやく正式に付き合う事になった二人に気を遣って熊谷は自分達は参加するべきではないのではないかと考えていたのだが、元々彼女達はこれまでのバレンタインに友チョコを贈り合っていた。

 

 その習慣を今更なくすのも惜しいと小夜子が訴え那須もそれに賛同したが為に、こうして参加に至ったワケである。

 

「はいどうぞ、七海先輩。ちょっと形は崩れちゃったかもしれませんが、手作りしてみました」

「ありがとう。嬉しいよ」

「えへへ、ありがとうございますっ! 味はちょっと自信ないですけど、日頃の感謝が伝わってくれれば嬉しいですっ!」

 

 真っ先に七海にチョコを渡した茜は、上機嫌でにかりと笑う。

 

 一歩間違えればこの街から去る事になっていた彼女だからこそ、今こうして那須隊の面々で一緒に過ごせるのが嬉しいのだろう。

 

 そんな彼女を那須達は微笑まし気に見詰め、小夜子に至ってはよしよしと頭を撫でている。

 

 普段であれば恥ずかしがって逃げる茜も、今回ばかりは小夜子の好きにさせていた。

 

 それだけ、これからもこの部隊にいられる事が嬉しかったに違いない。

 

 ちなみに、茜のチョコは動物の顔をデフォルメした可愛らしいものだ。

 

 少し形が崩れているのがご愛敬だが、彼女らしい微笑ましいデザインと言えた。

 

「あたしからはこれ。手作りは失敗しちゃって、市販のやつで悪いけどね」

「いや、大丈夫だよ。ありがとう。これからも、頼りにしているよ」

 

 おずおずと渡して来たチョコを受け取り、何処かばつの悪そうな顔をしていた熊谷はほぅ、と息を吐く。

 

 彼女が選んだのは市販のチョコレートで、デパートの特設売り場で売っていたものだ。

 

 茜に触発されて自分で作ろうとした熊谷であったが、自分でチョコを作った経験などなかった為に四苦八苦しながら奮闘した結果何を間違ったのかハート形の可愛らしいチョコが出来上がってしまった。

 

 流石に義理とはいえ那須の目の前でこれを渡す勇気が持てなかった熊谷は、失敗したと言い訳をして市販のチョコで妥協したのだ。

 

 まかり間違っても那須に勘違いされるワケにはいかないという心配性の彼女らしい気遣いではあったが、ある意味でその選択は間違ってはいない。

 

 七海を想う那須の情念は、割と簡単にその本性を露にするのだから。

 

「じゃあ」

「私たちのチョコも、受け取って」

 

 そんな、熊谷の葛藤を知ってか知らずか。

 

 小夜子と那須は、同時にチョコレートを手に持ち七海に差し出した。

 

「ありがとう。嬉しいよ」

 

 七海は迷う事なく二人のチョコレートを受け取り、この集まりをする時に取り決めた通り即座に包装を開封した。

 

「これは…………」

「うちの隊章を模してみました。一応食べ易いように、デフォルメはしましたけどね」

 

 小夜子の作ったチョコは、那須隊の隊章をモチーフとしたものだった。

 

 蛇の部分は子供向けアニメに出て来るキャラクターのようにデフォルメされてはいるが、大まかなデザインは隊章そのものだ。

 

 その丁寧な出来栄えに、七海も思わず感嘆する。

 

 まさか、こんなものが出て来るとは思っていなかったのだ。

 

「凄いな。ここまで精巧に作れたなんて」

「今先輩に手伝って貰えたからです。私一人じゃ、こうはいきませんよ」

 

 そう、こんな代物が出来上がったのは偏に鈴鳴のオペレーターである今結花に指導を受ける事が出来た為だ。

 

 小夜子自身は、直接彼女との親交はない。

 

 しかし、彼女の親友である国近繋がりでアポイントが取れた為に、急増の料理教室の講師として招く事に成功したのだ。

 

 加えて別の人物に手伝って作って貰ったという言い訳を用意する事で、那須との差別化を図ったあたり小夜子の揺るがぬ矜持が伺える。

 

「それから、えっと────────────────少し恥ずかしいけど、ありがとう。玲の気持ちが、充分伝わって来たよ」

「そう言って貰えるなら、作った甲斐があるわね」

 

 そして。

 

 那須の渡したチョコレートは、スタンダードなハート形だ。

 

 但し、その表面には「I LOVE YOU」と刻印されており、那須の好意がストレートに表現されているチョコだと言える。

 

 これはチョコの造形で悩む那須に今が「気持ちは通じ合っているんだから、敢えて奇をてらう必要はないと思う」とアドバイスした結果である。

 

 今回のバレンタインにおいて那須の目的は、自分の気持ちを改めて伝えつつ七海に美味しいチョコを食べて貰う事だ。

 

 だからあれこれ考えていたのだが、明後日の方向に向かいそうになった彼女を見て今がストップをかけたのである。

 

 想いの通じ合った恋人同士、直球勝負こそが正解(ジャスティス)であると。

 

 その結果としてストレートな想いを伝える造形になったワケだが、七海がきっちり頬を赤らめていたのを確認出来ただけでも意味はある。

 

 そう思い、内心ガッツポーズを取った那須であった。

 

「あれ? でもなんだかチョコの表面に何かが付いてるね。玲だけじゃなく、小夜子のも」

「実はこれ、塩チョコってやつなの。玲一、しょっぱいの好きでしょ? だからこういうチョコがあるって知って、こっちの方が良いかなと思ったの。どうかな?」

「いや、嬉しいよ。確かに塩気のあるものは好きだし、こういうチョコがあるとは知らなかったけど美味しそうだ。ありがとう」

 

 そう、お好み焼きを好きという情報を鑑みた結果、那須と小夜子が選んだのは塩チョコという選択肢であった。

 

 塩気とチョコレートという縁遠いものに思えた二つの組み合わせがあるとは知らなかった二人は、今からその選択肢を提示された時は驚いたものだ。

 

 結果としてこうして喜んで貰えたので、那須達としては万々歳である。

 

 こうして、少女達のバレンタインは和気藹々と過ぎていく。

 

 那須には七海と二人きりで過ごすという選択肢もあった筈だが、今回は敢えて部隊全員で共に祝う事を選んだ。

 

 だって、この幸せな一時は。

 

 皆で、力を合わせた結果として。

 

 苦難の末に勝ち取った、掛け替えのない報酬だったのだから。

 

 

バレンタイン特別編/那須隊の2月14日~完~





 折角なのでバレンタイン特別編を描いてみました。

 大規模侵攻が1月20日頃なので、バレンタインの日付も近いので丁度良かったです。
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