断章『HIDDEN MEMORY/七海玲奈』
今回は迅さん視点の回想がメインの断章、迅悠一回顧録編について解説します。
サブタイトルの『HIDDEN MEMORY』は「隠された記録」「秘された記憶」みたいな意味合いです。
自身を舞台装置として扱いがちな迅さんの視点から見た、世界の在り様。
それを、今回の章で色濃く描写しました。
経歴から考えてもかなり無理をしまくっている迅さんですが、そのあたりに踏み込んで言及している二次創作はそこまで多くはありません。
多少言及はしていても、私がやったみたいに旧ボーダー時代にまで言及している人は殆どいない筈です。
これは当然の事ながら、迅さんの旧ボーダー時代の情報が明確にされていないからです。
原作から分かるのは「小南より後からボーダーに入った」「師である最上さんが恐らく目の前で黒トリガーになった」「かつての仲間の過半数は既に死亡している」の三点です。
正直、これだけでもかなり重い過去を背負っているのは伝わって来ます。
しかも「小南より後にボーダーに入った」事から、幼少期は自分の未来視に理解を示せる相手は周囲にいなかったとも考えられます。
普通、未来が視えるなんて子供が言ってもそれを信じる大人はいないでしょうから。
でも判断力の乏しい幼少期なので、それを理解出来ずに未来視に関する発言を繰り返して孤立する、くらいは想像出来ます。
そんな環境下で出会い自分の未来視の事も理解してくれた最上さんは、真実迅にとって恩人だったと思います。
同時に、そんな恩人を失った心の瑕疵は計り知れません。
修羅の如き戦いぶりで風刃の所有権を獲得したというのも、頷ける話です。
さて、そんな迅さんですがこの世界線では原作とは決定的に異なる部分があります。
無論、玲奈の存在です。
七海玲奈。
第一話から七海の回想でのみ登場し、「過去の大規模侵攻で死亡し黒トリガーとなった」とだけ伝えられていたキャラクター。
それが今回の章で、本格的に描写されました。
昔の迅さんは、未来視で酷い未来を視る事に疲れて荒んでいました。
普通の人相手でも場合によっては交通事故や火事で死亡するシーンを見せつけられますし、近界の戦争で出会った相手等は言わずもがなです。
加えて起きる可能性の高い未来はかなり先まで見えるので、四年前の第一次大規模侵攻やその先にある暗い未来は既に視ていたので明るい情報が何もありません。
そんな状態で荒まないワケがなく、思春期であった事も相俟って荒み迅さんの出来上がりです。
ちなみに、この時点では玲奈の死は「起きる可能性の高い未来」ではなかったので視えていませんでした。
彼女の死と黒トリガー化は様々な偶発的要素が重なって起きたものであり、本来ああなる可能性は高くはありませんでした。
そういった少ない可能性が重なり、条件を満たして発生してしまったのが玲奈の黒トリガー化です。
だからこそ、迅は事前に備える事が出来なかったのです。
玲奈の黒トリガー化は
①「七海が自宅に戻っている」
②「那須が遊びに来ている」
③「那須が瓦礫の下敷きになりそうになる」
④「七海が那須を庇った際に即死しない」
⑤「瀕死の七海を偶然迅が発見する」
⑥「直後に迅と玲奈が邂逅する」
⑦「玲奈が自身の未来の可能性を知って七海の元へ向かう」
⑧「七海が死亡する前に玲奈が間に合う」
こういった条件を全て満たす事で初めて、発生するものでした。
特に難しいのが⑥「直後に迅と玲奈が邂逅する」⑧「七海が死亡する前に玲奈が間に合う」の二つで、玲奈が迅と邂逅するタイミングが遅れていれば七海が命尽きるまでに間に合わず、黒トリガー化は起きませんでした。
瓦礫に腕を潰され大量出血していた七海は、出血多量でショック死するまで秒読み段階でした。
そうでなくとも放置すれば傷口から入った雑菌によるあれこれで危なかったですし、体力も相当失っていた中雨に打たれていたので相当危険でした。
玲奈が訪れるのが数刻でも遅れていれば、間に合わずに死亡していたでしょう。
そういう意味では「運命が間に合ってしまった」と言うべきでしょうか。
迅が彼を発見しなければ、七海の未来を視ていなければその命は四年前で潰えていたのでこの物語も始まらなかったので、そういう意味でもこの運命は避けては通れないものでした。
あの雨の日の悲劇こそが、七海玲一の原点であるが故に。
さて、そうやって七海を救い命を散らせた玲奈ですが、七海や迅の記憶ではその在り方を相当美化されています。
七海にとってはその身を投げ出して自分を助けてくれた恩人にして唯一の肉親であり、迅にとっては自身の異常性を受け入れ寄り添ってくれた想い人だったので思い出補正も相俟ってその様子は相当に美しいものとして回想しています。
ですが、そんな風に美化されて回想されていた玲奈は本当は等身大の女の子でした。
迅に寄り添ったのは、自分と同じく特殊な能力で苦しむ彼に共感したのが切っ掛けでした。
それが、玲奈が所持していた異能です。
相手の感情が、表情となって浮かび上がる。
視覚的には相手の顔に重なる形でその時の対象者の感情が具現した表情となって出現します。
相手が喜んでいれば笑顔の、悲しんでいれば泣き顔の。
それぞれのビジョンが、彼女の眼には映し出されます。
これは自動的に発動するものであり、オンオフは出来ません。
なので、玲奈は相手の本当の感情が常に分かってしまい、その所為で空気を読んでしまうようになりました。
正しくは読み過ぎてしまい、その事にかなり疲れていました。
ですが根が利他主義のお人よしの極みのような性格をしていたので、周囲には良い顔ばかりをしようと無理をしていました。
迅に関しては自分よりも重いものを背負っている迅が常に泣き顔をしているのに気付いていた為、共感から来る仲間意識で寄り添っていました。
勿論そんな彼を大事に想っていたのは確かですが、迅や七海が考えていたような聖人君子のような精神性では決してありません。
等身大の、無理をし過ぎるだけの何処にでもいる女の子こそが玲奈でした。
七海を助けたのも彼女が作中で言及していた通り、「たった一人の弟を助けたかった」という一念に他なりません。
だからこそ、迅は彼女を止められませんでした。
母親を
だからこそ弟を助けたいという玲奈の願いを無碍に出来ず、死地へ向かう彼女を送り出す他ありませんでした。
ちなみに玲奈が迅と出会う時間が遅かった場合を除き、彼女が間に合わないというケースはありません。
迅はどんな
二人共根本的に利他主義の献身的な性格をしている為、条件が揃ってしまえば足を止める事は出来ないのです。
そうして玲奈は黒い棺に眠り、迅は彼女を死なせてしまった罪悪感と悲しみから目を逸らす為に「最善の未来の為に」という文句で自分を縛り、現実逃避をしたまま利他主義の極みを体現する舞台装置と化そうとします。
自分の一番大事な人を、自分の選択で死なせてしまったという重荷は、それだけ大きかったのです。
三輪はそんな時の迅と出会ってしまったので、有り体に言えば捨て鉢な彼に無碍にされた形になります。
既に彼の姉は手遅れな状態でしたが、そこまでの状態でなければ或いは優しく諭す等の道もあったと思います。
或いは、原作ではそういった言葉をかけていた可能性もあります。
原作でも「姉を見捨てた奴」として三輪に認識されている迅さんですが、そちらでも十中八九彼の姉は手遅れな状態だったのでしょう。
そんな状態で迅は立ち去ったので、三輪は現実を認めたくなくて近界民への憎悪と迅への八つ当たりをするしかなかったのだと思います。
迅は此処で三輪を無碍に扱った負い目があったので、争奪戦の時にあれだけ配慮していたワケですね。
ちなみに玲奈が迅に「最善の未来」を語った理由は、何かしら目標を持てば少なくとも迅があらぬ方向を向いて暴走する事はないだろうと考えていたからです。
結果として玲奈の死という要因が重なった事で歪みを抱えて進んでしまう迅ですが、彼女の言葉があったお陰で無気力になって命を絶つ等の行動には走りませんでした。
最初の思惑がどうあれ、彼女の言葉には確かな意味があったのです。
そんな玲奈は旧ボーダーでは気遣い上手の出来た人間として、皆に慕われていました。
林道や城戸といった一部の人間は彼女が無理をしていた事に気付いていたので色々と配慮していましたが、玲奈は
他者の気遣いを素直に受け取る事が出来ないというのも、彼女の副作用の弊害と言えます。
そんな彼女だったからこそ、城戸達大人組は遺された七海や彼女の死を背負う迅に最大限配慮していたワケです。
ちなみに旧ボーダー時代の玲奈は凄腕の剣士で、忍田とは鎬を削り合う良き鍛錬相手でした。
熱が入り過ぎて「林の中で武器を持って少女を追い回す不審者がいる」と通報されかけた過去もあるのですが、それも忍田真史武勇伝の一つとして旧ボーダーの面々の間で語り継がれています。
玲奈の戦闘スタイルは本作で描写した沢村さんと同じスピードアタッカータイプで、懐に入り込んでラッシュを重ねる攻撃特化型の剣士でした。
女性故のしなやかな動きを最大限に活かした形で一瞬で相手の懐に踏み込み、ラッシュで勝負をかける南沢の超発展形みたいな戦闘スタイルです。
防御面はやや疎かになりがちでしたがそれを補ってあまりある攻撃性能があった為、近界の戦争では専ら遊撃手として動いていました。
穏やかな性格に似合わぬ苛烈な戦闘スタイルでしたが、彼女は戦闘にのめり込むと集中し過ぎてしまうタイプなので、自己暗示に近い形で攻撃に集中する方が効率が良かったのでそうなっただけなのです。
ちなみに実力は相当高く、当時の忍田とも五分の戦績でした。
現在のボーダーでは、恐らく太刀川と拮抗するか場合によっては勝るでしょう。
当時は剣型のもの以外碌にトリガーもなかったので、トリガーの種類が増え戦闘法が増えた状態ならばトリガー選択によっては相当なものになった筈です。
ちなみに、仮に現在まで玲奈が生きていればこういったトリガーセットになった筈です。
メイン 弧月 旋空 韋駄天 シールド
サブ テレポーター グラスホッパー バッグワーム シールド
攻撃手段は弧月一本で、他は移動系のトリガーを詰め込んだ形です。
七海以上のスピード特化タイプで、狙われた時点で一気に斬り込まれて押し込まれる凄腕剣士が爆誕していたでしょう。
さて、話を戻しまして玲奈を失った迅は泣き叫ぶ小南を置き去りにして七海を病院へと連れて行きます。
その時に小南共々那須とは会っているのですが、描写した通り会話は必要最低限しか行っておらず、その後も彼女と積極的にコンタクトを取る事はありませんでした。
那須にとっては七海を助けてくれた第二の恩人でもありますが、七海を通じて迅と玲奈の関係は聞いていたので、どう接していいか分からずに避けていた部分もあります。
那須にとっては迅は自分の所為で想い人を失わせてしまったどころか死んでしまいそうだった七海を助けてくれた相手でもあるワケで、どんな顔をして会えば良いか分からなかったのです。
加えて、七海への罪悪感で一杯になっていた那須に他の事を考える余裕はまずありませんでした。
当時の那須は病的と言って良いほど七海に献身的に尽くしており、その有り様は「罪悪感で彼女を縛ってしまった」と七海に却って負い目を抱かせる結果となる程です。
こうして二人の拗れた関係が始まり、迅もまた徹底して個の幸福を捨てて「最善の未来」という
今作ではこの時が初登場となる瑠花ちゃんは、そんな迅に忠告をしますが当然この時のメンタルの彼にそれを受け入れる事は出来ませんでした。
しかし忠告の内容自体は覚えていたので、後で感謝を告げたワケですね。
この世界線の琉花はアリステラ防衛戦に参加し自身と陽太郎がこの世界へ逃げる手助けをしてくれた迅に感謝し、密かな想いを向けていました。
そんな彼女からしても迅のこの有り様は見ていられない程酷いものだったのですが、その精神状態を鑑みて言葉が届く余地はない事も理解していたのでこの時点では忠告に留めていました。
彼の時計の針を進めるのは、自分ではないと理解していた為です。
そのあたりを描写した「七海玲奈③」の最後では、七海と修という二人のキーパーソンの「ボーダー隊員となる始まり」を迅が告げる事で幕となっています。
二人共迅の行動によって入隊した人物であり、迅が希望を託した者達でもあります。
こうして、主人公達の物語は始まりを迎えたワケですね。
次話では修を強引に入隊させた事について城戸に問われる迅ですが、そこでの様子で城戸は彼が無理をしている事を察します。
大丈夫かという城戸らしからぬ言葉をかけますが、当然この時の迅さんには届きません。
そんな様子を見て、それでも迅の力がなければ平和な未来など有り得ないが故に見過ごすしかなかった城戸さんの心労は相当なものでしょう。
その心境が零れたのが、あの呟きというワケです。
同様に林道もそんな迅の様子には気付いていますが、同じように踏み込む事は出来ませんでした。
今の自分の言葉では届かないと理解出来るが故に、歯がゆい思いをしながらも何も出来なかったのです。
次の「三雲修②」では、入隊した修に迅が早々に接触し七海達那須隊の試合を見るよう促します。
これは同じく最善の未来であるキーパーソンである七海と修に接点を作る事を目的とした助言であり、そういった目的があったので原作とは異なり早期に迅さんは修と接点を持つ事となります。
そうして修に七海の試合を見るよう促して立ち去ろうとした迅ですが、そこを太刀川に見咎められます。
彼が指摘した通り、迅さんは七海と会う事を避けていました。
玲奈の面影が色濃く残る七海と会う事を、無意識に忌避していた為です。
太刀川は旧ボーダーの面々と異なり迅の事情を詳しくは知りませんが、だからこそ無遠慮に踏み込む事が出来たワケです。
迅にはこういった、遠慮なく物を言える相手が必須だったワケですね。
この時点ではまだ太刀川の言葉で迅を動かす事はありませんでしたが、今後の切っ掛けを作る切り口としてこの邂逅は必須でした。
次の「小南桐絵①」では、ROUND1とROUND2を迅さんの側から観戦しつつ、かねてから視えていた那須隊の歪みが表面化した事に気付き、その膿を洗い出して貰う為に東さんにそれを教えます。
一人の大人としてその情報提供は素直に受ける東さんですが、当然そんな様子を見ていた小南はブチ切れます。
七海に会う事なく、一人で暗躍を続ける迅はあろう事か彼に不利になる情報を対戦相手に提供していたのですから、キレない理由がありません。
そこで小南は迅を怒鳴りつけ、七海に玲奈を重ねて視て未だに彼女の死を受け入れられていない事を指摘するも、迅の本音が漏れ聞こえた事で彼を見逃すしかなくなります。
この時小南は相当な無力感を感じており、自分の言葉だけでは足りないと改めて実感する事となります。
小南は持ち前の素直さと鋭い観察眼で、迅や玲奈の本質を見抜いていました。
徹底した利他主義者という自らが幸福になる事を捨てているとしか思えない在り方に最初はキレて殴りかかり、共に戦う内にその優しさに惹かれ、玲奈の死で時計の針が止まってしまった彼をどうする事も出来ずに地団太を踏んでいたのがこの世界線の小南です。
そんな小南だからこそ、玲奈を亡くした後の迅はまともに見れたものではありませんでした。
表面上は社交的になり人々にも感謝される迅さんですが、昔から彼を知る小南からしてみればその姿は無理をしながら笑顔の仮面を張り付ける痛々しいものにしか映りません。
しかし同時になんて声をかけて良いかも分からなかったので、かつて慕っていた玲奈の弟である七海に構うようになりました。
大切な人を失ったが故の代替行為という側面もありましたが、七海も玲奈の利他主義の悪癖をしっかり受け継いでしまっている事を見抜いてからは、彼女とは別個の人間として叱咤激励するようになります。
こうして頭を切り替えて自力で立ち上がれる精神性こそが、小南桐絵という少女の根幹です。
彼女は根本的に「強い」人間なので、玲奈のように弱い心に寄り添うといった事は出来ません。
小南に出来るのはあくまで叱咤激励であり、慰めるといった行為には不向きです。
彼女のやり方は相手の強さを前提としたものである為、どん底にいる人間に暖かな言葉を向ける事は出来ないのです。
境遇に同情するよりも、「どうすればそこから抜け出せるか」という実利的な面を真っ先に考えるからです。
だからこそ、迅の殻を破る役目は七海に任せる事に決めていました。
初めの一歩を踏み出す役目は、自分ではないと理解していたからです。
また、そんな迅や小南の思惑を予想外の形で超えていたのが茜ちゃんです。
ラウンド3での茜の活躍は、迅をしても予測の外にあるものでした。
那須隊の面々とは敢えて距離を取っていたからこそ、迅が茜の未来を視る機会は殆どありませんでした。
そしてあの活躍自体、「茜が七海に右腕の義手の事を聞く」というイベントが発生しなければ起きませんでした。
茜は以前に純粋な興味で七海の義手の事を聞いてしまい、真実を知って大泣きします。
感受性豊かな彼女にとって、七海が陥った境遇は決して軽々に聞いて良いものではなかったと理解したが故です。
そこで七海や那須に対して何か報いる事が出来るならば頑張ろうと決起し、ライトニングに絞って鍛える事でマスタークラスに到達しランク戦での活躍に繋がりました。
これがなければ、ROUND3での彼女が持ち帰った戦果は有り得なかったでしょう。
そして、この活躍を影浦が見ていなければ心の準備が出来る前に七海に会いに行ってしまい、事態が拗れる結果となっていました。
そういった意味で、茜は影のMVPとも言えます。
そんな茜の活躍を視て絶句していた迅に、再び太刀川が切り込みます。
このやり取りがなければ、迅は七海と向き合う事はなかったでしょう。
太刀川としては「自分に七海を押し付けた癖に逃げるな」という至極当然の追及と、七海に対して師匠として思い入れが出来ていたが故に師としての義理を果たすつもりでこういった行動に出ました。
成績や素行はどうあれ本質を突く鋭い観察眼を持っている太刀川ですから、このくらいの芸当はこなします。
彼の介入がなければ迅の決心が決まり切る事はなかったので、影の功労者である事は間違いありません。
まあ、不甲斐ない迅を見てかつての好敵手として居ても立っても居られなかったという側面もありますが。
そうして七海と向き合い、その結果として彼に諭されたのが迅さん視点から見た「七海玲一⑤」である「Re:七海玲一⑤」です。
かつての間章では七海の側から描いたシーンですが、今回はそれを迅さん側の視点で裏側を含めて描写しました。
此処でようやく迅さんは殻を破り、凍っていた時計の針が動き出す事になります。
罪悪感でと悲しみで眼を覆っていた迅さんが、ようやく前を向いた瞬間でした。
彼には何よりも、玲奈の弟である七海の「赦し」が必要だったワケです。
自分が死なせてしまった玲奈の弟である七海から詰問でも同情でもなく、「感謝」を向けられた事。
それが切っ掛けとなって、彼の時計を覆う氷は氷解したワケです。
次の「小南桐絵③」は、実質「七海玲一⑥」の裏側です。
七海と迅のやり取りを聞いていた小南やレイジが、どういった想いを抱いたのか、
それを、彼女達の視点から描写したのがこの話です。
かつては迅のボーダーでの役割の大きさ故に彼に「足を止めて良い」と言えなかった二人ですが、現実を見ている為に言葉をかけられなかったレイジと異なり、小南はどう言葉をかけて良いか当時は分かりませんでした。
ですが七海とのやり取りを聞いてどう言葉をかければ良いか理解した小南は、迅に切り込みます。
即ち、「辛いなら止めても良い」という一言を。
玲奈は迅に寄り添う事はしても、彼を止める事はしませんでした。
同類の精神構造をしていたが為に、彼の想いを理解し過ぎてしまっていた為に彼を止める、という選択肢を持てなかったからです。
ですが、小南はそんな玲奈とは異なり間違っているなら止めるという選択肢を持てたが為に、この一言が出て来たワケです。
実際止めるかどうかはともかく、こうして強引にでも迅を叱咤激励する事こそ、必要だったのですから。
ちなみに自分の言葉がようやく迅に届いた事で小南のテンションはおかしな事になり、寝室突撃に繋がるワケですがそれはご愛敬です。
次の「城戸正宗①」では、昇格試験の仕様についての提案を上層部に持っていくシーンです。
最初は根付さんや鬼怒田さんといった面々がいた為に事務的に迅に言及した城戸さんですが、旧ボーダーの身内のみが残った場では全面的な協力を表明します。
作中で言及したように迅が無理をしているのが分かれば強引にでも止めるつもりでしたが、そうではないと彼の眼を見て理解出来たのでゴーサインを出したのです。
この世界線では玲奈の存在があった為、原作と異なりこの時点で城戸さんは心情的には迅の味方です。
ですが三輪という裏の広告塔の存在もあり、そういった面を表に出す事は出来ない為表向きは対立している事になっています。
しかし、玲奈の件以降迅を気にかけていたのは事実なので、三者三様に彼を心配していたのです。
此処で迅の口から出た「────────ああ、大丈夫だよ。
章の最後である「Re:未来を識るもの」は前章の「未来を識るもの」へ至る為の道程が迅さん視点で描写されています。
此処では再起し、ランク戦を勝ち抜いていく七海達那須隊の様子を見守りながら、各試合の感想を描写しています。
それぞれの試合を、迅さんがどういった想いで見ていたのか。
今回は、それが分かる回となっています。
そしてこの日に至るまでに尽力してくれた面々に心の中で感謝を告げ、遂に迅は最後の壁として七海の前に立ちはだかる舞台へ進みました。
(来い、七海。今度は、俺が────────いや────────俺と、最上さんが。相手だ)という彼のモノローグこそ、この断章の集大成と言えます。
このモノローグを描く為に、迅さんの視点で過去を描写したのですから。
このあたりはもう、ノリノリで筆を執っていました。
きのこ病罹患者らしいポエミーな表現も全開で使いましたし、こういった湿度の高い話を描くのは大好きなので。
次は色々反響の多かった、VS迅悠一編の解説となります。
お楽しみに。