「こうしてパジャマパーティーをするのも久しぶりね」
「そうね。最近忙しかったし」
「でもでも、またこうして集まれて良かったですっ!」
「ええ、下手をすれば茜と近い将来お別れになっていましたし。迅さんには感謝しないといけませんね」
部屋の中に、少女達の姦しい声が響く。
時刻は21:00。
那須隊の少女達は一同に集まり、パジャマパーティーを開催していた。
今、彼女達がいるのは那須邸の寝室だ。
全員が入浴を終え、後は寝るだけの恰好となってこの場に集まっている。
当然、着ているのは寝巻である。
茜は可愛らしいパンダの絵柄の描かれたピンク色のパジャマで、小夜子は飾り気のない無地の緑色の寝巻。
熊谷は水玉模様の割と可愛い感じの柄のものを着ており、那須は百合の花が描かれた薄い青色のパジャマを着てその上からケープを纏っている。
各々の趣味や嗜好が反映されたパジャマを着た少女達が並ぶその様子は華やかで、絵になっている。
男子にとっては何に置いても目にしたい光景であろう事は間違いなく、たとえば生駒であればこの光景を七海が独占していると知れば血涙を流す事だろう。
尚、七海は今日は用事があって本部に泊まり込んでいる為この場にはいない。
普段であればこの那須邸には同居している七海がいる為完全な男子禁制の場とはならないのだが、今日のように彼がいない日というのはたまにある。
以前であれば特注トリオン体の調整や、無痛症の原因究明を主とする身体検査。
現在は生身のリハビリを兼ねた検査と、経過観察。
それぞれの理由によって、七海が本部に泊まり込みにならざるを得ない日というのがある。
那須は基本的に人恋しく寂しがり屋なので、以前から七海がいない日はこうして隊の面々を呼んでパジャマパーティーを開いていた。
隊を結成して間もない頃は七海がいない分の代替を求めたに過ぎなかったこの集まりだが、今となっては隊員達の大切な交流の場となっている。
ラウンド3での一件の解決以降精神が比較的安定した那須にとっても、今では自身の情緒の制御以外の目的を持った楽しいお喋りの時間であると認識していた。
その為、集まった面々の顔は一様に明るい。
特に茜は満面の、と頭文字が付くに相応しい笑みを浮かべている。
楽しくて仕方がない、といった彼女の心情がありありとその顔に浮かんでいるかのようだった。
「でも、本当に良かったわ。茜ちゃんと離れ離れになるなんて、考えたくもなかったもの」
「はいっ! 私もこのまま那須隊の狙撃手をやれる事になって、嬉しいですっ! 折角A級に上がったのにすぐお別れなんて、嫌ですもんね」
「小夜子の言う通り、迅さんには感謝だね。まさか、あんな風に手を回してくれていたなんて」
それもその筈。
茜は昨日まで、とある問題で頭を悩ませていた。
それは、第二次大規模侵攻をその眼で見た茜の両親が彼女にボーダー除隊を強く訴えていたのだ。
最終決戦でヴィザ翁撃破に貢献した茜は、那須隊名義で一級戦功を獲得していた。
自身の活躍が認められた事に有頂天になった彼女は、それを両親に話してしまったのだ。
最前線で活躍して、一級戦功を貰ったと。
何の意図もなく、正直に。
それが、茜の両親に危機感を抱かせた。
年端も行かない少女が、
それは、比較的古い考えを持った茜の両親にとって娘の手を引くに充分な切っ掛けだった。
その日から、茜の両親は彼女にボーダーを辞めるよう強く訴え始めた。
勿論、茜は泣き叫んで嫌だと言った。
仲の良い皆と、隊の仲間と離れ離れになんてなりたくない。
自分の居場所は、ボーダーにあるのだと。
しかし、今回に限っては茜の両親も頑として折れなかった。
どちらが正しい、という話ではない。
茜は茜の立場から、両親は両親の立場から。
互いの大切なものの為に、退くワケにはいかなかったのだから。
この事を聞きつけた那須隊の面々は、迷う事なく茜の両親の元へ突貫した。
多少の無理をして、小夜子まで同伴して。
茜の両親はやって来た那須隊の面々に驚き、しかし丁寧に頭を下げて頼み込んだ。
あなた達の気持ちは嬉しいけれど、どうか茜を戦場から返して欲しいと。
茜が望んだ事じゃなくても、私たちは娘の事が心配でたまらないからと。
門前払いを受けても訴えを通そうと覚悟していた那須隊の意思を否定するのではなくきちんと聞き、その上で自分たちの願いを伝えたのだ。
茜の両親は、別に分からず屋の人間と言うワケではない。
ただの、何処にでもいる自分の子供を心配する一人の親だったのだ。
そんな両親の願いを受けて、那須達は言葉に詰まりかけた。
大切な人に、いなくなって欲しくない。
その気持ちは、特に那須と七海には痛いほど理解出来たのだから。
けれど、だからといって茜の離脱を認めるワケにはいかないというのが那須隊の共通認識だった。
茜本人が、「辞めたい」と言っているのであれば分かる。
しかし、本人は「辞めたくない」と泣き叫んでおり、茜がそう望んでいる以上那須達が折れるという選択肢はなかった。
議論は平行線のまま、お互いが低姿勢で頼み合うという妙な様相を呈していたのだが、そこに終止符を打ったのが突如現れた迅だったのだ。
突然現れた19歳少年無職を、茜の両親は快く迎え入れた。
話によると、どうやら迅は以前に茜の両親を助けた事があるのだという。
それまではボーダーの活動自体に否定的だった両親がある程度態度を軟化させ、今回もあくまで茜を「説得」しようとしていた背景には、迅がその一件で与えた好印象があったのだ。
迅は年長者として、ボーダーの人間として根絶丁寧に茜の両親に彼女の今の環境について説明し、理解を求めた。
加えて現在那須隊はA級、つまり幹部待遇となっており、固定給を貰っているという話をしてその上で隊員の安全性について今回の大規模侵攻を例に取って説明した。
今回の大規模侵攻では前回のそれとは違い、死者も行方不明者も出なかった。
加えて茜はその結果に繋がる一端となる活躍をしており、尚且つその上で五体満足で何の傷もない事を公開可能な根拠と共に説明したのだ。
一通りの説明を受けた茜の両親は改めて茜と那須隊の面々に確認を取り、それが事実である事と茜本人が強く隊への残留を希望している事を聞き────────────────ようやく折れて、茜の除隊願いを取り下げた。
両親が納得を示したのは茜や那須達の懇願に心揺れたという理由も勿論あるが、信頼の置ける迅という
こういった説得の場では、如何に説得力のある論拠を理路整然と説明出来るかという事と、発言者の
如何に熱い想いを抱いていたとしても、未成年の発言の信頼性というものはたかが知れている。
特に那須隊はこういった事を説明する事が得意な人員がおらず、そういった事務的な事が得意な小夜子は対人能力が壊滅的である為文字通りお話にならない。
説得に足る論拠をきちんと説明出来ない以上どれだけ必死に語り掛けたとしても、その言葉には信頼という重みが足りないのだ。
だからこそ、そこでやって来た迅という存在が活きて来る。
迅は事前に両親からの信頼を獲得しており、未来視を活用する為に普段から街を巡って人助けを繰り返している為三門市民間での知名度も高い。
そして、これまで未来視を駆使して立ち回って来た暗躍力は伊達ではなく、交渉に置いてもその才覚は十二分に発揮される。
特に、今回の場合は大規模侵攻で一切の人的被害を出していなかったという
もしもC級隊員が大量に攫われるような事態となっていればそもそも茜の両親は交渉のテーブルにすら付かず茜を除隊させていただろうが、今回の人的被害は正しくゼロ。
ボーダーはこれまで培って来た防衛力を見せつけ、有言実行で街を守り切ってみせた。
故に、市民間でのボーダーへの感情は概ね好意的なもので占められていた。
茜の両親もそれは例外ではなく、迅の説明が納得の行く理論立てたものであった事も含めて、娘の自由意思に任せる決断を下したのだ。
ちなみに、迅は茜が除隊する
曰く、「七海を振り回した埋め合わせ」との事だったが、この日ほど迅に感謝した日はないと那須達は語っている。
彼が出て来なければ茜と別離する事になっていたかもしれないのだから、迅には感謝してもしきれないだろう。
「ええ、昔から迅さんにはお世話になりっぱなしだわ。今度、菓子折りを持ってお礼に行くわね」
「じゃあ、お願いしようかな。あたし達は玲や七海と違って、迅さんとの関りは薄いからね」
「任されたわ。一応連絡先も知っているし、七海と一緒に行けば会えるでしょう」
那須はこくりと頷いて、代表して迅にお礼へ行く旨を請け負った。
彼女は七海を通じ、迅とは一定の繋がりがある。
神出鬼没で中々捕まらない迅ではあるが、七海を連れて行けば少なくとも無碍にはされないだろう。
お礼が迷惑ならば彼の事だからそれを遠回しに伝えて来るだろうし、那須としても今回の一件は感謝しているのでお礼に行く事に異論はない。
七海に色々と重責を背負わせた事に関して思うところはあるが、彼本人が気にしていないのでそのあたりは自分が干渉するべき事ではないと割り切っている。
まあ、割り切っていても納得出来ているかは別なので文句の一つくらいは言うかもしれないが。
「とにかく、これからも茜ちゃんと一緒の部隊でいれて嬉しいわ。これまで通り、よろしくね」
「はいっ、那須先輩っ!」
茜は那須に対し、満面の笑みで頷き返した。
こうして改めて那須隊への残留が叶った事を実感すると、嬉しさが込み上げて来る。
あの日、いきなり両親に除隊を促された時には何を言われているのか分からなかった。
両親は自分が戦功を取って来た事が気に食わなかったらしいが、茜としては自分が頑張って獲得した功績を褒めるどころか全面的に否定されたので勿論良い気分ではなかった。
茜としては、部活で頑張って賞を取ったから誉めて欲しい、くらいの感覚だったのだ。
問題だったのはそれが軍事組織の危険手当そのものであった事で、ある意味感覚が麻痺していた茜には両親が何を言っているのか理解不能だった。
けれど、自分の事を心配して必死になっている事だけは分かったので、頭ごなしに否定する事も出来なかった。
茜は、両親の事が大好きだ。
少し融通の利かないところもあるけれど、それでも自分を大切に育ててくれた掛け替えのない家族である。
酷い事を言われていても、その根底に自分への愛がある事は理解出来たので茜はどうすれば良いか分からなかった。
だから那須隊の皆が駆けつけてくれた時には嬉しかったし、迅の取り成しで両親が説得に応じてくれた時は本当に安堵した。
────────────────ご両親を、大切にしてあげてね。今回は行き違ってしまったけれど、代わりなんていない家族なんだからさ────────────────
けれど。
あの日。
去り際に茜にそう言い残した迅の顔を見た時、彼女はようやく己の浅はかさに気が付いた。
何の事はない。
両親はただ、茜に傷付いて欲しくなかっただけなのだ。
ランク戦では己の身すら厭わず作戦を遂行する茜であるが、それはあくまでトリオン体という「取り返しの利くアバター」があるからこそ出来る事だ。
両親はきっと、戦功を自慢する娘を見て最悪の
そう考えると途端に申し訳なくなって、その日の夜両親に謝った。
心配をかけて、ごめんなさいと。
両親は面食らった後、にこりと笑って茜の頭を撫でた。
こっちこそ、茜の気持ちも考えずにごめんねと。
そこでようやく、茜はお互いの想いが相手を大切に想うが故に行き違っていた事に気が付いた。
だから改めて両親に自分の意思を伝え、このまま那須隊にいたいという意向をハッキリ示した。
両親は自分の身の安全を第一とする事を繰り返し伝え、茜もそれを了承した。
那須隊を辞める事はないけれど、両親が心配するような事にはならないようにすると。
そう誓って、茜は両親と和解した。
迅の言葉の意味を噛み締めて、彼女はきちんと大切な人に向き合う事が出来たのだ。
まあ、だからといってランク戦の映像なんかは絶対見せられはしないが。
トリオン体である事を最大限利用した戦術を使っているが故に、当然捨て身戦法なんかも取り入れているのでまず見せられない。
それはそれ、これはこれなのである。
「あ、そういえば那須先輩。七海先輩と、正式にお付き合い始めたんですよね。そのあたりのお話、聞きたいですっ!」
「そうね。色々やきもきさせられた側としては、気になるわ。聞かせて貰って良いかな」
「玲一との話? 勿論、幾らでも聞かせてあげるわ。あのね、今の玲一は色々反応が可愛くて────────────────」
少女達の姦しい声が響き、夜は更けていく。
那須隊の少女達は掴み取った平穏な日々を噛み締め、今日も歩みを進めていく。
もう、彼女達の足が止まる事はない。
幸せをその手に掴んだ少女達は、これからもきっとどんな困難であろうと乗り越えて行けるだろう。
掴み取った、
『しあわせあかね』
「残留決定転移系狙撃手」
原作と別ルートを辿り、那須隊への残留を勝ち取った隊のムードメーカー。
大規模侵攻の被害軽減を目指した理由の幾分かは、彼女の残留であると言っても過言ではない。
原作と同様かそれに匹敵する人的被害が出ていれば、このルートは解放されなかった。
色々迂闊な所はあったものの、今では何の憂いもなくテレポーターを駆使した狙撃で縦横無尽に活躍している。
狙撃の先駆者達からも大いに目をかけられており、成長性は留まるところを知らない。
尚、ユズルくんとは時々街に出かける仲の模様。
きのこ頭のスナイパーがそれを目撃して暴走したとか、しないとか。
余談だが、某NO2狙撃手が従姉妹の少女に正座で反省させられる姿があったという噂がまことしやかに囁かれている。