痛みを識るもの   作:デスイーター

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熊谷友子/知らない友人と女の情念

「それで、話ってなんですか? 熊谷先輩」

「え、と…………」

 

 小夜子の問いかけに、熊谷は何処か気まずそうな顔で口ごもる。

 

 此処は、小夜子の自室だ。

 

 今日は熊谷が用があると言うのでこうして自室に招き、話を聞いている所である。

 

 しかし、いつも明瞭快活な熊谷にしては珍しく歯切れが悪く中々話し出そうとしない。

 

 明らかに様子のおかしい友人の姿に、小夜子は首を傾げた。

 

 大規模侵攻を乗り越え、七海の無痛症も完治した今懸念事項など何もない。

 

 だから、熊谷がこんな表情をするような理由など無い筈なのだが。

 

(前にも、こんな顔を見た事があるような────────────────ああ、そういえば)

 

 そこで、小夜子は今の熊谷を見て感じていた既視感(デジャヴ)に気付く。

 

 以前の、ROUND3で那須がその歪みを露にするまでの間。

 

 その頃に熊谷が彼女を見ていた時、確かこんな顔をしていた。

 

 つまり、問題がある事は分かっているが解決策が何も浮かんでいない場合。

 

 彼女はこんな顔をするのだと、経験則で知っている。

 

 となると、熊谷がそんな顔をするに相応しい()()がある筈なのだ。

 

 それは、何か。

 

(あ、もしかして…………)

 

 そこで一つの可能性に思い至り、成る程と納得する。

 

 確かに、熊谷の立場ならば()()に気付いてしまえばどうすれば良いか分からない筈だ。

 

 こうして尋ねてみたはいいものの、言葉に詰まっている理由も理解出来る。

 

 熊谷は基本的にサバサバした男勝りの女性なように見えて、その実かなり繊細で乙女チックな性格をしている。

 

 彼女は社交的で大らかではあるが、女性的な部分もしっかりとあって姉御肌という言葉とはその実かけ離れた内面を持っている。

 

 そんな彼女の性質の一つに、相手に配慮をし過ぎるという面がある。

 

 相手に気を遣い過ぎる為に、問題に気付いても決定的な一歩を踏み出せない。

 

 何が悪いのか分かっているのに、それを中々口に出せない。

 

 自らに少しでも非があると思えば、それを自ら言い出して自身に批判を集めようとする。

 

 そういったネガティブな部分が、熊谷にはある。

 

 彼女を苦労性たらしめている厄介な悪癖ではありROUND3の一件の解決以降は成りを顰めてはいたが、此処に来てそれが表に出てきているようだ。

 

(本当、苦労性なんですから。ですけど、このままだと話が進みそうにないのでこちらから切り出しますか)

 

 現状を理解した小夜子は、すっと顔を上げて熊谷と目を合わせる。

 

 そしてにこりと笑って、本題を口にした。

 

「熊谷先輩が気になってるのは────────────────私が七海先輩を好きかどうか、ですよね」

 

 

 

 

 びくり、と肩を震わせた。

 

 目の前の友人は、見た事のない顔で笑いながら自分が懸念している内容を口にした。

 

「あ、うん。そうなん、だけど…………」

「やっぱりそうですか。それならそうと、普通に聞いてくれれば良かったのに」

 

 からからと、小夜子は矢張り見覚えのない笑みを浮かべる。

 

 こんな顔、見た事なかった。

 

 小夜子は自分を陰キャだの根暗だの言っているが、自分にとっては大切な仲間で掛け替えのない友人だ。

 

 確かに内向的な所はあるが、それは彼女の事情を鑑みれば仕方のない事だ。

 

 男性恐怖症、それを小夜子は患っている。

 

 一応そうなった()()についても知っているし、件の男については自業自得の結末を迎えた事も伝え聞いている。

 

 だから、小夜子が対人能力に欠陥を抱えてしまっているのは彼女に非があるものでは断じてない。

 

 だって、病気にかかっている事をその当人の非だとするのはおかしい。

 

 不注意でそうなったのならともかく、彼女の場合は本人には何の非もないのだ。

 

 ただ、人の悪意というものを少し甘く見ていただけ。

 

 仮に原因があるとすればそれだけだし、それが理由で彼女が後ろ指を指されるなんて事は間違っている。

 

 でも、大衆というものは()()()()()というだけで視線は冷たくなるもので、少数派である事自体が悪とされる忌むべき傾向もある。

 

 故に何があっても小夜子に寄り添おうと思っていたし、問題があれば遠慮なく頼って欲しいとも思っていた。

 

 だから。

 

 こんな顔は、知らない。

 

 笑っている。

 

 確かに笑ってはいるのに、その笑みは熊谷の知るどんなものとも違っていた。

 

 楽しいから笑っているのではなく、かといって相手を安心させる為に笑っているのでもなく。

 

 ただ、滲み出る感情が浮き出た結果として笑みの形になっている。

 

 根拠はないが、今の彼女の笑みからはそういう印象を受けた。

 

「────────結論から言いますと、好きですよ。勿論、異性として」

「────────っ!?」

 

 だから。

 

 何の躊躇いもなく熊谷の懸念を肯定した小夜子に、眼を見開いた。

 

 冗談を言っている顔ではない。

 

 小夜子はまたも熊谷の知らない笑みを浮かべながら、ただの事実としてそれを口にした。

 

 口をパクパクさせて絶句している熊谷に対し、小夜子は笑みを崩さずその肩に手を置く。

 

 あまりボディタッチを好まない小夜子が自ら触れて来た事実に驚きながら、その妙な迫力に気圧されてしまう。

 

「詳しい説明をする前に聞いておきますけれど、熊谷先輩がそれに気付いたのはなんでですか?」

「え、っとね。最終ROUNDが終わった後、七海に抱き着いてたじゃない? あの時にもしかしてとは思ったけど、ずっと言い出せなくて…………」

「成る程。あの時は感極まって思わず抱き着いてましたが、それが原因でバレるとは私もまだまだですね」

 

 苦笑しながら肩を竦める小夜子だが、熊谷はそれどころではない。

 

 七海は、那須の想い人だ。

 

 これまでは友達以上恋人亜種みたいな微妙な関係性でいたが、現在では正式に付き合い恋人同士となっている。

 

 これは那須隊に置いては周知の事実であり、七海と仲の良い隊員も既知の情報である。

 

 勿論小夜子がそれを知らない筈はなく、だというのにあっけらかんと七海への恋慕を認める彼女の真意が全く読めない。

 

 混乱の渦中にある熊谷を見て、小夜子は再びにこりと笑いかけた。

 

「ああ、大丈夫ですよ。略奪愛しようなんて思っていませんし、あの二人の関係を壊そうなんて微塵も思っていません。そもそも、この事は那須先輩も承知の上ですしね」

「え…………?」

 

 その爆弾発言に、熊谷は今度こそ瞠目した。

 

 小夜子が七海に想いを寄せている事を、よりにもよって那須が知っている。

 

 考え得る限り最悪の事態だというのに、小夜子の表情には一切の変化がない。

 

 混乱を加速させる熊谷に、小夜子はなんて事のないように話を続けた。

 

「そもそも、私がどうやって那須先輩を立ち直らせたと思っているんです? 口下手な私がちょっと話しただけでどうにかなる程、那須先輩は素直な精神構造をしてないでしょうに」

「あ…………」

 

 言われて、思い出す。

 

 ラウンド3での那須の失態を契機とする惨敗の後、那須隊は一時機能不全に陥った。

 

 熊谷は出水の手助けのお陰で前を向く事が出来て、同じように村上の後押しを受けた七海と後日晴れやかな顔をしていた那須を見てもう大丈夫だと安心したものだが、那須に関しては「小夜子が立ち直らせた」としか聞いていない。

 

 どうにかなったんだからそれで良いじゃないかと、デリケートな話題だけに敢えて踏み込んで聞き出しはしなかったが────────────────考えてみれば、色々拗れまくっていた那須がただ小夜子に説得されただけで立ち直るのはおかしい。

 

 自分でさえ、ほぼ門前払いのような形で会う事を拒否されていたのだ。

 

 本人の自己申告通り口下手な小夜子が、果たして正攻法であの時の那須を連れ出せるだろうか。

 

「どうしたかって言えば、那須先輩の部屋に押しかけて喧嘩を売ったんですよ。私が七海先輩が好きって事を、暴露した上で」

「え、正気…………?」

「恋は狂気ですよ。何言ってるんですか。そんな事、当たり前でしょうに」

 

 そう言って再びあの笑みを浮かべる小夜子を見て、熊谷はようやく理解した。

 

 見た事のなかったこの笑みは、女の情念が形となったものだ。

 

 小夜子の抱える女としての情念が、可視化する程に具現した結果。

 

 それが、何処か薄ら寒さすら覚えるこの笑顔だったのだ。

 

 恋愛経験など皆無な熊谷であるが、それでも尚理解出来るほどに小夜子の笑みは雄弁だった。

 

 有無を言わさず、それを理解させられる。

 

 そんな迫力すら、その笑みにはあったのだから。

 

「そ、そんな事して大丈夫だったの…………?」

「勿論、取っ組み合いの喧嘩になりましたよ。首まで絞められて、死ぬかと思いましたね。まあ、あれがあったから今の関係を築けているので後悔は一切していませんが」

 

 あくまでもあっけらかんと、小夜子は那須と喧嘩をした事を明かした。

 

 しかも、首を絞められたなどと聞き捨てならない事を口にしながら。

 

 幾ら那須でも、友人の首を絞めるなどという暴挙は────────────────。

 

(…………いや、玲ならやるわね。七海が関わってるなら、やりかねない)

 

 ────────────────あの少女ならばやってもおかしくないと、納得せざるを得なかった。

 

 那須の世界は、七海を中心に回っている。

 

 特にあの頃は、那須が今よりも更に情緒不安定だった時代だ。

 

 そんな時に、世界の地軸たる七海を奪おうとする(おんな)が現れた。

 

 外敵の排除という手段に走っても、なんらおかしくはない。

 

 むしろ。当然だろう。

 

 恋する少女にとって、愛しい相手を奪おうとする相手は等しく敵でしかないのだから。

 

 しかし、解せない。

 

 そんな事があったのであれば、那須と小夜子の関係は険悪になるどころか破綻していた可能性が高かった筈だが。

 

「そこから、どうやって説得出来たの…………?」

「単に、私の想いを伝えた上で発破をかけただけですよ。あの時の那須先輩は七海先輩との居心地の良い距離が壊れるのが嫌でチキンになってただけですから、恋敵として危機感を煽って本音を聞き出したんです。お互い、落ち着くまで散々揉み合ったので大変見苦しい姿ではあったと思います」

 

 あの時は大変でしたね、と小夜子は笑う。

 

 分からない。

 

 話を聞く限り、小夜子は那須の想いを後押ししたようにすら聞こえる。

 

 七海への想いを、自ら認めた上で。

 

 しかも今の那須と小夜子の関係は悪くないどころか、かなり良好なように思える。

 

 熊谷の価値観では、恋敵とは相容れない相手の筈だ。

 

 恋愛ドラマや噂話で培った価値観とはいえ、現実の男女関係とそう乖離してはいない筈。

 

 そう思っていた為に、今の小夜子を取り巻く人間関係は凡そ理解不能だった。

 

「な、なんでそんな平気そうに言えるの…………? だって、七海はもう────────」

「那須先輩と正式にお付き合いしていますね。逆に聞きますが、()()()()()()()()()()()?」

「え…………?」

 

 ポカンと、熊谷は思いも依らぬ返答に呆然となる。

 

 小夜子は、那須と七海が付き合っている現状を正しく認識している。

 

 その上で、それが何も問題ないかのように話している。

 

 恋敵が、想い人と結ばれたというのに。

 

 ただ淡々と、それがどうかしたか、と心底不思議そうに尋ねたのだ。

 

「もう一度言いますが、私はあの二人の関係を壊すつもりは微塵もありません。むしろ、二人にはあのまま将来に渡って幸せな生活を送って貰いたいと思っています」

「え、でも、小夜子は七海の事が好きなんだよね。だったら、なんで…………」

「簡単な事です。私が七海先輩を想っている事と、二人が付き合っている事は別の話ですから」

 

 きっぱりと、小夜子は言い切った。

 

 七海と那須が付き合っている事は、理解しているし肯定すらしている。

 

 その上で、自分が七海に想いを寄せる事に問題はない。

 

 言外にそう言っているのが、聞こえて来るようだった。

 

「あの、ごめん。七海の事、好きなんだよね? 玲と七海が付き合って悔しいとか、そういうのはないの…………?」

「あるに決まってるじゃないですか。お二人の幸せは願っていますが、それはそれとして嫉妬はしています。当然ですよ」

 

 でも、と小夜子は続ける。

 

「私は、七海先輩も那須先輩も大好きなんです。だからお二人の幸せを願っている以上、その仲を邪魔するワケにはいかないんです────────────────だって、二人を幸せにしたいならあの二人がくっつく事以上の道筋(ルート)はないんですから」

 

 何処か寂しそうに、小夜子は語る。

 

 七海の事は、勿論好きだ。

 

 けれど、同時に那須の事も好きなのだ。

 

 そして、二人の幸せを願う気持ちも本物である。

 

 故にこそ。

 

 二人が幸せになるなら、那須と七海が愛し合う関係になる以外に道はないと理解してしまった。

 

 小夜子は、そう言っているのだ。

 

「七海先輩と恋人になる、そういう夢想をした事がないと言えば嘘になります。けれど、どう考えても七海先輩が好きなのは那須先輩だって事は────────────────あの時に、もう分かっていましたから」

 

 少女が初恋を自覚した時、想い人には既に愛する少女がいた。

 

 その事を自覚した時の感情を、小夜子は今でも覚えている。

 

 酷い話だとも思ったし、多少自棄にもなりかけた。

 

 けれど。

 

「だから、私は身を引く事に決めたんです。二人の幸せな姿を、ずっと見ていたい。だったら、私が身を引くしかない────────────────そう理解して、私はこの道を選んだんです」

 

 それは、少女の誓い。

 

 己の恋慕を抑え込んででも、大切な人の礎になるという願い(いのり)

 

 果たしてそれは、どれ程の決意だろう。

 

 恋をした事のない熊谷に、真にその心情は理解出来ない。

 

 だけど、それでも。

 

 小夜子が尋常ならざる覚悟を以てその道を選んだ事だけは、理解出来た。

 

「後悔はありますが、これが間違いだったなんて誰にも言わせません。これは私が選んだ、私の人生(みち)です。どれ程滑稽に見えたとしても、私はこの選択を支持し続けます────────────────それが、私がこの恋に捧げる唯一無二の献身ですから」

「そう…………」

 

 最早熊谷は、ただ相槌を打つ他なかった。

 

 滲み出る情念が、浮かぶ女の笑みが。

 

 その言葉に一切の嘘偽りはないと、否応なく理解させられてしまった。

 

 小夜子の事を知っているようでいて、何も分かっていなかった。

 

 この子は、こんなにも強い。

 

 自分の想いを押し殺してまで、好きな人の幸せの為に尽くし続ける。

 

 果たして、仮に自分が同じ境遇になったとして同じ選択が出来るだろうか。

 

 きっと、出来ないだろう。

 

 こんな中途半端な自分では、恐らく迷った末に事態が悪化するのがオチだ。

 

「まあ、それはそれとして七海先輩に寵愛を頂く機会があれば受け入れますが。正妻公認の愛人になれれば最善ですね」

「────────────────待って。なんでそこでオチを付けるのよ、オチを」

 

 だから、小夜子がそんな冗談を言った時には心底呆れてため息を吐いた。

 

 恐らく、色々と動揺しっぱなしの自分を落ち着かせる為の彼女なりのジョークだろう。

 

 そう思って、苦笑しながら小夜子を見据え────────────────。

 

「え? 別に冗談を言ったつもりはないんですが」

「……………………」

 

 ────────────────その眼を見て一切の虚偽がない事を理解してしまい、背筋を悪感が駆け抜けた。

 

 もう、色んな意味で分からない。

 

 ようやく理解したつもりの友人の底が一気に見えなくなった現実に、熊谷はただ絶句するしかなかった。

 

 女は怖い。

 

 そう言われるのも不思議ではないと、熊谷は少女の情念を目の当たりにして実感した。

 

 そういえば、と。

 

 照屋が熊谷に対し柿崎との距離感に関して注意をして来た時も、こんな顔をしていたなあと。

 

 屈託なく笑う小夜子を見て、以前のスポーツ仲間との一幕を思い出す熊谷であった。

 

 

<熊谷友子/知らない友人と女の情念~終~>




 『くろうにんくまがい』

 「曇り顔心痛女剣士」

 本編が終わり、色々成長した那須隊攻撃手。

 実力的にも充分A級の面々相手に食い下がれるようになり、他の隊員からの評価も高い。

 チームメイトの那須と七海がようやく正式に付き合い始めた事もあって安堵していた矢先、小夜子の恋心という爆弾に向き合う事になった。

 いざ突貫してみれば友人の知らない一面が出てきて困惑し、女という生き物の怖さをまざまざと見せつけられる結果となった。

 一応チームの破綻だとかは心配しなくては良さそうなものの、思いも依らぬ友人の一面にドン引きして心痛は加速。

 一時期那須や小夜子相手にギクシャクする事になるが、茜の笑顔を見ているうちにどうでもよくなり開き直る事に決めたとの事。

 それでも極力小夜子にはこの手の話題は振らないと、心に決めた熊谷であった。
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