痛みを識るもの   作:デスイーター

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志岐小夜子/ゲーマーズレディEX

「こないだ、初めて七海先輩が可愛いと思ったんですよね。那須先輩の気持ちも実感で理解出来ました」

「何言ってるのこの子」

「おやおや、気になる話だねー」

 

 某日、小夜子の部屋。

 

 そこでは羽矢と国近が久方ぶりに彼女の部屋を訪れ、ゲームと雑談に興じていた。

 

 他のゲーム仲間であれば太刀川隊室等に呼んでワイワイ騒ぐのだが、男性恐怖症の小夜子をそちらに連れてはいけないので必然的に彼女達の集まりはこの部屋で行われる事になる。

 

 そこでチョコウエハース片手にゲームで遊んでいた小夜子が、いきなり冒頭の台詞を宣ったのだ。

 

 羽矢は手を止めて半眼でため息を吐き、国近は興味津々といった様子で小夜子の顔を覗き込んでいる。

 

 三次元の男性に興味がない羽矢はともかく、国近は色んな意味で好奇心旺盛だ。

 

 明らかに事が小夜子の恋愛事情────────────────七海に関連する事柄であれば、気にならない筈がない。

 

 小夜子としては単なる独り言の範疇だったのだが、これでは話す他なさそうだ。

 

 うきうきとした様子で次の言葉を待つ国近に、小夜子は自分の無意識の失言を若干後悔しながらも口を開く。

 

「七海先輩って今まで、女の子と密着しても碌に反応しなかったじゃないですか。それこそ、枯れてるって思うくらいに」

「そうだねー。私が夏に薄着でいると出水くんとかたまに目が泳いだりするけど、七海くんはそんなの全然なかったもんねー」

「あら、太刀川さんは?」

「太刀川さんは、女の子(はな)より戦い(だんご)だよー?」

 

 成る程、と余計な茶々を入れつつ羽矢は頷く。

 

 国近は、ぶっちゃけ巨乳の部類に入る。

 

 三次元の男性に欠片も興味を持たない羽矢ではあるが、それはそれとして国近の豊満なバストを羨ましく思う事はある。

 

 彼女くらい胸が大きければ、年頃の男子高校生ならば無意識に目で追ってたとしてもなんらおかしくはない。

 

 むしろガン見せずに眼を泳がせるあたり、出水は紳士ですらあると言えるだろう。

 

 戦闘馬鹿(たちかわ)は置いておいて、七海はこれまでそんな素振りすら皆無だった。

 

 割と視覚的に凶悪な薄着の国近という存在を前にしても一切の動揺なく、普段通りに振舞う。

 

 そんな真似が出来るのは、人格者の多いボーダーでもそう多くはないだろう。

 

 少なくとも、男子学生は反射的に目を向けてしまう筈だ。

 

「前に後ろから寄りかかった時も出水くんは慌ててたのに、七海くんは『すみません、動けないので降りて貰っても構いませんか』って冷静に言うだけだったしねー」

「────────────────国近先輩、その話詳しく。場合によっては那須先輩に報告(ギルティ)です」

「ごめんごめん、ちょっと疲れてたから適当なトコに寄りかかっただけだよー。他意はないって」

 

 良いでしょう、と半眼で睨む小夜子に対し、国近は内心で安堵の息を吐いた。

 

 今のは、本気だった。

 

 目を見れば分かる。

 

 小夜子は国近の返答如何によっては、本気で那須へ報告(しけいせんこく)を実行するつもりだった。

 

 実際に国近の蛮行が那須に伝わった場合、どうなるかは恐ろしくて考えたくはない。

 

 あの那須が自分の男に誘惑まがいの事をした相手────────────────しかも、豊満な乳房(じぶんにないもの)を持っている相手に容赦などする筈がない。

 

 浮世離れした美貌を持つ那須だが、生憎彼女のスタイルそのものはそこまで豊かではない。

 

 スレンダーな妖精じみた肢体はとても魅力的だが、身体の凹凸はそこまで目立つワケではないのだ。

 

 人は、自分にないものを羨む生き物である。

 

 那須にも女として当然豊満な体型への憧れはあり、口には出さないが国近や藤丸といったスタイル抜群の女性への憧憬はあるのだ。

 

 藤丸の場合は規格外過ぎて嫉妬すら起きないが、国近はまだ常識的な範疇の巨乳だ。

 

 憧憬や嫉妬を抱き易い分、詰問は苛烈なものとなるだろう。

 

 流石に国近といえど本気で怒った那須の相手など御免被るので、小夜子が思い留まってくれて助かったと言える。

 

 小夜子のオペレートの師匠と言える国近だが、女の情念の前には師弟関係など紙屑同然なのである。

 

 恋愛には疎い国近だが、恋が人をどれだけ変えるかは実例を見て知っている。

 

 以前、月見と二人きりになった時に遠回しに牽制された事は忘れていない。

 

 顔は終始笑っていたが、あれは般若が笑顔の仮面を張り付けていただけだ。

 

 逆らえば助からない、といった圧迫感すらあの笑顔にはあった。

 

 それ以来、国近はボディタッチを含む悪ふざけの対象から太刀川を外すようにしている。

 

 誰だって、女の情念を滲ませた女傑の相手などしたくない。

 

 ぽややんとしているように見えて、割と危機管理はしっかりしている国近であった。

 

「それで、七海くんが可愛いってどういう事ー?」

「えっとですね。七海先輩、今回の大規模侵攻で無痛症が完治したじゃないですか」

「そうだねー。太刀川さんや出水くんも喜んでたよー」

 

 七海の快癒の件は、当然彼と関わりの深い面々には周知されている。

 

 わざわざ言い回る事ではないが、少なくとも彼と親交のあった者は知る権利があるとして七海の許可を得た上で忍田が通知したのだ。

 

 まあ、そんな事をせずとも村上や荒船といった七海と特に親交が深い者はあの最終決戦に関わっていた為、周知するまでもなく知っていたという事情もある。

 

 そんなこんなで、既に七海の無痛症が治った事は既知の事実であった。

 

「だからですかね。無痛症が治って触覚が戻ったので、女の子が密着すると普通に赤面するようになったんです。那須先輩から聞いてはいたんですけど、この前抱き着いたら顔を赤くしたんでそれで実感したワケですね」

「恋人のいる男子相手に、何やってるのあなた。二人の邪魔をしたくはないんじゃなかったの?」

「邪魔をするつもりはありませんよ。この程度で壊れる程あの二人の絆は緩くはありませんし、那須先輩にもちゃんと許可は貰っていますから」

 

 にこりと笑う小夜子の話を聞き、羽矢はため息を吐いた。

 

 那須と小夜子の二人の特殊な関係性については一応彼女本人から聞き及んでいるのだが、正直良く分からないというのが本音だ。

 

 何せ、同じ男性を好きになって片方はその想いを成就させているのが現状だ。

 

 だというのに小夜子は人目を気にしているとはいえ平然と七海相手に抱き着いたりするし、それを那須が咎める事もないという。

 

 ハッキリ言って、おかしい。

 

 那須と七海は、この間ようやく付き合い始めたばかりの新婚カップルだ。

 

 そんな相手を独占したくてたまらない時期に友人とはいえ他の異性の接近を許容し、黙認している現状は不可解極まりない。

 

 普通、そこは小夜子を拒絶するところだろう。

 

 親友だったとしても、だからこそ自分の男に近付けたくなど無い筈だ。

 

 ハーレムは空想の世界だからこそ許されるのであり、現実で実現する事は不可能に近い。

 

 加えて、那須は独占欲がかなり高い部類の少女の筈だ。

 

 玲の一件の時に小夜子が挑発した時には取っ組み合いの喧嘩にまでなったと言うのだから、間違いない。

 

 だというのに、そんな那須が今の小夜子の所業を見過ごしているらしい。

 

 どう考えても、普通では有り得ない事態ではあった。

 

「本当に、どういう関係性なの…………? まさか、あっちの気があるってワケじゃないでしょうね」

「まさか、私にそっちの気はないですよ。那須先輩に初めて会った時には危うく転びかけましたが、既にノーマルな恋愛相手を見つけていたのでセーフでしたし」

「……………………ちょっと、貴方との距離感を考え直そうかしら」

「大丈夫ですって。そんな心配はないですし、離れないで下さいよぉ」

 

 けたけたと笑いながら、小夜子は自分と距離を取り始めた羽矢の肩をポンポンと叩く。

 

 普通では考えられない関係性に冗談交じりの邪推をした羽矢であるが、実際は割と当たからずとも遠からずといったところだ。

 

 那須と小夜子の関係性の原点は、あの大喧嘩にあると言っても過言ではない。

 

 ROUND3の失態で落ち込んでいた那須の部屋に殴り込み、想いをぶちまけた上で女同士の情念争い(キャットファイト)を演じた事で二人の間に奇妙な絆が生まれたのは間違いない。

 

 あれ以来那須は明確に小夜子の自分の中の立ち位置を独自のものに変えているし、それは小夜子の方も同じだ。

 

 そういった経緯もあり、七海に異性が近付く事を基本的に許さない那須が、唯一傍に寄り添う事を許容した女性が小夜子なのだ。

 

 この関係性は互いの恋慕を根拠とした強い信頼が元となっており、今後彼女等と同じ関係を結ぶ者が現れる事はないだろう。

 

 愛しい少年の為という利害が一致する以上、二人が反目し合う事などないのだから。

 

「だいじょぶだいじょぶ。小夜ちゃんが仮にそっちに転がるとしても、相手は那須さんだろうからね~」

「まあ、それは否定はしませんが────────────────って、冗談ですってば、離れないで下さいよ」

「本当に、冗談なのかしら?」

「少なくとも、嘘ってワケじゃないよねぇ。それだけ、小夜ちゃんの中の那須さんの立ち位置が特別って事だろうし」

 

 にまにまと笑いながら、国近はそう指摘する。

 

 それに対し小夜子は否定も肯定もせず、困ったような顔をする。

 

 そんな小夜子を見て、国近はふとため息を吐いた。

 

「うーん、でもちょっと妬けちゃうよねぇ。私達はこーんなに小夜ちゃんの事が大好きなのに、女としても二番手三番手だなんてねー。お姉さん、ちょっと悲しいかも」

 

 よよよ、と口元を抑えて大袈裟に哀しんで見せる国近に、小夜子は呆れた眼を向ける。

 

 国近の口元は僅かに笑っており、これが悪ふざけの類なのは明らかだ。

 

 それを見て、国近の眼がキュピーン、と怪しく輝いた。

 

「隙ありっ♪」

「うひゃああああああああああ…………っ!!??」

 

 国近は一瞬で小夜子の背後に回ると、ふにふに、と思い切り彼女の胸を鷲掴んだ。

 

 突然の蛮行に、小夜子は眼を白黒させながら悲鳴を上げる。

 

 彼女が抗議の声を上げる前に、国近はするり、と小夜子から離れて正面に回った。

 

「ごめんごめん、小夜ちゃんがあんまりにも可愛いから、つい、ねー。大丈夫? おっぱい揉む?」

「結構ですってばっ! もう、悪ふざけもいい加減にして下さいよ」

「あはは、ごめんってば」

 

 まったく、と小夜子は突然の蛮行に及んだ国近を半眼で睨む。

 

 そんな二人の様子を見て、「あれ? 本当に危ないのは国近の方では?」と思い至り彼女から徐々に距離を取る羽矢の姿があった。

 

 流石に襲われるとまでは思えないが、こういった悪戯を平気でするのはどちらかと考えれば明瞭なのは事実。

 

 羽矢は意外と言えばそうでもない一面を見せる友人への理解を深め、一歩後ろへ後ずさるのであった。

 

「しっかし、七海くんがねぇ。ホントに思春期の男の子みたくなっちゃってるの?」

「え、ええ。どうやら無痛症の影響で性欲のようなものとは一切無縁で過ごして来た反動で、思春期に入ったばかりの男子みたいな反応になってますね。まあ、本人の理性が鋼鉄な分困惑の方が大きいみたいですが」

「あー、反応しちゃう自分に自己嫌悪って感じか。七海くんらしいといえばらしいかなー」

 

 そうですね、と小夜子は国近に同意する。

 

 現在の七海は思春期の少年のような初々しい反応と、それに驚き困惑する鋼の理性の板挟みのような状態になっている。

 

 異性から受ける刺激に身体的な耐性が無い為その都度大袈裟に反応し、しかしこれまでに培った鋼の理性が直接的な行動に移る事を許さず自己嫌悪すらしてしまう。

 

 そんなちぐはぐな状態になっており、だからこそ那須や小夜子は「可愛い」と表現したのだ。

 

 これまでが完璧な王子様だった分、そのギャップに萌えたという面もあるだろうが。

 

「それならからかうのは止めた方が良いかー。でも、小夜ちゃん的には良いの? 七海くんを好きになったのって、女の子にそういう興味を示さないからってのもあったんじゃない?」

「それが一因であった事は否定しません。ですが、先輩の人となりを知った以上この程度の事で想いが薄れる事はありませんよ。そこまで、軽い恋であるつもりはありませんから────────────────この想いがなくなる事は、一生涯ありません」

 

 小夜子は力強く、そう断言する。

 

 確かに、七海を好きになった一因として女性に性的な興味を示さないという理由があった事は事実だ。

 

 けれど、今更七海が()()に戻ったとしてこの恋心が薄れる事は有り得ない。

 

 そこまで浅い想いである筈がないし、この恋は文字通り一生ものなのだ。

 

 それこそ、今後このような想いを抱く相手は有り得ないだろうと断言する程に。

 

 小夜子の恋は、愛は、深く重いのだから。

 

「そっかー。きっついだろうけど、応援してるよー」

「ありがとうございます。やっぱり、国近先輩には敵いませんね」

「そうそう、敬いたまえー」

「そんなトコさえなければ素直に敬えるんですけどねぇ」

 

 片方は満面の笑みで、もう片方はため息交じりで呆れながら笑い合う。

 

 その光景を見て、羽矢は何処か眩しさを感じていた。

 

 噛み合っていないようで、噛み合っている。

 

 見当はずれなようでいて、理解し合っている。

 

 そんな関係が何処か羨ましく、けれど二人の友人である事に変わりはなくて。

 

 やっぱり自分もこの二人が大好きなんだなぁ、と再認識しながら自身の位置を元に戻した。

 

「二人の世界に入ってないで、私も混ぜてよ。それとも、私はお邪魔かしら?」

「そんな事ないよー。羽矢ちゃんも、私たちの大切な親友だもんねー」

「ええ、羽矢さんを蔑ろにするつもりはありませんよ。今後とも末永く、よろしくしていきたいですしね」

 

 遊戯で繋がった少女たち(ゲーマーズレディ)は姦しく笑い合いながら、雑談に興じていく。

 

 今日の彼女達は、遊びを通じて想いを深める。

 

 その関係に立ち入る余地はなく、これからも彼女達は繋がりを弱める事はないだろう。

 

 遊戯(ゲーム)で結んだ友誼(きずな)ほど、強固なものはそうないのだから。

 

 

<ゲーマーズレディEX~終~>




 『かくせいさよこ』
 「開き直り系最強恋愛遊戯少女」

 とうの昔に覚醒し、恋に生きる16歳サブカル大好き系少女。

 那須との恋心を通じた絆は強く、精神的には那須隊の中でもトップクラスの強さを誇っている。

 不安定さが拭えない那須と比べ、色んな意味で開き直っているので最強。

 割り切りこそ一番であると、彼女は言う。

 それを教えてくれたのは七海であり、那須であり、そして国近と羽矢なのだ。

 少女は人との絆の大切さを知るが故に、迷う事はないだろう。

 恋に生きる少女は、想いの力がどれ程強いかその身を以て識っているのだから。

 それはそれとして赤面する七海を見て新しい扉が開きかけたらしいが、詳細は不明。

 真実は、彼女だけが知っている。
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