痛みを識るもの   作:デスイーター

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エネドラ/想い遺したもの

 

「聞かせてくれる情報は、そのくらいかな?」

「ああ、そうだ。言っとくが、嘘じゃあねーぜ。まあ、ハイレインの野郎がダミー情報混ぜてなきゃ、っつう前提だがな」

 

 それは、大規模侵攻の直後。

 

 時間的には、ヴィザ相手への決戦が終了した前後である。

 

 雷蔵は、捕虜となったエネドラから彼の知る情報を聞き出していた。

 

 エネドラは捕まった後に検査と治療を受け、彼の命が余命幾許もない事が分かり本人にもそれを説明した。

 

 普通であればそのような情報を患者に話すべきではないが、彼は元々アフトクラトルという軍事国家の人間でこの世界に侵攻にやって来た明確な敵だ。

 

 同盟相手であればともかく、そんな相手に必要以上に配慮する理由はない。

 

 しかしそれ以上に、ボーダーが彼にその事を話したのは交渉の余地があると踏んだからだ。

 

 エネドラは風間達に敗北して生身になった後、明らかな殺害目的の攻撃を仲間から受けた。

 

 その攻撃自体は風間の介入で防げたが、アフトクラトル側にエネドラを始末する意図があったのは明白だ。

 

 それはとうのエネドラ自身も自覚しており、だからこそ「自身を裏切り殺そうとした元仲間」であるアフトクラトルについての情報を報復代わりに話してくれるのではないかという期待があった。

 

 これで彼の身体が十全であれば自身でやり返す機会を狙ったかもしれないが、最早命がいつ尽きてもおかしくない状況であるとなれば心変わりするかもしれない。

 

 そんな意図を以て、エネドラに彼の余命について説明したのだ。

 

 当初は混乱したエネドラだが、思い当たる節があった様子で暫くすると納得し、情報提供にも前向きになった。

 

 まあ、眼が黒くなっていて明らかに変調が起きており、聞き取りによって常に破壊衝動じみたものに支配されていた事も分かったので根拠は充分にあった事も大きいだろう。

 

 エネドラはハイレインの指揮下で最前線で戦い続けていた事もあり、持っていた情報はかなりの規模に昇った。

 

 結果としてハイレインの意図や思考傾向、アフトクラトルの現状など得るものの多かった聴取となった。

 

 ちなみに雷蔵がそれを担当していたのは、他に手の空いている人間がいなかったからだ。

 

 元々表向きは軍事組織ではないと謳っているボーダーには尋問用の人員などおらず、それが出来そうな鬼怒田や根付は侵攻の後始末で忙殺されている真っ最中だ。

 

 なので丁度手が空いていた雷蔵が聴取を引き受け、今に至る。

 

 彼がこの役目を引き受けたのは近界民と戦闘を介さずに直にやり取りが出来る機会などそうない為、好奇心も刺激されて名乗り出た次第である。

 

 雷蔵は根付のように余計な挑発をする事も、鬼怒田のように必要以上に威圧的になる事もない為、粗雑な性格のエネドラへの聴取相手として理想的だった、という事もある。

 

 如何に利害が一致したとはいえ、エネドラは直情的な人間だ。

 

 余計な煽りや威圧的な態度を前にすれば、口を噤んでしまう事も充分に考えられた。

 

 それを考えれば、雷蔵を割り当てたのはベストと言える。

 

 以前の根付アッパー事件の経験は、しっかりと活かされていたのである。

 

「分かった。取り敢えず外には出せないけど、此処で過ごして貰っていていいよ。必要なものがあれば、可能な範囲で融通する」

「────────────────それよりも、教えろ。俺は、あと()()()()()保つ?」

「────────」

 

 エネドラの問いかけに、雷蔵は閉口する。

 

 確かに余命幾許もないという事は、話した。

 

 しかし、それが具体的にどれだけの猶予があるのかまでは話していない。

 

 というよりも、本人が望まない限りそこまでは話さないつもりだったのだ。

 

 余命宣告というのは、言う側も言われる側も神経を使う。

 

 「あなたはあとこのくらいで死にます」なんて、平常心で話すのも聞かされるのも無理な話だ。

 

 割り切れるほど回数を重ねているならともかく、雷蔵にそんな経験はない。

 

 けれど、此処までエネドラは情報提供に協力的だった。

 

 襲って来た敵の一人とはいえ、その姿勢に報いる為にはこの場で黙秘するのは不誠実だ。

 

「────────────────あと、2、3日。多分、そのくらいだと思う」

「そうか」

 

 だから、雷蔵は正直に話した。

 

 検査の結果分かった、エネドラの余命。

 

 それは、数日中には死に至るという無慈悲な現実。

 

 己の命尽きるまでの時を聴き、エネドラはただ頷いた。

 

 罵倒する事も、慌てる事すらなく。

 

 ただ、静かに己の命の期限を受け入れた。

 

 雷蔵はそんなエネドラの姿を、黙って見ている。

 

 今の彼にかける言葉が、見当たらない。

 

 正しく、何を言うべきか分からなくなっていた。

 

(医者って、凄いんだな。こんなのに慣れるなんて、俺には到底出来そうにないや)

 

 確かに、エネドラに余命を告げる判断をしたのは自分だ。

 

 けれど、早くもその判断を後悔しそうになっていた。

 

 それは、話しているうちになんだかんだで彼と波長が合ったというのもあるだろう。

 

 雷蔵は特段近界民に対する思い入れはなく、侵攻によって被害を受けたというワケでもない。

 

 ただ、攻めて来るから倒す相手。

 

 彼にとって近界民(ネイバー)とは、そういう相手だった。

 

 だから、こうして死を前に戦闘時の様子からかけ離れた態度を見せる、ごく普通の人間のようなエネドラの反応に戸惑ってしまっている。

 

 彼は迅のように人の死を経験し過ぎてしまったワケでも、城戸のように覚悟を決め切ってしまったワケでもない。

 

 ちょっとした経緯から興味が沸いたからボーダーに入って、紆余屈折あって技術者をしているだけだ。

 

 だけど、もう成人もしていて大人としての責任感もある。

 

 故に、この場でどうするのが正解なのか。

 

 彼にはまだ、分からなかったのだ。

 

「なあおい。必要なものはくれるっつったよな?」

「ん、ああ。可能な範囲でね」

 

 そんな雷蔵に、エネドラは何気なく。

 

 けれど、何処か吹っ切れたような声で、告げた。

 

「暇を潰せるようなもん、なんかあんだろ。くたばるまで寝てるのも癪だし、玄界(ミデン)の娯楽を寄越しやがれ」

 

 

 

 

「へぇ、猿の癖に案外良いモン作るじゃねぇか」

 

 その後。

 

 エネドラは与えられた個室にて、映画鑑賞に勤しんでいた。

 

 雷蔵は娯楽を提供しろと言われ、多少悩んだ結果自身の趣味でもある映画を見せる事を思いついたのだ。

 

 こちらの世界の常識や文化など知る由もないエネドラにとって、フィクションの世界を演じてそれを撮影し公開する映画という娯楽は、酷く新鮮なものに映った。

 

 アフトクラトルは軍事国家であり、そのリソースは主に軍事に注ぎ込まれている。

 

 封建的な風潮が強い国家でもあるので、娯楽に関する文化は玄界(ミデン)ほど豊富とは言い難い。

 

 技術を軍事に集中的に注ぎ込んでいるからこそ、近界(ネイバーフット)最大級の軍事国家と言われるまでに成長しているのだ。

 

 資金や人員を惜しみなく注いで作り上げる映画という文化など、生まれ得る筈もない。

 

 結果として、映画という娯楽に大いに満足するエネドラであった。

 

「なあ、なんでこのサカナ空飛んでんだ? それとも、見た目が魚なだけでこいつもトリオン兵みてーなもんか?」

「いや、単に製作陣の悪ふざけの成れの果てだと思うよ。そういうものだと思って、楽しむ方がいいよ」

「はん、下らねー事考えるもんだな」

 

 雷蔵の解説に、エネドラは鼻を鳴らしてくつくつと笑う。

 

 その手にはポテチが握られており、映画を見ながらパリパリと咀嚼していた。

 

 既に末期と言える状態まで進んだエネドラの身体に本来であればこんな油物は厳禁だが、「もうすぐくたばんだから、こんくれー変わんねーだろ」との本人の訴えがあった為提供している次第である。

 

 エネドラの死は、既に確定している。

 

 多少不摂生をした所で、それが覆る事は有り得ない。

 

 だから、好きな事をして過ごしたいという気持ちは分かる。

 

 自分に当て嵌めて考えてみると、味気ない食事を延々と続けて無駄に苦しみを長引かせるよりは、好きな事をして気持ち良く逝きたいだろうという夢想は出来た。

 

 これが年単位の余命であればまた違ったのだろうが、エネドラの命は真実あと数日で尽きる。

 

 ならば、病院食など無粋だろう。

 

 そう思って、エネドラの食事に関して栄養等を配慮する必要はないと伝えてある。

 

 意外だったのは、医療班から一定の理解を得られた事だ。

 

 文句を言われる事を覚悟で自身の意図を伝えた雷蔵だが、彼等はそれも一つの医療の形だと彼の好きにさせてくれた。

 

 終末期医療(ターミナルケア)、というものがある。

 

 これは余命が僅かになった者に対して、延命よりも残された時間を有意義に使う事を優先して生活の質を保とうという医療的ケアの事だ。

 

 その考え方から見ると、雷蔵の判断は別におかしなものでもなんでもないらしい。

 

 苦痛を伴う延命処置よりも、遺された時間を有意義に使う事を選ぶ。

 

 それは人間の選ぶ事が出来る当然の選択であり、邪魔をする権利は誰にもないのだ。

 

 そういった経緯もあり、エネドラは想像以上に捕虜生活を満喫していた。

 

 当初は拘束しておくべき、という意見もあったものの、それは雷蔵の判断で却下した。

 

 トリガーを失ったエネドラは末期の病人そのものであり、既に何かをする余力もない。

 

 ならば、部屋から出さない軟禁で充分だろうという旨の説明を行い、城戸の認可を得た為にこれが通った形となる。

 

 雷蔵は溜まりまくっていた有休を強引に取り、エネドラの最期の余暇に付き合う事を決めた。

 

 それを決めた直後にやって来た迅が何処か気遣うような様子で、「また会えるから」と言い残したのが色々気になりはするが、今の最優先事項はこの奇妙な友人と有意義な時間を過ごす事だ。

 

 雷蔵は自身のお気に入りの映画を数点選び、次に何を見せるかと意気揚々と棚に向かっていった。

 

 

 

 

 次の日、エネドラはベッドから起き上がれなくなった。

 

 症状の侵攻は思った以上に早く、固形物はもう喉を通らないようだ。

 

 昨日の不摂生が祟ったのかと後悔しかけたが、エネドラは特に文句を言うでもなく「早く映画を見せろ」とだけ言って来た。

 

 雷蔵はその言葉に従い、暗い気持ちを押し殺しながら努めて淡々と今日見せる予定の映画の上映を始めた。

 

 その姿を、エネドラは何処か不思議そうな眼で眺めていた。

 

 

 

 

(こいつもお人よしだな。ったく、もうすぐくたばる捕虜相手に何やってんだか)

 

 エネドラは雷蔵が思った以上に自分を気遣っている姿を見て、呆れ半分にため息を吐いた。

 

 自分は、この世界に攻め込んだ近界民だ。

 

 命令に従っただけとはいえ、そもそもそれを承諾して意気揚々と玄界(ミデン)に殴り込んだのはエネドラ自身だ。

 

 向こうからすれば恨みこそすれ同情する余地はない筈だし、もし自分が雷蔵の立場なら無様な彼の姿をげらげら笑って嘲っただろう。

 

 けれど、こんな自分に同情する彼の姿を笑う事が今のエネドラには出来なかった。

 

 泥の王(ボルボロス)と、黒トリガーと離れた所為だろうか。

 

 今まであれほど五月蠅かった頭の中の狂気(こえ)は、もう殆ど聞こえなかった。

 

 トリガー(ホーン)の浸食で身体中がボロボロで、もう手の施しようのない状態になってやっと、彼は今までその身を蝕んでいた狂気から解放されたのだ。

 

 ミラに泥の王を奪われた直後はその怒りもあってまだ衝動が沸き上がっていたが、彼女の去り際の寂しそうな顔を見た時にそれも収まった。

 

 ────────────────なあ■■、もし俺が俺じゃなくなったら、お前が────────────────

 

 遠い、酷い遠い日の記憶(こえ)を、想起する。

 

 あれは、いつの日だっただろうか。

 

 多分きっと。

 

 泥の王を手に入れて、暫くした頃。

 

 頭の中に声が聞こえ始めた頃に、懐かしい誰かに縋りついて震えた時。

 

 優しい彼女に、自分はそれを頼んだのだ。

 

 笑えて来る。

 

 今になって、こんなザマになってから思い出すなんて。

 

 本当に、無様にも程がある。

 

 きっと、彼女も呆れていただろう。

 

 あの日の約束も忘れて、彼女の介錯も受けなかった自分に。

 

(悪ぃな、殺されてやれなくてよ。こちとら戦場以外で死ぬなんざ、考えてもみなかったからな)

 

 けれど、色々あって自分はこうして大往生を迎えようとしている。

 

 それが何処かおかしくて、エネドラは笑った。

 

 意識が薄くなる。

 

 彼の変調に、雷蔵も気付いたのだろう。

 

 呼びかける声がして、エネドラはもう一度ぎこちなく笑ってみせた。

 

 けれど、顔は引きつるばかりで笑みを見せる事も出来なくて。

 

 何か冷たいものが頬に当たる感触を最後に、エネドラの意識は覚めない眠りに沈んで行った。

 

 

 

 

 ()の意識が、覚醒する。

 

 同時にインストールされる(読み込まれる)、かつての()()の記憶。

 

 今の自分は、かつての彼と同じではない。

 

 ただ、記憶(おもい)模倣した(ひきついだ)躯体に過ぎない。

 

 この身体はどうやら無機物のようだし、かつてのヒトだった彼のような鼓動もない。

 

 けれど。

 

「初めまして、かな。それとも久しぶり、でいい?」

 

 目の前の、何処か嬉しそうな顔をする男を見て。

 

 そんな事はどうでもいいと、機械となった男(エネドラット)は笑った。

 

『どっちでもいーだろ、んな事。それより早く映画見せろ、映画。前に見たやつの続き、あんだろ』

「ああ、勿論用意してある。早速見よう」

 

 言葉少なに、けれど嬉しそうに。

 

 彼は、雷蔵は用意していたものを取りに駆け出した。

 

 人としての生も、肉の身体もなくなったけれど。

 

 これはこれで悪くない、と。

 

 ラッドに魂を移したかつての黒トリガー使いは、男の背中を追いかけていった。

 

 

<エネドラ/想い遺したもの~終~>




 『えねどらっと』
 「想い遺したもの」

 黒トリガーと分離した事で症状が落ち着くも、身体は既に末期だった為そのまま死亡したエネドラが原作通りラッドとなったもの。

 原作と異なり虐殺をしていないので割と捕虜に対する対応が甘く、近界民に偏見を持たない雷蔵が彼を担当した為に色々と満足しながら逝く事が出来た。

 今では雷蔵の時間が出来た時は常に二人一緒に映画を見て、楽しんでいる姿が幾度も見かけられている。

 ちなみに雷蔵がエネドラの担当となったのは、その方がより良い未来に繋がる分岐になる事を見た迅の根回しによるもの。

 場合によってはエネドラッドが生まれず雷蔵が影を帯びるルートもあった為、そうならないように手を回した。

 そんな迅の暗躍に薄々気付きつつ、雷蔵は今日も映画を選ぶ。

 一人と一機(ふたり)はこれからも、奇妙な友人関係を続けていく事だろう。
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