痛みを識るもの   作:デスイーター

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ヴィザ/修羅の剣聖

 

(あれから一週間、ですか。こうしてみると、早いものです)

 

 ヴィザは一人、屋敷の窓から外を眺めながら嘆息した。

 

 玄界への遠征から帰還して、一週間。

 

 国宝の使い手たる彼は一時的に指揮下に入っているに過ぎなかったハイレインの領地に、未だに留まり続けていた。

 

 アフトクラトルの国宝たる星の杖(オルガノン)の使い手たるヴィザは、本来国から出る事は許されない。

 

 貴重な国宝を失うワケにはいかない事もそうだが、何よりも剣聖ヴィザの名前の持つ意味が大き過ぎる。

 

 彼はこれまで幾つもの侵攻に置いて敵を蹂躙し、アフトクラトルの国力を広げていった英雄だ。

 

 当然国内での彼の人望は相当なものであり、形式上の権力などなくとも彼の言葉には相応の力がある。

 

 だからこそ領主たるハイレインもヴィザの意向は無視出来ず、ヒュースを始末ではなく放逐としたのも彼の心証を慮っていたという側面がないとは言えない。

 

(ですが、ハイレイン殿も私を高く評価し過ぎですな。こんな人でなしが、弟子の扱い如何で刃を向ける事などないというのに)

 

 しかし、ヴィザから見れば見当違いの配慮ではあった。

 

 確かにヒュースの事は可愛い弟子だと思っているし、彼を育てていくのは楽しかった。

 

 戦にのみ愉悦を見出して来た剣鬼が、ようやく人らしい事が出来たのだと思いもした。

 

 されど、矢張り自分の本質は()()なのだ。

 

 人を慈しむ想いも、他者を尊重する考えも理解は出来る。

 

 だが、根本的な所で血と戦を求める本能がある。

 

 ヒュースとの鍛錬や、その後の憩いの時間は心休まるひと時だった。

 

 けれど、考えてしまうのだ。

 

 この弟子が、いつか自分に刃を向ける時が来たのならば。

 

 それはどれだけ、楽しい果し合い(ひととき)となるだろうかと。

 

 自分は、そういう人間なのだ。

 

 どれだけ表面上で善人を演じようとも、本能が戦の熱を求めている。

 

 彼がこのアフトクラトルに生まれて良かったと思っているのは、戦の機会に事欠かない国であったという点だ。

 

 アフトクラトルは、近界でも最大規模の軍事国家だ。

 

 他国との関りは砲艦外交が基本であり、彼等が別の国に出向く時は即ち侵略の為の遠征を意味する。

 

 そんな国に生まれたからこそヴィザは自らが望む戦いに没頭する機会を得たし、若い頃は数々の戦争で敵を蹂躙し尽くした(はしゃいだ)ものだ。

 

(いやはや、あの頃は楽しかったですな。戦場を渡り歩くうちに少なくはない猛者と出会えましたし、血沸き肉躍る戦いも幾度も経験出来ました)

 

 ヴィザは過去の闘争を想い、知らず口元を歪めた。

 

 人生の殆どを戦争に費やした彼は、まさしく戦の申し子だった。

 

 戦場に赴けばそれだけで戦況を変え、彼が一人降り立つだけで敵国の敗北が確定する。

 

 血風躍る戦火の中、薄笑いを浮かべながら無慈悲に敵を斬り捨てる剣の羅刹。

 

 それこそが剣聖ヴィザであり、数多の国に恐れられたアフトクラトルの剣鬼である。

 

 そんな彼が過去に想いを馳せれば、数々の猛者との戦いが想起される。

 

 未だ無名であった頃に斬った精鋭も、名が売れて来た頃に斬り捨てた軍勢も。

 

 そして、先日敗北を喫した玄界での戦争(たたかい)も、等しく彼にとっては良き思い出なのだ。

 

(あの少年との────────────────いえ、少年達との戦いは滾りましたな。まさか、私が膝を折る事があろうとは予想だにしていませんでしたからな)

 

 ヴィザは、正しく自分の実力を知っている。

 

 驕りや傲慢でもなんでもなく、自分が負ける事などまず有り得ない事なのだと経験から理解しているのだ。

 

 それだけ彼の力は他と隔絶していたし、数々の戦場を潜り抜けた経験値は多少の小細工など問題なく踏み潰す。

 

 故にどれだけの猛者が相手であっても、どれだけの数が相手であったとしても、自分が負ける展開は有り得ないだろう事を知っていた。

 

 だが。

 

 そんな自分の退屈な事実(あたりまえ)を、彼等は打ち破ってみせた。

 

 自分に食い下がってみせた少女を見た時は、少しは楽しめるかと期待した。

 

 少女を助けに来た少年の眼を見た時は、血と戦を識るもの(どうほう)が現れたと気を引き締めた。

 

 一目で達人と分かる剣士と死合った時は、その戦いを楽しんだ。

 

 そして、黒い腕の少年と相対した時は何処までやれるか見てみたくなり────────────────その期待は、黒トリガーの起動という形で実現した。

 

 近界で数々の戦場を踏破したヴィザとて、黒トリガーと交戦する機会はそう多くはない。

 

 黒トリガーそのものが希少であり、尚且つその使い手自身も同様である為ヴィザという人の姿をした災害が現れた時点で退避させられていたケースも多かった。

 

 だから、あの少年────────────────七海と呼ばれていた彼が黒トリガーを起動してみせた時は、歓喜した。

 

 血沸き肉躍る、死闘が出来ると。

 

 何故それまで黒トリガーではなくノーマルトリガーを使っていたのかは分からないが、些細な事だ。

 

 重要なのは、黒トリガーの使い手という明確な強者と死合える事だ。

 

 黒トリガーは、例外なく強力な力を誇る。

 

 ミラの窓の影(スピラスキア)のように補助特化のタイプの黒トリガーも存在するが、この場面で起動したのであれば戦闘特化タイプに違いないだろうと考えた。

 

 それに、そもそも細かい理屈などどうでも良い。

 

 ただ、強者と戦いを愉しむ事が出来ればヴィザとしては文句は無いのだ。

 

 但し、この時点に至ってもヴィザは自分が負けるとは想像もしていなかった。

 

 黒トリガーと戦う機会は稀少だが、ゼロではない。

 

 そしてヴィザはその少ない機会の全てで、勝利を収めて来た。

 

 確かに稀少で強力ではあるが、ヴィザにとって黒トリガー使いとは「多少強い相手」でしかないのだ。

 

 有象無象よりは楽しめるだろうが、自らに膝を突かせるには至らない。

 

 ヴィザにとって黒トリガー使いとは、そういう認識だった。

 

 だから、七海の発動した黒トリガーが絡め手タイプではなく友軍全体を強化するものだと知った時は、面白い効果を持ったトリガーだとは感じたかそれだけだった。

 

 1対多の経験は、当然ヴィザにはある。

 

 どころか、これまでに数えきれないほどそういった戦いを潜り抜けて来た。

 

 その結果は、言うまでもなく。

 

 文字通りの一騎当千を成し遂げた剣聖が一人、無人の荒野に君臨する事となっただけだった。

 

 故に、多少軍勢が強化された所でヴィザを倒すには程遠い。

 

 されどそれなりに楽しむ事は出来るだろうと、ヴィザはいつも通り一切手を抜かずに剣を執った。

 

 だから。

 

 彼等の刃がヴィザの剣を潜り抜け、剣聖を墜とすに至った時には本当に驚いた。

 

 強化されたトリガーを使う、精鋭達による波状攻撃。

 

 似たような状況なら、幾らでも踏破して来た。

 

 だが、過去に蹂躙して来た如何なる軍勢よりも、彼等の練度は高かった。

 

 正確には、「トリガーを用いた大人数での連携」の練度が圧倒的だった。

 

 近界では通常、トリガー使いは少数精鋭だ。

 

 トリガーそのものが無尽蔵にあるワケでもなく、それを使いこなすに至る者はそもそも稀だ。

 

 だからこそ近界の戦争では少数精鋭のトリガー使いを、トリガー銃等で武装した一般兵がアシストするといった形が普通だった。

 

 少なくとも、全員がトリガーを持ち尚且つ精鋭レベルの熟練度を持った数十人規模の集団など、近界では例がない。

 

 加えて豊富なトリガーを組み合わせた連携の練度もずば抜けており、だからこそ軍勢全体の出力強化(ブースト)という七海の黒トリガーの性質がこの上なく噛み合ったのだ。

 

 それは正しく、ヴィザの未知となる戦法。

 

 故にこそ、彼等は神の国の剣聖に刃を届かせるに至ったのだ。

 

 たとえ、同じ手がもう二度とは通用しないのだとしても。

 

(叶うのならば彼ともう一度やり合いたいものですが、無理でしょうね。あれは、私とは違う。ヒュース殿と同じ、戦いをただの()()と考えている者の眼をしていた)

 

 あの戦いを思い出すと今でも心が昂るが、同時に彼と戦う機会はもう訪れないであろう事も理解していた。

 

 そもそも、国宝の使い手たるヴィザは好き勝手にアフトクラトルを離れる事は許されない。

 

 今回例外が認可されたのは、「神」の死という国難が間近に迫っていたが故だ。

 

 その問題もハイレインが配下の家の党首を生贄とする事で解決するつもりである以上、同じ口実で玄界に赴く事は最早出来ないだろう。

 

 玄界は今回の一件で、アフトクラトルからは一種のタブーとなった。

 

 何せ、あの剣聖ヴィザが正面から敗れ去った相手なのだ。

 

 事情を詳しく知らない他の領主達もハイレインの不備を攻撃するよりもまず、玄界への警戒感が先に立ち万が一彼等が攻めて来た時の事を心配する有り様だった。

 

 それだけ、剣聖の敗北の持つ意味とは大きいのだ。

 

 恐らく、今後アフトクラトルが玄界へ遠征する機会は無いだろう。

 

 実情を知っているハイレインはそもそも無用なリスクを冒す真似はせず、詳細を知らない他の領主もヴィザの敗北で完全に及び腰となっている。

 

 早くも今後の遠征先から玄界を外す案が検討されていると聞くし、向こうから攻めて来ない限りは彼等と戦り合う機会は訪れないだろう。

 

 そう。

 

 ()()()()()()()()()()は。

 

(ヒュース殿は、放逐された程度で諦めるような軟弱者ではありません。必ず、何らかの手段でアフトクラトルへ帰還しようとするでしょう)

 

 玄界には今、ヒュースがいる。

 

 恐らく彼はエネドラが齎した情報により、主の危機を知った筈だ。

 

 冷静に考えて、彼程の戦力を遊ばせておく理由は向こうには無い筈だ。

 

 排除か、取引か。

 

 そのどちらかを、必ず選ぶ筈だ。

 

 危険視されて排除されていればそれまでだが、これまでの調査で玄界はあまりそういった強引な真似は好まない国柄である事が分かっている。

 

 だから、ヒュースが生きて帰還を狙っている可能性はそう低くはない筈だ。

 

 その時こそ、彼と剣を向け合うチャンスとなる。

 

 この国に攻め込んで来たのであれば、ヴィザは存分にその護国の剣を振るう事が出来るのだから。

 

(矢張り、私は人でなしですな。ヒュース殿が生きている可能性に喜ぶよりも、彼と対峙する時を愉しみとするなどと)

 

 きっと、彼は玄界の兵の中で揉まれて一回り強くなった姿を見せてくれる筈だ。

 

 彼一人で自分に届くとは思えないが、自分を下してみせた彼等の協力があったのなら。

 

 もしかすればもう一度、あの最高の瞬間(ひととき)が蘇るかもしれない。

 

 そう思うと、ヴィザは昂ってしょうがなかった。

 

 国へ戻る時に得られなかった戦果の補填として通りがかった国をヴィザ一人で蹂躙した時も、その熱を収めるには至らなかった。

 

 一応の戦果を得る事が出来た為にハイレインからは感謝を告げられたが、ヴィザの熾烈な戦いぶりに若干引いていたのは気の所為ではないだろう。

 

 まあ、だからなんだという話だが。

 

 現在、ハイレインはエリン家当主を「神」とする下準備の為に着々と仕込みを進めている。

 

 当然ながらいきなり配下の家に「当主を生贄に差し出せ」と命じたとしても、素直に受け入れる筈がない。

 

 しかも相手は人望に優れ評判も高い、エリン家。

 

 正攻法で押し通そうとしても、強固な抵抗に遭うのがオチだ。

 

 だからこそ玄界に置き去りにしたヒュースに吹っ掛けた()()を軸に、徐々にエリン家の権威を削いでいき抵抗の力を封じていく。

 

 ハイレインが進めているのは、そういうプランだ。

 

 無論、これはかなり時間がかかるやり方だ。

 

 下準備自体は以前より進めていただろうが、今回肝となるのは「ヒュースが敵国に情報を売った」という彼の放逐をキーとする冤罪だ。

 

 故に悪評を広める等の本格的な手回しは遠征帰還後から始めねばならず、相応に時間がかかっている。

 

 加えて、ヴィザもまたその仕込みが遅れるよう手を回していた。

 

 無論本格的に邪魔をするのではなく、あくまでも計画の始動時期を遅らせる程度の細やかな根回しに過ぎない。

 

 ハイレインも今回の一件ではヴィザの弟子であるヒュースを貶めているという負い目がある為、この程度ならばお目こぼしされるだろう事は承知している。

 

 これはヒュースの事を慮ったからではなく、彼の来訪までにエリン家当主が「神」にされてしまえば折角の機会が台無しにされかねないからだ。

 

 もしも、自分が来た時に既に主が生贄とされた後だったのなら、ヒュースはハイレインへの報復に全力を尽くすだろう。

 

 それこそ、自らの身を顧みずに。

 

 それでは、意味が無いのだ。

 

 ヴィザが戦いたいのは目的に向かって正道を歩む、七海達(かれら)のように戦うヒュースであり、目的を失い自棄になった彼ではないのだ。

 

 以前であればそれも一興と考えていただろうが、矢張りあの戦いの鮮烈な記憶がそれでは駄目だと訴えていた。

 

 自分は、正道を歩む者達によって打ち倒された。

 

 ならば、出来るのならば自らの弟子には同じ道を歩んで自分を下して貰いたい。

 

 それがどれだけの無理難題かは承知の上だが、期待するに相応しいだけの素養をヒュースは持っている。

 

(貴方が二人目の七海(かれ)になれるか、楽しみに待っていますよ。その時こそ、私は師として卒業試験を与えましょう────────────────貴方が望む全てを、勝ち取ってみせて下さい)

 

 もし、その試練を彼が潜り抜けたのならば。

 

 ヴィザは自らの持つ全ての力を用いて、ヒュースの望みを叶えるつもりだった。

 

 それはエリン家当主の立場回復や、もしくはヒュースを伴っての玄界への亡命。

 

 彼に可能な範囲で、それを手助けしてやろうと。

 

 当然露見すれば自分の立場は悪くなるだろうが、元よりそんなものに拘泥するようなヴィザではない。

 

 全ては、血沸き肉躍る戦いの為に。

 

 修羅の剣聖は、遠き望みの日に想いを馳せ笑みを浮かべる。

 

 剣鬼の刃は、未だ衰えず。

 

 もう一度その剣戟を振るう日を、今も尚待ち続けていた。

 

 

<ヴィザ/修羅の剣聖~終~>





 『ヴぃざ』
 「常在戦場修羅剣聖」

 本編でラスボスを務めたビル斬りお爺ちゃん。

 達人の怖さを存分に見せつけた翁は、その時の記憶を「最高の思い出」と称して次なる戦を待ち続けている。

 そんなお爺ちゃんが負けたものだから、アフトクラトルの間では「玄界マジヤベェ」という声がそこかしこで囁かれているとか。

 結果的に全力の彼を下した事で、アフトクラトル侵攻の脅威はほぼなくなったと言っても良いだろう。

 それはそれとしてヒュースがやって来なければ身一つ剣一本で乗り込んで来かねないので、今後の玄界の未来を想えばヒュースの遠征行きは必須だったりする。

 ヒュースの後日談で瑠花が動いていたのも、迅経由でそれを知っていたからである。

 頑張れヒュース、世界の未来は君の肩にかかっているぞ。
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