痛みを識るもの   作:デスイーター

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空閑遊真/ウソとホントウの境界

「いいんじゃないか。こいつ強いし、役に立つだろ」

 

 玉狛支部。

 

 そこで修からヒュースを玉狛第二、つまり自分たちのチームに加入させる案を聞いた時、遊真は特に躊躇いもなくそう告げた。

 

 その反応に、修は少々面食らう。

 

 無理もない。

 

 最初にその案を迅から聞いた時は、修でさえ驚いたのだ。

 

 まさか、大規模侵攻で捕虜となった近界民(ネイバー)を入隊させて自分のチームに入れる、などと。

 

 色々な意味で図太い修でさえ、そもそも発想すらしていなかった。

 

 遊真とヒュースは同じ近界民だが、二人の事情は全く異なる。

 

 前者の遊真はあくまでもこちらの世界に友好的に接して来ている旅行者のような立場であり、自分からボーダーに害を成したというワケでもない。

 

 基本的に遊真は自らに刃を向けられない限りは無害であり、積極的に排除する理由は薄い。

 

 そんな遊真でさえ、入隊に至るまでには散々揉めたのだ。

 

 ヒュースの場合は、そもそも明確に敵対姿勢でこの世界にやって来た侵略者の一員である。

 

 仲間に裏切られ放逐されたようだが、それでも自分の意思でこの世界に刃を向けたという事実は消えない。

 

 それに祖国の情報については頑なに話そうとせず、妥協の余地もないと来ている。

 

 そんな彼を入隊させるなど、無茶ではないかと修も思ったものだ。

 

「驚かないのか?」

「まあ、あっちじゃ捕まえた捕虜を自軍に組み込む、なんて事は普通にあったしな。戦争は基本的に数が多くて強い方が勝つし、多少リスクがあったとしても強い奴を捕まえたなら使()()()()()()()()だろ」

 

 対して、遊真はそもそも常識が異なる。

 

 遊真の生きて来た近界では、鹵獲した人間を自国の兵士として運用する、という事が当然のように行われて来たのだ。

 

 故にヒュースを使()()事に対して疑問を抱く事はなく、むしろ「こっちでもそういう事あるんだな」と感心している。

 

 こういうのをカルチャーショックって言うのかな、と修は益体もない事を考えていた。

 

「でも、上の人たちを説得するの大変じゃないか?」

「それについては、色々アドバイスも貰ったしちゃんと準備はしてからやるつもりだよ。ヒュース本人は乗り気みたいだから、後はぼくの仕事だ」

「へぇ、意外だな。あいつ、もうちょっとごねるかと思ってたけど」

 

 遊真の言葉は、本心だった。

 

 ヒュースはプライドが高く、融通が利かない性格をしている。

 

 生き方が不器用、とでも言うべきか。

 

 捕虜の状態で自分の意見を通すのであれば、向こう側の要求にはある程度従った方が上手く行く芽がある。

 

 ケースバイケースではあるが、一切の妥協もなく「本国の情報は喋らない」と頑として拒絶の意思を示しているようでは普通ならば話にならない。

 

 代わりの代替案を出すのであればまだしも、そういった気配もなかった。

 

 だからこそ修のチームに加わるといった提案に素直に頷くとは思わなかった、というのが正直なところである。

 

「単に利害が一致しただけだ。俺はなんとしてでも本国に戻る必要がある。その為に取れる手段があるのであれば、やるだけだ」

 

 そこに、黙って二人の話を聞いていたヒュースが口を挟む。

 

 いきなり会話に割り込んで来たヒュースに対し、遊真は眼を細めた。

 

 嘘を見抜く、副作用(サイドエフェクト)

 

 それによって、彼の真意を確かめる為に。

 

「じゃあ、オサムを隊長として認めるのか?」

「少なくとも、そこらの有象無象よりはマシだろう。オサムは弱いが、自分の使()()()を良く分かっている。お前やチカもいるし、オレが加われば充分遠征を狙える芽はあると見ている」

「成る程」

 

 ヒュースの返答を聞き、遊真は頷いた。

 

 今、彼の言葉に対し遊真のサイドエフェクトは反応しなかった。

 

 つまりヒュースはきちんと修を評価しているという事であり、チームに加入しての遠征狙いに関しては協力する意思があるという事でもある。

 

 遊真としても彼が修を評価してくれるというのは嬉しいので、密かにヒュースに対する好感度を上方修正する。

 

 同じ近界民だけあって価値観も近いものがあるので、こいつとは割と巧くやれそうだな、と遊真は今後の先行きに期待を抱いた。

 

(オサムは身内の事は守ろうとするけど、自分に対する悪意には鈍感というか興味が無いからな。そのあたり、おれ以外にもガードに入れる奴が入るのは良い事だ)

 

 ヒュースは軍人という経歴だけあって、シビアな価値観を持っている。

 

 基本的に彼の思考は現実主義であり、主に関する忠誠が絡まなければ行動に際し可能な限り堅実な手を打つタイプである。

 

 彼ならば、修が心ない悪意に晒された時の防波堤の一つとして機能するだろう。

 

 感情ではなく、実利で繋がる関係は冷たいと思われがちだが、損得勘定での繋がりだからこそ手抜きが介在する余地がない。

 

 相手を守らなければ自分が不利益を被るのだから、守る事に疑問を抱かない。

 

 だからこそ、遊真はヒュースを信用する事に決めたのである。

 

 もしもヒュースが攻めて来た事に対する謝罪を口にしてそれを口実にしようとしていたら、遊真は間違いなく彼を信じなかっただろう。

 

 嘘を見抜ける事もそうだが、そんな曖昧な理由では攻めて来たという()()を上書きするには至らないからだ。

 

 敵対行動を取っていないのならばまだしも、ヒュースは近界侵攻の尖兵として自分の意思で攻撃を仕掛けて来ている。

 

 この際、実際に被害が出たかどうかは関係ない。

 

 刃を向けて来た相手が、白々しい事を言って取り入ろうとしている。

 

 そんな相手を、信用しろと言う方が無茶な話だ。

 

 だから、改心したなどと空々しい嘘を言わず、あくまでも自分の目的と実利を前面に出して返答したヒュースは信じられる。

 

 それが、傭兵として生きて来た遊真がヒュースに対して出した結論だった。

 

「じゃあ、これからよろしく。仲良くやろうぜ」

「勘違いするな。目的の為に協力してやるだけだ」

「それが、()()()()()って事だろ」

「────────────────そうだな。精々()()()してやろう」

 

 遊真の言葉に意図を理解したヒュースが不敵に笑い、彼の手を取る。

 

 こうして、二人の近界民は将来の共闘を約束するのだった。

 

 

 

 

 ────────────────嘘をつく相手を見るのは、正直気分が悪かった。

 

 遊真は今の身体になった時、父親から嘘を見抜く副作用(サイドエフェクト)を受け継いだ。

 

 この副作用のお陰で助かった事も多いが、最初は「なんて嫌なものを見せてくるんだろう」と思ったものだ。

 

 遊真の眼には嘘を吐いている相手の口元から黒い煙のようなものが視えており、それによって言葉の真偽を判別している。

 

 これは戦場では有用に働き、傭兵時代は一時的に共闘した相手の裏切りを事前に察知する時に役立った。

 

 傭兵というのは国属の軍隊のようなバックボーンがない分自由に動けるが、その分何もかも自己責任で行う必要があった。

 

 適正な仕事を受けられるかも、それを達成出来るかも、誰を信用して誰を信じないかも。

 

 そして、自らの生死すら自分自身で保証するしかなかった。

 

 だから、遊真はこの数年間で人の嫌な部分をこれでもかと見て来た。

 

 笑顔で気さくに話しかけて来る陽気な好青年が、裏で自分を始末する機会を狙っている事も。

 

 戦場跡で涙ながらに同情を訴えかけて来る少女が、こいつをどう利用するかという事しか考えていない事も。

 

 立派な美辞麗句を並べる高官が、こちらをどう使い潰すかという打算を働かせている事も。

 

 すべて、全て視て来た。

 

 人は醜い。

 

 そう遊真が結論付ける事がなかったのは、カルワリアで共に過ごしたイズカチャ達の心の温かさを知っていたからだろう。

 

 彼を利用する事しか考えていなかった国の上層部とは違い、イズカチャは、ライモンドは遊真に「もう戦わなくて良い」と言ってくれた。

 

 あの国の中で彼等だけは、真実遊真の事を慮っていた。

 

 けれど、父親を失い目的に飢えていた遊真は暇な時間を作りたくはなかった。

 

 何か目的に向かっていなければ、父親を死なせてしまった自分の愚かさとか。

 

 もう二度と戻って来ないあの手の温もりとか。

 

 そういった事ばかり考えてしまって、死にたくなる。

 

 だから遊真は敢えて戦い続ける事を選び、カルワリアが平和になったのを皮切りに国を飛び出した。

 

 イズカチャやヴィッターノは寂しがっていたし、ライモンドは複雑そうな顔をしていた。

 

 けれど、それでも彼を引き留める事はしなかった。

 

 父親を失った国へ居続けるのは、遊真にとって良くないと思ったのかもしれない。

 

 ようやく国から離れると言った遊真を、三人は快く送り出してくれた。

 

 ライモンドからは充分な資金を持たされたが、遊真はそれには殆ど手を付けず傭兵をしながら路銀を稼ぐ道を選んだ。

 

 今更生き方を変える事など出来ないし、眠る事の出来なくなった遊真にとって昼夜を問わず活動を続ける傭兵は天職だとも思っていた。

 

 だけど、そんなものは建前で。

 

 遊真はただ、死にたくなるような自罰心から目を背け続けたかっただけだった。

 

 死を選ぶ事は、簡単だ。

 

 しかし同時に、それだけは出来なかった。

 

 遊真の父親である雄吾は、彼を生き残らせる為に自らその命を黒い棺へ変えた。

 

 だから、自ら死を選ぶのはそんな父親に対する冒涜だ。

 

 故にどれだけ生き難くとも、精神が死を望んでいても。

 

 自らそれを選ぶ事だけは、遊真には出来なかった。

 

 傭兵になったのは、或いは死に場所を探しての事だったのかもしれない。

 

 自分で命を断つ事は出来ずとも、戦場の中で命を落とすのであれば。

 

 ある程度言い訳は立つのだと、下らない事を考えていたのかもしれない。

 

 けれど、それまでの経験は嘘をつかない。

 

 雄吾と共に過ごした時代、そして彼が亡くなってから戦い続けた時代。

 

 それぞれに置いて、遊真は戦場で濃密な経験を積み重ねていた。

 

 父親から受けた薫陶は数多く、実地で学んだ戦術思考は彼の戦いをより強く、鋭く研ぎ澄ませていて。

 

 気付けば、歴戦の傭兵と同じような扱いを受けていた。

 

 心が生きる事を望んでいなくとも、肉体に蓄積された経験が戦場での最適解を導き出し如何なる死地からでも生還する。

 

 汚い嘘塗れのニンゲン達を殺しながら、遊真は虚しい勝利(ウソ)を重ね続けた。

 

 幾度勝ち続けようと、幾度死地から生き残ろうと。

 

 遊真の心は、黒い煙に塗れて煤けきっていた。

 

 だから。

 

 全然黒い煙(ウソ)を吐かない修と出会ってからは、毎日が輝いていた。

 

 最初は父親を元に戻す事が出来ないと知って落胆したが、修はそんな遊真に「仲間にならないか」と誘いをかけてくれた。

 

 完全な打算ではなく、かといって同情でもなく。

 

 自分の為だと言って、優しい嘘(エゴ)に遊真を巻き込んだ。

 

 あの時は、嬉しかった。

 

 自分は、必要とされているのだと。

 

 自分は、死ななくても良いのだと。

 

 自分は、生きていて良いのだと。

 

 父親が死んでから初めて、そう思う事が出来たのだから。

 

 だから、その修の今後を決める分水嶺でもあった大規模侵攻でのヒュースとの戦闘は今でも脳裏に焼き付いている。

 

 あの戦いは、修の助力なくして完全勝利は有り得なかった。

 

 もしあそこで遊真が痛打を負っていれば、最終決戦に間に合わなかった可能性もあるだろう。

 

 後でログを見せて貰ったが、あの決戦は本当にギリギリの戦いだった。

 

 誰しもが重要な役割を担い、遊真の担った役目も失敗が許されない類のそれだった。

 

 だから、あの勝利は修と共に勝ち取ったものだ。

 

 それをとうのヒュース本人から肯定された事は、本当に嬉しかった。

 

 戦っていた彼の眼から見ても、自分たちの連携は評価に値するものであると。

 

 これまであまり評価されて来なかった修が軍事国家の軍人から太鼓判を押された事で、遊真も我が事のように嬉しかったのだ。

 

 ヒュースの存在を認めた理由の何割かは、そういった修贔屓の理由もあるだろうなと遊真は想う。

 

 でも、今更細かい事はどうでもいい。

 

 もう、虚飾(ウソ)を纏う必要はない。

 

 ありのままの傭兵の子供(じぶん)で良いと言い、必要としてくれる者がいる。

 

 だったら、それで良いだろうと。

 

 それが真実(ホントウ)で良いだろうと、遊真は思った。

 

 虚飾の灰(ウソ)で煤けていた自分の身体が、暖かな雨で洗い流されるような気分だった。

 

 今では、嘘も悪いものばかりではないのだと。

 

 優しい嘘もあるのだと、遊真は識っている。

 

 この力を煩わしく想う事もあったけれど、でもこれは父親との繋がりの証でもあった。

 

 だから、嫌いになりきる事だけは出来なくて。

 

 今は、少しだけこの力が好きになれたから。

 

 これからも、自分の個性(ちから)として向き合っていこうと。

 

 遊真はそう誓い、未来の展望を夢想した。

 

 きっと、今の道の先には。

 

 四人で共に栄光を掴む、そんな未来があるのだと。

 

 そう、信じる事にしたのだから。

 

 

<空閑遊真/ウソとホントウの境界~>




 『まえむきなゆうま』
 「SF帰りの異邦人」

 原作でも特に厳しいバックボーンを持つキャラクターの一人であり、色々と重いものを背負っている14歳。

 この世界線でも大きな道筋は変わらないものの、大規模侵攻を理想的な展開で終える事が出来た為に原作ほど曇ってはいない。

 レプリカもこの世界線では残留しており、成長した遊真を見て保護者ムーブに徹している。

 描く側としても色々便利過ぎる為に原作では序盤に退場したレプリカであるが、うちでは既に物語は完結した為そこらの事情は考慮する必要がなかった事も大きい。

 玉狛第二は難易度が一段階上がったランク戦に、四人で挑む事になる。

 けれど、テコ入れされたのは彼等も同じ。

 嘘の灰で煤けた少年は、ランク戦を通じてその煤を落としていく事だろう。
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